物語の始まり
夏空に入道雲が膨らんでいる。今日のむしむしとした暑さは、地平線のアスファルトを揺らして、セミの音がぼんやりと反響した。
昼下がりの鋭い日光を避け、神社の木陰で休んでいた。あの鬱蒼とした木々から漏れだした日光が、この鬱陶しい感情を徐々に和らげてくれる。ただ脳内も心中も根本にあるもやもやは取り除けず、茫然とふわふわした白い空間に浮いている気分だった。
「あ、見つけた!! けい兄―!!」
「……?」
こちらへ少女が走って向かって来た。
あれは妹の北条天奈だ。長く白い髪に、細めの体躯、元気の良さはこの暑さでも健全のようだ。しかし見た限り少し焦っているようだが、何かあったのだろうか。
そう考えているうちに、天奈は俺の近くに辿りついていた。少し呼吸を乱しながら、膝に手をついた。そして軽く息を整えた後、ゆっくりと気まずそうにほほ笑んだ。
「どうしたー?」
「いやー……しーちゃんがレギュレートしちゃってさ、アンドロメダ作ってくれない?」
「what!?」
「メガロパンだよ。けい兄って天星生態法ができるでしょ?」
「ごめん、お兄ちゃん分かんない」
父さん母さん、天奈が未知の言語で喋っています。道を踏み外したのでしょうか。それと俺って何か凄い事ができるみたいです、全く覚えにありません。
待て、一体何が起こっているのだろうか。メガロパンとはなんなのだろうか、テンセイなんとかとは日本語なのだろうか。
いや、全て聞き間違いかもしれない、もう一度聞きなおそう。
「あ、天奈。悪いけど、もう一回全部話してくれる?」
「ん? けい兄、耳が生殖器にでもなったの?」
「……あ、うん。そうかも」
「いやいや!! けい兄、セクハラに便乗しないでよ!!」
父さん母さんどうしよう、会話にならない。
今までの可愛かった天奈はどこへ行ったのか。いやそうでもないな、案外妹はこれでいつも通りなのか。いやそうなのだろうか、以前まで多少は会話が成立していたが、今は同じ次元にいるとすら思えない。
「あ、天奈。悪いけど―――」
「―――ああ!! 待って!! しーちゃんが隕石になりかけているんです!! けい兄しか頼れる人がいないんです!! お願いします!!」
それは何の説明なのだろうか、俺は何をお願いされているのだろうか。
すると妹は、俺の服の袖を掴み必死に頭を下げて来る。
「お願い!! もう二度とけい兄の部屋に侵入しないし、服も盗んだりしないから!!」
「今までで一番まともに聞こえるよ、それと許さんからな!!」
「そこをなんとか!! けい兄は大丈夫だけど、次に私は死んだら色々と面倒なんだよ!!」
コイツは一体何を喋っているのだろうか。
そういえば天奈が言うしーちゃんとは、多分雫ちゃんの事だろう。妹は彼女が隕石になったと言っていたが、その発想力を別の方向に活かせないのだろうか。
その時、遠くから空気が切り裂かれるような爆音が響いた。今までささやかに流れていた風は勢いを強め、辺りにいた鳥達は一斉に飛び出し逃げ出した。
天奈は空を指差した。
「ああ!! けい兄、しーちゃんが飛んでくるよ!!」
「何を言って……」
空を見上げた、すると燃え上がる大きな火の玉、人型の隕石がこちらに向かって落下してきている。また全身の肌から大気が震えている感触が伝わっていた。
どうやら、妹の言っていた事は本当だったらしい。雫ちゃんは隕石になったのだ、あんなに大人しくて健気な子が、ああもこの地帯一帯を破壊できるような兵器になるとは。
(あああああああああ、お兄さんんんん、こんにちはあああああああああ)
遠くから声が聞こえてきた、これは雫ちゃんの声だ。礼儀正しい彼女らしい、例え落下中でも挨拶を忘れていない。
なんだろうこれは。妹は必死で俺の服の袖を掴んでいる。
その間も雫ちゃん型隕石はどんどんこちらに近づいてくる。撒き散らした暴風だけで辺りの木々が吹き飛んでいった。
そして俺達二人はただ茫然と見て居ることしか出来ない。辺りは爆風でみるみる更地と化していき、既に雫ちゃん型隕石との距離も殆どない。
「何だこれ……」
「……け、けい兄……す、好きだあああああああ!!」
「知るかあああああああ!!」
『うわあああああああああああ!!!!』
ドゴオオオォォォオォンン。
とてつもない規模の爆発と轟音は、雫ちゃんの魂と共にこの街を消し飛ばした。
我々はこの事件を忘れてはならない、この世界に生きる全てのためにも。
THE END
続きます
一話完結ではありません