メルネア主催の私的お茶会
ダスクウェル公爵家は城にほど近い一等地に高台をわざわざ人工的に造って建てられている。城から下町まで緩やかな勾配が続いていて、基本的に王宮よりも低い位置に整地した敷地を持っているのに対して、ダスクウェル公爵家の敷地のみが王宮と変わらない高さの敷地を持っているのである。埋め立てているのではなく、大規模魔法で地面を隆起させたうえで、地盤を強化するために根がしっかりと伸びる木を周囲に植え、木を魔法で強化するという手間のかかりようである。
これほどまでにダスクウェル公爵家が特殊なのは、それだけ王宮との関係が親密であり、国にとって重要であるという証と言えよう。
そんなダスクウェル公爵家の敷地は決して狭くない。むしろ他の公爵家よりも広大と言えよう。
人工的に造った高台は、最初はそれ程広くはなかった。というより、広くできなかった。地盤を隆起させるだけなら、木を植えるだけなら、木を魔法で強化するだけならそれ程の労力でもないが、それぞれを屋敷が建てられるほど広範囲に施す場合は別である。膨大な魔力と労働力が必要となり、その当時は何かと余裕もなかったために、小さめの屋敷を建てられる程度であった。
だが、建国以来からの度重なる増設により、今では城を除いて国一番の敷地面積を持つに至った。ただ、屋敷の本館は当時と変わらずそれ程大きくないのだが。
そんな広大な敷地のおよそ半分が庭園となっている。多種多様な花を咲かせるダスクウェル公爵家の庭園は実に見ごたえがあり、一日中見て回っても飽きない程と言われている。
その庭園の中心に、ベッセル家よりも一回りも二回りも大きく見事なガゼボが建てられている。屋根は網状になっており、間から太陽の光がこぼれてくるように設計されている。雨の時に利用する場合は魔力を籠めるだけで網目が薄い魔法の膜で塞がるように作られている。
本日はその大きさも装飾も見事な白磁のガゼボの中で、遠くから見れば微笑ましい、近くでいれば気まずさに逃げ出したくなるようなお茶会が開かれていた。
雰囲気が悪いわけではない。関係も良好な者ばかりで集まっているのだから、険悪になることもまずない。ただ、一人は天才と評判の少女を観察し、一人は恋に盲目であり、一人は二人の心境を察しながらどうにか無難に終えられるように苦心していた。
「ルディウス王子、私が贈りました短杖はいかがですか?」
「ええ、よく使わせていただいています。形も手にしっくりきますので、扱いやすいです。エルーナ様から頂いたものは、まだ使う機会が無いのでしまわれたままになっていますが。」
「大人になるにつれて使う機会も増えていくと思いますので、気になさらないでください。それより、ルディウス王子はメルネア様と幼い頃から親しくしていると聞きましたが。」
「メルネアとはよく家同士の付き合いもあって、よく会っていました。私はあまり城から出ることはできなかったので、メルネアとの会話だけがほとんど唯一外の世界と繋がれる時間でした。エルーナ様の話もそこでお聞きしたのですよ。」
「エルーナは私の自慢の友人ですもの。いずれ王子と一緒にこうして会う機会もあると思いましたので、よく話していましたの。」
エルーナは今の状況に少々頭を痛めていた。というのも、メルネアは王子に心を奪われていて、3人で話していてもほぼずっとルディウス王子の方に目を向けている。ルディウス王子はそんなメルネアの様子を知ってか知らずか、メルネアよりもむしろエルーナに会話を振って、エルーナに関心を寄せていた。そして、エルーナは何とかルディウス王子の関心をメルネアの方に逸らして、無用な争いが起きないように苦心していた。
(メルネア様、もうちょっと話題を振って主導権握ってください。そしてルディウス王子は私への興味無くして。)
エルーナの心の叫びが届いたのか、それとも顔に出てしまっていたのか。ルディウス王子は何かを思い出したような仕草をして、メルネアの方に目を向けた。
「そう言えば、この前父上に聞いたのですが、今回の私のお披露目で貴族の処刑が決まり、数が減るということで、近々新しく貴族に取り立てる者が二人いるそうです。なんでも、その内一方は商家の跡取りなのだとか。」
「・・・商人が?」
その時、メルネアの目が真剣なものに変わり、先程までのような甘い雰囲気が消し飛んだ。メルネアが目を伏せて考え込んだので、エルーナは話しを切らないようにルディウス王子に質問した。
「なぜ商人が貴族に引き立てられることになったのでしょうか。兵士や騎士ならばともかく、商人が貴族になるというのは聞いたことがないのですが。」
「私も初めて聞いた話なのですが、かつてダナトゥーナ王国が建国される時、建国の祖として最初の王と貴族を決める際、王と共にあった商人も貴族となったそうです。今はない家名らしいですが。それで、前例もあり、国にも随分と貢献してくれていた者だったらしく、この度貴族として迎え入れることになったそうです。」
王子の話を聞いて、エルーナは記憶の底に眠っていた一冊の本の事を思い出した。それは建国時代の事について書かれた歴史書で、詳しくは書かれていなかったものの、確かに商人が貴族となったことも記してあった。
「確か・・・ゴルドラ=マルネイトという、元々隣国のウォルレイアン皇国で商いをしていた商人だったでしょうか?」
「そうです。よくご存じですね。」
「以前に読んだ歴史書に書いてあっただけですよ。たまたまです。」
「いえいえ、よく勉強しているようで、尊敬します。流石噂に違わぬ努力家ですね。・・・メルネア?」
メルネアから聞いたのであろうことを言って、ルディウス王子がメルネアに同意を得ようと目を向けると、メルネアはまだ考え込んだまま固まっていた。心ここにあらずといったようで、ルディウス王子の声にも一切反応を見せなかった。
「メルネア様。メルネア様。」
エルーナも何度か呼びかけると、ようやく呼ばれていることに気が付いたようにハッとして、恥ずかしがるように頬を染めた。
「申し訳ありません。少し気になる事があったもので。」
「商人の事で何か?」
ルディウス王子がそう聞くと、メルネアは「あまり気にしないでくださいね」と前置きしながら質問に答えた。
「以前にアイナ様とお話しした際に、王都から少し離れた街で起きた横領事件の解決に協力して王国に貢献した商人がいると聞きましたので、その方ではないかと。ただ、貢献したという一方で、その一件を利用して大きくのし上がり、それまであまり聞こえてこなかった後ろ暗い噂もたつようになったそうです。曰く、横領事件にはその商人も関わっていたのではないか、と。」
「それは・・流石にただの噂なのではないでしょうか。経歴やその裏取りなどは事前に行われているでしょうし、横領事件の話は最近の事なのでしょう?十分に調べられて特に何も公にされていないのですから、大丈夫だと思いますよ。」
メルネアの言葉に、ルディウス王子は少し顔をしかめながらそう言った。メルネアの言葉は聞きようによっては事件の担当になった衛兵や役人が調べ損ねていると言っているようなものである。さらに、その商人を貴族にしようとしている国王自身も不注意であると訴えているようにも聞こえる。それを聞いたルディウス王子は当然いい顔はしないだろう。
ただ、エルーナはあり得る話ではないかと考えていた。
(だいたい、前例と言っても建国時の一例しかないし、そんな昔の事を持ち出してまで貴族に迎える程の貢献をしているとは思えない。よくて準男爵という貴族と平民の間の階級が適当だし、そもそも新たに貴族を複数名迎えなければいけないほど不足しているということも無いと思う。)
実際にどこの貴族がどれだけの仕事を抱えているかを把握しているわけではないエルーナだが、少なくとも、子爵である父エドワルドが通常業務よりもエルーナを包んだ光について調べることを優先できる程、業務が詰まっているということも無いはずだと考えた。
それに、貴族の職務に慣れていないはずの商人を迎えて仕事を引き継がせるより、近しい仕事を請け負っていた貴族に回したほうが幾分効率的である。少しの間その貴族への比重が重くなるが、それは特別手当を当てれば済むはずであり、1年ほどかけてゆっくりと探したほうが賢明だろう。
エルーナはそれを伝えようか迷っていたが、ルディウス王子は顔に出るくらいに不機嫌になっていた。そんな状態でエルーナが訴えたところで、ルディウス王子が納得するとは思えなかった。
メルネアも同じ結論に達したようで、真剣だった表情をフッと消して、もとの甘い笑顔に戻してしまった。
「ルディウス王子。これはあくまで噂話ですわ。お茶会でこういう話が出たというだけの話です。だから、最初に気にしないでくださいと言ったでしょう?」
「ですが・・・。」
「わかっています。例え噂でも、尊敬する国王を悪く言われるのは、王子にとっては辛い事でしょう。ですが、今後他の方の会に赴いた際に、同じように胸を痛めることがあったとしても、今と同じように顔に出してはいけません。そう、教えられましたでしょう?」
メルネアの言葉でようやく自分の心情が顔に出ていたことを知ったルディウス王子は、一度深呼吸をしてから表情を作り替えた。
「申し訳ありません。少し、感情に流されてしまいました。」
「よろしいのですよルディウス王子。まだ慣れていないのだからこそ、この場を用意したのですから。」
「感謝します。メルネア。」
険悪な雰囲気が和らぎ、3人ともお茶を飲んで一息吐いた。それからは勉強はどんな事をしているとか、魔法についてのあれこれとかを話してお茶会を終えた。エルーナもお茶会を終える頃には緊張もほどけて、純粋に会話を楽しむこともできるようになっていた。




