龍子、乱心?
わたしはひとりで眠りたくなくて、龍子の部屋にお布団をしいてもらった。
だって、今日はいろんなことがあったから、わたしの小さな頭では、パンクしちゃいそう。
そんなだから、ちょっと頭を整理したかったの。
龍子と、とりとめのないことを話していれば、きっと落ち着ける。
まだちょっと時間が早いから、わたしはパジャマを着て、お布団の上でごろごろしながら、龍子とおしゃべり。
わたしには兄弟姉妹がいないから、こんなこと龍子のところか麗香のところでもないかぎり、できない。
でもこれが普通のような、そんな心地好さ。
だからわたしはいつになくはしゃいで、龍子にたしなめられる。
「ねぇ、わたしって、そんなににぶいかなぁ?」
わたしは、おっきなうさぎがプリントされた枕を抱えながら、訊いてみた。
「ああ、にぶいね」
ずーん。
「そんな、はっきりいわなくても、いいじゃない」
「はっきりいわないとわからない。いや、わからないふりをするだろ?」
えっ?
ふり?
「ふりなんかしてない……って思う」
「そうか?」
龍子は複雑な表情をして、わたしを見つめる。
いつもしているポニーテールをほどいているからかな。
ちょっと普段とは違う感じ。
ちょっと怖いような、そんな感じなの。
「ほんとうに気がついていないのか?」
なっ、なに? 龍子?
龍子はわたしの上にのしかかるようにして、わたしをのぞき込む。
「ねぇ、龍子。どうしたの?」
わたしは不安げにそう尋ねた。
明かりに重なるようにして龍子の顔があるから、逆光になって表情が読み取れない。
「香澄はずるいな。わかってるくせに、わからないふりをする」
わたしは龍子に肩を押さえられ、そして……
あっ……
なに?
今、わたし、キスしてる。
龍子と!
なんで?
りゅうこ、ねぇ、やめて。
ねぇ……
突然の出来事に、わたしは思考停止する。
身体がしびれて、力が入らない。
まあ、そうでなくたって、力で龍子にはかなわないんだけどね。
でも、なんで龍子が、わたしにキスするの?
なんで龍子が……
これが麗香なら、まだわからないこともないんだけど……
わたしはやめてって、いおうとした。
でも唇をしっかりふさがれちゃってるから、うめき声すらだせない。
ああぁ……
身体からどんどん力が抜けていくの。
龍子のキスは、甘くてせつないの。
わたしは恥ずかしさと驚きで、真っ赤になる。
ぽわぽわのうさみみも、のびきっちゃっている。
キスは初めてじゃないけど、それとはまた違った、初めての感じなの。
龍子とキスしちゃってる。
その驚くべき事実は、次第に遠くへ追いやられ、わたしはふわふわと、霞のように漂う。そんな気分になる。
「ああっ……」
唇が離されるまで、いったいどのくらいたったのだろうか。
ほんの数秒だったかもしれないし、数時間だったような気もする。
わたしはとっくに、時間の感覚なんかなくなっちゃってた。
「もう、やめて……ねぇ、りゅうこ……」
龍子はわたしのパジャマのボタンを手早くはずしていく。
でもわたしは力が抜けきっちゃって、あらがうことができない。
あっという間に、わたしの小さな乳房が、あますところなくさらされてしまう。
「かわいいよ。香澄」
かぁぁぁぁぁっ!
はずかしいよぉ。
あんまり見ないで、龍子。
とても恥ずかしいの。
わたしは全身ピンクに染めて、なんとか隠そうとするけど、力が入らなくて、すぐ龍子に手をどけられてしまう。
「ああっ!」
龍子がわたしの左側の乳首をくわえて、やさしく愛撫し始める。
もう一方の乳房は、龍子のおっきな手でおおわれて、やわやわともみしだかれる。
わたしは急速に高ぶらされていく。
ああっ……なんなのこれ?
初めてのあやしい感覚に、わたしはちょっと怖くなる。
りゅうこ、やめて。
りゅうこ、おねがい。
りゅうこ……
それからのことはほとんど記憶にない。
いつの間にかわたし達は、丸裸になり、あられもない声をあげて、もつれあっていた。そのくらいしか覚えていない。
そして次に気がついた時、わたしは龍子の腕の中で眠っていた。
男の人から見てもおっきな龍子だから、小さなわたしはその腕の中にすっぽり収まってしまう。
あったかくて、やわらかくて。
まるですべてのものから守られているような、そんな気持になって、わたしは再び眠りにつく。
朝日が差し込んでくるまで。
龍子の家の朝は、まるで戦場だ。
二十人にすこし欠ける人間が、いっせいに顔を洗ったり、ごはん食べたり、朝の支度を始める。
わたしは自分の準備をしつつ、龍子のママの手伝いもするから、それはもう地獄の忙しさ。食事のしたくをするだけで、悲鳴をあげたくなっちゃうほど。
こんなのよく毎日やってるなって、ほんと思う。龍子のママってたいしたもの。
だいたい下宿人てのが、朝稽古するから、食べる食べる。
ごはんよそいであげるだけで、手いっぱいって感じ。
とろいわたしじゃ、自分のごはんを食べる暇が、ほとんどないくらい。
まあ、花ちゃんが手伝ってくれたから、前よりは忙しくないんだけど。
「いってきまーす」
そういって元気に玄関を出る、わたしと龍子と花ちゃん。
「ねぇ、そっち一時間目なに?」
「数学です」
「こっちはいきなり、体育よ」
わたしは花ちゃんと並んで、いつになくはしゃいで歩く。
その後ろを龍子が、ゆったりとついてくる。
龍子の顔がまともに見れない。
いったいどんな会話を交わしたらいいか、わからないの。
だから、一生懸命おさんどんして、花ちゃんとの会話に夢中なふりをするの。
あれはなかったこと。
単なる幻想。
そう思いたかった。
だって、あんな、あんな……
女どうしであんなことするなんて。
これって普通じゃないよね。変だよね。
それも龍子が。龍子がするなんて。
そんなの信じない。信じたくないの。
だからあれは夢。
でなければ仮想世界のまぼろし。
現実とそっくりだけど、見分けのつかない世界でのできごとなの。
わたしは度重なるショックに、仮想世界と現実世界の区別がつかなくなったのだ。
よく聞くネットワークジャンキーの重症者。彼らは現実世界と仮想世界の区別がつかなくなった人達。
わたしもその仲間入りってわけ。
小さな時から入り浸りだったから、それってありそう。
そう、それしか考えられない。
だって、龍子がそんなことするなんて、ありえないもの。
麗香ならともかく。
あっ、麗香、ごめん。
それにしても、わたしってば、こんな重症になってたわけだ。
ネットカウンセラーの先生に見てもらわないとだめかな?
そんなことを考えてると、いつの間にか、学校に着いていた。
龍子の家から十五分くらいしかかからないから、ちょっとおしゃべりしたらすぐについちゃうの。
「じゃ、また。お昼にね」
わたしはそういって龍子と花ちゃんに、手をふる。
まるで何事もなかったかのように。




