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エンドレス・トラブル  作者: T.HASEGAWA
エンドレスの始まり
1/34

どうしよう、またやっちゃった

 どうしよう、またやっちゃった。

 また龍子にお小言もらっちゃう。

 いえ、龍子はまだ、いい。問題は、麗香よ。

 気が重い。でも、早めにいわないと、もっと怒られちゃうし……

 わたしは、重い足を引きずるようにして、学校に向かった。


「おはようございます」

「あっ、お、おはよぅ……」


 通りかかった後輩の娘があいさつしてくる。

 わたしも慌ててあいさつを返すが、最後の方はきっと聞き取れなかったに違いない。

 龍子によく蚊の鳴くような声だな、とか、香澄(カスミ)じゃなくて(カスミ)と書いた方がしっくりくるな、とか、からかわれる。

 そんなことない、と一応抗議はするんだけど、それすら聞こえないふりするんだもの。ちょっと龍子は意地悪。でも、わたしのこと本気で心配してくれる。


「おはよう!」


 ドッキン!


 この声は。


「…ぉ、おはよう、りゅーこ」


 後ろからスカートを翻して駆けてくる少女。それが望月龍子(もちづきりゅうこ)だ。


 私の数少ない友達。ううん、親友。


 向こうはそうは思っていないかもしれないけど。彼女を慕っている後輩や親しい友達はいっぱいいるもの。わたしはその中の一人にしかすぎない。


「熱でもあるのか? 顔が赤いぞ」


 龍子は腰をかがめてわたしの顔をのぞき込む。するとわたしは、ますます赤くなってしまう。


 小さな時から人見知りして、物心付いた時から重度の赤面症だ。近くで対面しただけで赤くなっちゃうのに、正面からのぞき込まれちゃったら、赤くなっちゃだめと思えば思うほど、真っ赤な完熟トマトみたいになってしまうのだ。

 またそれが面白いのか、龍子はいつもこんな風に、接近して話をする。


「かすみ、耳出てるぞ」


 龍子がぼそっと、つぶやくようにいう。


 えっ!


 わたしはあわてて、手を耳にあてた。


 きゃー、でてる!


 わたしの耳は、いつの間にやら、白いぽわっとした毛が生えて、先っちょは頭のてっぺんより高く突き立ってた。


 共生体が精神の高ぶりに反応して、出てきたのだ。


 思春期はホルモンのバランスが崩れやすく、ちょっとした刺激で出てきてしまうそうだが、わたしの場合その頻度はかなり高い。

 いつも緊張しまくっているせいだと、共生生理科のお医者さんにいわれた。少し楽な気持で人と接すれば、自然とでなくなるという話だったが、どうすればそうなれるかは教えてくれなかった。だからいまだに、うさぎの耳が飛び出すというわけだ。


 まあ、これだけは両親に感謝するわ。生まれた時の共生体として、うさぎさんを選んでくれたことを。これが熊とか、ゴリラとかじゃ、ぜんぜん可愛くないもの。


 でも、結構いるみたいなのよね、そういう猛獣を共生体に選んじゃう親が。

 龍子もその一人。彼女の共生体は虎なの。

 なんでも両親は、男の子が生まれたら龍虎と名付けたかったらしいんだけど、結局出てきたのが女の子だったんで、しかたなく虎をやめて龍子になったらしい。共生体は予定通り、虎だったけど……


 共生体っていうのは、人の遺伝子に他の生物の因子(DNA)を埋め込んで、その人の能力を高めるためのものなの。女の子の場合、暴漢から身を守れるように、強い動物の因子を埋め込もうと考える親が、少なからずいるという。

 埋め込める共生体は、ただひとつだから。それも生まれて間もない時だけだから。


 名前と共に親からもらえる、自分では選択できない贈物だ。


 その共生体の性質は、人間の性格に影響をおよぼさないという研究結果が出ているが、わたしにしろ龍子にしろ、多分に影響を受けているような気がする。

 血液型性格判断みたいに、後天的な自己暗示にすぎないらしいが、わたしがうさぎのように、臆病な性格をしているのには変わりない。出てしまった耳が、そう簡単に引っ込まないのと同じように。


「はやく、おいで。遅刻するぞ」


 龍子は、必死に耳を引っ込めようと、悪戦苦闘するわたしの手を引いて、学校へ向かう。もちろんわたしの努力が、無駄なことを知っているからだ。

 わたしはごつそうに見える彼女の手が、意外に柔らかくて、いつもどぎまぎする。そうするともう、頭がぽーとなって、ますます耳が立っちゃう。顔も真っ赤なのが自分でもわかるほどだ。


 うさぎの耳はラジエーターの役目もするって聞いたことがあるけど、ぜんぜん役にたっていない。かえって顔が熱くなっちゃうもの。

 わたしはいわなくちゃ、と思っていたことなどすっかり忘れ、龍子に引きずられながら登校することとなった。




 ほのかなローズティーの香りが、部屋に立ち込めた。

 食後の生徒会会長室は、わたし達のティールームとなる。

 いや、わたし達というのは語弊がある。麗香の、といった方がより正確ね。

 この部屋は生徒会長である倉敷麗香(くらしきれいか)のためのものだし、お茶会を開いているのは麗香であるから。わたし達は、お供にすぎない。


 わたし達は、高校の二年生になったばかりだから、麗香も正確には次期生徒会長というべきなのだが、三年生はもう受験の準備に忙しいし、実際のところ一年の半ば頃には、実権はすでに麗香に移っていた。その時はまだ生徒会書記だったけど。


「さあ、どうぞ。今日のお茶はとても上手に入れられた気がしますわ。こんなによい香りが出ているんですもの」


 麗香はティーカップをわたし達の前に並べ、正面のソファーに座る。


「はあ」


 わたしはまな板の上の鯉になった気分で、薔薇の模様の付いたカップを手にし、ほんのちょっとすすった。

 龍子はカップを手にしたものの、そのままふーふーして、いっこうに口にする様子はない。はっきりいって彼女は猫舌なの。麗香はいつもその様子を見て嘆くのだが、今日はそれ以上に気にかかることがあるらしく、嘆きはしなかった。

 それはもちろん、わたしに関係のあることだけど。


「また、おやりになったんですってね」


 麗香はローズティーをひと口優雅にいただくと、そういった。笑顔のままで。


 彼女はほとんど笑顔を絶やさない。


 女のわたしから見ても綺麗で、それでいて笑顔がすごくよく似合って、才媛にありがちな冷たさは外見からはうかがえない。美人にもかかわらず、ほんと可愛く笑うの。


 でもわたしは、この笑顔が恐い。


「前は、いつだったかしら? そうそう、二年生に上がる少し前だったわ。……ということは、もう二ヶ月。月日のたつのは早いものですわね」


 どこかのんびりした、のほほんとした口調であったが、それがあたしを責めているんだということは、痛いほど伝わってくる。


 彼女は本当に邪気がなさそうにいう。


 口調はまるっきり、おっとりしたお嬢様しているし、怒っているふうでもないし、どう聞いても何気ないおしゃべり、といった話し方なのである。

 でも聞いている方はいたたまれなくなってしまう。これはわたしが彼女に、たくさんの弱みを持っているから、そう聞こえるのかもしれないけど。

 その可能性は多分に考えられる。まず彼女の悪い噂というのは聞いたことがないもの。それどころか綺麗で優しくて、おごったところがなく、面倒見もいい。そんな話はどこからともなく聞こえてくるのだから、わたしの方の感覚が変なのかもしれない。


 たぶん彼女が恐いのは、この世でわたしだけに違いないわ。


「……つい、気が付いたら、やっちゃってて……」


 わたしはいつもの蚊の鳴くような声で、ようやくそれだけ絞りだした。わたしにとっては、これだけでも大変な努力を要したことをわかってほしい。


「香澄って、夢遊病のけ、があったんですの? わたくし知りませんでしたわ」


 麗香は一大事とばかりに驚いてみせる。


 ズキズキ。


 彼女のひと言ひと言が、わたしの小さな心臓に突き刺さるようだ。


「そんな責めるなよ」


 ちっちゃな身体をもっと小さくしていたわたしを見かねて、龍子が取りなしてくれる。中学からのわたし達三人組のいつもの役割。もちろん責められ役はわたし。


「まあ、ごめんなさい。別に責めているつもりはないのですけれど、そう聞こえたのなら謝りますわ」


 彼女は本当にすまなそうに謝った。普通の人なら言葉通りに受け取るのだろうが、わたしにはどうしても反対の意味に聞こえる。これはわたしの考えすぎなのだろうか?


「れいか」


 龍子はため息を吐きながらいう。


 やはりわたしの考えすぎっていうわけじゃないみたい。麗香の態度から、言葉の奥に隠された意味を知るのは難しい。ほとんどの人はそれに気づかず、聞き流してしまうのだ。


「香澄だって悪気があるわけじゃないんだ」

「悪気がなければ、何をしても許されるというわけではありませんわ。このあいだの時は香澄、なんておっしゃいました? わたくしの記憶によると、反省しています。もうしません、って聞いたような気がしますが、わたくしの記憶違いかしら? いやだわ。この歳でもうぼけ始めるなんて……」


 わたしは身を切られるような思いで、ただひたすら麗香の言葉が通り過ぎるのを待った。


「とにかく、香澄を責めたって、事態が解決するわけではないだろ? どうするか早く決めてしまおう」

「そうですけど、詳しい事情をうかがわないことには、どうしていいやら。香澄、話して下さる?」


 麗香は、そういって事情説明を強制する。いい間違いではない。彼女はそう強制するし、わたしはそれに従わなければならない。わたしだけではどうすることもできないから。


「……昨日、パパが帰って来て、気が付いたらわたし、仮想現実世界ヴァーチャル・リアリティー・スペースにいたの」


 月に数度帰ってくるわたしのパパ。

 するとわたしは、この世界から消えてしまいたくなるの。

 そして何度かに一度は、この世界から本当に逃避するのだ。


 仮想現実世界へ。




 ヴァーチャル・リアリティ・スペース。通称VRSあるいは桃源境(ザナドゥ)といわれる、コミュニケーションネットワークサービスがある。

 そこでは、想像力の及ぶ限り、どんなことでもできる。


 王様になることも、お金持ちになることも、犬や猫、果ては神になることさえできる。非常に広大な空間(スペース)。いや、実際には人間の頭の中に作り出された幻影であるが、それを求める人は後を絶たない。


 わたしもその一人。


 そんな仮想世界に入り浸る人々をネットワークジャンキーとも呼ぶ。

 世界的な規制の制定も噂されるが、VRSは世界中に広まり、世界にあるほとんどのコンピュータは、このVRSにつながっている。正確にはVRSにコンピュータパワーを提供しているといったほうがいいかな。


 初めは、さまざまな情報を収集したり、やり取りするだけに使われていたネットワークサービスであったが、コンピュータの性能が上がるにつれ、余剰パワーをどうするかという問題が上がった。


 処理が込みあっている時は、自分の所のコンピュータだけでは足りないし、いつも込みあっているわけではない。それこそ明け方などは、ただ電気を食らう、やっかい物でしかなかった。

 その余剰パワーうまくやり取りするために、コミュニケーションネットワークサービスが始まった。


 世界的に接続(リンク)されたそれは、パワーに余裕があるコンピュータに処理を回す役目をする。他の人が自分のコンピュータを使えば、処理量に応じた金額が振り込まれるし、自分が他のコンピュータを使えば、その分支払わねばならない。


 一般家庭に設置されているコンピュータなど、大抵の時間はあいているのだから、相当使う人でもない限り元は取れる。

 かくして一般家庭にも、過剰なほどパワーがあるパーソナルコンピュータが、入れられることとなった。一種の財テクね。


 余剰パワー解消のためのシステムが、さらなる余剰パワーを生み出し、それを解消するための手段として考え出されたのがVRSだ。


 VRSは、人間の脳と膨大な情報をやり取りして、逐次処理していく。大変なパワーを消費するサービスである。

 しかしそれも、VRS専門にコンピュータパワーを提供する会社を生み出し、最近では過当競争となっている。まあ、そのうちVRSに代わる新たなサービスが生み出されるだろうから、それ程たいした問題ではない。


 問題は、わたしのようなネットワークジャンキーだ。


 単にVRSで遊んでいるだけのジャンキーならたいした問題ではない。お金がなくなれば、自動的にはじき出されるからだ。

 わたしのように重度になると、VRSから飛び出し、他のサービスへ不正に紛れ込むことも珍しくない。VRSは確かに刺激的な場所だが、馴れてくるとその刺激さえ薄れてしまうのだ。重度の麻薬患者のように。


 ヘアバンドの様なヘッドセットを付けるだけで、そこは仮想現実世界だ。

 そこでわたし、松崎香澄(まつざきかすみ)は分解され、電子でできた『カスミ(ミスティ)』となる。


 (ミスティ)は、だれも縛ることはできない。


 捕えることなどもちろんできない。


 ましてや、害することなどできやしない。


 しかし、確かな存在感を持ってそこに存在する。


 現実世界よりも、確実に大きな存在感を持っているのが、ミスティこと、『カスミ』なのだ。


 そこでのわたしは、現実世界で(カスミ)と呼ばれているのが信じられないくらい、活動的だった。少なくとも、世界中にいるネットマネージャー、いわゆるネットワークの監視人達なら、この名を知らぬはずがない。また、大勢の重度ネットワークジャンキーなら、尊敬を込めてその名を呼ぶ。

 しかし、現実世界でわたしの名を知るのは、両手で余るかもしれない。


 クラスメイトは?


 たぶん正確にわたしの姓名を覚えているものはいまい。

 それ程わたしは気薄な存在だった。現実世界(リアルスペース)では。


 ここでのわたしは違う。


 縦横無尽にVRSを駆け巡り、コミュニケーションネットワークサービスを所狭しと飛び回る。


 わたしを縛るものはなにもない。


 わたしを傷付けるものはなにもない。


 現実世界でわたしを虐げるそれらすべてが、ここには存在しないのだ。


 分解再構成されたわたしは、ミスティとなってネットワーク中を練り歩く。

 幼き頃から入り浸りだったため、大抵のものは退屈な見せ物でしかない。だからVRSのプライベートな領域(エリア)。あるいはVRSにつながっている、一般には開放されていない空間にしばし足を向ける。

 それがいけないことだとは知っている。現実世界にもどれば、自己嫌悪に襲われるのも承知の上だ。


 仮想現実世界でのわたしは、女王になる。わたしの前に現われるものすべてが、わたしの前にひざまづき、手に接吻できる栄誉を請うのだ。


 その日もミスティは、禁じられた空間(プロテクト・エリア)へ入り込んだ。

 いつのまにか入り込む(ミスト)のように。


 そこはどこかの研究施設が使っているプライベートエリアらしかった。


 なにやらいかがわしい研究データが、文字通りぎっしりと詰め込まれていた。あまりお金はないらしい。確保した領域のほとんどを使い果たしている上、データはがちがちに圧縮(フリーズ)されていたからだ。

 運用効率からすればあまり好ましくないが、データは多いがそのデータを使って頻繁に処理をするのでない限り、節約には有効な手だ。


 ただ、わたしが覗き見するには、少々面倒だけど……


 それでもわたしは、それらのデータをひとつひとつ解凍(メルト)し、読める形にしていく。こんな作業はいつもではないが、たまにはやっているから、何程のこともない。


 すぐにその内容をわたしは把握した。


 ネットに潜っている時のわたしは、単なる高校生ではない。

 知覚や知能は無限大に拡大し、どんな難しい問題でも、理解し解き明かすことができる。

 だから、仕掛けられているトラップや、データ参照や改竄を防ぐ暗号システムなど、あってなきがごとし。

 わたしは膨大なデータをわずか一時間あまりで読みつくしてしまった。


 そして沸き上がる怒り。


 それはどこかの細菌研究所のデータバンクだった。

 人体に有害な細菌やウィルスをたんまり作っている。

 そしてこのほど、それの最終(ファイナル)バージョンが完成したらしい。

 わずか三ヶ月で、人類を抹消してしまえる、強力な毒性と感染力を持つウィルスを。

 それを防ぐには、あらかじめ予防接種を受けなければならない。感染したら後はどうにも手の施しようがないのだ。


 そのワクチンも完成し、後は主要メンバーにそれを送るだけ。行き渡った時点で、世界各国にそのウィルスを持ち込み、一斉に開放するらしい。


 ミスティは現実世界をあまり好きではなかったが、現実世界がなければ仮想世界もない。

 研究データをごっそり他の場所に移すとともに、ワクチンの送り出し住所をこっそり書替えた。


 どことも知れぬ家に、奇妙なプレゼントが届くというわけだ。


 そしてデータバンクから出ると、それにつながっている保管室管理用のコンピュータに入り込む。狭い部屋――パソコンね――だが、カスミであるわたしには何でもない。


 保管室の設定温度は四十度。

 現在ウィルスの培養中であるらしい。


 わたしはその設定温度を二倍に上げた。

 八十度。


 それが保管室の限界温度だからしかたがない。本当は百度まで上げられれば確実なんだけど。研究データに因れば、八十度でも三十分で完全死滅するそうだから、その間気づかれなければ、同じ効果を上げられる。


 わたしは人類を救った英雄(ヒロイン)になったかのように、意気揚々と引き上げたのだった。


 もちろん、現実世界にもどった時、一気に青ざめたけど……




 そういったことなどをかいつまんで話したところで、予鈴が鳴った。あと五分で本鈴が鳴る。そうすれば午後の授業の開始だ。


 麗香の入れてくれたローズティーは半分減ったところで冷たくなっていた。わたしだけでなく龍子や麗香のティーカップも同様である。


「たいへん! 授業が始まってしまいますわ。つい夢中になって聞いてしまいましたけど、わたくしたちにできることってあるのかしら? なにやら世界的な陰謀のようですし、わたくしたちただの高校生では、荷が重すぎる問題のような気がしますが……」


 そんなにいじめないでほしい。


 現実世界でのわたしは、気の弱い小さな女の子でしかないの。まったく無力な。

 荷が重すぎるのも十分わかっている。どうしたらいいのか、わたしにはまったくわからないのだから。


「たしかにな。今までにない重大事件だ」

「そうですね。でも、だんだん事件が大きくなっていっているような気がするのは、わたくしの気のせいでしょうか?」


 今までに何度か、似たような事件を起こした。


 それもミスティの能力が向上するにつれて、出会う、あるいは起こす事件の規模も大きくなっている。確実に。

 だからこの前の事件の時、あれほど念を押されて、あれほどお小言をいわれたのに、涙が出るほど泣いて謝ったのに、またやってしまった。


 わたしってもしかしたら、人生の落伍者なのかもしれない。


 きっとこのままだったら、身を持ち崩すわ。ネットに潜れないのならば、本当の麻薬中毒者(ジャンキー)になるしかないではないか。


「とにかく身元がばれるようなドジはしなかっただろうな?」


 龍子はわたしの飛び出ている耳をひっぱりながら、そう念を押す。


「…たぶん」

「はぁ、たぶんねぇ……」


 龍子は深い、それは深いため息を吐き、わたしを見下ろした。


「ミスティになってみないと、確実なところは……。でも、また潜ったらなにするかわからなかったから」


 そう、現実世界のわたしはなにもできない女の子。ただやっかいごとを引き連れてくる。


「それは懸命な判断でしたわね。事を起こす前に、その判断力を発揮してくれれば、なおよかったんですけれど……」

「それをいうなって。んで、どうすればいいんだ? あたしはそういうの考えるの苦手なの知ってるだろ?」


 麗香は少し考える。本当に少しの間だ。

 彼女はまるで仮想現実世界のミスティの様に、頭の回転が早い。それが証拠に中等部の時から主席である。

 現実世界ではノータリンになってしまうわたしとは大違いだ。


「とりあえず、動かない方がよろしいと思います。あわてて動いて、罠にかからないとはいえませんもの。きっと向こうの方々は、厳重な罠を仕掛けて、待ち受けていますから。それで今日お帰りになったら、そのデータを移動した場所(エリア)とロックの解除キー(パスワード)をメモリーカードに記録して、龍子に渡して下さい。当然香澄のパソコンからは削除(デリート)しておくのを忘れないでね。そうすれば香澄に何かあっても、取り引きに使えますから」


 麗香はそういうと、優雅にスカートを翻して、生徒会長室を後にした。

 わたしに何かあっても、ってことは、何かあることを前提としているのだ、麗香は。

 何かある前に防いでくれるわけではないらしい。


「授業が終わったら、下で待っていろ。一緒に帰るぞ」


 龍子もそういうとさっそうと出ていく。

 それをわたしぽーとして見送った。


 本鈴が鳴るまで。


 もちろんわたしは、授業に遅れ、先生に叱られた。要領の悪さは人一倍なのだ。


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