野望の全貌
わたし達がタクシーで乗りつけたのは、麗香の家。
麗香のところに状況を伝えたら、直接こっちへ来てくれっていわれたからだ。
「おじゃまします」
玄関をくぐると、そこには麗香と龍子がいて、わたし達を迎え入れてくれる。
「どこも怪我はないか?」
「うん」
「変なことされませんでした?」
「だっ、だいじょうぶだよぉ。そんな変なことなんかされてない」
麗香が期待のこもった目で見るので、わたしははっきり否定した。
そんな変なこと、あるわけないじゃない。
「とにかく部屋で話しましょう」
わたし達は麗香に続いて、麗香の部屋に入った。
玄関先で話し込んでいたら、きっと麗香のママがやってくる。
そしたらにこにこステレオで質問責めになるだろうから、わたしとしてはそのほうがまし。
そこでわたしと花ちゃんは、誘拐されてからの顛末を話しだした。
まあ、わたしは詳しいことおぼえてないから、ほとんどが花ちゃんの話しになったけど。
「だいぶあせってきたということでしょう」
それを聞いた麗香の第一声だ。
「地球滅亡まで時間がない上、各国がミスティと花子ちゃんの獲得に動きだしてる今、落ち着けというのは無理かと思いますが」
わたしだっていてもたってもいられない。
なんとかしなくちゃと思うけど、なにもできないいらだちに、ただおろおろするだけ。
「これだけ派手に動いたんだ。イギリスだけじゃない。他の国もミスティが香澄だということをかぎつけたろう。今後はもっと動きが激しくなるぞ」
「その通りです」
麗香と龍子は冷静に事態を分析する。
「でも、だったらどうすれば?」
世界中から狙われる。
それもだんだん増えていくだなんて。
いったいどうすればいいの?
「まず、彼らが本当はなにを望んでいるかを調べることですわ。
香澄や花子ちゃんを使って、どんなことをさせたいのかはっきりすれば、どう対応すればいいかも見えてくるはずです」
「それって、やっぱりわたしがするんだよね?」
「もちろんですわ。ミスティ以外にできるわけがありません」
「だけど、どうやって? どこをどうやって調べればいいかすらわからないのよ? そんなあいまいな条件じゃ、うまく検索できるかどうか……」
明確なものがなければ、検索対象は膨大な数になる。
そんなの選び出すだけでもたいへんなのに、選んだ中から絞り込むのはもっとたいへんだ。
「糸口はあります。まず香澄が呼ばれた会議室に来ていた人物の映像や音声は花子ちゃんが記憶していますから、ネットワークにつないで、ダウンロードすればよろしいでしょう。それからその人物の周辺を洗っていけば、なにかつかめるはずです」
そうか。
花ちゃんは正確で、詳細な記録をとることができる。
そのうえ生身のまま直接ネットワークと接続できるのだ。
わたしは花ちゃんからデータをもらって、それを元にデータを集めればいいんだ。
「それならなんとかなるかも」
「お願いしますわ」
「ところで、香澄の両親のほうはいいのか? 襲われる可能性もあるんじゃ……」
龍子の言葉ではっとなる。
そうだ、パパとママ。
だいじょうぶかしら?
いろんなことがありすぎて、わたしのことだけでせいいっぱいで、パパやママのことなど頭にうかばなかった。
ごめんなさい、パパ、ママ。
「たぶん、だいじょうぶだと思いますわ」
「なんでそんなこといえるの?」
「香澄のいえ、ミスティの力は、この前いやというほど見せつけました。ですから下手に手出しはしてこれないでしょう。
本人を確保するなら、そういった危険性は回避されますが、周りの人間を誘拐しておいて、少しでも時間を与えようものなら、全土が灰になりかねません。でしょう? 香澄」
「もちろん! そんなことしたら、徹底的に叩きつぶしてやるわ」
わたしはいったの。
おっきな声で。
「だめおしに、脅しておいたほうがいいかもしれませんね。世界中のミスティを狙う者達に」
麗香はにっこり微笑んだ。
「うん、そうする」
そしてわたしも微笑んだの。
麗香のように。
「なら、善は急げですわ。さっそくいたしましょう。どうします、サイコシンクロナイズします?」
精神同調。
それって麗香と同調して、いっしょにネットに潜るってこと。
そうするとミスティの暴走を防ぐことができる。
でもそのぶん、ミスティ本来の力を抑えてしまう。
「たぶんミスティだけのほうがいいと思う。やらなくちゃいけないことがたくさんあるから」
「そうですわね。それなら、十分おきくらいに中間報告をくださいね」
わたしはヘッドセットを着けようとしたけど、途中で手をとめた。
だって麗香のママがごはんだっていうんだもの。
気が張り詰めていたから、空腹なんか感じてなかったけど、麗香ママにっこり微笑まれると、狼ににらまれたうさぎ状態になってしまうの。
おかげで続きは、食事の後ということになった。
わたしはミスティ。
わたしは無敵の女王。
わたしはわたしを、霞のように薄く広く世界中に浸透させていった。
仮想世界はわたし。
わたしは仮想世界。
そんなわたしに逆らえるものはいない。
すべてのものはわたしの足下にひれ伏すしかない。
わたしは世界中の放送施設を乗っ取り、全世界にメッセージを流した。
世界各国の言葉で。
わたしはネットに潜ると、ミスティになると、大きく知覚知能が拡大し、どんな難しい問題だろうと、解くことができる。どんな言語だろうとも操ることができる。
わたしはミスティ。
わたしを探る者よ。
わたしを欺こうとする者よ。
わたしを利用しようとする者よ。
恐れよ。
恐怖せよ。
わたしは大いなる力を持つもの。
わたしを侮るな。
わたしの激燐にふれたるものは、地獄の業火で焼き尽くしてくれる。
そんな言葉をすべての国々に放映し、すべての人々にわたしの力を知らしめた。
わたしはミスティ。
そんなことをしている間にも、わたしは世界各国から情報を集める。
まず花子ちゃんからもらったデータで、あの場にいた人物に関するデータ。
家族のデータ。
親戚のデータまで。
さらにそれに付加する膨大なデータをわたしのものとしていった。
もちろんそんなこと、わたしにとってなんでもない。
そして見つけた。
隠された真実を。
放射性廃棄物が漏れたのは、事故ではなかった。
あいつらが。
あの、わたしを呼び出した者達が指示したことだったのだ。
わたしはそいつらが作った秘密プロジェクトを入手。解析していった。
それによると当初、ナノマシンの開発成功を機に、秘密プロジェクトが進められていた。
プログラムしだいで、ほとんどどんなことも、さほど労力も金もかけず実現することができる。
そこで考えたのだ、やつらは。
仮想世界ではない、現実世界に桃源境を作ろうと。
それには邪魔なものが多すぎる。
なかでも邪魔なのは、自分以外の人間。
どんなものでも作れるナノマシンがあれば、人間も植物も動物も作り出すことができる。
そう、自分に都合のいい生物を作り出せるのだ。
必要なのは多くの情報と、大量の物質だけ。
彼らはゴーサインを出した。
各国各地の放射性廃棄物処理場をひそかに破壊し、霊峰富士に彼らの桃源境を建設する計画を。
この計画はできるかぎり秘密を保たねばならなかった。
もし途中で明らかになれば、人々がそこへ押しかけて来るだろう。
よって可能なかぎり短期間でするために、建造と破壊を同時に行ったのだ。
破壊はうまくいった。
でも、建造は失敗し、このままでは一生狭苦しいシェルターの中で暮らさねばならないこととなった。
その最後のあがきが、今回の事件だ。
そしてそのことは、ミスティが花子ちゃん(当時の太郎君)を奪ったことにより、他国の知ることとなった。
制御可能なナノマシン。
それだけが彼らを救える、唯一の方法なのだから。
わたしはミスティ。
世界はわたし。
わたしは世界。
わたしはわたしを破壊するものを許さない。
わたしを傷つけるものを許さない。
わたしを虐げるすべてのものを許さないのだ。
わたしは野望のほぼ全貌を把握したあと、分身を回収し、ネットから抜け出た。
わたしは香澄。
引っ込み思案の赤面症で人見知りの、臆病なうさぎ。
でも、わたしはやらなきゃいけないの。
恐いけど確かめなくちゃいけないの。
花子ちゃんに!
「花ちゃん、知ってたの? 彼らの計画を……」
「えっ!」
「なんですって!?」
わたし達は、部屋の片隅にちょこんと座っている花ちゃんを見すえた。
「ええ、知ってました」
彼女はかすかに微笑み、そしていった。
「世界各国の放射性廃棄物処理場を破壊したのは、ぼくの分身です」
なんで?
なんでそんなこと?
知ってたんなら、もっと早く教えてくれればよかったのに。
なぜそれを今まで黙っていたの?
「その計画が進められていたころ、ぼくはすでに、人でいう”意識”がありました」
花ちゃんは、そんなわたしの心の問いかけに、答えるかのように語りだした。
「そして思ったんです。こんな不完全な生命体がはびこっているのは、資源とエネルギーの無駄だと。ぼくという完全体が生まれた今。
だからぼくは、シェルターの建設途中に機能不全をおこしたように見せかけ、計画を挫折させたのです。全生命体を消し去るため」
「そんな……」
花ちゃんがそんなこと考えてたなんて。
そんな、そんな。
「ぼくは今までたくさんのことを学習してきました。たぶん今では、人間そのものを自力で作成することさえできるでしょう。あるいはあなたたちの完全なコピーすら作れると思います。
いま存在するそのままの形で、すべてがナノマシンでできた世界をも作れるでしょう。ぼくはあなたたちのいう、神にも近い力を持つのです。
ぼくはこの地球を支配し、生命を新たな段階に進化させるつもりでした。そうしたらきっとすばらし理想世界が建造できるでしょう。完全なる理想世界が」
わたしの後をひょこひょこついてきた花ちゃん。
麗香にキスされて、顔をほころばせる花ちゃん。
龍子に頭をなでられて、目を細めてた花ちゃん。
それってわたし達を、人間を、世界を学習するためだったの?
あれはすべてそのためで、地球の生命体が滅びるのをただ待っていただけだというの?
わたしになついてくれたのは、そんな理由からだったの?
ねぇ、答えてよ花ちゃん。
「信じられない。そんなこと信じない!」
わたしはいった。
花ちゃんに向かって。
みんながびっくりしちゃうような、大きな声でそういったの。
あれが演技だったなんて。
わたし達を偽っていただなんて。
わたし信じられない。
信じたりしない。
「花ちゃん。わたし信じない。そんなこと信じないからね。
だって花ちゃんはわたし達の仲間だもの。
お友達だもの。
だから花ちゃんのしたことは、わたし達のことを考えてのことだと信じる」
「わたくしも信じませんわ。あなたがそんなことを考えているだなんて」
れいか!
「あたしもだ」
りゅうこ!
そう、わたしだけじゃない。
麗香も龍子も信じている。
花ちゃんを。
「……甘いですね」
花ちゃん。
「ほんと甘いです。ぼくのことなんか信じるなんて。
ぼくは人間じゃないんですよ。
ぼくは人間に造られた人間以上の存在。
地球を根本から作りかえてしまえるほどの力を持つもの」
目じりに光るそれって、涙!?
「花ちゃんは人間じゃないけど、人間以上に人間らしい心がある。力とかそんなこと関係ないの。わたしは花ちゃんが好きよ。いつも、いつまでもいっしょにいたいの」
「香澄のいうとおりだ」
「そうですわ」
やっぱりそう。
花ちゃんは泣いているのだ。
涙をぽろぽろ流して!
「なんだか変です。身体の制御がうまくいかなくて……。よく人間て、こんな現象、平気で受け入れてますね。
人間てほんと変です。
さっぱり理解できません。
ぼくはもっともっと勉強する必要がありますね。人間のことについて。
とても十年や二十年では足りないくらい」
「花ちゃん……」
「ぼくは人間じゃなくてもいいんですね? ぼくが人間でなくても好きでいてくれるんですね?」
「もちろん!」
「当然ですわ」
「あぁ」
花ちゃん、花ちゃん。
わたし達は友達だよ。
仲間だよ。
いつまでも。
ずっと。
それがかわることはないのよ。
わたしは花ちゃんに抱き着き、きゅっと抱きしめた。
あたたかな花ちゃんの体温を感じる。人間そっくりに心臓の脈打つ音も聞こえる。
そしてなにより花ちゃんの心が感じられた。
そんなわたし達の上に、麗香と龍子がかぶさるように抱きしめてくれる。
龍子、麗香、花ちゃん。
みんな好き。
大好きなの。
「ねぇ、れいかぁ。おしりさわんないでぇ。りゅうこぉ。ちっちゃなおっぱいさわってたのしいの?」
このシリアスな場面でふざけないでよ!
わたしはぷんすか怒る。
でもわたし以外の三人はいっせいに笑いだす。
もう、知らない!
わたしはみんなのおもちゃ。
もうかってにしてよ。
だからみんな。
ずっとこのままでいようね。
ずっと、ずっと。




