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エンドレス・トラブル  作者: T.HASEGAWA
エンドレスの始まり
3/34

わたしってやっぱり不幸な少女なんだろうか

 デートの後、夢のようなひとときを反芻していた時、わたしは突如現実にもどされた。

 下の方で何かが割れる音がする。そして、いい争うくぐもった声。


 また、パパが帰ってきたらしい。


 月に数度、つまり週に一度くらいは帰ってくるわたしのパパ。

 わたしの生まれる前は、仕事が忙しくて。生まれてからは、ママが他の人と付き合っていたのをパパが知って、帰り辛くて、仕事に打ち込む。


 いまだに別れないのは、わたしがいるから。そして世間体が悪いから。


 わたしのパパは一応、会社の重役しているし、これが離婚なんていったら、信用ががた落ち。かといって、ママから別れ話を出したら、莫大な慰謝料を払わなければいけない。


 そして、パパは疑っている。わたしが本当の子供じゃないんじゃないかと……


 DNA検査、という話も少し出たけど、その当時のママの浮気相手って、パパの一卵性双生児の弟だったらしくて、決定的な証拠とはなりえなかった。

 そんなだから、仮に離婚したとしても、パパはわたしを引き取らないだろう。


 じゃあ、ママは?


 多分こちらもそんな気はないだろう。

 ママは若い恋人に夢中だし、こぶ付きで彼が納得するとは思えない。

 だいたい、わたしの教育に『失敗』したのは、家庭をかえりみない、パパのせいだと思っていて、家にいる時もめったに顔を合わせない。それどころか、露骨に避けるのだ。


 陰気な娘の顔を見るのも厭なのだろう。


 どちらも引き取りたくない、面倒を見たくないから、二人でわたしを押しつけあっている。

 そんなだから、顔を合わせれば、いつでも口論となる。時にはいくつかの家具や食器を犠牲にして。


 ママのヒステリックな叫び。パパの大きなどなり声。


 それらを聞いていると、わたしは部屋の片隅で、ひざを抱えじっとうずくまってしまう。

 わたしはいらない子。生まれてくるべきじゃなかった。だれにも愛されていない。

 そんな言葉が、どこからともなくわき出てきて、わたしは現実世界にいられなくなる。


「あっ、いけない」


 わたしはいつの間にか、ヘッドセットを手にして、今にも装着しそうになっていた。


 さっきまで丸くなってたはずなのに。


 気が付いたらベッドに腰掛け、ヘッドセットをパソコンに接続し、あとは装着するだけで、仮想世界へ逃避できるところまで来ていた。

 しかしあと一歩のところで、わたしは麗香の笑顔を思い出し、踏みとどまった。


 麗香の笑顔は、パパ達の喧嘩より恐ろしい。

 あれだけいわれて、また入ったなんていったら。


 ――よそう、考えるだけで身震いがする。


 耳栓して寝ちゃおう。そうすれば、またしばらくはだいじょうぶだ。


 パパは朝には出ていって、しばらく帰ってこない。

 喧嘩する相手がいなければ、ママもいたっておとなしい。

 わたしは無視され避けられるけど、それだけなら学校でもそうだから、あまり気にならない。


 そう、気になんかならない。



 心が締めつけられるような、そんな時間も、いつかは過ぎ去る。

 そして今は、楽しい時間。

 彼とこうして歩くのが、いったい何度目になるのか、わたしのちっちゃな頭では数えることはできなくなった。


 放課後はちょっと公園を散歩して、喫茶店や、ファーストフードのお店へ入ったりするだけの、わずか一時間かそこらの小デート。

 土日は、気張っておしゃれして、遊園地や映画館へ行き、食事やウインドショッピングを楽しんだ。

 彼は黙りがちなわたしに、無理に話させることはしない。黙ってわたしを引き寄せるだけ。


 言葉など交わさなくても、全然気まずくなかった。

 彼にそっと寄り添っているだけで、わたしは幸せだった。

 彼が別の目的を持っていようと、それでもいいと思えるほどに、彼の腕の中が心地いい。


 つばめを囲っている有閑マダム達も、こんな気持になるのだろうか。お金が目的だとわかっていても、彼から離れられない。そんな気持に。


 わたし達は朝から夕方まで、めいっぱい遊ぶ。

 彼は気を使ってか、日が沈むまでには家に送ってくれる。


 こんな家、帰らなくてもいいのに。

 わたしが帰らなくても、誰も心配なんかしないのに。


 ファーストキスから、もう何度かキスしたけれど、ただそれだけ。彼はそれ以上求めてこない。

 期待しているとかそういうことじゃないけど、わたしって男の人を悩殺しちゃう魅力ってないから、ちょっと心配なの。

 発育不良のちっちゃい身体。とうぜん胸もおしりもちっちゃい。


 こんな身体じゃ、男の人だってやだよね。

 自分だってあまり好きじゃないもの。


 麗香や龍子と何度か一緒におふろ入ったことあるけど、完全玉砕。夢も希望もない。そんな状態だった。

 同性なのに、思わず見とれちゃったもん。

 彼女らにラブレター出す子の気持はわからないでもない。


 対するわたしは、ずんどうの幼児体型。こんなわたしの身体には、興味がわかなくて当然だ。

 たぶん彼は、身体を奪って失敗する危険を犯すより、今の状態で十分だと思っているのだろう。


 そう、わたしは彼の虜。


 彼のいうことだったら、なんでもきいてしまうだろう。

 わたしに大きな安らぎを与えてくれた彼のためなら、どんなことだってするだろう。


 たとえ人類を抹殺することでさえ。


 わたしには彼と、そして麗香と龍子がいればいい。

 あとはもういらない。


 だから、早く打ち明けてほしい。

 わたしを仲間に加えてほしい。


 偽りの恋人を演じるのは、もういや。


 打ち明けてくれさえすれば、わたしはすべてを許し、二人は本当の恋人になれるの。

 彼だってそう思っているはず。わたしといて、あんなに楽しそうなんだもの。

 全部が全部演技だなんて、とても思えないもの。

 敵同士という厚い壁がなくなれば、わたし達は素直になれるはず。


 ――それとも、わたし達の敵だという認識そのものが、間違っているのかしら。


 彼は単なる一般人で、陰謀などというものにはいっさい関わりのない人。


 そうだったら、どんなにかいいだろう。

 そうだったら、わたし達は本当の恋人。今までも、そしてこれからも。


 でもまだ疑惑は消しきれない。


 それでもわたしは、彼が敵でないと信じたい。

 敵であってもわたしを好きだと、愛していると信じたいの。




 夕暮れ時の公園。


 ここはわたし達の、最後のひとときを過ごす、神聖な場所。

 ファーストキスをしたベンチは、わたし達の指定席となった。

 ここでわたし達は何度となく口づけを交わした。

 そして今もまた、わたし達はゆっくり唇を離していく。

 ほんの少し前まで、わたしが男の人と付き合うのはもちろんのこと、キスまでするなど信じられなかったのに、今はこうして何の抵抗もなく、してしまう。

 身体を求められたら、多分拒めない。求めてこないけど……

 このキスが終われば、わたし達は帰途につくことになる。いつもなら。

 でも彼は立ち上がろうとせず、わたしの目をじっと見つめる。


「気が付いているだろ?」


 わたしの心臓は三メートル十四センチも飛び上がった。

 ついにこの日が来たのだ。

 わたしは硬直したまま、うなずいた。

 うなずくしかなかった。

 いまさらとぼけても無駄だからだ。


「君が持っていったデータを返してもらいたい」


 わたしはちょっと口ごもり、そしていった。


「…なんで、あんな恐ろしい物を作ったりするの? 大勢の人達を殺してどうするの?」


 彼は少し影のある微笑みを見せた後、語りだした。


「今、世界の人口はどれくらいだか知ってるよね? ざっと数えて、百二十億だ。これがわずか百年前まで、この半分だった。さらにその百年以上前となると、数はぐんと少なくなる。穀物供給量自体は人類のすべてを養う分があるはずなのに、その多くは先進国が買占め、家畜を養うために使われたり、バイオ燃料にしてしまったり、大量に廃棄されたりしている。その結果まともに食えているのは世界人口の2割ほどでしかない。つまり百億近い人間が飢えて、あるいは餓死しているわけだ。

 日本だけを見れば、人口はさほど変わらないものの、世界一の高齢化社会となっている。そのために導入されたのが、大幅な自動化と、共生体による人間の強化だ。

 自動化と人間の強化により、膨大な生産力を維持する日本は、世界から食料をかき集め、飢えで死ぬものはほとんどいないから、あまり実感はないだろうが、日本とその他先進国以外では厳しい状況が続き、そして今後はもっと厳しくなっていく。

 また、人口の増加にともなって、公害の進行も深刻になり、浄化限界、つまり、すべての害毒の流出をストップしたとしても、自然破壊に歯止めがかからない限界線も近いといわれている」


 そんな話は、社会科の授業で教えてもらうし、毎日のニュースでも連日のごとく報道される。もちろん遠い国の話で、まったく実感なんかわかなかったけど。

 日本は、他国と海で隔てられていて、自然破壊もそれほど深刻じゃないから。


「このままでは人類は、地球そのものを食らいつくし、すべての生命体が生存不可能になる。その前に、増えすぎた人間を処分し、正常な状態にする。それが、僕達純血同盟の大義名分だ」


 彼は、大義名分、を強調するかのようにいった。


「実際の目的は選民思想で、日本人の選ばれた人間だけを優先的に生き永らえさせる計画らしい。

 もともと純血同盟は極右組織で、日本人のしかも共生体を埋め込んでいない人間の集まりだったんだ。だから僕も共生体を持っていない」


 名前と共に親からもらえる共生体だけど、それをよしとしない人達もいる。

 人間に別の生物の遺伝子を導入することは、人間ではなくなることだと、主張する一派だ。

 わたしも噂くらいは聞いたことがあるけど、日本では普及率が百パーセント近くて、実際に純粋な人間に出会うことはほとんどない。

 やはりどうしても、能力的に劣るため、共生体がないと日本の厳しい競争社会では勝ち抜けない。だから、ほんとに極一部の人達が、共生体を拒否しているだけであった。


「僕の両親が、その純血同盟の主要メンバーで、僕は次期幹部候補ってわけだ。この仕事に成功すればね」


 彼は肩をすくめてそういう。

 なんだか、あまり気乗りしないような、そんないい方であった。


「親がそんなだったし、僕も共生体がないことで、結構惨めな思いもしたから、この間までは、この計画を積極的に進めていた方だった。

 ――でも今は、少し疑問に思っている」


 彼はそこで言葉を切ると、わたしのおでこに軽くキスをした。


「君を好きになってしまったから」


 彼はそう、耳もとでささやく。

 わたしはたちまち赤くなり、耳が伸びてしまう。


「初めは君に近づき、データの所在を確認するのが任務だった。でも、君の一生懸命な姿を見ているうちに、本気になっている自分に気が付いたんだ。共生体を持っているというだけでエリート面をしている者だけではない。精一杯生きている者もいるんだってことに……」

「そんなわたし……慎二さんに好きになってもらいたくて、一生懸命だったの。下心いっぱいあったから一生懸命になれたの。普通のわたしは、すべてのものから逃げている、ただの臆病な女の子にすぎないわ」


 そう、わたしは両親からも、クラスメイトからも、その他のすべてのものから逃げている。

 両親の喧嘩を止めもせず、自分は逃避する。クラスメイトが話しかけても、傷つくのが恐くて、自分の殻に閉じこもってしまう。

 だから、だれもわたしを相手にしない。わたしと本気で付き合わない。

 だから今まで、麗香や龍子のように無理やりわたしの殻を破って、わたしをひっぱり出してくれる人としか付き合えなかった。


「僕のために一生懸命になってくれた。それだけで十分だよ。他人のため、地球のためなど、思ってもいないことを大義名分としないとなにもできない連中より、ずっと正直だ。人類のためなんかじゃなく、僕は君のために、君のためだけに組織を裏切ってもいい」


 わたし、なんか宙にういちゃってる。

 これってすごい殺し文句だよぉ。

 わたしのために。

 わたしのためだけに、ですって!


 わたしは思わず彼に抱き付いた。

 自分からそんな積極的になるのは初めてだった。

 わたしはいつも受け身で、彼からのリードを待っていただけなのに。

 彼といると、わたしはなんだか変われそうな気がする。彼がいるからわたしは変われるの。


「組織を裏切ったら、慎二さんはどうなるの?」


 彼の鼓動を聴くうちに、わたしは少しずつ落ち着き、彼を抱き締めたまま尋ねた。


「僕の方は心配ない。なんとかなるよ。問題は君の方だ。僕が裏切ったことが知れたら、次の者がやってくる。今度は懐柔などというまどろっこしい手は使わないだろう。だから、君が奪ったデータはすぐに破棄するんだ。そうすればもう、どうしようもない。

 僕がそう報告するよ。もう削除された後だったってね。それで何とか納得してもらう。もしそれが失敗して、報復しようってことになっても、刺客が行く前に僕が知らせるから、一緒に逃げよう」

「うん、わかった。わたし、慎二さんとならどこへでもついていくわ」

「それで、データはどうした? すぐ削除できる?」

「データアドレスと、解除キーを記録したメモリーカードは、友達の龍子が持ってるから、彼女から返してもらわないと……」


 そこまでいった時、後ろの木陰から、数人の男達が飛び出してきた。


「えっ?」


 わたしは彼に抱き付いていたことを思いだし、慌てて離れた。


「よくやった、同志。龍子というのはお前の仲間だな。データアドレスと解除キーのありかさえわかればこちらのものだ。後は我々に任せろ」


 えっ、えっ、どういうこと?


「その小娘は始末しろ、後腐れがないようにな」


 始末って!

 わたしころされちゃうの!?


「慎二さん、いったい……」

「ごめん。やはり組織は裏切れない……」


 あの言葉はうそだったの!?

 君のためだけに、というあの言葉は。


 でも、つらそうな彼の顔を見て、わたしはなにもいえなくなる。

 彼がわたしを好きだといった言葉に偽りはないのだろう。ただそれが組織の掟よりほんの少し、優先度が低かっただけ。

 わたしは少し微笑んで目を閉じ、そして首を差し出した。彼が絞めやすいように。


「かすみ……」


 彼はわたしの名前を優しく呼んでくれた。

 最期にその言葉が聞ければ十分。

 あなたの役に立てるなら、わたしは幸せなの。

 霞のように何の役にも立たなくて、ただ人の邪魔をするだけだった存在が、あなたのために役立てるだけで幸せなの。

 そしてわたしは、霞のように静かに消えるわ。


 あなたのために。

 あなたのためだけに。


 彼の指がそっと、わたしの首筋にかかった。

 わたしの頬になにか熱いものが落ちてくる。それがなにか、わたしはすぐわかった。彼の涙だ。彼はわたしのために泣いてくれているのだ。

 苦しまなくてもいいのよ。わたしはあなたのためにならなんでもするって誓ったんだから。さすがに死ぬことになるとは、想像しなかったけれど。


 でもいいの、それでも。

 あなたのためにそれが必要なら。


 彼の指が、キュッと絞まった。

 わたしはちょっと苦しさにうめいて、彼にしがみついてしまう。

 あと少し、あと少し絞めれば、わたしの細い首はつぶれて、もう引き返せなくなる。

 わたしはそっと目を開く。

 彼の顔を最期に刻みつけるために。

 ゆがんだ視界の中で、彼が見えた。わたしも知らないうちに、涙を流していたらしかった。

 でも、確かに見えた。彼の悲しそうな顔が。

 もうこれで思い残すことはない。

 現実世界(リアルスペース)から逃げだすんじゃなくて、自分から出ていく。

 もう帰ってはこれないけど、これはわたしが選んだことだもの。悔いはない。

 でも、ちょっと怖いから、できれば苦しまないように、ひと思いに殺して。


 わたしは未練を断ち切るように、再び目を閉じた。

 酸素がまわってこなくて、わたしは頭に霞がかかったようになる。

 ふわっと身体が浮いちゃうような感じがして、とても心地いい。

 酸欠だとこんなふうになるのかな?

 あまり苦しまなくてよさそうで、ちょっと安心した。

 たぶんあわれに思った神様が、わたしを天国へ連れていってくれるのだろう。

 わたしはそんなふわふわする感覚に身を浸し、お迎えが来るのを待った。


 ……


 ……


 ……


 ……


 ひたすら待った。


 ……


 ……


 ……


 ……


 ちょっと遅いわね。


 わたしはうっすらと目を開けた。

 最初は何だかわからなかった。

 なにやら深緑色のものが視界を覆っていたからだ。

 そして、上下感覚が変だと気が付いたのは、その次の瞬間である。

 わたしは思わず手足をばたつかせた。


「あばれるな、おっこちるぞ」


 耳元で、荒らい息遣いと共に、彼の声が聞こえる。

 慌てて辺りを見回すと、わたしは彼に、いわゆるお姫様だっこ! をされていた。

 わたしは思わず真っ赤になる。もちろんうさぎの耳は全開バリバリだ。

 彼はわたしをだっこしたまま、懸命に走っていた。息を切らし、玉のような汗を流して。


「降ろして、わたし走れるから」


 なんとなく事情を察したわたしは、そう彼に訴える。

 彼は優しくわたしを地面に降ろすと、わたしの手を引き、再び走り出した。


「なんで、なんで、こんな……」


 わたしは胸がいっぱいになって、うまく言葉が出せなかった。


「君を殺すなんてできない。君だけは生きていてほしい」


 彼は草むらの生い茂った所に、わたしを放り込む。


「僕は追っ手を引き付ける。だから君はここへ隠れて、隙を見て逃げるんだ。いいね?」

「でも、慎二さん。あなたは?」

「僕はなんとでもなる」

「だって向こうは、いっぱいいるのに……」

「だからだ。君と二人では目立ち過ぎるし、君は捕まれば殺される。僕は幹部候補だ。将来有望だったんだから、今回は気の迷いということで、罰は受けるだろうが、殺されることはない。心配いらないよ」


 彼はそういうが、相手は大量殺人を計画している狂信者だ。

 どんな目に合わされるかしれたものじゃない。


「それに君は、友達を守らなければいけないだろ? 龍子君といったっけ。次に狙われるのは彼女だ」


 そうだ、わたしはいってしまったのだ。龍子がやつらのデータの鍵を持っていることを。


「わかったわ。でも、お願いだから、むちゃはしないで。わたしこう見えても足は速いのよ。共生体がうさぎなだけあって。だから、囲まれたりしない限りなんとかなるから、慎二さんも、自分が逃げることを考えて」


 彼は微笑み、うなずいた。


「耳をすませてよく周りを確認してから、ここを出るんだよ、うさぎちゃん」


 わたしも微笑んでうなずいた。

 いつも勝手に飛び出すうさ耳だったが、もちろん自分の意志でも、出すことができる。わたしは彼の前で耳を出して見せた。真っ白な毛で覆われた、うさぎの耳を。


「それじゃ、また」


 わたし達を探す声が近づいてくる。

 彼は反対側へ駆け出した。

 ひと呼吸おいて、こっちだ、とか向こうへまわれ、とか聞こえる。

 わたしは耳をふさぎたかったが、彼の言葉を思いだし、手を止めた。

 龍子に知らせなくちゃ。

 あなたになにかあったら、わたしも生きてはいられない。

 わたしが今まで生きてこられたのは、あなたのおかげだから。あなたと麗香がいなかったら、わたしはきっと今ごろ、現実世界にはいなかった。

 きっとここを逃げ出して、現実世界でも仮想世界でもない、だれも知らない、そしてだれもが最後に行き付く世界へいっていただろう。

 いつも迷惑をかけてばかりだけど、今回のことだってわたしのせいだけど、あなた達を傷付けるものをわたしは許せない。そんなことになったらわたしを許さない。

 だからわたしは、ここを逃げのびなくちゃいけないの。

 慎二さんが命をかけて守ってくれた命だから、ここで失なってはいけないの。

 わたしは辺りの気配がなくなってから、もう少し待って、暗闇の中にそっと足を踏み出した。


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