親愛なる変態さん2
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「さっちゃん、筋肉が付いてきたね。少年から徐々に大人になっていく過程を見れるなんて貴重だなあ」
悟は呆然と洗われている。目の前の美しい変態に。
「もう勘弁してよ、珠緒」
「相変わらずだなあ、さっちゃんの天邪鬼は」
本心の拒絶が伝わらないと、悟が発した言葉は本当に天邪鬼から来る偽りの抵抗に聞こえるから不思議だ。
撫でるように悟を堪能する珠緒と浴室の鏡越しに目が合うと珠緒は美しく笑む。これで悟に変な執着さえしなければ、きっと珠緒はこの歳にして女性の途切れる事は無かったに違いない。
「もう早く終わらせよう」
「分かったよさっちゃん、もっとじっくり洗うね!」
最悪な入浴タイムであった。
「珠緒、君はもしかしなくても俺を追ってこの学校へ?行き先は伝えなかった筈だけど」
両親へもしっかり口止めした筈だった。
「おばさんがね、教えてくれたんだ」
そうだったんだ。家族はどうやら悟の防波堤にはならないらしいと気付いてはいたが。
しかし、珠緒の悟に対する異常な執着は離れていた期間で少しはマシになるかと思ったが、どうやら変わらないらしかった。いや、むしろ酷くなっている気もした。
「そろそろ自分の部屋に戻ったらどうだ?」
「今日はこのまま一緒に寝よう。さっちゃんも僕と居たいだろ?」
いや全然、とは言えなかった。また変な風に解釈されてはたまったものじゃないと悟は口をつぐむしかなかった。
その地獄のような夜は過ぎていった。
★
「隈……酷くね?」
そう声をかけてきたのは同じクラスの竹中亮治だった。
今悟の両目の下には薄暗い陰のような隈が出来ている。昨夜は珠緒が同じベッドにいるかと思うだけで悟は気が気じゃなかった。なかなか寝付けずに気付いたら朝方だったのだ。
「そう?いつも通り体調も良いけど」
「いやいや、普通じゃないっての。寝れなかったんじゃねーの?」
強がる悟を心配そうに見つめる友人に悟は居心地の悪さを感じる。
「男前が台無しじゃないの、まったく」
亮治は可笑しそうに笑っている。悟とは一年からの付き合いの彼は、素直じゃない悟を理解してくれている友人の一人だ。
そこへ、女生徒が一人近寄ってきた。
「間壁くん、良かったらこれ使ってください」
名も知らぬ女生徒は顔を赤らめながら濡らしたハンカチを悟に差し出している。
「いや、いらないから……あっ」
しまったと思った次にはもう女生徒は涙を浮かべながら走り去ってしまった。やってしまった。彼女の気持ちを無下に断わってしまった。純粋に同年代の女子に心配され気にかけてもらった事が嬉しく、本当だったらありがとうと受け取りたかったのだが、また悟のそんな気持ちとは真逆の事を口走ってしまった。
この口めっ!!と思ってはいても後の祭りである。
「またやっちゃったな、間壁」
悟を見ながら憐れむように亮治が悟の肩に手を置いた。
「さっちゃん!どうして先に行っちゃったの!」
項垂れる悟は浸入してきた声にハッとし、背筋を伸ばす。
「た、珠緒……」
悟のストーカーもとい、幼馴染の珠緒が一年の癖にズカズカと悟のクラスに入って来ながら苦情を悟にぶつける。そして、悟の肩に置かれた亮治の手を乱暴に払い除けて亮治を睨む。
「あ、これが噂の悟のストーカーね」
「ストーカーじゃなくて幼馴染!!さっちゃん何なのこの人、すごい失礼!」
どうやら昨日の食堂での一件が寮生に回っているようで、亮治は既に把握していた。
「どうも失礼ですいません」
亮治はニヤリと口元を歪めながら珠緒をからかう。
何なの、この人。とぶつぶつ言いながら珠緒は悟に視線を移す。
「さっちゃん一緒に行こうって約束したのにどうして先に行っちゃったの?危ないでしょ?」
何が危ないの、とは最早言えない。無駄だからだ。悟は観念して項垂れる。
「すいませんでした」
「僕待ってたんですけど?」
「すいませんでした!」
「何なの、さっちゃん!反抗期なの?」
「すいませんでした!!ってば」
ぐいぐいと珠緒を押しながら教室から追い出すと丁度予鈴がなった。
帰りは待っててね、と言いながら珠緒はぶつぶつと悟の更生計画を口にしながら消えていった。まるで嵐のような男である。
「悟、お前のストーカー面白いな」
「本当やめて、あれは、人生の汚点」
悟は痛むこめかみを抑えながら席につくのだった。