シェルネリー・キャストライドの転生リポート2
またバレンタイン番外編でシェルネリー嬢のお話を書こうと思ったのですが……色々と、中途半端になってしまいました。ちょっと短編では書ききれずに、未消化な部分があります。
あまりうまく書けていませんが、一応続編として投稿致します。
拝啓 キャストライド家のお父様、お母様、お兄様、お姉さま方へ
シェルネリーは今日も恙無く学校生活を送っております。
今年の長期休暇も、補習などの問題なく取ることが出来そうです。
ですが帰省は去年よりも短くなってしまうことをお許しください。
実は昨年より仲良くさせていただいている侯爵家のお嬢様から、領地へのお誘いをいただいたのです。
折角のお誘いですので、今年の休暇はそちらで過ごすことになりそうです。
お父様達への相談なく、勝手に決めてしまって申し訳ありません。
シェルネリー・キャストライドより
追伸:
お世話になる方のことはしっかり書かないといけませんわよね。うっかりしておりました。
わたくしがお世話になるのは、エルレイク侯爵家のミレーゼ様の元です。
領地のお城は一見の価値があるとお聞きしていますので、帰省の折にはお土産話をさせて下さいね。
みなさん、こんにちは☆
私の名前はシェルネリー・キャストライド、しがない男爵家のお嬢さんよ!
……とはいっても、三女だからお嫁に行けるかも怪しい瀬戸際にいるんだけど。
貴族の中でも末端に位置するけど、そんなこと気にしていられない!
薔薇色のキラキラ人生を掴むべく!
王国中のエリート(卵)が集う王立学校にて、将来のお婿さん探しに奮闘中です!!
実は前世の記憶があるせいか、前世で高等教育を受けていたお陰か!
それなりに頭の出来はよろしかったみたいで、男女共学のエリート学校に通ってるのよ。
……チートは欠片もなかったけどね!
出来が良いって言っても、学校内じゃ精々中の下程度に留まるけどね……!
夢は「持参金? そんなの君さえいればいらないよ」って言ってくれる優しいお婿さんとの結婚……
あーあ、どっかその辺に気前が良くって優しい好い男は転がってないものかしら。
………………なんて思っていたのが、去年の私な訳でして。
王立学校に入学してから、1年と半分。
色々と現実を見せつけられた結果、私は謎の袋小路にはまり込んでいたりします。
いや、袋小路じゃなくって虎の穴かもしれない……悪役レスラーとか養成しない方の…………
「シェルネリー様、どうなさったの? 頭でも痛むのかしら」
「……はっ あ、いえ、なんでもないですわ! ミレーゼ様!!」
現在、私がいるのは馬車の中で。
そして対面に座るのが……私の迷い込んだ虎穴の主、エルレイク侯爵家の御令嬢ミレーゼ様です。
…………なんで『虎の穴』かっていうと、このミレーゼ様……学校で『小虎姫』って呼ばれてんのよね。
一体何した、ミレーゼ様。
社交界とか貴族の情勢とか、良い男探しに夢中になってたあまり同性に関する情報には疎いのよね。私。
しかもそのせいでうっかり、身分の高さ故だけじゃないナニかによって同級生達に敬遠されていたミレーゼ様に、本当にうっかり話しかけて仲良くとかなっちゃって。
時間を巻き戻せるのなら、私もう1回やり直したい……。
みんなに畏れ敬われるミレーゼ様と仲良くなったお陰で、最近私まで「小虎姫のお気に入りだ」って敬遠されるの☆ 狙ってた男の子達にまで☆
あっは……笑い事じゃねぇー…………
ミレーゼ様の周りは周りで、彼女と懇意にする素敵☆男子がいはするんだけど。
そっちも私のことには正直眼中になさそうなのよね。
どれだけ仲良くなっても、所詮は私個人と仲が良い訳ではなく、同じ「ミレーゼ様の取り巻き仲間」としての仲良さだもん。
そこに最近では何故か、師弟関係じみた奇妙なやりとりも増えてきて……色気とか、そういう方向性からどんどん遠ざかっていくのを感じるわ。
だから本当なら、長期休暇の間くらいは戦略の練り直しと王都での社交に渡りを付けてお婿さん探しの為に万全を期したかったんだけど。
……誘われちゃったのよねー。ミレーゼ様に、御領地に。
私はしがない男爵家の三女。
一方ミレーゼ様は権勢を誇る由緒正しき侯爵家の総領姫。
逆らえるかっての。ご要望を拒否できるかってのー。
そんな訳で私は現在。
ミレーゼ様の生まれ育った御領地のお城を目指して、馬車でがたごとLet's go状態だったりする。
ちなみに、 ふ た り っ き り で。
「ふふ。そんなに緊張なさらなくてもよろしいのよ? 侯爵家の城とは申しましても、当家は既に両親もおりませんから……シェルネリー様を咎めるような者はおりませんもの」
「あ……ミレーゼ、様」
「お気になさらないで。もう……6年も前のことですもの」
ああ、そして。
そして更に気鬱な注意事項が1つ。
ミレーゼ様って、もう御両親が亡くなられているのよね……。
私達が8歳の頃、馬車の事故でお亡くなりになられたそうで。
以来、御兄弟で身を寄せ合ってお育ちになったと、風の噂で聞いたことがあるわ。
……ってことはつまり、ミレーゼ様って彼の有名な『神滅侯爵』に育てられたのかしら。
うっわ、それ凄い。ミレーゼ様のお兄様も、まだ子供だったでしょうに。何歳か知らないけど。
というか苦労が絶えなかったでしょうね……親を頼れないって、きついもの。
私も前世は……って、ああやだやだ、駄目駄目。前世はもう思い出さないって決めてたのに!
「そ、そうだ、ミレーゼ様! わたくし、手土産をご用意できなくて……」
「まあ、気になさらなくてもよろしいのに。本当に。手土産と申しましても、渡す相手はわたくしになりましてよ?」
「え……ミレーゼ様のお兄様がいらっしゃるんじゃないんですか? あ、もしかして王宮に出仕されておいでなのですか?」
「………………お兄様、ですの?」
あれ?
なんか、空気が重く……
思わずきょろきょろと周囲を見渡す、私に。
ミレーゼ様は慈愛に満ちた優しい微笑みを注いでくださった。
「必要ありませんわ。どうせ今も、領地にはおりませんもの。……きっと黄金大陸の辺りですわ」
「黄金大陸? それって、6年前に海中から突如浮上したっていう……あれ? でもあの大陸って上陸規制かかってるんじゃ」
「あら、シェルネリー様。ほら御覧なさい……当家の城が見えて参りましたわ!」
「え? あ、ホントだ……ってアレですか!?」
「ふふ……お友達をご案内すると思うと、少し恥ずかしいですわね。当家の初代が建てた城ですの。ですが初代の時代はまだ戦乱期の混乱が濃く残る頃で……戦時下の影響を受けて建てられたせいか、無骨な印象でしょう?
経年劣化はほとんど見られないのですけれど、近年、少々傷みが出て修復した跡も残ってしまって。築城当時の建材が手に入らなかったせいか、見た目がどうしてもアンバランスになってしまって……本当に、お恥ずかしいですわ」
「もしかしてあれ、戦砦の形式を踏襲しているんですか? 文化財ものじゃないですか! 全然恥ずかしくありませんよ……エルレイク家が由緒正しい御家柄だと、こういう時に強く意識してしまいますわね!」
遠慮なのか、何なのか。
ミレーゼ様が本当にちょっと恥ずかしそうに言うんだけど……
言ってることが本当なら、歴史に残る『革命戦争』直後のお城ってことでしょ!?
王宮以外で、その年代に建てられたお城がいくつ現存してるのか……教科書に載っていてもおかしくないレベルでしょ!
あー……でも、言われてみれば、確かに。
なんか屋根瓦の一部とか色と形状が違うような……。
壁の漆喰にも不自然に塗り直した跡があるし……というか城壁の一部、明らかに違う建材で塞いだ痕跡が。
え、なにあの大穴の痕。誰か大砲でもぶっ放したの? この世界、大砲ないのに?
確かに経年劣化には見えないけど、誰があんな壊し方を……この城、巨人にでも襲われたの?
訝しく思えども、目の前で微笑を浮かべるミレーゼ様には何故か聞き辛い。
というか聞き難い空気が発生している……!
私はもやもやした疑問を抱えながら、ミレーゼ様に連れられて入城した。
外から見ても大きいお城だと思ったけど……内部から見ると馬鹿みたいに広い!
え、何これホント。何これ。
これが個人の所有物っておかしいわよね!? 貴族ってほぼ公人だけど!
これが侯爵家の力……侯爵家、半端ないわね。
男爵家と比べちゃ駄目だってわかってるけど、同じ貴族でもこれだけ格差があるもんなのね……。
「シェルネリー様、実はわたくし、同年代で同性のお友達はシェルネリー様が初めてですのよ。領地に招くのも、当然初めてですの。どうぞ歓迎させて下さいませね」
うふふ、と。
心底嬉しそうにほわりと微笑むミレーゼ様。
ホント、外見だけ見てたらふんわり系っていうか愛らしいお人形さんみたいなのよね……外見だけなら、だけど。
「まずはわたくしの弟を紹介させて下さいませね。クレイ? クレイはどこかしら……」
出迎えに出て来てくれた使用人さん達に、ミレーゼ様が問いかける。
あれ? 弟さんは迎えに出てくれなかったのかしら。
アレン様達に聞いていた話だと、大歓迎で出てきそうな予想をしてたんだけど……
「お嬢様、クレイ坊ちゃまは……その、」
「メアリー? 何か言い難いことでもあって?」
「…………その、黄金大陸に」
「クレイー!? あの子が、黄金大陸に!?」
「は、はいぃっ」
「まさか、お兄様が……」
「呼んだかい、ミケちゃん」
何か問題があったのか。
狼狽え気味に使用人を問い詰めていたミレーゼ様。
客の身分としては何があったかと問い詰めることも出来ず、私はおろおろ。
そんなとき。
なんか私の隣で、深みのある声が……
ぎょっとして隣を見ると。
そこに、(国内基準で)ちょっと背の低い男性がいた。
私達より、5歳くらい年上に見える男性が。
亜麻色の髪にサファイアみたいな綺麗な目をしていて、お人形だったら女の子が喜びそうな外見の……って、え?
え、いつの間に私の隣に……
「な……っ」
そして、何故か。
ミレーゼ様もその男性を見てぎょっとした。
……外見、似てるし。
ミレーゼ様のお身内の方だと思うんだけど。
えっと、そんなにぎょっとするって……身内の人じゃないの???
疑問符をたっぷりと浮かべた、私の目の前で。
驚愕に表情を凍りつかせたミレーゼ様が、わなわなと震える人差し指で。
私の隣に立っている、小柄な男性を真っ直ぐに指差す。
…………普段のミレーゼ様なら、無礼だからってしないようなことだけど。
そんなことも気にならない様子で、唇を震わせながら言うことに、
「お、お、お兄様ぁぁああああああっ!!」
……ミレーゼ様の絶叫とか、初めて聞きましたよ。これナニゴト。
なんか仇名おかしいし、性格底知れないしで、色々と畏怖されてるけど。
立ち居振る舞いは完璧で、絵に描いたような淑女の卵。
そんなお淑やかで礼儀作法完璧なミレーゼ様が。
間違いなく、叫んだわよ。
しかもお兄様とな。
それってつまり……え? この十代の少年みたいな顔した方が、竜をも斬り殺す『神滅侯爵』アロイヒ様???
えー……? 見れば見るほど、29歳には到底見えないんだけど……これで、三十路一歩前とか。
「やあ、ミケちゃん。おかえりなさい」
「お兄様、何故ここにいらっしゃいますの!」
「何故だなんて……ミケちゃん、僕はエルレイク領の大黒柱なんだけど」
「年中ふらふら放浪する大黒柱など大黒柱ではありませんわ! ふらふら危う過ぎて家屋が倒壊してしまうではありませんの!」
「ああ、それもそうだね。じゃあ僕は…………うーん、茶柱かな?」
「お茶畑にお帰りあそばせ、お兄様!!」
「いや、いやいや実は人柱かもしれないよ?」
「どこの生贄に捧げられるおつもりですの……あと、お兄様」
「なんだい、ミケちゃん」
「わたくしの名前はミレーゼですわーっ! いい加減そろそろ実妹の名前くらい覚えて下さいませっ」
「あれ……? ミケーネちゃんじゃ……」
「ですからわたくしの名前はミレーゼですわ、 ミ レ ー ゼ !」
「………………ごめんね、みっちゃん!」
「とうとう名前を覚える努力すら放棄なさいましたわね。それもわたくしの目の前で」
どうしよう、天然だ。天然だわ。
いえ、もしかしたら故意に妹の名前を間違えて意地悪しているっていう可能性もなくはないけど……
でも、噂と名声と『ミレーゼ様の兄』という言葉から想像していた方と全然違うんだけど。
え? 本当にこの方がアロイヒ様なの?
在学中は王立学校の首席だったって聞いてたんだけど……うちの学校、お金じゃ成績って買えなかったわよね?
「……はあ。もう名前のことはよろしいですわ。それよりも、お兄様」
「うん? どうしたのかな、みゅるりちゃん」
「みゅるりちゃん!? 今、わたくしの名前が謎の進化を遂げましたわよ!?」
「あ、ごめんね。みっちゃん!」
「……もうよろしいですわ。お兄様にお聞きしたいことがあります」
「何かな?」
「お兄様。お兄様が……クレイを連れ出しましたの?」
「うん? グレイビー?」
「ソースのことじゃありませんわよ! わたくし達の可愛い弟を連れ出したのかお聞きしておりますの!」
「ああ、くーちゃんか。あの子だったら黄金大陸の王宮にいる」
「わたくしは何故そこに、クレイがいるのかを問うていますのよー!!」
「姫殿下がお婿に欲しいって、くーちゃんのことを指名してね?」
「婿!? まだ早すぎますわよ! クレイはまだ9歳ですのよ」
「本人に婿に入る意志があるのか聞いてみたら、今はそんな気にならないから自分で誠意をもってお断りしてくる……と」
「クレイ……しっかりした子に育ちましたのね」
「……お断りをしに行って、そのままずるずる12週間」
「クレイ、済崩しに婿にされかかっておりますわよー!?」
「足止めに次ぐ足止めで着替えが足りなくなったみたいだよ。それに安心して食べられる食料が欲しいと言うからね。僕が補給に帰って来たんだ」
「安心して食べられない、何を出されていますの。クレイ……!」
「うん、そんな訳だから。ミレーゼ、クレイの着替えを準備してくれるかな」
「それでは当面の着替えを……ってお兄様!? 今わたくしの名前をっ」
「それじゃあ僕は食糧を補充に行くかな」
「お待ちになって! わたくしの名前、実は覚えておいでですのっ? お兄様!?」
ミレーゼ様は、いつものミレーゼ様じゃないみたいで。
ちょっと取り乱した、慌てた様子で。
らしくないなぁと思いながら、私はぽかんと見守る他ない。
ミレーゼ様の呼びとめる声にも飄々と手を振るだけで、アロイヒ様はすたすたとどこかへ行ってしまう。
その背中を、茫然と見送って。
「……すごいお兄様ですね、ミレーゼ様」
「結局、シェルネリー様のことを御紹介できませんでしたわ」
しょんぼりと肩を落とすミレーゼ様は、なんだかいつもよりも年相応に見えた。
それに私は、すごいな、とやっぱり思う。
あのミレーゼ様から、年相応の反応を引き出しちゃうなんて。
御兄弟だから? それともアロイヒ様だから?
何にしても、ミレーゼ様を『侯爵家の御令嬢』から『14歳の女の子』に変えてしまう。
これってきっと、誰にでも出来る事じゃない。
ミレーゼ様、お兄様に気を許しておいでなんだなと思った。
なんだか傍目にそうは見えなかったけど。
あれってミレーゼ様がお兄様に懐いているからこそなんじゃないかなって。
私の気のせいか、思い違いかも知れないけれど。
「……はしたないところをお見せしてしまいましたわね、シェルネリー様。どうぞついていらして? お部屋にご案内致しますわ」
「あ、いえいえ! ミレーゼ様にもお仕事があるみたいですのに……」
「お気になさらないで。お客様をお持成しする方が優先ですわ。弟のことは……今ここで騒いでも、どうにもなりませんもの」
「ああ、うん、確かにそうですね……黄金大陸、遠いですし」
なんだかよくわかんなかったけど。
ミレーゼ様ご自慢の弟君は、今何故か黄金大陸にいるらしい。
あそこって上陸規制されてる筈なんだけど……エルレイク家はフリーパス券でも持ってるのかしら。
いや、テーマパークじゃあないけど。でも、なんというか、ねえ……?
ミレーゼ様にちょっとお持成しをしていただいて。
全然ちょっとじゃない豪華さだったけど。
でもお客様として大事に持成していただいて。
明けて、翌日。
私はミレーゼ様からささやかなお願いをされた。
お兄様が思いがけずいらっしゃったことで、心労を感じていると。
だから、心が元気になれるような……美味しいお菓子を、私に是非作ってほしいと。
出来れば日持ちするようなものを、という注文まで頂いてしまって。
なんだか頼られているような心地になる。
そんなことをそんな風に、なんか可愛らしく言われちゃうと……ね。
うん、注文に応えなくっちゃね、って。
奮い立った私は、使っても良い厨房にご案内していただいた。
流石は侯爵家、使用人の質も私の家とは比べ物にならないくらいに凄く良い。
優秀なだけじゃなく、心の機微にもそっと寄り添うような。
そんなさり気無いお気遣いを受けているなぁって。
思いながらも案内された、自由に使っていいという厨房で。
そこで居合わせた、小柄な青年。
うっわ、アロイヒ様だ……ってか、何故に厨房に!?
微妙に似合うんだけど三角巾とお花のエプロン(ピンク)! でも似合うことが凄まじく違和感!!
普通にぎょっとしちゃったじゃないの!
「あれ? 君、ミレーゼちゃんのお友達の……シェルネリーちゃんだったかな」
「え、あ、はっはい!」
「ふふ、元気が良いね。だけど此処はお台所だから、埃が踊り狂うような派手な動作は厳禁だよ?」
「おどりくるう、って……そんな派手には動いていませんよ!」
「そうだね。でも取敢えず口周りにこれを巻こうか」
そう言って、差しだされたのは大判のバンダナ。
あ、唾が飛ぶってですか……はい、御免なさい。
「その……侯爵様? 侯爵様はここで何を……」
「勿論、補給物資の作成だよ。あと侯爵様は止めてほしいかな。まだそう呼ばれる程の威厳は僕にはない」
「え、それでは何とお呼びしたら……」
「僕の友達は僕のことを『この阿呆が』って呼ぶけど?」
「いきなりそれは罵詈雑言の類ですよね!? ちょ、もう少しハードル下げて! 下げてください!」
「それじゃあ、いっそバーb……」
「アロイヒ様って呼びますね! ええ、アロイヒ様って!」
「構わないよ!」
この人、本当に29歳なのかしら……。
小柄なせいか、童顔なせいか、あるいは無邪気な愛想があるせいか……あるいはその全部か。
なんか、大人って感じがしない大人。
懐が深いんだろうな、とは思うけど。
というかなんでこの人、厨房にいるんだろ……。
その疑問には、アロイヒ様のさっぱりしたお声が答えて下さいました。
「ところで、シェリーちゃん」
「え、いきなり愛称?」
「僕は今からお菓子を作る予定なんだ。ミレーゼも大分長旅の疲れが出ているようだし、甘いものは心を休めるだろう?」
「はい、そうですね。実はわたくしもミレーゼ様にお願いを受けてお菓子を作るところだったんです」
「ふふ。やっぱり。前にミレーゼが君のお菓子の腕前を絶賛していたよ。こんなに素敵なお友達ができたって、嬉しそうに言っていたんだ」
「マジっすか」
あ、やば。つい素が……!
貴族の令嬢にあるまじき暴言を吐いてしまった気がする。
だけどアロイヒ様はやっぱり心が広いのか、あまり気にしてはいなさそう。
……あんな完璧なご令嬢の兄君なのに、気にならないのかしら。
「だからね、僕も機会があればって楽しみにしていたんだ」
「楽しみに……? まさか、わたくしの作るお菓子を、ですか」
「いや、違うかな」
「違うんですか……」
「そう、違う。僕が楽しみにしていたのはね……君を味方に引き込めば、ミレーゼもお台所におびき出すことが出来るかなって!」
「え゛っ」
「前に、僕の友達が言っていたんだ……共に苦難を乗り越えることで、絆は厚くなるんだと」
「アロイヒ様……もしかして、ミレーゼ様と仲良く……?」
「いや、単純に慣れない作業で四苦八苦する妹を見て楽しみたいだけなんだけどね? 特に小麦粉まみれになって情けない顔をするところとか、きっと可愛いだろうね……」
「そこでさらっと本音を言われても反応に困るんですけど!?」
この後、私はアロイヒ様が有言実行の人であることを知る羽目になった。
ついでにアロイヒ様は無言実行の人でもあった。
滞在している間、なんだか色々と常識をどこか遠くにぶっ放したような信じられない光景を目にすることになるんだけれど……その度に、漏れなく振り回されるミレーゼ様の常に無いお姿まで拝見することになっちゃって。
私は、そんな光景を目撃する度に沁々と思った。
あのミレーゼ様を振り回せるアロイヒ様の大物ぶりへの畏怖と。
そしてあんなトンデモナイ兄が私にはいない、我が身の幸福を。
結論。
ミレーゼ様のお兄様は、色々な意味で噂を斜めに飛びぬけた人物でした。
傑物には間違いないと思うけどね、うん……本当に、あんな兄が私にはいなくって良かった。
これでもお兄様は真面目にやってるつもりなんですよ……。
今回は、本編の方で既にお兄様がちらっと登場したりしちゃっているので。
ちゃっかりこっちの方にも載せてみました。
……が、まだいまいち小林がアロイヒのキャラを掴み切れていないようで。
なんだか不完全燃焼。
でも書けば書く程アロイヒのキャラが狂っていきそうな気がして……そういう理由もあって、こんな中途半端なブツに仕上がってしまいました。申し訳ない。