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エンドレス・トラブル  作者: T.HASEGAWA
エンドレスの始まり
6/34

龍子を助けなきゃいけないのに

 わたし達はとりあえず麗香の家に行く。

 彼女の家はわたしの家の何倍も大きい。麗香のお嬢様ぶりは伊達ではなく、本物のお嬢様なのだ。

 麗香の家に来たのは、わたしの家より警備システムがしっかりしているから。約束をやぶって襲撃して来たとしても、警備会社がすっ飛んでくるまでの数分を耐えれば、なんとかなる。


「こんばんは、香澄さん。お久し振りですわね」


 麗香のママが出迎えてくれる。


「…おじゃまします」


 わたしは蚊の鳴くような声で挨拶を返す。

 さすがに麗香の製造元? だけあり、まだ若くて綺麗だ。物腰なども麗香とそっくりで、すごく柔らかい感じがする。いや、麗香がお母さんにそっくりなのかな?


「さあ、遠慮なんかしないで、お上がりなさい。お食事はまだかしら? それならすぐ作らせますわ」


 ふと、時計を見ればまだ八時前。

 長い時間がたったような気がしたけど、最初に襲われてから一時間も過ぎていないのだ。


「いえ、おかまいなく」

「食べておいた方がよろしくてよ。今夜は忙しくなりそうですから」


 麗香にそういわれては、断ることなどできない。


「すぐに用意できますから、食堂でお待ちになって」

「はあ」


 わたしは気のない返事を返す。

 龍子の事が気になって、あまり食欲はないのだけれど、無理にでも入れておいた方がいいだろう。麗香が忙しくなるというなら、本当に忙しくなるのだから。


「まあ、まあ、麗香さん。お洋服が汚れてましてよ。先に着替えをしてらっしゃい」


 汚れてる、のは確かだ。

 白とパステルピンクのワンピースなのだから、汚れはすごく目立つ。

 でもこれってどう見ても、血痕以外のなにものにも見えないはず。しかも結構飛び散っているのに、汚れてる、のひと言ですませられる問題なのかしら?


「いやだわ、いつ付いたのかしら? 香澄、食堂で待ってて下さる? わたくしちょっと着替えてきますわ」


 わたしはうなずく。

 麗香も麗香だ。よくこんな状況で、すっとぼけていられるものだ。


「そうそう、お母様。香澄と龍子の家に、電話していただけないかしら? 今夜はうちに泊まりますって」

「龍子さんもお見えになるのかしら?」

「いえ、龍子は来ませんわ」

「いらっしゃらないのに、泊まるんですね?」

「ええ、そうよ、お母様」


 二人はにこやかに会話を交わす。

 しかし、なにやら火花が散っているように見えるのは、気のせいだろうか。


「わかりました。電話しておきますわ。……でも、後でお話ししてもらえますわよね。協力してあげるんですから、仲間外れはいやですよ」


 麗香のママはちょっとすねてみせる。

 三十半ば過ぎのはずであったが、少女がそのまま大人になったようなかわいらしさがあった。


「もちろんですわ、お母様。ちゃんと片付きましたら真っ先にお話しします」

「楽しみだわ。……龍子さんのことですから、色っぽい話ではなさそうね」


 最後の方はつぶやき声だが、わたしの耳にはしっかり届いた。

 やっぱり母娘って似るのかなぁ。

 いつも思うんだけど、なんか麗香が二人いるみたいで怖い。

 娘が血痕を付けて帰ってきて、しかも友達のアリバイ工作を頼んでいるのに、まるで平気そうなんだもん。

 二人は終始にこにこ笑って、仲のいい母娘が、おしゃべりを楽しんでいるみたいにしか見えない。

 交わされる会話も、なんでもない日常会話そのものなのに、裏を知っていると意味が全然違って聞こえる。

 麗香に姉妹がいなくてよかったと思うのは不謹慎だろうか?

 わたしは麗香みたいなのが、何人もで会話したらどうなるだろうかと想像して、げんなりとなった。


 ――やめよう。


 今は龍子を、龍子の事だけを考えよう。

 ひとり敵地に捕らわれている、龍子の事だけを。

 でも、龍子が捕らわれのお姫様って、ミスキャストのような気がする。


 ――あっ、わたしってやっぱり不謹慎。


 食事を終えてすぐ、わたし達は作戦会議に……入らなかった。

 入ったのはおふろだ。

 いいのかな。こんなにゆっくりしていて。

 龍子が今ごろ、心細く……は思っていないか、見捨てられて怒りまくっているかもしれないというのに。

 麗香の家に比例して、おふろも大きい。

 まるで温泉みたいなおふろで、わたしは麗香のおさんどんをしていた。

 まあ、いいけどね。

 麗香って、ほんと肌が透き通るように白くって、きめ細かくてうらやましい。

 だからタオルなんかでゴシゴシ擦るような、不粋なまねはしない。そんなことをしたら、この柔らかな肌がだいなしだ。

 わたしは、手のひらで丹念に、やさしく洗ってあげる。

 麗香はその長い髪をアップにまとめているが、おくれ毛がちょっと濡れて、すごく色っぽい。

 ちらりと覗ける乳房も、プリンみたいにプルンプルンしていて。おしりなんかもすごく形がよくて。でもそれでいて、ウエストはきゅっと締まっているのよ。

 きっと男の子が見たら生つばごっくん、なんだろうな。ちょっとはしたない表現だけど。


 えっ、わたし!?


 わたしなんか、どうでもいいのよ。ほんとたいしたことないもの。

 典型的な発育不良の幼児体型だもん。

 見て喜ぶのはロリコンの変態くらいなものよ。BWHはほとんど変化ないし、ともすれば小学生に間違えられるくらいちっこいし。でもたまに、映画館などに行くと、小学生料金で入れたりして、ちょっとラッキーかな。――これってちょっと悲しいかも。


「さっ、今度はわたくしが洗って差し上げますわ」


 麗香はそういって、わたしを座らせる。


「いっ、いいよぉ」


 わたしは全身をピンクに染めて、あらがう。


「あら、わたくしでは迷惑ですの?」


 麗香はそうやってすねる。

 あーん、麗香って、ほんとかわいい。

 わたしはますます肌を赤く染めて、うつむいてしまう。


「うん、おねがい」


 わたしは小さな声でそういい、彼女に背中をむける。

 彼女はうれしそうに微笑み、わたしの肌に優しくお湯をかけてくれた。そしてわたしは、まるで愛撫されるように、やさしく洗われてしまう。

 いつもいじめられるけど、でも本当は優しい麗香。

 だからあなたに逆らえない。だからあなたが好き。

 龍子のようなストレートな優しさじゃないけれど、麗香には麗香なりの優しさがある。

 わたしも彼女達みたいに、だれかに優しさを分けてあげられるようになりたい。

 今はまだ、自分の事だけで精一杯で、いつも優しさをもらってばかりだけど、いつか彼女達のように、強さと優しさを兼ね備えた、すてきな女性になりたい。

 そう、彼女達のような。


 ほんのりと優しい光りが、薄く開けたまぶたの透き間から、差し込んでくる。


 えっ、えっ!


 わたし、寝てたの!?

 わたしはあわてて飛び起きた。

 当然、やわらかな毛布がずり落ちる。

 ええっ! なんでわたし、はだかなの!?

 淡いベッドライトに、わたしの肌もあらわな姿が浮かび上がる。

 わたしはあわてて、ちっちゃな乳房を両手で隠し、だれかに見られていないかと、辺りを見回した。


 れっ、麗香!


 そう、麗香がわたしの隣に寝ていたのだ。

 それだけなら、なんでもない。――ちょっとは支障があるけど。

 ほんとにそれだけなら。

 わたしが毛布をひっぱちゃっているから、彼女の上半身が見えている。柔らかな肌を惜気もなくさらして。

 わたしは恐る恐る、毛布の奥の方を覗く。

 恐れていた通り、わたし達はなにも身につけていなかった。完全に裸んぼうであった。

 なんでわたしと麗香が、裸でひとつのベッドに寝ているのだろうか?

 その先を考えるのが、なんとなく恐い。

 どうしてこんな事になったのか?

 確か、食事して、一緒におふろ入って、その後……えっ…記憶がない!

 わたしはもう一度、思い出そうとした。

 しかしやはり、おふろからあがった記憶がない。


「くしゅん!」


 隣で寝ていた麗香が、かわいいくしゃみをする。

 裸のうえ、毛布を半分あまりも取られていたのでは、くしゃみも出るだろう。梅雨前でだいぶ暖かくなったとはいえ、まだ夜になると冷える。


「かすみぃ」


 彼女は寝ぼけているのか、そういってわたしに抱きついてきた!


「っ! ……れっ、れいか! ちょっと、やめ、おっ、おきて…ねっ」


 わたしは真っ赤になりながら、麗香を引き離し、彼女を揺さぶった。


「あっ、香澄。もう目覚まし鳴ったのかしら?」


 まだ寝ぼけているのかしら、麗香。


「目覚ましなんか、鳴っていないわよ」

「…なんで起こしたんです。もう一時間は寝ていられましたのに……」


 麗香は、枕元の時計を見てぼやく。

 見ればタイマーはAM一時にセットしてあった。


「なぜって……それより、なんでわたし達、裸で寝ているの?」

「おぼえてませんの? 香澄がおふろでのぼせちゃって、わたくしがここまで運んできましたのよ。香澄って軽いから、わたくしだけでなんとかなりましたけど」


 のぼせちゃったわけね。

 麗香って信じられないほどおふろが長いんですもの。からすの行水に近いわたしが、のぼせるのも無理ないか。


「わたしはいいとして、なんで麗香まで裸なわけ?」


 訊きたくなかったけど、訊かなきゃ一生疑惑が付きまとう。


「もちろんこんな絶好の機会をみすみす逃す手はありませんわ。たっぷり楽しませていただきました」


 ひーん、やっぱり聞かなきゃよかった。

 いったいなにして楽しんだのよぉ!


「れいかぁ」


 わたしは情けない声で麗香を呼ぶ。そして、最後の望みをかけて訊いた。


「うそだよね、冗談だよね?」

「わたくし、嘘が嫌いのな御存じでしょ。記念写真何枚か撮りましたから、後で見せてあげますわ」


 そこでにっこり笑わないでよ! そんなうれしそうにしないでよ!

 もうお嫁にいけない!!

 ――どうせ、もらってくれる人なんかいないからいいか。

 麗香が責任とってくれるなら、いいかな。麗香、好きだし。……ちょっと怖いけど。


「責任とってね!」


 わたしはそう、麗香に念をおす。


「もちろんわたくし、自分でしたことの責任は、自分で取りますわ。だれかさんとちがって」


 うっ。しっかり反撃してくる麗香。

 わたしってやっぱり、お尻に敷かれちゃうんだろうなぁ。


「まだ少し早いですし、もう少し楽しんでいいかしら?」


 わたしはあわてて首を振る。

 だって、こんなの初めてだし、やっぱりちょっと怖い。


「まあ、いいわ。とりあえず着替えて、お夜食でもいただきましょう」


 あっさり諦めてくれてよかった。強引に迫られたら、逆らえないもん。

 わたし達は、ラフな部屋着に着替える。

 麗香のところってよく泊まりにくるから、わたし用の着替えを用意してくれているんだ。龍子用のも、ちゃんとそろっている。

 龍子はわたし程泊まりにこないけど。

 わたしは家に居辛くなると、麗香の所に逃げ込むから。

 龍子の所にもたまにいくけど、麗香の家ほどではない。


 ――そういえば、なぜなんだろう?


 龍子の所より、麗香の所に逃げ込むことが多いのは。

 資産規模からすれば、確かに麗香の家の方が大きいけど、どちらも、わたし一人くらい泊まりにくる程度では、たいして負担になるわけではない。

 うまくいえないけど龍子って、弱いものには優しく、強いものには厳しく、っていう愛し方なんだよね。

 現実世界にいるわたしは、すごく弱い存在で、だから龍子はわたしを全力で守ってくれる。限りない愛をそそいでくれる。

 それって、普通の時はいいの。

 ちょっとだけ甘えて、心の重荷を解放できる。

 それに、いつまでも甘えていたんじゃいけないって、わかるから。

 でも、現実逃避寸前までいっている時は、それがわからない。だからわたしは龍子の無限の愛に甘え、溺れそうになるの。もう二度と、そこからはい上がれそうにないほど……

 でも、麗香の愛はとても厳しい愛だ。弱者だろうと容赦しない。特に甘ったれている人間には。だからわたしは立ち直れる。ねちねちいじめられても、その奥底に、限りない愛があるから、わたしは彼女の言葉に耳を傾ける。

 すごく落ち込んでいる時は、龍子の優しさより、麗香の厳しさのほうが、わたしにとって必要だと本能的に感じていたのかもしれない。

 これだけ二人から、限りない愛を注いでもらっているのに、お返しできない自分がはがゆい。それどころかいつも迷惑をかけて。

 でもいつか、愛を分けてあげられるほど強くなるから、それまで待っていて欲しい。それまで友達でいて欲しい。

 おねがいだから……


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