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死に、いちばん近い。

作者: 悠夕

なんかキーワードが思いつかない、フリーのホラゲにありがちな話を書いてしまった。公開も反省もしていない。うん。

 ふと思う時がある。俺はいつ死ぬのだろう、と。

 信号が青に変わるのを待っている時に、もしも今道路に飛び込んで、轢かれてしまったのならどうなるのだろうと。

 死んだ後に何かに生まれ変わって再び人生を謳歌する、だなんてことを言い張る人間もいる。死んでしまったら何も残らない、という人間もいる。

 それを実際に知る人間はいない。だって『死』を迎えて帰還したヤツなんていないのだから。

 故に俺は(ソレ)が怖い。今日も今日とて、生きることに必死だ。


 ◇◆◇◆


 高校生活二度目の夏がやってきた。

 空は一昨日まで降っていた雨を乾かし……いやむしろ蒸発させる勢いで晴れやがり、そこら辺でくたばっているセミにも思わず同情する暑さだった。日差しだってかなり強い。もうちょっと頑張ってくれ、オゾン層。まあオゾン層をこんなに痛めつけたのは紛れもない人間達(おれたち)なのだが。

 そんな強い日差しが差し込む教室は、夏休みの話題で持ちきりだった。

 といっても俺の住む町────いや、村だとかそうやって明記したほうがいい気もするけど。俺たちが住む町にはほとんど遊ぶ場所なんてなく、高校生が遊んで楽しめる場所といえば市民プールくらいのものだろう。あと学校から少し離れたところにある、少し大きめの墓地くらいか。と言っても毎年そこで肝試しが行われてるし、大して楽しめるワケでもない。なんだ、結局遊べる場所は市民プールくらいじゃんか。まぁ森を走り回ったって今日(こんにち)を生きる高校生は楽しめないものな。インドア万歳。

「おーい、(にのまえ)くん」

 ふと、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

 窓の外から気だるげに声の方を向いてやると、担任の先生が苦笑いしながら歩み寄ってきていた。スポーツ刈りにジャージ。首からは笛とストップウォッチをぶら下げてるという、典型的な体育教師のような容姿をしている。

「頼む前からそんなに嫌そうな顔をするなよ……頼みにくいだろ」

「だってそうやってセンセーが俺のことを君付けで呼ぶときって、大体なにか頼みごとがあるときじゃないですか」

 まぁ頼みごとをするてまえ、そうやって下手に出るところに好感を持てるけど。それでも怒るときにはしっかり怒れる先生だし、保護者からの好感度も高い。

「で、なんです。今日も大して用事はないし、頼まれますけど」

「いつも悪いな。俺、この後少し外せない用事が入っててな。代わりに依代(よりしろ)のとこに夏休みの宿題、届けてやってくれないか」

 言いながら、俺の机の上に分厚いプリントの束が置かれる。

「……はいはい、わかりましたよ。今度ジュースの一本でもおごってくださいね」

「わかってるわかってる。じゃあこれ、住所だから。よろしく頼むよ」

 笑いながら差し出されたノートの切れ端に目を通し、愛用のスマートフォンで場所を調べ、表示された場所に思わず苦笑を浮かべた。

「なんてタイムリーな……」

 何度見ても変わらない。俺のスマフォに表示されているのは学校から数分歩いたところにある、馬鹿でかい敷地。この町唯一の墓地だった。


 ◇◆◇◆


 依代 美雪(みゆき)。あいつを最後に見たのは春休みに入る前の、最後の授業だったと思う。春休みが明けてからというものの、あいつは家庭の事情とやらで滅多に学校には来なくなってしまった。

 背中あたりまで伸びた手入れのよく行き届いた黒髪に、『美雪』の名に恥じない真っ白な綺麗な肌。顔もそこそこ美人だったし、性格も悪くない。男女ともに評判も良かったし、結構な連中があまり学校に来なくなってしまったことを残念がっていた。

「……そんなやつが墓地に住んでるって、どゆことよ」

 なんというか。いかんともしがたいこの感覚。

 何度も墓地に来てはいるけど、人が住めるような場所は一切なかったと思う。管理してる人間の家も結構離れた場所にあったと思うし、墓の周りはほとんど森だ。あいつ先生に嘘の情報でも渡してるんじゃなかろうか。

 そんなことを思っているうちに目的地に到着。いつもは人が少ないはずの墓地には、結構な数の人がいた。お盆が近いからかな。

「んで。どーすべ、これ。やっぱ無理だったって先生に素直に謝るか……」

 改めて見渡してみても森、人、森森人木林森人人。人が住めるようなところは全ッッ然見当たらない。さて今俺は何度人と言ったでしょう。配点15点

「何をどうするんですか、同じクラスの(にのまえ)くん」

 と、アホなことを考えてると背後から声をかけられ、錆びて動きが鈍くなったロボットよろしくギギギと首だけで振り返る。

「よ、よぉ依代……こんなところで奇遇だな」

「それは私のセリフなんですが」

 というか意外だな。いくら学校に来てないとはいえ、同じクラスのヤツの顔くらいは覚えてるものなのか。なんて言ったら失礼な気がするから言わない。

 代わりに話題を探すべくしっかり向き合って、依代を下から観察していく。

「……なんです、そんなにじっくり見て」

「や、なんつかその……」

 なんというか。依代が身に着けているのは『いかにも巫女服!!』といった感じの巫女服だった。何を言ってるかわからんだろうが俺もわからん。

「あぁ、この格好ですか。職業柄、仕方ないんです」

 俺の疑問を込めた視線に気づいたのか、きっちり説明してくれた。似合ってます?と言いたげな笑顔付きで。まぁアレだね、修学旅行の夜にクラスメートの女子のパジャマを見たときの驚きくらいの衝撃はあったよね。似合ってるからムカつくよね。

「職業柄……墓の管理人?にしては巫女服ってのも少しおかしな話だよな。決まりか何かでもあんのかね?」

「そんなところです。最近忙しくて、この格好でいることが多くて……」

「……ま、今日大盛況だもんな。忙しいとこ邪魔して悪かった」

 言いながら墓を見渡す。と、視界の隅で依代が首をかしげた気がした。

「で、一くん。ここに来たってことは私に何か用があるんじゃないんですか?」

「あーそうだったそうだった。夏休みの宿題を先生に頼まれて届けに来たんだよ」

 やべぇやべぇ本気で忘れてた。暑さで頭でもやられたかな。

 肩から引っさげてたスクールバックから、分厚いプリントの束を取り出す。と同時に依代が嫌そうな顔をしやがった。

「いやそんな露骨に嫌そうな顔するなよな」

「ごめんなさい。いくつになっても夏休みの課題は苦手なもので……」

 そうさな。夏休みは何歳になっても学生の目の前に立つ最強の壁だ。中には『天を突くドリルだぁぁぁぁああああ!!』と言わんばかりにいとも簡単に突き抜けていくやつもいるけど。いや壁なんだから乗り越えていこうよ。

「まぁそう言うな。受け取ってくれないと俺が来た意味がなくなる」

「そうですね……仕方ない、受け取っておきます」

 と、本気で嫌そうにため息をつく依代。気持ちはわからんでもないけどね。

 そんな依代に苦笑を浮かべながら、目的は達成したわけだし帰ろうと踵をかえ……

「あ、ちょっと待ってください」

 そうとした瞬間に呼び止められた。

「どした。なんか足りないプリントでもあったか?」

「いえ、そうじゃなくて。プリントを渡しただけで帰るのもなんですし、ウチに寄っていきません?お茶くらいなら出しますよ」

 ……正直喉は乾いてたし、家がどこにあるのかすっごい気になってたし。素直に頷いておく。下心なんて一切ないんでご安心を!!


 ◇◆◇◆


 森の中を進むこと役15分程度。そこに依代の家はあった。いや、なぜこんなところに建てたし。

 家は少し小さめの平屋で、家の脇から庭にかけて大きめの川があり、夏特有の木漏れ日も相まって別世界に迷い込んでしまったのかと思うほど綺麗だ。うん、でもなんでここに建てたし。綺麗だけどね。いいと思うけどね!!

 なんて驚いてる間に通されたのは居間らしき部屋だった。俺の身長ほどの大きさの窓からは庭の川が見えて、涼しく感じる。

「そんなにきょろきょろしないでください。あまり片付いてないんですから……」

 俺の目の前に麦茶の入ったコップを置きつつ、恥ずかしそうに頬を膨らます依代。結構物がないように見えるけど、これでも片付いてないっていうのか。女子って恐ろしい。

「あれ。親御さんは?」

 麦茶を飲みながら、ふと浮かんだ疑問を投げかける。すると目の前に座った依代は気まずそうに視線を伏せ、コップとにらめっこを始めてしまった。

 ……マズったか。なんか地雷でも踏んだ?

「両親は、春休みが終わるころに事故で亡くなりました」

「あー………そっか。悪かった。俺が気を使えないばっかりに」

 踏んだところか踏み抜いてました。

 思わず麦茶を飲みほして、視線を同じように空になったコップに向ける。そっか、家の事情ってそういうことか。

 川の流れる音と木の葉が擦れる音だけが、居間を支配する。その沈黙はひどく痛く、重かった。

「でも、いいんです」

 その沈黙を破ったのは依代。顔をゆっくりあげると、麦茶の入った容器を片手に

「元から仕事にかかりっきりで、いないような両親でしたから。葬式なんかは確かに大変ではありましたけど、両親が残していった仕事をこなすほうが大変なくらい」

 と、笑いながら言った。

「何強がってんだよ。地雷踏んだのは俺なんだから、つらいならつらいって言えばいいのによ。ま、俺も人のことは言えないけどさー。ウチの親も────────」

 ────────あれ?親も、何だ?

「一くん?どうかしました?」

「ああいや、なんでもない。暑さで頭がやられたみたいだ。お茶のおかわり淹れてくれ」

 コップを差し出すと、楽しそうにおかわりを淹れてくれた。まぁなんだ、俺がこうやって話すことで依代の気持ちが楽になるなら俺も本望ってもんだ。クラス1の人気者と、こうして冷たい麦茶を飲みながら一対一(マンツーマン)で話せる機会なんてそうそうないからな。サンキュー先生。今日の晩くらいまでは感謝しておいてやろう。

 おかわりのお茶を飲み干し、なんとなく庭に視線を向ける。

「……あれ」

 庭には誰も居なかったはずなのに、小さい女の子がべそをかきながら立っていた。スモッグを来てるところを見ると幼稚園生だろうか。

「迷子かな。つってもこんな場所に迷い込むなんておかしくね?」

 言いながら、依代に視線を投げてやる。さっきまで楽しそうに笑っていたはずの依代は、真剣な表情を浮かべていた。

「……このタイミング、ですか。いつも日が高い時間帯は来ないんだけどなぁ……」

「いや何言ってんだよ」

 急にガラッと雰囲気が変わった依代に笑いながら野次を飛ばすも、ブツブツひとりで話しているだけで返事が返ってこない。

「依代?」

 無視。

「おーい、依代さーん?」

 無視。

「美雪さーん??」

 3度目の正直というヤツか。畳に向けられていた真剣な視線が、俺に向けられた。

「仕方ないですね。地雷を踏まれたついでに、私の本業も見せておきます。あの子をあのまま放っておくわけにもいかないですし」

「え、は?本業??」

 頭の上にいくつも疑問符を浮かべている俺をよそに、縁側まで歩み寄る依代。

「おいで。どうしたの?」

「ぁ……お姉ちゃん……」

 涙を袖で拭い鼻をすすると、女の子が縁側に駆け寄ってくる。瞬間、俺と目があった。

「ぅ………」

 ついでに足も止めた。いやなんでよ。

 苦笑を浮かべていると、依代からの攻めるような視線が刺さる。やめてよー、俺何も悪くないじゃん依代さーん。

 ため息をつきながら俺も縁側に座り込み、見習って優しい笑顔を向けてやる。

「怖くないよー、大丈夫」

「ホントに?」

「ホントホント」

 ちょいちょい、と手招きをしてやると疑っているような視線を向けてはいるものの、手の届くあたりまで駆け寄ってきてくれた。なんだ、小さい子って可愛いね。ロリコンではないよ。

 隣の依代は俺の優しい笑顔(自信作)を見るとくすりと笑い、女の子の頭をなで始めた。いやなんでいま笑ったし。

「で、どうしたのかな。迷子?」

「んー……わかんない」

「わかんない、か。そうだよね……」

 優しい、温かい笑みが、悲しそうなものに変わっていく。

 周りの空気が急激に冷たくなり、風が止む。あたりの時間が止まったような気すらした。

「ごめんね。少しだけ、のぞかせてもらうね────────」

 優しく呟くと依代は女の子の額に自分の額を合わせ───────


 ───────何故か俺の視界が暗転した。


 ◇◆◇◆


 夢を、見ているんだろうか。

 まだ日は高かったはずなのに足元に伸びる影は長く、窓から差し込む日差しも真っ赤に染まっている。

 立っているのはある家の一室。あたりには飲み干されたビール瓶や、コンビニ弁当のゴミ、古くなった傷だらけのおもちゃが散乱していた。

 そんな部屋に、一組の男女が現れる。女は涙を流し、男はひどい形相でそれを睨み叫び声をあげている。が、声はなぜか聞こえず、俺の耳に届くのは誰かがすすり泣く声だけだった。

 男は何度も女を殴り、蹴り、床のゴミを投げつけ、怒号を浴びせる。

 正直見てられなかった。目をそらしたかった。けどなぜかそれができずにいる。

 嫌だ嫌だと目を瞑っても瞼の裏にそれは浮かび上がり、まるで俺に『目を逸らすな』と圧をかけているよう。

『やめ、て……』

 俺の頭の中に、誰かの声が流れ込んでくる。聞き覚えのある、幼い声。

『もう、やだよぉ……』

 その声は二人に届いていないのか、男の暴行は次第にエスカレートしていく。顔ばかりを重点的に攻めていた手は床に伸び、地面に転がっているビール瓶を掴み取り、女の頭に向かって振り下ろす。

『やめてったらぁ!!』

 声の主が────見覚えのある小さい子が、棚の陰から飛び出し、男の前に女をかばうように立ちふさがる。

 男は目を見開くが振り下ろした瓶は止まることなく────


 ────女の子の頭部に、直撃した。


 場面は変わって、交差点。雨が降っていた。

 地面には雨だけじゃなく赤い何かが水たまりを作っていて、交差点のど真ん中には窓にヒビが入ったトラックが止まっていて、その横に誰かが横たわっていた。

 頭部からは血液を大量に流し、肌も青白く生気が感じられない。

 不思議とそいつを見てると視界が狭まり、息が上がる。足の感覚がなくなって、自分が立っているのか座っているのか浮いているのかわからなくなった。

 だって、それは、間違いなk


 ◇◆◇◆


「……うん、大丈夫だよ。次があるなら、次はきっと大丈夫だから」

 依代の優しい声で目を覚ます。日はとっくに傾いていて、(ひぐらし)が夜の訪れを告げている。頭が重い。汗で制服もびしょびしょで気持ち悪い。

 重い頭をゆるく振りながら体を起こすと、さっき────いや、数時間前と変わらず、俺の隣に声の主は座り込んでいた。でもその目の前に、小さい女の子はいない。

「起きました?」

「……わるい、俺寝ちまってたみたいだ。なんかおかしな夢を見た」

「おかしな夢、ですか。それはさっきの女の子の記憶です」

 夕焼けに視線を向けながら、寂しそうに依代は言った。

「あの子の、記憶?」

「ええ。ここには死に迷った人間がやってくるんです。ここに来る人たちは決まって『死んでいること』に気が付いていなくて。そんな人たちの記憶を覗き、話し相手になって、できるだけ穏やかに『死』を自覚してもらう。それが私の本業なんです」

「……じゃああの子は、幽霊だったのか。死因は……」

「夫婦喧嘩に巻き込まれて、そのまま」

「…………」

 思わず言葉を失う。そうか、あんなに小さい子が。

 それよりもつらいのは依代の方なんじゃないだろうか。お前は死んでいるんだぞ、と、相手に告げなければならないのだ。どんなかわいそうな死に方をしていても、まだ死にたくないと願っている相手にさえも。

「まぁ、さっきの子はちゃんと自覚してくれましたから。素直でいい子でしたよ、(にのまえ)くんの何十倍も」

 なんて言いながら、俺に笑顔を向けてくる。

「ばか、なんでそこで俺が出てくるんだよ。これでも素直だってーの」

「素直じゃないですよ。あなたも、その『死を自覚していない者』の一人なんですから」

 ……まだ寝ぼけてるんだろうか。よく聞こえなかった。

「そろそろ気が付いてるんでしょう?」

「何を突然。冗談ならもっと笑えるヤツにしてくれ」

「冗談じゃないです。さっきの夢は死人の記憶を映したもの。この場にいる、死人の記憶しか見れないんです」

 そうだ、今の冗談は少し笑えない。そんなに真剣な顔で言うなって。冗談にしても笑えないぞ。

「……見ましたよね、自分の死に顔を。雨の中、轢かれているあなたを」

「やめろって」

 夢の中。雨の音。白い顔。赤い水たまり。

「貴方は梅雨真っ盛りの、豪雨の中」

「やめろ」

 真っ白な顔は頭から血をアホみたいに流していたアイツは、

「トラックに轢かれて────────」

「やめろ!!!」

 紛れもなく、間違いなく

「───────死んだ」

 俺、だった。

 ……見間違えるわけがない。16年近く見てきた自分の顔だぞ。嫌でも覚えるし、ほかの誰かと見間違えることなんてない。

 そうだ。俺は死が怖いとか言ってたくせに、全然相手にしてくれない両親に嫌気がさして思いっきり走ってるトラックに向かって飛び込んだ。

 頭痛がする。吐き気がする。轢かれた時の痛みが蘇って、体と頭を引き裂きたくなる。

 ああ、嫌だ。死ぬんならもっと別の死に方をしておくべきだった。気が狂いそうだ。

 歯を食いしばる。頭を掻き毟る。手が、手が赤く染まった。汚い。ああ、死んだんだ。死はこんなにも近くにあった。

「一くん」

 狂いそうになっている俺を依代は、優しく抱きしめてくれた。温かい。徐々に、痛みも引いていく。

「………落ち着きました?」

「ああ、大丈夫。落ち着いた」

 荒くなった呼吸を整え、少し名残惜しいけれど依代から離れる。まだ少し頭が痛いけど大丈夫だろう。もう死んでるんだ、問題ない。

 軽く深呼吸をして、苦笑を浮かべる。すると依代は、

「一くんはこれまで見てきた人の中で一番タチが悪いです」

 なんて、いい笑顔で言いやがった。なんてことを言いやがる。

「死というものに普通の人間以上の恐怖を抱いてるものだから、自分が死んだって事実を捻じ曲げて、三日間もいつも通りの生活を送っていたんですから」

「うわ、俺すげぇ」

 どんだけ死んだって認めたくなかったんだよ。何その謎パワー。

「そう、一くんはすごいんです。だからそんな一くんに、いいことを教えてあげます」

 縁側から立ち上がると俺の目の前に立ち、

「ここに来て、お母さんと話した人たちはみんな安心しきった顔で死を自覚して、ソレに向かっていきました。お母さんとその人たちは何を話したのかわからないけれど、死ってそこまで怖いことじゃないんですよ」

 あの女の子に向けていた笑顔よりも、クラスメイトに向けていた笑顔よりも、優しい、楽しそうな笑顔で、言った。

「まぁ、あくまで私の意見なんですけどね」

「うわぁ、一気に信用できなくなったぞ」

 でも、まぁ。そっか。

「うちのクラスの一番人気がそう言うなら、そうなんだろうな」

「えー、何ですかそれ……」

 俺が納得した理由が気に入らないのか、頬を膨らませる依代。なんだよ、可愛いな畜生。

「なんだ、来世ってのがあるかもしれないしな。来世で会えたなら、そん時もよろしく頼むわ」

「覚えてるかわからないですけどね」

「うわぁ、ロマンの『ロ』の字もねぇヤツ……」

「でも会えますよ、きっと。来世でも」

 なんて。依代にそういわれると、そんな気がしてくるから困る。

 そろそろ夕日が沈んじまう。なら沈む前に、しっかりと逝きたいもんだ。もう死に対する恐怖もない。

 今度こそ踵を返して、依代に背を向ける。

「戻ってきて地縛霊なんかになったら承知しませんからね」

「わかってるわかってる。じゃあ、またいつか。どこかで」

 肩越しに笑顔を向けて。


 俺の人生という物語は、幕を下ろした。



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