仕掛け
珠緒は凍りつく同室者にちり紙を渡す。
トボけた顔をした山田は目をパチパチとしてちり紙を受け取る。そして、盛大に鼻をかむ。像が出したかのような爆音に食堂内の視線が集まる。勿論、悟も亮治も注目している。
「すまねえなあ、珠さんよお」
おじさんのような言葉遣いだ。
中年のおじさんは何故か鼻をかむ音や、咳払いが矢鱈と大きい気がする。だから、おじさん鼻かみをする山田がおじさん言葉を遣うのも何となく納得なのだ。
「見苦しいなあ」
吐き捨てる珠緒に山田はへへへと笑ってさっきかんだちり紙を手渡そうとする。不愉快に一層顔をしかめる。
「早く食って戻ろうぜ、京子先輩が俺を待ってる」
「待ってはいない」
が、同じ室内に悟と亮治がいるのは矢張り自分を抑えられる気もしないので、素早く食べた。
疚しい事は今の所していないが、逃げると疚しい気分になるのは何故なのか。勿論、普段の行いからくるものだという事を珠緒は理解していない。
疚しさの塊のような珠緒と山田はそそくさと食堂を後にした。
珠緒が消えた食堂には、すっと距離を取った悟と亮治が居た。
★
「研修合宿の実行委員に?」
珠緒は職員室にいた。
「そう。毎年入試の成績優秀者各クラス一名がやる事になっているから今年は早坂くんにと思ってね」
クラス担任の佐古田はキツ目の顔立ちの女性教諭だ。如何にも真面目という感じのノンフレームの眼鏡をかけている。
「やる事はそんなにないのよ。日程なんかはこっちで決めるし。クラスの点呼の取りまとめとか、レクリエーションの登山のチェックポイント係なんかをお願いしたいの」
「強制ですか?」
女教師はにこりと笑う。
「強制ではないのよ。ただ、やっぱり成績優秀者は何かと学校の自治にも関わるから肩慣らし程度に毎年参加してもらってるのよ」
「僕ではお力になれないと思います。成績優秀者といっても、受験限りの所詮付け焼き刃です」
嘘ではない。今回の入試結果はイレギュラーだ。
「付け焼き刃であの点数は異常ね。まあ、強制ではないのだけど、入試トップの生徒が辞退するとなると他の生徒に示しが付かないわね……」
佐古田は腕組みし、考えているようだ。
「あっ、そうそう。最近学園の防犯システムに不正なアクセスが確認されているのよ。特定の二箇所へのアクセスが多いみたいで、警察に届けるか理事長と相談してるのよ。私がシステム管理部を受け持っているから」
にやりと笑い、ノンフレームの眼鏡から珠緒を見る。
チッと盛大に舌打ちすると、珠緒はポケットに手を突っ込んだ。
「話が早くて助かるわ。……あら、この資料は……。どうやらさっきの話はバグのせいだったようね。早坂くん、申し訳ないんだけど、忘れてちょうだい」
全くもって食えない教師である。
珠緒は失礼しますと言って職員室を出た。
★
珠緒は視聴覚室へと向かっていた。
佐古田の命令通り実行委員に入ってしまったからだ。その会議の為である。
機嫌は絶好調に悪い。
ガラッと不機嫌任せに開ける。ガタッと座る。驚いた顔の女生徒が二人。だが、すぐに嬉しそうな顔になる。残る二人の男子生徒は面白く無さそうだ。
「じゃあ、全員揃ったし、始めようか」
委員長然とした男子生徒、名前は町田という──が取り仕切る形で会議は始まった。
実に下らない会議であった。
瑣末な事を取り上げネチネチと針の先で突くような難癖を町田が付け、同調するようにもう一人の男子生徒が陰険そうな顔で蒸し返し、女生徒が反発する。インテリぶった集団がわちゃわちゃと揉めている。醜悪である。そもそもの頭脳レベルの差か、理解出来ない珠緒は早々に会話を離脱した。馬鹿は黙っているのが一番である。わざわざ馬鹿ですと揚げ足取りの連中達に披露する事はない。
「早坂くんの意見はどうだい?」
「は?」
急に話しを振るなと珠緒は思う。
「点呼の方法だけど……」
鬼の首を取ったように厭らしい笑顔で町田が聞く。
「普通に班ごとで良いんじゃないの?それを各委員長が纏めて先生に報告すれば」
「漏れが出たら困るじゃないか」
漏れなどあり得るのだろうか。無いわけじゃないんだろうが、精々五、六人の班であり得ないだろう。
「そこは班長と委員長の責任で良いんじゃないの」
「そんな責任は取りたくないから言ってるんじゃないか」
もう一人の男子生徒海老名が言う。
「じゃあ、なんで実行委員になったの。どうせ先生だって分かってるんだから責任たって大した事ないでしょう」
町田と海老名が食ってかかる。
鬱陶しいなあと珠緒が言うと、女生徒はキャーと喜ぶ。
「早坂くんの案でいいんじゃない?他に無いんだし」
そうする以外にどんな案があるのか聞いてみたかったが、止めた。面倒なのだ。
会議は粗方決まり漸く解放されたのは十七時を回っていた。
町田と海老名は酷く詰まらなさそうに不貞腐れて視聴覚室を出て行った。女生徒は珠緒と同じ実行委員になれたのを喜びながら、近くで見てもカッコイイだの言いながら出て行った。珠緒は視聴覚室から見えるグラウンドを見ながら夕陽を眺めていた。