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公爵令嬢の取り巻きA  作者: 孤子
第一章 幼少期
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一筋の光

 女性の泣き声がした。


 嗚咽と共に漏れる言葉は、普段女性が祈りをささげる全ての神への怨嗟であった。


 恨み、呪い、冒涜するその言葉は、普段の彼女を知っている者が聞けば間違いなく聞き間違いだと思うだろう。毎日子のために祈りを捧げ、夫のために小さな神棚を部屋に置いてあるほどに信心深い彼女が、神を蔑む言葉を延々と口にしているのだから。


 男性が物を殴る音が聞こえる。


 豪華な調度品も、綺麗に整えられた花瓶も関係なく、怒りと絶望に打ちひしがれて、ただただ暴れまわる彼の姿は、普段の彼を知るものからすれば、到底信じられない光景であった。


 普段は気丈に振る舞い、冷静に物事を判断して数々の難題を乗り越え、部下に尊敬される騎士である彼が、怒りに我を忘れて物を破壊し、壁に亀裂が入るほどに殴り続ける彼の姿はまるで鬼のようであった。


 すすり泣く者、なだめる者、男性を抑えようとするもの。多くの人の声が聞こえる。


 そして全員が共通する点こそが、彼らがいる部屋の寝台に寝かされた一人の少女であった。


 ふわふわとした淡い金髪で、同年代よりも一回り程小さいか弱そうな少女は、いつもならその大きく美しい青の瞳を輝かせ、頬を朱に染めて笑顔を振りまいていたはずだ。


 どんな時でも明るく振る舞い、例え辛いことがあってもめげずに進もうとする愛らしい彼女は、まるで本当に人形にでもなってしまったのかと思うほど冷たく、体は動くことがなかった。


 いつもなら彼女の周りだけ色鮮やかに見えるはずだが、今は逆に色あせて見え、まるで彼女が全ての色を連れていなくなってしまったかのようだ。


 光は失せ、色は褪せ、暗く冷たい死だけがそこに横たわっている。


 「なんで、どうしてエルーナが・・・。」


 女性の消え入るような声。それに答えられるものなどこの場にはいない。


 全てが冗談であればと思う。夢であればと願う。


 けれどもそれは覆らない。


 「なぜだ!なぜエルーナが死なねばならない!エルーナ程の優しく素晴らしい子など他にいないはずだ。それなのにどうして神はその命を摘み取ろうというのか!」


 男性は渾身の一撃を壁に放ち、その衝撃で壁の亀裂は一段と大きく深く刻まれる。


 最愛の一人娘を病に奪われる。彼女ほどの女性など妻とエルーナ以外には存在しないと断言できる男性は、そんな彼女を奪った神を許すことができなかった。


 その気持ちはこの場にいる全員が同じであり、男性を止める執事であってもそれは変わらなかった。


 「どうか、お願いですから。お嬢様をお返しください。」


 「この命を捧げてお嬢様が帰られるならば喜んで差し出します。」


 どうか。どうか。皆が声を上げ、祈りを捧げる。それでも事実は変わらない。


 そのはずだった。


 突然一筋の光が差した。


 なぜか全員の目が奪われるその光はエルーナの額に差し、その光はどんどんと大きく広がって、ついには彼女の体全体を包み込む光の柱になった。


 光源などないはずの天上から降り注ぐ虹色の光は、色褪せていた彼らの視界を奪い、そして光はエルーナの体に吸い込まれていくように消えていった。


 「今のは・・いったい・・・。」


 男性がゆっくりとエルーナに近づき、女性がエルーナの手を軽く握る。


 わずかな希望を抱きながら、全員が固唾をのんでエルーナを見守る。


 「・・・あ。」


 突然。女性が声を漏らし、大粒の涙が流れ落ちた。


 彼女の隣に立っていた侍女がそれに気づき、彼女の視線を追って握る手を見ると、侍女も涙の理由を察してその場に座り込む。


 「ど、どうした!?」


 何があったのか理解できていない男性はすぐに女性に駆け寄る。


 女性は目を一切動かさず、ただ一点。握るエルーナの手をじっと見つめて答えた。


 「・・・動いたの。エルーナの手が、私の手を、握ったのよ。」


 その言葉を聞いた瞬間に男性はじっとエルーナの手を凝視する。そして女性と一緒にエルーナの手を握った瞬間、手の中で小さな手が動く感触がした。


 「すぐに医者を呼び戻せ!まだエルーナは生きている!」


 「た、直ちに!」


 扉の傍でじっと見守っていた部下の一人が駆け出し、十数分ほど前に屋敷を去った医者を呼び戻しに行く。


 侍女と執事はすぐに治療が行える環境を整えようと荒れた部屋を片付けに入り、水を張った桶を取りに向かう。


 男性はエルーナの枕元に向かい、愛娘の頬に軽く触れる。


 「・・・先ほどよりも温かい。かすかに息もある。大丈夫だ。助かる。いや、助ける。」


 「お願い、戻ってきて。もうこれ以上、私たちを悲しませないで。」


 二人は祈る。願う。神にではなく、一人の少女に。


 その願いは叶った。息を吹き返した少女は薄く目を開け、ゆっくりとほほ笑む。


 「お母様・・・お父様・・・。」


 驚きに目を見開き、二人は喜びに涙を流しながらエルーナの体に縋り付いた。


 その後、医者が戻ってからは、信じられないとばかり唖然としつつも治療が進められ、日が暮れたころに無事治療が終わったのだった。


 それから丸2日の間安静にしたエルーナは順調に回復し、一人で歩くこともできるようになっていた。まだ少し熱っぽくはあるが、食欲も戻り、意識もはっきりしているので、もうここから悪化して死に瀕するということはなかった。


 「お嬢様。お加減はいかがですか?」


 数日間寝たきりとなっていたので体が汗で汚れたままになっていたということで、体調が安定してきた今、風呂に入って体を洗うことになった。


 風呂場は10畳ほどの広さがあるが、浴槽は大人一人が入ればいっぱいになるくらいの大きさで、とてもアンバランスに見えたエルーナは内心首を傾げるが、前もって知ってはいたので態度には出さずに浴槽に浸かっている。


 湯の温度は少し熱めではあるけれど、湯を張るには炊事場で沸かした湯を持ってこなければいけないので、下手にぬるくして冷めてしまってはいけないと、エルーナは笑顔でうなずいて見せた。


 「気持ちいいですよ。久しぶりのお風呂なので汚れが落ちていくのがわかります。」


 「それはようございました。髪を洗わせていただきますね。」


 エルーナは浴槽から頭が出るように背筋を伸ばして浴槽のヘリに首を乗っけると、侍女がエルーナの髪を優しく流していく。


 一人で風呂に入れないというのは少し面倒だとエルーナは思いながら、それでも美容院に行けばシャンプーをしてもらっていたので別段気持ち悪さもなく、むしろ慣れた手つきで優しく洗ってくれる侍女の手が気持ちよく、ついつい眠ってしまいそうになる。


 「終わりましたよ。」


 「ならもう少し浸かってから出ることにします。」


 それから数分風呂に浸かってから風呂場を後にする。


 広い脱衣所にはふかふかのタオルを持った侍女と着替えを持った侍女が待機しており、エルーナは万歳した状態から一切動かずに体を拭かれ、着替えさせられた。


 (これがほんとの至れり尽くせり?)


 阿保なことを考えながらゆったりとした飾り気の少ないドレスを着て朝食に向かう。


 10時の鐘が鳴り響く音が聞こえ、時間ぴったりと思いながらゆっくりと食堂の扉の前に立つ。


 (これからこんな生活が続くと思うと楽しくなっちゃうな。)


 少し暗くなりそうな表情をしっかりと引き締めて、エルーナは侍女に扉を開けさせて、両親の待つ食堂の中に入っていった。


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