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エンドレス・トラブル  作者: T.HASEGAWA
エンドレスの始まり
4/34

仮想世界は私の王国

 わたしは携帯端末を取出し、龍子の携帯端末宛てに電話を掛けようとするが、なぜか圏外になっていた。

 山中か洞窟の中でもない限り、いまどき圏外とかありえない。

 おそらく妨害電波でも出しているのであろう。

 すかさず公園の脇にあったコムボックスに飛び込む。昔風にいえば、電話ボックスだが、VRSに接続するためのヘッドセットや、身体を固定するイスなども置いてあり、カードを入れると中から鍵がかかるようになっている。

 受話器を外し龍子の携帯を呼び出すが、電源が入っていないか電波の入らないところにいるらしい。

 次は龍子の家に電話を掛けてみる。

 受話器から聞こえる呼び出し音が、いつになく長く聞こえるのは、気のせいだろうか。


『はい、望月だが……』


 受話器から聞こえたのは、渋い中年の声。龍子の父だ。


「わたし、松崎といいますが、龍子さんをお願いしたいんですけど……」

『おお、香澄ちゃんか。龍子はまだついておらんのかね? さっきの電話のあと、君の所へ行くといって飛び出していったが……』


 えっ、えっ。

 わたしのとこに!?


「龍子、どのくらい前に出ました?」

『そうじゃのう、ざっと十分くらい前かな? そろそろ着くころじゃろう』

「わかりました。もう少し待ってみます」


 わたしは震える手で受話器を置いた。

 わたしが龍子を呼び出した?

 そんなはずはない。

 だとしたら、考えられるのは音声合成だ。

 わたしの声を録音しておいて、コンピュータ処理すれば、わたしの声とそっくりな声で話すことができる。

 きっとわたしの声でしゃべったから、龍子は信用したんだ。

 公衆電話からでも電話すれば名前が表示されなくても不思議ではないし。


 どうしよう。


 龍子はわたしの家に向かっているのだろうか?

 だとすれば、もうすぐ着くころだ。

 でも、きっと途中で待ち伏せしているのだろう。

 あるいはもう、捕まってしまったのだろうか。

 家に行って確かめるか。――でも、もう時間がない。


 わたしは受話器のかけられている方とは逆側に手を伸ばす。そして、銀色のヘッドセットをつかんだ。

 現実世界のわたしは役立たずだけど、ミスティなら打開策を考えてくれるはず。仮想世界のカスミは、恐ろしいほど頭が回るのだ。もっとも、やっかいごとも引き起こすけど。


 いいよね、麗香。龍子が危険なんだもの。


 約束やぶっちゃってごめん。でもわたしは、初めてわたしの意志で仮想世界に乗り込むの。

 現実から逃げるためじゃなく、現実を乗り越えるために必要だから。


 龍子、お願い。

 なんとか時間を稼いで。

 わたしが見つけるまで。わたしが助けに行くまで。


 手にしたヘッドセットをわたしは手早く装着すると、イスに座りベルトで身体を固定する。

 そしてわたしは、VRSへの接続ボタンを押した。


 分解再構成は一瞬にして行なわれた。


 わたしはミスティ。

 仮想世界はわたしの王国。わたしは仮想世界の女王。


 わたしは分身をひとつ作る。

 カスミ1は麗香の携帯電話を呼び出した。


『はい、倉敷です』


 麗香の携帯だから、当然彼女が出る。


「わたしカスミよ。メモリーカードを龍子が持っているってしゃべっちゃって、どうも龍子がやつらに呼び出されたらしいの。詳しい事がわかったら連絡するから、そのまま待機していて」

『まあ、それはたいへんですこと』


 ちょっとは大変そうにいってよ、麗香。

 彼女のいつもと変わらぬおっとりした口調に、わたしはいらだつ。


「とにかくわたしは龍子を見つけるから、なにかいい手があったら考えておくのよ」


 わたしは麗香に命令する。香澄ではとうていできない芸当だ。

 そうこうしている間に、わたしは分身をもうひとつ作る。

 カスミ2はカスミ3を作り、カスミ3は……

 わたしはどんどん気薄な霞となって、世界中に広がっていった。


 そしてわたしは世界と同化する。


 仮想世界がわたし、わたしが仮想世界。


 すべてのものはわたしの支配下にある。


 わたしの邪魔をするな。


 わたしの怒りに触れるものは、一瞬のうちに消滅させてやる。

 後悔する間など与えない。慈悲を請う間など与えない。

 わたしに逆らうものは、容赦しない。

 わたしこそが仮想世界の支配者。


 仮想世界はわたしのもの。


 わたしはまず、この街のあらゆる警備システムに入り込み、監視カメラの映像を乗っ取った。

 コンビニエンスストアや銀行などを初めとし、個人の住宅に付いているものもだ。

 そして、室内はもとより、室内から室外を見れるカメラはそちらに首を回す。

 次は携帯電話の交換機に入り込んだ。

 やつらが連絡を取り合うとすれば、携帯電話で行なうに違いないからだ。

 そこで交わされる会話で、怪しいものがないかすべてチェックする。

 研究所のデータがあれば直接アジトを探れるのだが、今は龍子のもっているメモリーカードがなければ、そのありかがわからない。

 さすがに巨大な空間の、膨大なデータをいちいちチェックするのは、ミスティでも相当な時間がかかる。特にそのデータは自分自身で隠したのだから、並の探し方では見付かるはずもない。

 一応わたしは、分身を派遣してデータ探しを命じたが、まったくあてにはしていなかった。

 さらにわたしは、手がかりを得られそうな所に入り込む。

 わたしは(ミスティ)。どんなところだって入り込める。

 わたしの分身のひとつが、スパイ衛星に入り込むことに成功した。極々細いパイプであったが、わたしにはなんでもない。

 わたしはスパイ衛星のカメラを最大ズーム、最大解像度にして、この街を上空から見下ろす。

 すでに日は暮れているが、街灯や家の明かりの近くにいれば、服装である程度見分けは付くだろう。でなければ怪しい行動を取っている一団を探せばいいのだ。

 わたしは全能力を駆使して、龍子を探した。

 いったいどこに?


 ――警察を動かすか?


 いや、だめだ。

 彼らには別の連絡系統がある。ごまかすのは無理だ。

 他に手は?

 そうだ。

 開いているコムボックスの端末をオンにして、外部の音を拾おう。

 わたしは早速そうした。

 これだけのことをするのに、わずか一分少々。

 いつも慢性的なパワー余剰に嘆いているコミュニケーションネットワークサービスは、一気にパンク寸前になる。

 ほんとならうれしい悲鳴を上げるところだけど、残念なことにわたしは一切お金を払わない。まあ、こんなものちゃんと払っていたら、小さな国の国家予算くらいにはなってしまう。

 わたしは探した。龍子を。わたしの親友を。


 わたしの片隅で、警報が鳴る。


 どこかのネットマネージャーが探りを入れてきたのだ。

 わたしはそいつを容赦なくたたきつぶした。

 別の所でも警報がなる。今度は自動監視システムだ。

 そいつは握り潰し、黙らせた。

 わたしは次々に立ち上がってくる監視システムや、ネットワークマネージャーを片っ端から踏みつぶしていく。たまに、やじ馬ジャンキーどもが覗きに来るが、わたしの邪魔をしない限り放っておいた。

 わたしは精神異常の暴君ではない。

 なにもかも気に入らないものを排斥するわけではない。

 わたしの目的とは直接関係ないものは、今でも正常に動いているし、実際わたしの行動により支障が出ているのは、ネットマネージャーだけであった。

 彼らの仕事はわたしの正体を暴き、排除することだから、わたしの目的には邪魔なだけだ。


 警報が鳴る。

 だが、今までとは違う警報だ。


 オンにしていたコムボックスから、なにやらいい争う声がする。

 わたしはスパイ衛星の”目”をその付近に向けた。

 空き地らしいそこには、七人程の男と、一人の少年?

 いや、あの服装は見たことがある。

 龍子だ。


「龍子を見つけたわ。二丁目に資材置場になっている空き地があるでしょ。そこでやつらと闘っているみたい」

『わかったわ。すぐ行くから』


 電話が切れる。

 わたしは分身を回収し、ネットから飛び出した。

 そしてヘッドセットをむしり取るように頭から外す。

 カードをスリットから回収し、わたしはコムボックスから飛び出した。


 龍子、どうか無事でいて。


 わたしじゃ役に立たないかもしれないけど、麗香も来るから。


 耳が伸び始める。

 腿が太くなり始める。

 全身を白い毛皮が覆い、わたしは人兎(バニーガール)となる。

 すごく恥ずかしい。

 巨大なうさぎが服を着て、街の中を走り回る光景って、ちょっと不気味だろうな。

 でも、わたしは走る。

 龍子に向かって。


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