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エンドレス・トラブル  作者: T.HASEGAWA
エンドレスの始まり
5/34

麗香、あなたって何考えてるの

 わたしは走った。

 ここまで完全変体して、四つ足で走るのは初めてだけど、本能は走り方を知っていて、足がもつれることもなかった。

 普段出せる倍以上の速度で駆け抜け、空き地に達するのに、五分程しかかからない。

 わたしは走りながら立ち上り、ゆっくりと元へもどった。


 どこなの、龍子?


 そこは空き地とはいえかなり広く、ビル建設かなんかの資材置場になっており、視界はすこぶる悪い。

 わたしは鉄条網の破れたところから、中に入り込んだ。

 空き地にはいくつかライトが設置されていたので、とりあえず歩くのに支障はない。

 わたしは耳だけを伸ばしてみた。

 聞こえる。激しい息遣いが。


 こっちだ!


 わたしは音のする方向へ、跳びはねるように向かった。


「はっ!」


 激しい気合がほとばしる。

 龍子にけり飛ばされた男は、そのまま宙を飛び、砂利の山に突っ込んだ。

 彼女の周りでは、二人ばかりのびていたが、残った五人はいずれも格闘技の心得があるらしく、さすがの龍子でもかなり苦戦しているようだ。

 彼女の家は道場を経営していて、彼女も幼い頃から父より手ほどきを受け、すでに父をもしのぐ腕前とか。しかし一人で七人も相手をするのは、いくら龍子でも無理だ。


「りゅーこ!」


 わたしは思わず飛び出す。


「ばか、ひっこんでろ!」


 それはないんじゃない、龍子。

 確かに足手まといかもしれないけど。


「そいつを捕まえろ」


 龍子を取り囲んでいたうちの一人が、わたしの方に向かってくる。

 そいつはなにか細い棒状の物を持っていた。


電撃棒(ショックバトン)だ。気をつけろ!」


 龍子がそう叫ぶ。

 ショックバトンって、先っぽに高圧電流が流れていて、最大パワーにすると熊でもおねんねするやつだ。

 そんなのを食らってはたまらない。

 わたしは、跳びはねるように逃げる。

 うさぎの共生体(バイオマージナル)を持っているだけあり、わたしは逃げ足だけは速い。走り、あるいは跳びはね、その男を翻弄する。

 とりあえず龍子の方の戦力を一人減らしただけでも、役に立ったと思う。

 でも、相手はまだ四人もいる。

 龍子は目にもとまらぬ連続技で対抗するが、苦戦は必至だ。


「ちっ!」


 横目で龍子の方をちらりと見ると、彼女は右肩を押さえ、じりじりと後退していた。

 ショックバトンが肩をかすったらしい。

 でもわたしの前には、男が立ちふさがっていて、そっちへ行けない。

 りゅうこ、がんばって。

 男達がショックバトンを振りかざし、龍子に詰め寄った。

 そして、それを振りおろす!


 ピシッ!


 わたしは見ていられなくて、一瞬目を閉じた。


「うぎゃぁ!」


 聞こえたその悲鳴で、わたしは閉じていた目を見開く。

 地面に尻もちを付いている男達。


「れいかぁ!」


 積み上げられた鉄骨の上に、ひらひらのワンピースを風になびかせ、麗香は立っていた。


「どうやら、間に合ったようですわね」


 れいか、れいか。


「大勢で女の子をいじめるなんて……なんてうらやましい。わたくしだって我慢していますのに……」


 わたしはその麗香のせりふでこけそうになる。

 麗香ってそういう趣味だったの!?

 わたしをいじめるのも、だからだったの?


「麗香、助けに来たのか、いじめに来たのか、どっちだ?」


 龍子もあきれる。


「ちっ、仲間か。まとめて捕まえろ」


 リーダー格の男がそう命じる。

 この頃には、のびていた男達も気が付き、七対三でにらみ合うこととなった。

 七対三とはいっても、わたしはほとんど戦力にならないし、龍子は利き腕である右手がまだ使えなかった。

 よってまともに闘えるのは、麗香だけである。


 対する男達は、七人。


 中には龍子の攻撃を食らって、多少ダメージを受けている者もいるが、決定的な戦力ダウンにはなっていない。また、手には電撃棒(ショックバトン)を持っているし、体術的にも十分鍛えられていた。

 ただし、男達には共生体がないため、反射神経や体力などの面では、わたし達の方が有利であろう。

 わたし達は一ヶ所にかたまり、やつらを待ち受けた。

 そしてやつらは、わたし達を取り囲むように迫ってくる。


「もう、逃げられんぞ。メモリーカードを渡してもらおう」

「はん、取れるもんなら、取ってみな」


 龍子はペンダントにしたメモリーカードを見せびらかす。


「そちらこそ、引いたらいかがです? お怪我をなさらないうちに……」


 麗香がにっこり微笑む。

 わたしの背筋を冷たいものが走った。

 フリルとレース、それに小さなリボンがたくさん付いた、白とパステルピンクの可愛いワンピースを着た麗香が微笑むと、すごく可愛い。

 なのにわたしはすごく怖かった。背筋が凍りつきそうなほど……


「やれ」


 男達は間合いをとり、そして襲いかかってくる。


「ぎゃ!」

「うおぉ!」


 あっという間に、男二人が地に突っ伏した。

 ショックバトンがあらぬ方向に飛ばされ、土管かなにかにあたり、鈍い音をたてる。

 一人がひたいを、もう一人は、右手を押さえていた。

 麗香の放った薔薇の鞭が、男達をなぎ払ったのだ。


「さあ、お次はどなたかしら?」


 麗香、すごく楽しそう。

 彼女は両腕を美しい薔薇の鞭に変え、次の獲物を物色する。


「たぁ!」

「やっ!」


 麗香が薔薇の鞭をふるい、華麗に舞う。

 彼女の鞭は美しいが、鋭い薔薇のとげが付いている。これで打たれれば、鍛え上げられた男達とはいえ、情けない悲鳴を上げ、屈服するより他はない。中にはなんだか気持よさそうにしている人もいるみたいだけど……


 麗香の優美な戦い方とは対照的に、龍子の攻撃は激しくそして力強い。

 彼女は虎の爪を出し、男達に挑む。左手と足技を中心に攻撃し、まだ回復していない右腕は守備に徹する。

 さすがに虎の共生体を持っているだけあり、そのパワーは並ではない。

 今も、長い足から繰り出されるまわし蹴りが見事に決まり、男の一人が吹っ飛んでいく。

 そしてわたしは、彼女らの間に入って……逃げ回っていた。


 うーん、情けない。


 でも、参加することに意義があると思うの。たぶん……

 麗香と龍子のコンビネーションにより、あっという間に男達は、リーダー格のとあと一人を残すだけとなった。

 その時。


 ドキューン!


 えっ! なに? 銃声!?

 わたしはとっさに、音のした方を見据える。


「りゅうこぉぉぉ!!」


 龍子が、龍子が……

 彼女は、信じられない、というような顔をして、ゆっくり倒れていった。


「りゅうこ、りゅうこ、りゅうこぉ!」


 わたしは半狂乱になって叫ぶ。涙があふれ出た。


 パン!


 わたしの頬が小気味よい音をたてる。麗香にぶたれたのだ。


「れいか……」


 わたしは力なく彼女を見る。


「だいじょうぶですわ。麻酔銃です」


 龍子を見れば確かに血など流れていない。

 よかった、よかった。

 死んでないんだ。

 わたしは、悲しみの涙をうれし涙に変えた。

 でも、それは早計であった。


「応援が来たようですわ。ここはわたくしたちが引いた方が、よろしいようですね」


 向こうの方から、十人くらいの男達がこちらに向かってくる。


「香澄、逃げますわよ」


 麗香はそういって土管の山に飛び乗る。

 でも…でも、龍子は?

 彼女は倒れて動けない。しかしとても担いでなど逃げられない。


「早くいらしゃい」


 麗香は男達を鞭で牽制しながら、わたしに命令する。

 ミスティだった時とは立場が逆だ。

 わたしはその声に逆らえずに、麗香の所まで跳躍した。


「まて、この女がどうなってもいいのか?」


 男が龍子にナイフを突きつけている。

 麗香、どうするの?


「べつにかまいませんことよ」


 麗香はそういった。そういいきったのだ!

 わたしも驚いたけど、もっと驚いたのは、男達の方だろう。

 皆あぜんとしている。


「……麗香、本気?」


 麗香がなにを考えてるか、わたしにはまったくわからない。

 龍子がどうなってもいいの?

 自分さえよければそれでいいの?

 わたしはそんな非難の目で彼女を見据える。


「もちろん本気ですわ。わたくしが嘘をついたことがありまして?」


 ひーん、ないから怖いんじゃない!

 麗香が口に出したことは、必ずやる。どんな事があっても。


「お願い、龍子を人質にとってもむだよ。麗香は本当に龍子を見捨てるつもりなんだから」


 わたしは男達の方に哀願した。

 はっきりいって麗香の方を説得するのは、天地がひっくりかえっても不可能だ。

 ならば、お門違いとはいえ、男達を説得した方がまだましだもの。

 なにやら、変な雲行きに、応援に来た男達も変な顔をする。


「あら、見捨てるだなんて、人聞きの悪い。ちょっと預かってもらうだけですわ」


 麗香は心外だわとばかりにいう。


「メモリーカードが欲しければ、龍子に手出しをしないことね。今はこちらが不利ですから、後で取り引き方法を連絡しますわ」

「なにをいっている。メモリーカードはこの娘が持っているはず」


 男は龍子の胸元を探る。

 しかし次の瞬間、薄闇なのに顔が青くなったのがわかった。


「ない! どこへやった?」


 男はさらに龍子の身体をまさぐろうとした。


「おやめなさい。無駄ですわ。カードはわたくしが持っていますから……」


 麗香は薔薇のつるの先っちょに引っかかっているカードを見せびらかす。

 いつの間に!?


「明日の朝までには御連絡致しますから、それまで龍子を大事に扱って下さいね。もし彼女に危害を加えたら、迷わずこのカードを破壊してしまいますわよ」

「わかった。……連絡先はわかるのか?」

「研究所の方でよろしいかしら? それならわかりますけど」

「それでいい。それでは明日の朝、七時までに連絡をよこすように。それを過ぎたら、この娘はこちらで勝手に処分する」


 処分だなんてそんな……


「その時は、どうぞ御随意に。……連絡を入れた時、龍子の無事を確認できるようにしておいて下さいね。それではごきげんよう」


 麗香は一礼すると、土管の山の向こう側に降り立つ。

 本当にいっちゃうの? 麗香。


「さっ、帰りましょう」


 麗香がわたしに向かって微笑む。

 うわーん、こわいよぅ。

 わたしは未練たらしく、龍子を振り返り、そして麗香の横に降り立った。

 龍子を置いていくのもつらいけど、麗香には逆らえない。

 龍子ごめんね。

 絶対、助けてあげるから。

 どんな事をしても絶対に。

 わたし達は闇の中を駆け抜けた。


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