回収
雄叫びを上げる山田。珠緒は無視して荷ほどきを始める。
「荷ほどきなんか後でいいじゃん。一週間くらい置いといても腐んないじゃん」
山田はPCを見つめながら言う。
「山田のパンツは発酵しそうだね。納豆菌の代替品になりそう。僕は死んでも食べないけど」
珠緒は二泊三日で使った衣類を出しながら言う。
「めちゃめちゃ美味しくても?」
「美味しくても」
嫌だ。
「ついでに俺のも洗濯してくれたり?」
「しない」
山田を突き放し、珠緒は洗濯へ行く。
寮では基本的に共同の洗濯場があり、そこで洗った物を自室のベランダに干すのだ。洗濯場には洗濯機が五台有り、男子寮三棟それぞれに設置されている。男子寮で豆に洗濯をする者は居らず、五台フルで回っている時間はほぼ無い。中には一月溜めに溜めた洗濯物を着払いで自宅に送る猛者もいるという。そちらの方がよっぽど面倒だと思うが。
珠緒は洗濯を回している間、洗濯場に置いてある折りたたみの椅子に腰掛けた。
腕組みをし、足を組む。目も閉じる。
そうすると簡単に浅い眠りがやってくる。
誰かしらの騒めきや、生活音が心地よい。
人に包まれる感覚がして珠緒は洗濯の時間が好きだった。
カタリと隣の簡易椅子に腰掛ける気配がする。
重たい瞼を開くのは億劫で、ピクリと瞼を痙攣させるに留まった。
そうして、研修合宿のおかげか、やがて珠緒はこんな場所では普段しない深い眠りに変わるのを感じた。
隣にいる人物が話しかけて来ない事も、また心地良かったのだ。
いつしか珠緒は熟睡し、隣の人物にもたれかかっていた。
ふわりと身体が浮遊するのを感じる。
幼い日にリビングで寝てしまい、両親が苦笑しながらベッドに運んでくれたような安心感だった。
目覚めるとそこには横たわり、半身を起こしながら頬杖をつく亮治の姿があった。
「おはよう」
優しく、珠緒の額に掛かった髪を避けられる。
まだ眠い。
「おはよう」
回らない頭で珠緒は掠れた声で答える。
「疲れてたんだな。何しても起きなかった」
妖艶な笑みを浮かべる亮治。
途端に覚醒する珠緒。
ザーッと血の気が下がる感覚がした。
「まさか」
珠緒はガバッと起き上がり、確認する。
「まさか……何?」
亮治は優しく答える。
「俺の童貞……」
くすりと亮治は笑う。
「心配しないで。戴いたのは処女だから」
「うわあああああっ」
珠緒は悲鳴と共に迫り上がって来た胃の中身をぶち撒けた。
確かに異物感がある。
あーあー、と言いながら、亮治はタオルを出して拭く。
夢だ夢だ、と頭を振るが、現実はありのままだった。
「疲れてたんだな。ちっとも起きなかったし、良く鳴いたな」
全く記憶にない。が、ドロリと垂れてくる感覚に目眩と吐き気が再び襲う。
「悟を諦めてくんねえかな?もう抱けないだろ?こっちの感覚を味わったら、もう普通にはイケナイらしいぜ?」
鬼だ。この学校には一体何人の鬼畜が潜んでいるのだ。珠緒は驚愕に唇を震わせた。泣いた。
「泣く程嬉しかったか?もう間壁には近づくな」
亮治はそう言って部屋を出た。
★★★★★★★★★★★★
六月に入ると待ち侘びたように紫陽花が一斉に咲き出す。
雨の日が増え、人間には迷惑この上ないが、花々は雨に濡れながらも生き生きとしている。
ビニール傘に落ちる雨粒はきらきらと輝く。
ふと、呼ばれて振り向くと亮治がいた。
「おはよう、悟」
爽やかに、でも何処か怪しさが漂う笑顔は多少の雨に濡れている。
「おはよう。今日は早いんだな」
悟は亮治が追い付くのを待つ。
「偶々ね。今日は早起きしたからな」
ふうん、と返し、歩き出す。
「昨日勉強した?もうすぐ試験だろ?」
「したした。みっちりしたよ。順位落とすと恐いからな」
悟は答える。
「だよなあ。うち厳しいからなあ。下位成績二回連続で足切りとかないよなあ。一年はまだ知らねえ奴多いんじゃねえかな」
亮治は顔を顰める。
「テスト一週間前告知やめて欲しいよな。それまで先輩に聞いてても脅しだろ?って思っちゃうからな」
悟もやれやれと首を振る。
「ま、今回はせいぜい利用させてもらうわ」
亮治はニヤリと笑う。
「は?何て?」
小さな亮治の呟きを悟は拾えなかった。
「間壁は今日もカッコイイなって言ったんだよ」
悟は煙に巻く友人にため息を吐く。
★
それから幾日かした放課後───。
テスト勉強の為、学校の図書室へと足を運んだ。
ぱらぱらと紙をめくる音、偶に鳴る椅子と机の音。静寂には些細な音も大きく写し出される。
珠緒とは随分会っていない。
どこで何をしているのやら。珠緒の考えは悟には全く読めない。
窓際の席に座り、教科書とノートを開く。
今回の範囲は然程でも無い。普通に勉強していれば充分難を逃れられる範疇だ。
珠緒は大丈夫だろうか、悟は考える。
きっとギリギリの点数で無理して入っただろうこの学校。授業について行けなくて困っていはしないか。
そんなこと、悟が考えてやる義理もないのだが。何と無く責任を感じるのは何故なのか。