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水飲み鳥とサッカーボールと小さな嘘

作者: 謎の人物

「なぜ、水飲み鳥がわれていたのだろう・・・か」

香川春樹、この楓都高校2年C組の担任である化学の教師だ。担任でもある彼の話に聞く耳を持つものはそう多くないようだ。

「前日の朝から「仕組みをかんがえろー」なんて言って10個も置いても誰も考えてない上にこのザマだよ、」

誰かがつぶやいた。でも蝉の声があるのに廊下からでもはっきり聞こえる。

「先生早く授業」

声を出すものがいたと思えば小さな批判の声でしかない。しかし高校生のこのような光景は逆に平和なものである。その光景の横、私の横でその様子を見る一人の男がいた、彼の名は轟大輔、隣町の聖都大学付属高校の化学教師、今しゃべっている人よりは優秀だと私は思うけどめんどくさいというかうるさいというか。化学の先生はどこでもこうなのだろうか。おっと、遅れてしまったが私は松野奈々実、この轟さんの同期2年目で数学の担当をしている。私達がなぜここにいるかというとこのクラスの風間将太郎という子がいじめられているということで調査に来た、というのが半分、新人の研修が半分といったところだ。私たちがいる学校は夏休み、だけどこの学校は8月の頭まで授業があり9月が休みらしい。暑いから休みのはずなのに休みずらしたら意味がないのではと思う。事件が起きたわけじゃないのに第三者が調査するというのはさっきの夏休みを含め時代も変わったものだ。7年前には恨みでおかしくなった人に変なものを売りつける人もいたし、最近はストレスで患者が暴れだす恐ろしい感染症がこの地区で流行っているという噂も聞く。人の感情は怖い。最も私達が調べているのはもっとリアルな問題だが。

 その日の夜、動画サイトに一本の動画が公開され、それを見ろと先輩の先生から帰っている途中の私たちにメールが来た。それを見て今日私たちがあの学校に行った理由もほぼ分かった。例の風間くんが二人の少年にコンクリートの上で土下座しているところでスマホが重くなった。古賀広樹と横山泰賀、一応写真を見せられていたし、昼、顔も見たのでよくわかった。 

「この二人野球部だったよな、なんで古賀君はこんな高そうなサッカーボール持っていんだよ。」

「風間君のじゃないですか、この子はサッカー部ですよ。」

「ボールとっていじめるのか、小学生レベルだな。」

轟さんが言った瞬間はそうだと思ったが、動画の再生が再開され小学生レベルでないことが分かった。古賀君が何かをもってボールを思い切り叩いた。画質が悪く何を持っているかは分からない。横山君が氷水の入ったバケツを持ってきて、そのボールと風間君に思い切りかけた。いくら夏とはいえこれはひどい。

そしてボールがしぼみ始めた。持っていたのは刃物だったのだろうか。

「明日からは真面目に調べなくちゃならないな」  

動画はそこで終わり、轟さんはそれだけを言ってタクシーを拾って帰って行った。

 次の日私達は楓都高で聞きこみを始めた。まだ警察は動いていないらしい。

「警察とかメディアに知られる前に早くしなきゃいけませんね。」

「そういう問題じゃないだろ」 

動画を見てから轟さんが真面目になった気がする。

 まず、私達は担任の香川先生に話を聞いた。そもそも風間君のことを市に言ったのも彼だ。一か月前から絡みが悪化しているそうで一度相談に乗っていたらしい、それだけで、とは思うがこうなってしまったからには仕方がない。先生も動画を見たそうで古賀君と横山君をこっぴどく叱ったらしい。化学教師どうし長話になるかと思ったがならなかった。そしてクラスメイト数人、風間君は今日学校を休んでいるから何かを察しているようだったが「僕は、私は、関係ない」と口をそろえる。轟さんは怒りをこらえていたようだ。一人だけしっかり話してくれる人がいた。

「末松咲です。先生方は風間君のことで来たのですよね。風間君はいじめられるような人じゃありません、家がすごい貧乏で、ユニフォームも買えないらしくて

買ってもらったボールを大切にして、朝は一番に来て勉強しているんですよ。」

「そのボールをあんなことにされたらそれは悲しむな。」

「先生方も動画みたんですね」

「うん、なんか、ごめんなさいね」

「いいんです、それより早く風間君を助けてあげてください」

こういう人もいるとはまだ世の中捨てたものじゃないな、と思った。しかしほとんどが傍観者じゃ動くこともつらいだろう。そして当事者である二人に話を聞いた。昨日から口数の減った轟さんが突然怒鳴った。

「お前ら自分たちがしたことをわかっているんだろうな、あんなにして、相手の気持ちになって考えてやれないのか!!」

意外と二人は素直に謝った。

「すいませんでした。動画を挙げたのも悪ふざけで・・・今日の夜にも消します。」

「あのボールがあんなに大切なものだなんて先生に怒られるまで知らなくて…」

「ほんとに反省しています。二度としません。」

「広樹のうち、金持ちだろ?ボール、弁償してやれよ。」

「父さんと母さんに頼めば大丈夫だと思うけど。」

「お前らまず風間君本人に謝ることが先決だろう。俺が一緒に行ってやる。」

そして私達二人と古賀君、横山君は風間君の家に謝りに行くことにした。

末松さんが貧乏というだけあってやはり質素な家でお母さんの美智さんが迎えてくれた。

「本当にすいませんでした!!」

二人はここでも素直に謝った。こんなにあっさり謝るなら私達がくる必要がなかったのではないかと思うくらいだった。

「別の学校の先生まで騒がせてしまって、本当にすいません・・・。全くうちの子が弱いのが悪いんです。高2だっていうのに。将太郎!でてきなさい!」

ここまで厳しい親がまだこの時代にいるものかと思った。

「学校をお休みするほどなんですから、少しは優しい言葉をかけてください。」

轟さんがさっきとは別人のようだ。こっちの親のほうが怒っていいくらいなのに。

風間君がやってきた。

「あ、将太郎君、ほんとにごめん、ほら、古賀も・・・」

「すいませんでした・・・」

「もういいよ、謝ってくれたなら・・・二人とも顔上げて・・・」

「もう私達が出る幕はなさそうですね。」

すべてが解決した。

 かと思えた。もういつも職場に帰ろうとした途中轟さんが急に話し始めた。

「松野、もうお前終わったつもりだろ、」

私は急に目が覚めた感じがした。もうこれ以上私がすることはないと思っていた。

「松野、明日、先生とあの二人と風間君を集めてくれる?」

全員集めてだなんて、二時間ドラマの最後じゃあるまいし、なんの事件性もないのに。

 次の日の昼、私は言われたとおりに人を集めた。あのあと古賀君は両親に頼んでお金をもらい横山君とボールを買いに行ったらしい。風間君も一緒にいったようだ。ここまで解決していて轟さんは何をするつもりだろうか。

「皆さんお集まりいただきありがとうございます。」

いつものめんどくさい轟さんに戻った。

「松野、今めんどくさいと思っただろ?」

「全然思っていません、さあ話をしてください、昼休み奪っているのですから」

振ってはみたものの、一体何を話すのだろう。

「この一件、不思議なところが多すぎます。」

何が不思議なのだろう、逆に何もなさすぎるぐらいだが、

「まず、あの動画誰が撮っていたのでしょうか、二人が加害者なのは分かっていましたが誰が撮っていたなんてことは分かっていません。そしてなぜボールを割ったのか、二人は私にあったとき、「あのボールがあんなに大切なものだなんて先生に怒られるまで知らなくて…」と言っています。朝から勉強している人にサッカーのイメージはわかないでしょうね。そしてすんなり謝りすぎです。その上謝ってあんなにすぐ弁償って言いだすなんてあたかも初めから弁償することが決まっていたみたいだ。」

確かに物事がすんなり行き過ぎている気がする。

「そのうえそのあとボールをわざわざ買いに行ったんだろ?話が出来すぎていると思うな、そのお金、ちゃんとボールに使った?」

「ほら、ボールならここに」

風間君はボールを持ってきた。もう使ったのだろうか、土がついている。

「やけに使い込んでいるな、昨日買ったんだろ?」

「買ってから一回使ったんだよ。」

「まだ昼休みなったばかりですよ、風間君朝は今日も勉強していたよね」

「あ、はい」

なんだか少しずつ轟さんのペースになっている気がする。そこで香川先生が口を出した。

「言いたいことがあったらはっきり言ったらどうだい?」

「では全部言わせていただきます。そのボール、昨日買ったものではありません、

そもそも彼らは昨日ボールなんて買っていません。ね、古賀君」

「そんなわけないじゃないですか、じゃあこのボールはなんだって言うんですか」

「古賀の言う通りです。」

「そのボールは最初から風間君が持っていたボールです。」

「先生も動画見たんですよね?割れていたじゃないですか」

「あれは割ってない、バケツ持ってくる数秒形がほとんど変わってなかった。

あれは中に入っているガスが状態変化しているだけだ」

「あなたも化学教師ですよね?酸素の沸点知っていますか?」

「-182.96度です。だれが酸素だって言いましたか、あれの中身はジクロロメタン、ちょうど先生が割れたって困っていた水飲み鳥の中身ですよ、あれの沸点は大体40度、この時期コンクリの上なら余裕ですね、で、わざわざ上から氷水かけて割れたように見せたと。それでわざわざ動画を撮って割った証拠を作った。」

「確かになくなったジクロロメタン全部使えば可能ですね、でもそんなことして何がしたかったんですか、君たちは怒らないから話しなさい。」

「風間に、金をやりたかったんだよ」

「ほら、風間の家貧乏なくせに親厳しくてろくに欲しい物買えないんだよ、先生も相談するだけで金あげているわけじゃない。だから大人たちだましてお金盗っちゃおうって、それ風間に言ったらいい方法があるって、自分で朝早く来てその鳥割ってそのナントカメタンとったんだよ。」

「じゃあ風間君が全部自分でしていたってこと?」

ゆっくりと顔を縦に振った。すべて彼の自作自演に付き合わされていたということだったのか。

「だって誰も、俺に手を差し伸べなかったからだよ!ずっと俺は自分一人で努力してきた、自分一人でやってきた。でも誰もそれを評価しない、みんな傍観者気取りだ」

風間君は人が変わったように言い始めた。

「それは違うな、お前のクラスにはお前をちゃんと見てるやつもいる、自分の話は聞いてくれない生徒のことを心配する教師もいる、そして馬鹿馬鹿しい自作自演に付き合ってくれる馬鹿が二人もいる。そして実は心配してる親もいる。

もう一回言えるか?誰も手を差し伸べなかったなんて・・・」

風間君はゆっくりと首を横に振った。首の振り方はさっきと変わらなかったが、もう叫びそうな顔ではなかった。その上げられた顔は罪が明らかになった人とは思えないほど、すがすがしそうだった。

 

 今度こそ終わった。風間くんたちはお金をちゃんと横山君の親に返したそうだ。

結局使う勇気がなかったらしい。彼らも、私達もちょっと遅れた夏休みがやってくる。今回のことで轟さんのことを見直した気がする。あんなに洞察力あったなんて、あんなに真面目なこと言えるなんて、

「松野、なにぶつぶつ言ってるだ、さっさ行くぞ。」

でも、いつも通りめんどくさいほうがいい。


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