表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンドレス・トラブル  作者: T.HASEGAWA
エンドレスの始まり
7/34

絶体絶命大ピンチ

 どこか遠くで、気の早い鶏が鳴いている。

 朝の四時ちょっと過ぎ。

 まだ辺りは暗くって、星が瞬いている。

 こんな時間に女子高生が出歩いていたら、変な目で見られちゃうだろうな。ぜんぜん人通りがないからいいけど。


「麗香、ねえ。……本当に行くの?」


 わたしは不安になって、麗香にすがりつく。


「いまさらなにをいってますの? もう目と鼻の先ですのに……」

「でも、やっぱり警察かなにかに任せたほうが……」

「香澄がそれでいいのなら、そうしますけど……。でも香澄。警察に話したらあなた犯罪者よ。コンピュータの不正使用とか、過去に遡って調べられちゃったら、被害総額はいったいいくらになるのかしら? 億、じゃすまないでしょう? 数十兆から数百兆ジャパンドルはいくんじゃなくて? 日本の国家予算レベルよ。たぶん犯罪史上最高の被害額ね。未成年とはいえ、これだけの被害が出ているんですから、実刑判決は間違いないですわ。二十歳になるまでは更正施設かしら? そして成人になってから刑が確定して、無期か死刑か、それ以上は間違いないわね」


 うっ。

 そんな楽しそうにいわないでよ。

 確かに警察に頼れないのって、わたしのせいだけど。

 わたしがネットワークをただで使いまくったり、様々な情報をかってに覗き見ちゃったり、保護システムを片っ端から解除しちゃったりと、悪行の数々を行なっていたから、下手に警察の手は借りられないのだ。


「だからわたくし達だけで、かたを付けるしかありませんのよ? わかって?」


 わたしは渋々うなずく。

 わたしのせいでこんなことになって、わたしのせいで警察にも頼れないんですもの。いくら気が進まなくてもやるしかない。


「ここから回れば、裏側に行けるはず」


 麗香は右手の細い通りに入っていく。

 彼女の家でVRSに入り、研究所の周りの地図や、ミスティの奪ったデータから、研究所の見取り図などを手に入れていた。

 VRSには麗香と一緒に潜った。彼女の家には精神同調装置(サイコシンクロナイザ)の最新システムがあって、わたしと麗香は、二人で一人となったのだ。


 麗香はずっと前から考えていたらしい。ミスティが暴走するのを防ぐ方法を。


 ミスティというのは、一種、わたしの願望、あるいは欲望であった。

 普段抑えられている、こうありたいという気持ちが、異常に大きくなり、反比例して理性や抑制が萎縮してしまうのだ。だから、欲望を抑える理性を導入してやれば、ミスティはおとなしくなる。いくらかは。

 ミスティをきちんとコントロールできれば、大いに役立つのは間違いない。ミスティの能力は、他のジャンキーに比べても群を抜いているのだから。

 そこでわたし達は、サイコシンクロナイズしてネットに潜った。

 そしてメモリーカードから解除キーを入力し、隠してあったデータを読み取りながら、麗香とミスティとで、今回の計画を立てた。

 研究所の見取り図や、配線や配管などのデータも携帯電話に入れて、持ってきている。

 そう、わたし達は研究所に忍び込むために、こんな時間に出歩いているのだ。

 相当の夜更かし人間でも、眠っていると思われる、朝四時。研究所も、最低限の人間しか起きていないだろう。


「でも本当に龍子はここにいるの?」


 もしいなかったら、骨折り損だよ。


「いますわ。後で連絡するとき、龍子の無事が確認できるようにっていいましたでしょ? 近くに置いておかなければ、確認できません。それにこの組織は、あまり経済状態がよくないようですし、他にいくつもアジトを構えているとは思えませんし」


 確かに、経済状態がよくないらしいってのは、わたしも感じた。でもそれだけじゃ根拠としては弱いと思うんだけど……


「それより香澄と一緒にネットに潜った時、龍子の姿を監視カメラで見たでしょ? あれから移動していなければ、いるはずです。……おぼえてません?」


 はい、おぼえてません。

 ミスティの記憶のほとんどは、コンピュータの中に残してくる。おぼえていられることはすごく少ないのだ。


「おぼえていませんのね?」


 麗香はため息をついて、わたしを見つめる。


「わたし頭悪いから、あんまり入らないの」


 わたしは消え入りそうな声で、そういった。


「じゃあ、これもおぼえていませんのね」


 麗香はポケットから、タブレット、いわいる携帯端末を取り出した。


「なんでそんなもの持ってきたの?」


 当然わたしはおぼえていなかった。

 私達はサイコシンクロナイズして、様々な計画をシミュレートしたらしいが、まったく覚えていなかった。覚えていることって、見取り図引き出したり、なんか色々やってたなってくらい。


「かすみ、もう少し頭を鍛えたほうがよろしくてよ」


 はい、そうします。


「いい? これであるコマンドを入力すると、ネットに残してきたわたしくし達の分身が、活動を開始しますの。この研究所の警備システムを無力化したり、監視カメラを乗っ取ったり、いろいろな工作ができるように設定してあります」

「はあ、なるほど」


 そういわれてみれば、そんなこともやっていたような気がする。


「もう一度計画を確認しておいたほうがよろしいようですね」


 麗香は計画の全貌を歩きながら説明してくれた。


「ここから侵入するわ。コンピュータと連動した警備システムは、無力化されているけど、人間の警備員や番犬はわたくし達が始末しなければいけません。いいわね?」


 わたしはうなずく。

 やらなければ龍子がどうなるかわからないのだから。


「鉄条網か……このくらいなら、香澄のほうがいいわね。よろしく香澄!」


 研究所の敷地を囲む鉄条網が、最初の障害だ。

 くぐり抜けるのはちょっと無理なほど、密に張り巡らされているから、上を飛び越すか、地に潜るしかない。わたし達は前者を選んだ。

 麗香が微笑んだのは、苦労するのが自分じゃないからだろう。

 彼女はわたしに身体を預ける。

 わたしは麗香をおんぶして、気を集中した。


「んっ!」


 バネをたっぷり効かせて、力いっぱい跳躍する。

 わたしは、わたしの身長より遥かに高い鉄条網の上を飛び越していく。麗香をおぶって。

 うさぎの共生体を持つわたしには、これくらいなんでもない。持久力はともかく瞬発力だけなら、三人中一番だ。

 わたしは麗香ごとあっさり飛び越して、地面に降り立つ。


「れいかぁ、いつまでおぶさっているの?」


 降りてからも離れようとしない麗香に、わたしは抗議する。


「いいでしょ、わたくしと香澄の仲じゃない。少しくらいくっついていても」


 わたしはあれを思い出して、真っ赤になった。

 あっ、あれは意識のないときに勝手にされちゃっただけで、面と向かってされちゃうとやっぱり抵抗がある。


「まあ、いいわ。そんなことしている場合じゃなさそうですし」


 麗香がわたしから離れ、腕を薔薇の鞭に変える。


「ひっ!」


 わたしは迫り来るその姿に脅え、麗香の後ろに隠れた。


 パシュ!


 鋭い風切り音と共に、麗香の鞭が飛ぶ。

 それは正確に番犬(ドーベルマン)の鼻先に巻き付いた。


「っ…」


 番犬は口をふさがれ、鳴くこともできずにのたうちまわる。

 それもそうだろう。犬の弱点ともいえる鼻先に薔薇のとげが刺さっていたのでは、さしものドーベルマンでもひとたまりもない。

 そしてその、のたうちまわっているドーベルマンの喉元に、もう一本の鞭が巻き付く。

 二本の鞭が激しく締めつけ、番犬はやがて動かなくなった。


「殺しちゃったの?」


 番犬は口から泡を吹いて、ぴくりとも動かない。


「当然ですわ」


 麗香は平然とそういう。


「なにも、殺さなくたって……」


 わたしはその番犬を見て、なんだかとんでもないことをしちゃったような罪悪感をおぼえる。


「しかたありませんわ。この手の番犬をおとなしくさせるには、殺すしかありませんもの。それとも香澄ならなんとかできたかしら?」


「それは……」


 わたしはなにも答えられなくて黙り込む。

 麗香がどうにかしてくれなければ、殺さずにどころか、こっちが殺されていたかもしれないくらいなのだから。

 自分で自分の尻ぬぐいもできない者に、とやかくいう資格などないのだ。


「さあ、他の番犬や見回りが来ないうちに、行きましょ」


 わたしは麗香の後ろについて歩きだす。

 鉄条網のバリケードから研究所の建物までは結構あった。

 わたし達が向かっているのは、研究所の裏側の非常口だ。

 この非常口は、災害時のみ開閉できるようになっており、それ以外は中からでさえ、開けることはできない。

 つまりコンピュータから非常事態の信号が来るか、全信号が途絶えるかした時だけ、開くようになっている。

 普段は使われないドアだし、正面と違って警備員などもいないので、ここから侵入することとなった。


「香澄、中の音聞いて」


 わたしはうさ耳にして、中の音を拾う。

 一分程そうしていたが、なんら物音はしない。


「だいじょうぶみたい」


「開けましょう」


 麗香はタブレットを取り出し、ロック解除のコマンドを入力した。


 カチャ!


 周りが静かだから、ロック解除の音がことのほか大きく聞こえた。

 もっとも、これはわたしの耳が大きくなっていたからかもしれない。

 麗香はドアをそっと押し、中を覗き込む。

 そして、だれもいないのを確認した後、中へ入った。その後に、金魚のフンのようにわたしが続く。まあ確かに、見た目もそうだけどね。もちろん金魚は麗香だ。

 さすがに暗闇で行動するために、黒とか茶をベースにしたお洋服だけど。

 中に入ると非常燈がいくつかついている他は、真っ暗だ。窓がないので星明かりさえ入ってこない。


「こっちよ」


 麗香はドアから入って右手に進む。持ってきた地図も見ずに。

 わたしと違って麗香は、研究所内部を全部おぼえちゃったらしい。

 わたし達は、龍子の捕えられている、あるいは捕えられていた部屋へ向かった。

 ミスティが確認した時点から龍子が移動されたりすれば、携帯電話の方に連絡が入ることになっているそうなの。それがないということは、まだ龍子はそこにいるはず。

 龍子、もうすぐいくからね。それまで辛抱していてね。


「麗香、足音が……」


 わたしは麗香の耳元で声をひそめいった。――ひそめなくても小さい声だけど。

 もちろんわたしのうさ耳は最大限に伸ばしてある。麗香よりも物音には敏感だ。


「向こうから……」


 わたしは前方を指さす。

 こういった細菌研究所は、危険な生物の流出を可能なかぎり防ぐため、迷路状になっているのだそうだ。ここら辺は実験室や保管室とは、かなり離れているから、離壁こそ降りていないが、迷路構造にはかわりない。だから、前方にはまだ人影は見えない。

 足音からして、二人。

 さっきもいったように、迷路構造をしているので、こちらに来るかどうかはわからない。

 麗香はタブレットを取り出し、素早く操作。


「こっち」


 麗香は横手にあったドアを開け、中に入った。


「ここで少し様子を見ましょ」


 各部屋のドアは、IDカードを挿入しないと開かないようになっているが、中央制御室からもコントロールが可能だ。これも保安上の措置で、汚染が発覚した場合、その汚染が広がらないように内部の人間さえ閉じ込めてしまうのだ。

 その中央制御室のコンピュータがこちらのいいなりなのだから、この保安措置はこちらにとっては都合がよい。

 わたし達は真っ暗な部屋で、足音が通り過ぎるのを待った。

 わたしはうさ耳の感度を最大限に上げて、外の様子を探る。


 カツーン!


「ひっ!」


 わたしは危うい所で、悲鳴を飲み込んだ。うさ耳状態でいきなり大きな音がしたから、飛び上がりそうになったのだ。


「なにやってんだ?」

「すまん、ライターを落とした。そこら辺にないか?」

「ん? ああ、これかな。お前の落としたのは金のライターか、銀のライターか、それとも、鉄のライターか?」

「つまんねぇ冗談いうな。鉄のライターだ」

「正直者め。ほら、鉄のライターだ」

「金と銀のライターはくれないのか?」

「あとで、金紙と銀紙の貼った、使い捨てライターをあげよう」

「いらん。そんなもの」


 つまらない軽口をいいながら、彼らは部屋の前を通り過ぎていく。


「もうだいじょうぶかしら?」

「ええ」


 もう足音は聞こえない。

 わたし達はその部屋を出て、再び歩きだした。龍子の元へと。

 龍子が閉じ込められているのは地下室だ。

 わたし達は、地下へ続く階段を隔離しているドアの前まで来た。

 地下は研究所の中枢部で、細菌の実験および保管施設がある。ここから下は、特別に許可を受けた者でなければ入れない聖域だ。

 麗香はタブレットを取り出して操作する。

 ロックはあっさり外れ、わたし達はだれにも邪魔されず、中に入ることに成功した。

 ここから先、警備員の見回りはないはず。夜間は内部の宿直室を除いて、人間は入れないから。

 わたし達は、数メートルから十数メートルおきにある離壁や消毒室をいくつもくぐり抜け、ようやく宿直室へ到達した。

 最後の離壁の前で、わたし達は、内部をうかがう。

 見張りは二人。

 宿直室といってもかなり広い。二人どころか、二十人以上は軽く収容できるであろう。

 時には泊りで実験などもするのだろうか? 実験の途中で休憩のためにいちいち出入するのも面倒だから、休憩室も兼ねているのかもしれない。

 とにかく今見える見張りは二人だけだ。

 しかし、他にもいる可能性は大いにある。

 この二人の交代要員はもちろんのこと、龍子専用の見張りもいるはずだ。

 交代要員も合わせれば、八人くらいはいると見たほうがいいだろう。


「どうするの? 麗香」


 わたしは麗香にそう尋ねる。


「わたし一人ではそう何人もお相手できませんから、少し人減らしをしましょう」


 麗香はタブレットを操作する。

 そのとたんわたしは、二十センチあまりも飛び上がった。


『レベル5にて火災発生。レベル5にて火災発生。係員は至急消化活動にあたられたし。……繰り返す、レベル5にて火災発生。レベル5にて火災発生。係員は至急消化活動にあたられたし。なお、これは訓練ではない。……繰り返す』


 静まり返った中で、こんな大きな館内放送が流れたら、誰だってびっくりするわよ。わたしだけじゃなくて、見張りの二人も飛び上がって驚いたみたい。

 慌てた様子で、一人が宿直室横の備品倉庫のドアを開け、もう一人が、高レベル実験室へつながるドアを解除し始めた。わたし達は、より低いレベルにいるから、こっちの方に来ない。もちろん麗香はそれを知っていて、レベル5が火災だという、偽の放送を流したのだ。

 そうこうしているうちに、宿直室で仮眠を取っていたらしい交代要員まで出てきて、装備を付け始る。

 装備はガスマスクと、耐火服。あとはよくわからなかった。

 九人の男達が、中に入って行く。見張りを一人残して。


「いまよ」


 麗香はタブレットでドアを開ける。

 彼女はロックが外れるかいなやで飛び出した。


「だれ…ぎゃ!」


 彼は問い質す暇さえ与えられずに、麗香の鞭の洗礼を受けたのだ。


「うぎゃ、ひぃ! はう!」


 男が倒れ込もうとすると反対側から鞭が襲いかかり、彼は倒れることもできず、まるで踊っているかのように見える。

 着ている服はあっという間にぼろぼろになり、そこからのぞく肌が血で真っ赤に染まっている。


「ひざまづき、慈悲を請うなら、楽にして差し上げますわよ」


 麗香はそういって楽しそうに鞭をふるう。


「ねぇ、れいかぁ。もうあのひと、気絶しているんじゃない?」


 白目むいて、泡吹いているもの。あれでまだ意識があったら、変な人に違いない。


「あら、最近の男の方って、こらえ性がありませんのね」


 麗香が鞭を引っ込めると、男はくるくる回り、床へ倒れ込む。


「もう少し楽しめると思いましたのに……」


 麗香はさも残念そうにため息をつく。


「しかたありませんね。帰ったら香澄で欲求不満を解消しましょう」

「ちょっと、麗香。そんなぁ……」


 わたしは背筋が凍りつきそうになった。


「香澄ったら、人のこと利用するだけ利用して、いらなくなったらポイッと捨ててしまうような人だったのね? わたくしがこんなにつくしているのに、わたくしの些細なお願いも聞いて下さらないなんて」


 麗香はこの世の終わりが来たかのように嘆く。

 些細かどうかは疑問の残るけど、それをいわれると弱い。

 彼女達にはお世話になりっぱなしだし、ぜんぜんお返しをしていないのだから。


「こわいことや、いたいことはいやよ」


 わたしは覚悟を決めて、そういった。蚊の鳴くような声で。


「だいじょうぶ、楽しいことしかしませんわ」


 麗香はわたしの頭を優しくなでて、微笑む。

 わたしは思わず顔を赤くしてしまう。そうされるとわたしは、まるで小さな子供になったような、変な感じになるの。たぶん小さな頃、頭をなでられたことがなかったから、免疫がないのだろう。

「そうと決まりましたら、こんな所、長居は無用ですわ。さっさと龍子を助けだして、香澄で、遊びましょ」


 麗香は嬉しそうに、宿直室へ入っていった。

 そんな麗香とは反対に、わたしは重い足を引きずりながら後を追う。わたしと、じゃなくて、わたしで、遊ぶのね? 麗香。

 一瞬、龍子の救出を遅らそうかとも思っちゃった。

 ごめん、龍子。


「龍子、起きて下さらない!?」


 わたしがもたもたしていたら、奥の方からそういう麗香の声が聞こえた。

 えっ、龍子!

 わたしは一気にカメの足からうさぎの足になった。


「りゅーこ」


 奥の休憩室に、ロープでぐるぐる巻にされた龍子が寝かせられていた。

 いや、寝ていたという方がより正確ないい方だろう。この騒ぎでぐーすか寝ているんだもん。安堵より先にあきれちゃったわ。


「よお、麗香に香澄。遅いぞ」


 ようやく目が覚めた龍子が、文句をいう。

「あら、そんなことおっしゃいますの? わたくしがどんなに苦労して、ここまで来たとお思いなんです?」


 わたし達が、じゃないのは間違いではない。わたしってば全然役に立っていないんだもん。


「それに、その格好では、わたくしがなにをしても、龍子はどうにもできませんのよ。私の気分次第で、どうとでもできるということをお忘れなく」


 麗香は龍子に向かって楽しそうに微笑む。

 龍子は端で見ていてわかるほどに青ざめた。


「わかった、麗香。礼をいう。ありがとう、助けに来てくれて。ほんとどうなるかと思ったよ」


 龍子は後退りながら、礼をいう。きっと捕えられていた時より恐かったに違いない。


「べつにお礼なんていいんですのよ。ギブアンドテイクってことで」

「礼くらいなんべんでもいう。ありがとう、ほんとにありがとう、ありがとう麗香」


 龍子でもやはり麗香が恐いらしい。

 わたしが感じる恐さとは、ちょっとちがう恐さのようだけど。


「わたくしとしてはお礼より、色々させていただいた方がよろしいんですけど、時間もありませんことですし、助けて差し上げますわ」


 麗香は龍子を縛っている、ロープをほどき始た。


「そこまでだ!」


 その声に、わたし達三人の動きが、ピタっと止まる。

 ゆっくり振り返ると、男達の団体さんが、こちらに拳銃を向けて立っていた。


「お早いお帰りですこと」


 麗香って恐いものなしなのかしら? たくさんの銃口を前に、平然としている。


「レベル5は、お前達のせいで閉鎖になっていて、火の気はないんだ」

「そうでしたの。わたくしとしたことが、うかつでしたわ。次はもっと気を付けないと……次があればですけど」

「いい子にしていれば、少しは寿命がのびるぞ。縛り上げろ」


 男達が近づき、わたし達を縛り上げていく。

 解けかかった龍子のロープも縛りなおされ、わたし達は完全に動けなくなった。


「これで、仲間は勢ぞろいだな」


 真ん中のおじさんが、わたし達を見回してそういう。

 わたしはたくさんの銃口と男の人に脅え、麗香の後ろに這いずっていった。


「そんなわけありませんわ。これだけの事をするのにわずか三人で、できると思います?」

「普通なら、できるはずない。どこか大きなバックがついていないとね。しかし、君たちのことは少しばかり調べさせてもらったよ。――よくまあ、色々な所にちょっかいを出すものだ。無鉄砲というか無節操というか」


 はっきりいって、両方です。

 自分で尻拭いできるわけでもないのにちょっかい出すし、特に選んでちょっかい出しているわけでもない。

 無鉄砲で無節操。一番始末におえないわよね。自分でいうのもなんだけど。


「まあ、そこまで調べられましたの? ずいぶんお金と手間がかかったでしょう。お知りになりたかったら、素直に聞いて下さればよかったのに」


 れいかぁ、あんまり刺激するようなこといわない方が……


「素直に聞いたら教えてくれたのかね?」

「ええ、もちろん。わたくし達、なにも隠す事なんかありませんもの」


 麗香はにっこり微笑む。


「ほう、さすがに度胸はいいようだな。麗香君だったね。私も自己紹介しておこう。私はここの所長をしている芹沢という者だ。純血同盟の幹部でもある。それでは少し聞いていいかね?」

「ええ、どうぞ」

「うちのコンピュータも十分な!r(プロテクト)保護対策を施していたはずだが、どうやって破ったのだね。いつから狙っていたのだ?

 しかもあれだけ見事に盗み出しながら、わざわざIDを残して、もんくがあったら、メールでとか、挑発的なメッセージを書いていくとは、いったいなにを考えているのか、そこら辺のところを聞いておきたいのだが……」


 えっ、わたしIDなんか残したの?

 どーりですぐ嗅ぎ付けられちゃったわけだ。


「それは、わたくしに聞かれましても……。香澄、答えてあげたら?」


 そんなぁ。こんな大勢の男の人の前でなんかしゃべれないよう!

 わたしは、麗香の後ろに隠れ、引っ付いてしまう。


「ちょっと待て……。お前がやったんじゃないのか?」

「わたくしはなにもしていませんわ。すべてこの香澄がやりましたの。さっ、答えてあげなさい」


 わたしは男達の注目を一身に浴びた。もちろんわたしは真っ赤になりうつむいた。


「しかし……三人の中で一番成績の悪い…はっきりいって落ちこぼれてるのが、か? 残されていたIDは、確かにこの娘のものだったが……」


 ずーん。

 どーせ、頭悪いですよ。どーせ、落ちこぼれですよ。


「そんなほんとのことおっしゃったら、香澄が落ち込んでしまいますわ」


 れいかぁ、とどめささないでよぉ!


「でも、コンピュータを扱わせたら、世界一だぜ」


 龍子がフォローしてくれる。ありがとう龍子。

 わたしはちょっとだけ立ち直った。


「まあ、いい。それで、どうなんだ?」


 わたしはしかたなく説明を始める。


「VRSで遊んでたら、なんか硬い所にあたったから、覗いてみたの。そしたらなんか変な研究のデータだったから、とりあえず別のところに移動したの。ところでわたし、ほんとにIDなんか残しました?」


 男の人達、なんか変な顔してわたしのこと見てる。

「もう少し詳しく話してはくれんかね?」


 所長はわたしの要領をえない答えに、再度聞いてくる。

 でも、詳しくっていっても、これ以上詳しくなんかいえないよう。


「香澄ってネットから出るとおばかさんになっちゃうから、これ以上詳しい説明を求めるなら、VRSにでもつながないと無理ですわ」


 本当のことだけど、傷ついちゃうな。


「つまり、そちらのデータを盗って、破壊工作したのは、単なる気まぐれ、っていうところかしら。この子って憂さ晴しに、とんでもないことするから。まあ、天災みたいなものね。あなたたちはちょっと運が悪かっただけですわ」

「その憂さ晴しの後始末をしているのが、あたしと麗香ってわけだ」


 男達、なにもいえず絶句している。

 わたしみたいなのが、首謀者だなんて普通思わないよね。


「偶然とはいえ、三人のなかで一番落としやすいのを選んだのは正解だったわけだ。逆に落とされてだいなしにしてしまったが……」


 そうだ、慎二さんはどうしたんだろう?

 龍子のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていたけど。……ごめんね。


「慎二さん、捕まっちゃったですか?」


 わたしは、わたしにしてはかなり大きな声で、そう尋ねる。


「あの裏切り者は、逃げてそのままだ。いずれ捕まるだろうがね」


 よかった。逃げきったんだ。

 あの人が無事なら、わたしはもう、どうなってもいい。たとえここで殺されることになっても。でも、麗香と龍子だけは、なんとか逃がしてあげたい。

 こんなことになったのは、わたしの責任なんだもの。


「お願いです。麗香と龍子は、離してあげて。みんなわたしが悪いの。わたしが考えなしにやっちゃって、彼女たちはただ、とばっちりを受けただけなの。責任はわたしが取ります。だから彼女たちは帰してあげて下さい」


 わたしは涙ながらに訴える。

 麗香、龍子、ごめんね。こんなことに巻き込んで。

 一度、慎二さんのために死のうと思ったわたしだもの。もう覚悟はできている。あなたたち二人のためにだって、死ねるわ。


「わたしだけで十分でしょ? わたしは、どうなってもいいの。だから……」

「かすみ……なに馬鹿なこといってるんだ」

「そうですね。香澄ってほんとおばかさん。この人たちが、あなただけで満足するとお思い?」


 二人から馬鹿っていわれるわたしっていったい……


「その通り。いま、二人を解放しては後々面倒になる。まあ、しばらくはここにいてもらうつもりだ。私達に協力するなら仲間に加えてやってもいい。お前達の戦闘力といい、ハッカーとしての腕といい、我らにとっても捨て難い」


 わたし達を仲間に?

 でもそれって、人類を皆殺しにする手伝いをしろってことよね。


「その前に、我らの研究データを返してもらおうか。話はそれからだ。……どこにあるんだね? メモリーカードは?」


 あれは、たしか……


「カードが欲しければ、とりあえずこのロープをほどいてくださらないかしら? あれはいわばわたくしたちの命の保証ですわ。そう簡単に渡せると思います?」

「命の保証はしよう。ワクチンも最小限提供する。他の者にも手出しはさせん。これでどうだね? カードのありかをしゃべってくれれば、そのロープも解き、この研究所内なら自由に出歩けるようにしてあげよう」

「まだ、短いお付き合いでしかないのに、そんな言葉、信用できて? なにか保証になるものをいただかないと、カードは渡せませんわ」

「君たちに選択の余地はないと思うが……。この状態では私は君らをどうにでもできるのだよ。素直に私の提案に乗った方が利口だと思うが……」


 麗香の強情さにいらだったのか、所長はそういって脅迫してくる。

 確かに、さっきの龍子じゃないけど、こんな手も足もでない状態では、何をされても抗うすべはない。


「たとえば、誰かに痛い目を見てもらった方が、素直になるのなら、そうするのもいたしかたあるまい」


 彼はわたし達を見回し、そして止まった視線の先は……


「龍子君といったね。君がよさそうだ。君はどちらにしろ、カードの行方は知らない。ならば痛めつけている間に死んでしまっても、かまわないというわけだ」


 男達は嫌らしく笑う。


「龍子君でだめなら、次は誰にするか……。麗香君は、この中のリーダー格らしいから、君が知っている可能性は十分ある。かといって香澄君も、データを盗んだ本人だし。……二人を交互に拷問するのもいいかもしれんな」


 わたしはその脅しに、ぶるぶる震え上がった。


「まずは、龍子君。君からだ」

「やれるものならやってみな。あとで痛い目あわせてやる」

「さすが、威勢がいいね。だが、こいつを一発食らえば、少しはおとなしくなるかな? かえってうるさくなるかもしれんな」


 彼はリボルバーの銃口を龍子にむける。


「まずは右足の腿に一発撃ち込んでみるか」


 男の手が引き金にかかり、狙いを付ける。


「やめてぇー!」


 わたしは思わず叫んだ。


 ズキューン!


 だが、その叫び声と重なるように、銃声が轟く。

 りゅうこぉ!


「いやー!」


 わたしは泣きながら、頭を振る。

 龍子が、龍子が……


「落ち着きなさい。龍子はだいじょうぶよ」

「どうやらはずれのようだな」


 えっ、えっ。

 わたしは泣きべそをかきながら、振り返った。

 確かに、龍子はなんでもない。


「わざとはずしたのだ。だが、次は外さん。私が寛大なうちに、しゃべった方がよいと思うがいかがかね?」


 彼は再び銃口をむける。


「やめて、お願い! いうからやめて!」


 もういや。

 龍子が傷付けられるなんて、わたし耐えられない。


「香澄、いっちゃだめよ!」


 麗香、ごめん。

 麗香は自分さえ切り捨てることができるくらい、強い人だもの。きっと細菌がばらまかれれば、大勢の人が死んじゃうから、絶対に渡さないつもりなんだ。

 でもわたしは、そんな強くないもの。

 麗香や龍子が傷付けられるの、黙って見ていられないもの。


「メモリーカードは、麗香が持っているの。サイドポーチの中よ。途中で見つかった時、取り引き材料に使うって、その中に入れていたから……」


 わたしはついにいってしまった。

 麗香は私のことにらんでいる。くやしげに。

 ほとんど笑顔を絶やさない、あの麗香が……

 ごめん、ごめん麗香。

 ごめんなさい。


「おい、調べろ!」


 所長がそう命じると、脇にいた男が近寄ってきて、麗香のサイドポーチを開ける。

 中からはポケコムや、地図、そしてメモリーカードが出てきた。


「かすみのばか……」 


 麗香はそういって深いため息をつく。

 怒っているよね。あきれているよね。

 でも、わたしはこうするしかなかった。こうすることしかできなかったの。


「よし、それが本物かどうか、確認をいそげ」


 カードをとった男はそのまま部屋を出ていく。


「確認が済むまで、君たちには少しお灸をすえてあげよう。もうこんなおいたをしないようにね」


 わたし達は男達に担がれ、部屋から運ばれていく。

 わたしが、教えてあげたんだから許して、といっても聞き入れてくれはしなかった。

 ごめん、麗香。わたしが浅はかだった。

 こんなやつらに一度屈服したら、づるづると深みにはまるのは目に見えていたのに。

 男達はわたし達を担ぎ、どんどん奥の方へ行く。


「しばらくここに入って頭を冷やしな」


 わたし達はその部屋に投げ込まれ、ドアを閉められた。


「いてぇ」

「ちょっと、乱暴にあつかわないでいただけます!?」

「きゃっ」


 わたし達は、三人三様に抗議の声を上げた。

 しかし、その声が消えぬうちに、わたしは飛び上がる。

 冷たい!

 よくみれば、はく息が白くなってる。


「まさか、れいぞうこ!」

「そのまさかよ」

「かんべんしてくれよ」


 かなり広いそこは、試料などの保管冷蔵室のようだった。

 内部の温度計を見ると、マイナス八度のところに、針がいっている。

 これがマイナス四十度とかなら、いきなり床に張り付いていただろう。いまの温度でもおしりが冷たいけど。


「まったく香澄にはこまったものだわ。せっかくのチャンスをだいなしにしてしまうんですもの」


 麗香はそういって立ち上がった!

 彼女を縛っていたロープは、するりと床へ落ちる。


「麗香、そのロープどうやってはずしたの?」


 あんなにぐるぐる巻にされて、わたしだってどうにも動けないのに……


「わたくしは全身の細胞の多くを薔薇の鞭に変質させることができるんですのよ。腕や身体の細胞を薔薇に変換して細く伸ばせば、ロープは簡単に緩みます。隙を見て反撃するつもりでしたのに……」


 そうだったのか。

 だから麗香はあんなに冷静だったのだ。

 そして、彼らを怒らせ隙を作るつもりだったのだろう。それをわたしはだいなしにしてしまったのだ。


「ごめんなさい……」


 わたしはうなだれ、謝る。


「いまさら謝ってもらってもしかたありませんわ。そのかわり、後でたっぷり香澄で楽しませていただきますけど、もんくはありませんわね?」


 あーん、やっぱりぃ。そうくるんじゃないかと思ったんだ。

 でも、わたしは拒絶できない。拒絶する資格なんかないんだ。


「うん、好きにして……」


 もう、どうにでもして、麗香。

 謝ったって許されないほどのドジふんじゃったんだもん。このくらいしないと申し訳ない。


「どうでもいいんだが、このロープを解いてもらえませんかね。麗香様」


 龍子もとばっちりを食っては大変とばかり、下手に出る。


「そうですわね」


 麗香はわたしと龍子のロープを解いてくれる。

 そしてわたし達は、冷蔵室の隅にあった木の箱を並べて、そこに座った。


「いつまでこんなところに、閉じ込めておく気なんだ」


 龍子はそうぼやく。


「データを引き出して、ひとつひとつチェックするつもりなら、結構時間がかかると思う。データの一覧見るだけならすぐだけど。中身は!r(フリーズ)圧縮したうえに暗号化してあるから通常データにするだけでもすごい手間がかかるから」

「まったく早くしてほしいですわ。こんなに寒いのに……」


 えっ!

 麗香がわたしの方へ倒れ込んでくる。

 忘れてた。

 麗香って薔薇の鞭を使うために、肩まで露出するタンクトップを着ていたのだ。しかも下の方も短いキュロットスカートだけで、素足のまま。これも薔薇の鞭を足でも使えるようにするためだ。

 外ならそれでも、ちょっと寒いかなっていうくらいなのだけど、この冷蔵室の中ではすごく寒かったはずだ。はっきりいってわたし達二人に比べれば、はるかに軽装といえる。

 それなのに麗香ってば、泣き言ひとついわないで……


「麗香、しっかりしろ。寝るな! 体温が下がるぞ!!」


 龍子は、麗香をゆさぶり、露出している肌をしきりにこすり始める。


「ごめんなさい…わたくし、駄目みたい」


 麗香はそういって目を閉じる。

 いやぁ!

 いやいや。そんなこといや。

 麗香が死んじゃうなんて。

 そんなこと許さない。

 絶対に死なせたりしない!

 わたしは着ていた服を一気に脱ぎ捨て、下着姿となった。つまりブラとショーツオンリーだ。


「かすみ、なにを!?」

「龍子も脱いで! 早く」


 わたしは脱いだ服を麗香の露出した肌に巻き付けながらいった。

 いや、命令したのだ。龍子に!


「脱いだら、麗香に巻き付けて!」

「わかった」


 龍子はわたしの指示に、素直に従う。

 わたしの服を巻き付け終わるとわたしは、全身にうさぎの毛を生やし始めた。


「そうか!」


 わたしのやろうとしていることを龍子も悟り、虎の毛を生やし始める。

 麗香にわたし達の服を巻き付け、わたし達はその上から、麗香に抱き着いた。


「麗香、絶対死なせないから……」


 わたしは麗香を抱き締めながら、そう何度もつぶやいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ