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公爵令嬢の取り巻きA  作者: 孤子
第一章 幼少期
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復帰後の朝食

 食堂は恐ろしく広かった。食堂の中央に置かれた大きく長いテーブルは20人分の席を設けても余裕のある巨大さで、そんな大きな机をまだ3列ほど並べても人が通れるのではないかというスペースができるくらいの部屋だった。


 そのテーブルの上座に座るのはエルーナの両親。左側の席には父親のエドワルド、右側の席には母親のカトリーナが座っている。テーブルの短辺に座る二人は優しく微笑みながら食堂に入るエルーナを迎えている。


 エルーナの席はそのすぐ近くの右側の席。テーブルの長編の上座に近い一番端に設けられている。


 エルーナの屋敷には多くの者が住み込んで働いているが、執事も侍女もこの食堂では給仕に徹し、食事をすることも座ることも許されない。この食堂の席に座ることができるのはベッセル家の人間だけなのだから。


 座る者がたった3人しかいないというのにこれほどに大きなスペースは必要ないように思えるが、客人を招いた際にもこの食堂が使われ、机を除けば立食式の社交界を開くこともできるようになっている。そのために部屋に飾られている調度品や、壁紙、絨毯、腰壁に至るまで綺麗にそろえられていて、上品な雰囲気が漂っている。


 エルーナは柔らかな絨毯の上をゆっくりと進み、音もなく引かれた椅子の下に向かう。


 椅子の高さはまだ5歳のエルーナでは優雅に座ることが難しいため、後ろに付き従っていた侍女が手を貸して座る。


 エルーナが席についてすぐに、執事が机の上に置いてあった小さな金色のベルを鳴らす。すると、すぐに隣の部屋で待機していた侍女が食事を乗せた木造のカートを押して入室し、一品ずつ料理の説明を加えながら3人の前に置いていった。


 置かれた料理は3品。野菜が浮かぶ黄色いスープのフェリチェという料理と、湯がいた緑色の葉物野菜の上に表面を焼いた魚の切り身を乗せたメリヌという料理、小さなお皿にトマトのような形の黄色い野菜にオレンジ色のドレッシングがかかったメトのアーヌソースかけという料理だ。


 置かれた3品の他には握りこぶし程の大きさの白いパンがいくつか用意されている。


 エルーナは目の前に置かれた3品とパンを眺めて表情を綻ばせた。


 (あまり見慣れないような料理じゃなさそう。匂いも普通においしそうだし。)


 イタリアンレストランに行けば出てきそうな料理にホッとしつつ、その心情を周りに悟らせないように表情を作り、両親に向けて笑って見せる。


 「私の好きなものばかりですね。」


 そう。エルーナの目の前に置かれた料理は、エルーナの記憶が正しければ、全てエルーナが美味しいと言って何度かねだったことのある料理ばかりだ。


 残念ながら記憶だけでは美味しかったという事だけはわかっても、どんな味だったかは思い出せない。ただ、どんな味だったとしてもエルーナの舌で味わうのだから、不味く感じることはないはずだ。


 エルーナの言葉を受けてエドワルドは厳めしい騎士の顔などどこにも見当たらない優しい柔和な笑みを浮かべた。


 「今日はエルーナの病気が治った祝いだからな。料理長に頼んで今日一日エルーナの好物ばかりを作ってもらうことになっている。昼と夕方も楽しみにしているといい。」


 そう言って目を細めるエドワルドは心の底から嬉しそうに白い歯を見せて笑む。


 「今日はあなたが無事に病の危機から脱したお祝いですもの。しっかり食べて、早く元気になって。」


 カトリーナもエドワルドと同じように目端に涙を浮かべながら笑う。


 病気は治ったけれど、病気を長く患っていたことで体力がかなり落ちていたエルーナは、普段なら何も感じなかった屋敷内の移動も、実はかなり大変になっていた。


 元々それ程動き回るような子供でもなかったゆえに、病気に体力を奪われた今のエルーナは普通に動くことさえも軽い運動を行う程に疲れるのだ。


 ちらりと机に用意されている銀製のカトラリーと果物を絞って作ったジュースの入った銀製の杯を見る。フォークやスプーン程度ならば扱えるだろうが、銀製の杯は気を付けなければ倒してこぼしてしまいそうだ。


 「これだけ用意してくれたのですもの。きっとすぐに元気になりますわ。」


 前世では全く使ったことのないような口調も、エルーナの記憶と感覚を頼りにすれば難なく扱うことができる。ちょっと5歳にしては大人びすぎた話し方であるが、エルーナは相当にしっかりした娘だったようだ。


 食前の言葉、神に祈りを捧げて、静かに食事が始まった。


 カトラリーの扱いは前世でかじった程度のマナーでも十分通じ、それに加えてエルーナの感覚で足りないところを補完して、多少ぎこちなくも体力が落ちているからっと言い訳できる程度には様になっていた。ジュースだけは侍女に手伝ってもらいながら飲むことになったが。


 いろんな意味で気を張っていたおかげで味をゆっくりと楽しむことはできなかったが、エルーナの好物であったという事もあってとてもおいしくいただいた。


 ただ、見た目と違って味がイタリアンというより香辛料の効いたアジアンテイストに近かったので、一口食べた後に驚きでほんの少し目を見開いた。が、エルーナのその表情は一瞬のことで、それに気づいた者は運よく一人もいなかった。


 (ちょっと癖があるけど、美味しいのは美味しい。前ならあんまり食べようとは思わなかったかもしれないけど。やっぱり舌が変わってるからかな?)


 好物という事だけあって料理はどれも美味しく感じられ、気が付けば朝食だというのにかなり多めに食べてしまっていた。寝ていた間はほとんど何も口にしていない状態だったので、元気になった途端食欲が旺盛になってしまったようだった。気が付けば手を伸ばした先に白いパンが無く、無言でお替りを用意された時には恥ずかしさに俯いてしまったほどだ。それでも周りは微笑ましく眺めているだけだったが。


 朝食を終えるころには小さくお腹が膨れるほどで、久しぶりの満腹に体の力が自然と緩み、安心感で眠気も出始める。


 だが、そんな状態でも気を抜いてだらけることが許されないのが貴族。子供といえどもそれは同じで、腹が満たされたことによる眠気も感じさせない顔で姿勢を正す。


 「大変美味しかったです。」


 「それは良かった。昼まで部屋に戻ってゆっくりと休みなさい。テレサ。」


 「エルーナ様。お手を。」


 エルーナの後ろについていた侍女テレサが手を差し出す。その手を取ってゆっくり椅子を降りたエルーナは食堂を扉まで歩く。


 「おやすみエルーナ。また昼食の時に。」


 「おやすみエルーナ。ゆっくりと休むのですよ。」


 「おやすみなさい。お父様。お母様。」


 エルーナは小さくお辞儀をすると、テレサの案内のもと、自室に戻るために食堂を後にした。


 まだ体が本調子ではないエルーナは、後しばらくは安静にし、できる限り何もしないで体を治すことに専念することとなっている。


 そのため、今日明日は食事の時以外はベッドの中で寝て過ごすことになる。


 自室に戻るとすぐにテレサを筆頭として3人の侍女の連携により、早々とドレスから柔らかな寝間着に着替えさせられる。


 袖ありのワンピースのようで、上からかぶせられるようにして着た寝間着は非常に着心地がよく、ふわふわ滑らかな肌触りがとても好ましい。白の生地に青と黄色の糸で細かな花の刺繍がなされていて可愛らしい。エルーナのような少女にはお似合いである。


 そこに胴の辺りに薄い青緑色のサッシュを巻いてスカートが上までまくれ上がらないようにして、ようやく就寝準備の完了である。


 まだまだ大人の身長の半分ほどしかないエルーナには大きすぎるベッドに潜り込むと、テレサが丁寧に布団を首元までかけ、他の侍女が灯りを弱め、部屋にばかりにいるのでは窮屈なので、少しでも外にいる雰囲気を出そうとレースカーテンを閉めた状態で窓を開ける。


 「鳥たちのさえずりが心地いいわね。」


 窓からすぐ近くに見える大きな木には小鳥の巣があるようで、透き通るような高い鳴き声が小さく聞こえてくる。


 緩やかな風がふわりとカーテンを揺らし、部屋の空気が入れ替わるのを感じると、閉塞感が一気に和らいだ。まるで柔らかな草原の上で寝転がっているような気さえ味わえる。


 さすがに日の光が当たることはなかったが、それでもここ数日の事を思えば随分とすっきりする。


 「もうすぐ春ですからね。お体がよくなられましたら、庭に出て過ごされるのも良いかと思います。」


 テレサがエルーナの乱れた髪を梳かし整えながら微笑む。


 エルーナの記憶では、春には外でお茶を飲んだり、友人とおしゃべりをして過ごしていた。少し難しめの本も木の下で読んでいたようだ。


 「そうね。お茶を飲みながらゆっくりと過ごすのがいいわ。」


 「ではご用意しておきますね。」


 寝る準備が整うと、侍女3人が扉近くまで戻り、テレサ一人だけが残って他二人が退出した。



 テレサは扉近くに置いてある丸椅子に座り、近くのチェストの上に置いてあった少し厚めの本を手に取り、パらりと音を立てて開いた。


 テレサがエルーナの方を向いて低頭する。


 「私はここにおりますので、何かありましたらお呼びください。お休みなさいませ。エルーナ様。」


 枕が少し高めに調節されているので、ちょうど見下ろせばテレサがいる部屋の扉が見える。


 エルーナはテレサの低頭に笑顔で返した。


 「お休みさない。テレサ。またお昼ごろにね。」


 こうして朝食を食べてすぐに、エルーナは眠りについたのだった。


 (しばらくは退屈だけど、早く体を治さないとね。)


 あれだけ食べてお腹が少し苦しいとさえ思っていたのにもかかわらず、目を閉じるとすぐに意識は深い水底に沈んでいった。


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