仕掛け
ガラッと音がして、扉が開かれた。
そこには魅惑的な雰囲気を漂わせた女生徒が居た。リボンの色が緑なので三年生だろう。
「誰?」
と聞くと、ふふっと笑われた。
「立花 京子。知ってる?」
京子──。ああ、と頷く。山田がご執心の京子先輩か。
豊満な肉体を持つ彼女。京子先輩は珠緒に近寄ってくる。
「何かご用ですか?」
珠緒は聞く。
「待ってたの。あなたをね。好みだったから。少しだけ遊んでね」
小首を傾げながら珠緒の背中に腕を回す。
不潔だな、と珠緒は思うが、拒絶はしなかった。これも仕込みの内と割り切った。
一人になれば、こうして誰かしら女生徒が寄って来るだろうと踏んでいたのだから。
「いいですよ。遊んでください」
そうして、珠緒は視聴覚室で初体験を済ませた。
もう暗い中、自室に戻ると真っ暗だった。
山田はまだか、と電気をつけると山田のベッドの上に座敷わらしが蹲っていた。
「うわあーっ」
珠緒は思わず悲鳴を上げる。
「見いーたあーぞおー……」
座敷わらし、もとい山田が体育座りした上に組んだ腕の隙間から嫉妬の眼差しを向ける。
「ああ、京子先輩?」
山田はしくしくと泣く。
「ひでえよお、珠さんよお」
男専門じゃなかったのかよお、と泣く。
「いや、さっちゃん専門だし」
山田はうわーんと一鳴きしてから珠緒に手を出せと言う。
「は、はわわ。これが京子先輩のあんなトコやこんなトコを触った手……」
山田は無意識に両手を合わせ合掌する。
「仕方ねえ、今日は京子先輩との感想を夜通し語ってくれたらチャラだ!」
目の小さく、首の短い山田がグッと拳を作ると人差し指と中指の間から握り込んだ親指を出した。自慢げに。
良い奴ではあるが、反吐が出る程下衆だ。
「一部始終見たんでしょ?監視カメラで。思い出したくも無いのになあ。ああ、不潔だ。風呂に入りたい」
珠緒は学ランを脱ぐとハンガーに掛ける。
「ひでえよお。全校男子の夢と希望を詰め込んだ魅惑のボディを不潔なんて!」
「えーっ。そんなに良いかなあ。無心になるのに必死であんまり良く覚えてないけど」
覚えてる限りの感想は話すけど、と珠緒は譲歩する。
「友よ!」
山田が両手を広げ、突進して来たのでヒラリと交わす。
「風呂に入るから待ってて。あ、プレゼントを上げようか?」
無様にすっ転んだ山田の頭上からヒラリと黒い布切れを落とす。
山田は布切れを掴み、拡げる。途端に鼻血を吹く。
「それね。先輩がくれたよ。山田がファンだと言ったら今日は良かったから、お友達にもお裾分けするわって言ってた」
はわわっと聖杯の如く京子先輩の下着を掲げ、ははあっと言っている。
「京子先輩はスキモノだね。一人遊びは僕が風呂の間にしてよね」
と伝え珠緒は漸く風呂に入った。
翌日から珠緒は研修合宿の資料作成や会議の為に毎日居残りをする羽目になった。
佐古田め、大変じゃないような事を言って騙された。と思うも遅かった。
居残りをしていると毎日違う女生徒が京子先輩のように珠緒を襲いに来た。迷惑この上なかったが、ライン作業のようにこなす。
そのうち校内では珠緒の噂がひしめき出す。
それは他学年も関係無く、波のように。熱に浮かされたように。
その日帰寮すると矢張り座敷わらし──山田が居た。
「今日の女子は60点だな。声が大き過ぎる。逆にダメなんだよなあ」
いつしか点数をつけ始めた同室者にうんざりした面持ちで視線を向ける。
「そうだね。集中出来ないね。無心になれないからフィニッシュに時間が掛かった」
案外、十代男子の欲望は繊細なのだ。
「珠さんよお、何を考えてるんですかい?こんな入れ食いしまくってさあ。わざと噂になるように派手にどんぱちしてよお」
山田は矢張りおじさん臭い。おじさんで座敷わらしなのだ。ちぐはぐだ。
「無視出来ないようにしてるんだよ。僕を蔑ろにしたさっちゃんを絶対許さない」
「あちゃー。抉れちゃってるねえ。逆効果なんでねえの?」
山田はやれやれとアメリカナイズに首を振る。首が短い。アメリカンなのか、おじさんなのか、座敷わらしなのか。キャラクター設定はきちんとして欲しいものである。
「いいのさ。これでね。伊達にさっちゃんの幼馴染やってないんだ。さっちゃんは気にしないと耳を塞げば塞ぐ程、気になっちゃう性分なんだよ」
ははーっ、と山田は感心する。
「するとこれは種蒔きで?珠さん、そちも悪よのう」
げひげひ、と山田は不気味に笑う。今度は悪代官だ。
「研修合宿明けにでもさっちゃんから接触してくるんじゃないかな?僕を怒らせるとどうなるか思い知らせてやる」
ひえぇっと山田は鳴いた。
★★★★★★★★★★★
悟は今疲れている。
疲れの原因は珠緒だ。
校内や寮の至る所で珠緒の噂を耳にする。それこそ毎日のように話題に上がる。
まるで、お祭りのようだ。
生徒や学校全体を覆う空気が熱気に満ちている。
珠緒が何年の誰それとどうこうなったとか、ルックスのタイプも全く違う女生徒達を見比べて、珠緒の趣味はあーでもないこーでもないと皆んなが囃し立てている。面白がっている。
序でに女子は順番待ちしている。