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カボチャの騎士とガラスの王冠

作者: 楓音

   1

燦然と光るそれは、まさしく王に相応しい権威、力の象徴そのものだった。

精巧な細工が施され、それは人が踏み込めない神の領域に属しているようにもみえる。

王冠。銀色、金色にみえるガラス細工で出来た脆くも儚き王冠。

それに魅入られし者の先に待つのは、破滅のみ。


「ほう……これはまたすごい数ですね」

 ポツリとルキが、感心したかのような声を洩らす。

 ルキの視線の先には、この国プロシア王国の歴代の国王たちの肖像画が飾られていて、その数は、軽く百を超えている。

 ルキはそれらを一枚ずつ丁寧に、見ている。

 そんな彼の隣を歩く、髪の長い娘は不満げに口を開いてみせた。

「……ルキ……暇よ」

「……セフィル様」

 ルキは、少し戒めるように彼女の名を呼ぶが、セフィルは気にすることもなく、唇を前に突き出して言葉を続けた。

「だって肖像画ばかりじゃない。しかも全部似たような感じだし」

 プイッとルキから目を反らして言う。

 ルキは、こういった歴史や肖像画を目にするのは好きだが、反対にセフィルにはつまらないものとしか思わないのだ。

 そんな二人に近づく灰色の髪の青年がいた。

 その青年は、小さなメモ用紙のようなものと二人を見比べていて、確認が済むと静かに話しかけた。

「あの……少しよろしいですか?」

「はい?」

 ルキはゆっくり振り返る。

 青年は、ルキの顔を見るや否や声を張り上げた。

「あなたですね?! 三日ほど前にこの国にやってきた二人の旅人は! カボチャ頭の男と金色の髪の娘さん!」

 青年の声は、思ったよりも大きくて館内中に響き渡った。

 そのあまりの大きい声に、セフィルが不機嫌な表情を作ったため、青年は罰が悪そうにルキたちに頭を下げた。

「すみません。驚かせるつもりは……」

「いえ……」

 頭を下げた青年に、短く受け答えをするルキ。

 そんな様子を見ながら、セフィルはルキを見ながら納得しながら話す。

「相変わらずルキは有名なのね」

「別に私が有名ではないですよ。あくまでこの容姿が記憶に残るだけの話です」

「それが有名ってことじゃないの」

「人目を引くだけです」

 何度もルキは有名ではないと、セフィルの言葉に訂正を入れる。

 記憶に残る容姿。人目を引くというルキ。

 それは、青年の口から出たようにカボチャ頭を持つということだった。

 ルキはまだすまなそうに萎縮している青年に向かって、やさしい声で語りかけた。

「お気になさらず。人目を引く姿をしているのは私自身、重々承知しています」

「……すみません。ああ……申し遅れました。私はこのプロシア王国の歴史資料館を任されています、ハンスリックといいます」

「これはご丁寧に。私は、ルキフゲ・ロフォカレといいまして、こちらは」

「セフィル・クロスティンよ」

 セフィルは短く名前を告げただけだった。

 ルキは、もう少し愛想をと思ったが、ハンスリックは特に気にする様子も見受けられなかったため、ルキ自身もそれについては何も言わなかった。

「時に、ハンスリックさんはこの資料館の責任者であらせられるのですよね?」

「ええ。いかにもそうです」

「この歴代の国王たちの肖像画について、お聞きしたいことがあるのですが?」

「……この人数のことですよね?」

「はい」

 ルキは、壁を覆いつくす勢いで飾られている肖像画を見ながら言う。

 この国は、今からおよそ百年前。

 つまり、百年において、国王たちの数が百以上というのは少し奇妙であると、ルキは考えのだ。

「王になった者は、在位して僅か一日で命を落としたものや長くて十年間しか王位についていないのです。年齢も若く、子供ですら謎の死を遂げているのです」

「原因は?」

「……それは、その……まだわかっていません」

 ハンスリックは、ルキの視線から逃れるように肖像画を見ながら力なく呟いた。

「そうですか……ところで、」

「なんでしょう?」

 ルキは淡々と答え、話題を変えた。

「この王冠は?」

「王冠?」

 原因はわからないと答えたハンスリックに、短く答える中でルキは一つの物に目が留まり、今度はそれを問いかける。

 セフィルは、オウム返しのように繰り返し、ルキがみている肖像画を、同じように覗き込んだ。

 肖像画をいくつか比べてみると、ある特徴が見受けられた。

 それらは、ルキの見る限りでは、全ての王が被っているものだった。

 それは、王冠だった。

 しかし、普通の王冠ではない。

 ガラス細工でできた肌理細やかで、それはまさしく一つの芸術といえるものだった。

「……きれい」

 うっとりとセフィルが感嘆の声を洩らす。

 ルキは、何も言わないがこれほどのものは、見たことがなかった。

 かつては、さまざまな国に付き従い、数々の宝石や宝物を目にしてきたルキですら、こんなにも美しいものは見たことがなかった。

 王としての威厳の象徴に相応しい、ガラスの王冠。

「……これは、その」

 ルキが、ガラスの王冠について聞いた途端、彼は困ったような顔になり、そして口を閉ざしてしまった。

「ハンスリックさん?」

 何も言わなくなったハンスリックに、ルキが名を呼びかける。

「……すみません。それは、外部の方にはお話できません」

 ハンスリックのハッキリとした物言いに、ルキは特に追求もせずに話す。

「……そうですか。それなら仕方ありません。これ以上長居しては悪いですので、この辺りで失礼を。行きましょう。セフィル様」

「え? ええ」

 ルキは、淡々とそう早口で告げ、セフィルの手を取り、その場から離れた。

 その二人の後ろ姿を、ハンスリックは無表情で見つめていた。



「ねぇ? ルキ。さっきなんであんなにすんなり引き上げたの?」

「なんのことです?」

「とぼけないでよ! ガラスの王冠よ! あの王冠が国王たちの死に深く関わっているのは明白じゃない!」

「ですが、証拠もありませんし、我々がそれを明かす義理などありません」

「義理って! あなた騎士でしょ!? 仕事しなさいよ!」

 騎士。ルキはこの国のトップである教皇から聖騎士の称号を与えられている。

 聖騎士は、騎士たちの中でもトップの地位を持ち、自由が約束され、戦争のみに借りだされるものだった。

 セフィルは、騎士としてこの国を救うべきだと、主張するもののルキに冷たく一蹴されてしまう。

「騎士だからといって、誰にでも手を差し伸べるわけではありませんよ」

「? どういうことよ?」

「いずれわかります」

 思わず足を止めたセフィルに構うことなく、ルキはスタスタと歩いていってしまう。

 慌ててセフィルが追いかけ、何度も理由を尋ねるが、ルキはそれ以上話す事はなかった。



    2


「もう! ルキは一体何を考えているのかしら?!」

 八つ当たりをするかのように、セフィルは持っていたハンカチを壁に向かって投げる。

 セフィルは今、宿屋に一人でいる。

 肝心のルキは、あの後用事が出来たといい、ここにセフィルを残し出て行ってしまった。

「私を一人にするなんて……騎士として失格よ……」

 ルキが出て行く前に入れてくれた冷めた紅茶を口に含みながら、不機嫌そうに呟いた。

 苦味が口の中に広がり、ふぅとため息を付く。

 そこで、ふと先ほど見たガラスの王冠を思い出した。

 あんなにも美しい王冠がこの世に存在しているのだなと、目を瞑りながら王冠を思い出してうっとりと余韻に浸った。

 そこで、セフィルは何を思ったのか、スクッと立ち上がる。

「そうだわ! 私があのガラスの王冠について調べて……助けてあげればいいのよ! そしたら、ルキの鼻だって空かせるわ!」

 セフィルは急いでルキに向けて走り書きのようなものを残し、部屋を出て行った。

 そして、あの歴史博物館に向かって走るセフィルの後に、複数の謎の影があることに彼女は気づくことはなかった。



「……お久しぶりでございます。ソレラ・アレマランジェ・フェラルダ様」

 ルキは、一枚の肖像画の前に立っていた。

 白髪に青い瞳を持ち、王であるにも関わらず頭上には王冠はなかった。

 今からおよそ、百年前に滅亡した王国、リマラ王国。

「あのガラスの王冠を見て、もしかしたらと思いましたが……もう、あなた様にお話できないとは、残念でなりません」

 ルキは、感情の篭ってない淡々とした物言いで肖像画に向かって話しかける。

「……私的には、あの国がどうなろうとは興味などありませんが……」

 そこまで言うと、ルキは肖像画の前に片膝をつき、うやうやしく頭を垂れた。

「平和をこよなく愛し、どんな者にも手を差し伸べたあなたは、あの国のした行い、そしてそれが故に呪いに苦しむ国の者をお救いになりたい……と言うでしょう。そして、私にご命令をなさるでしょう。それならば、私はご命令に従うとします」

 ルキのギザギザに分かれた口から、そんな言葉が出た。

 そして、ゆっくりとした動きでルキは立ち上がり、肖像画を後にした。

 ふと、ルキが足を止め肖像画を最後に見ると、王が少し微笑んだのを僅かに感じた。



「んん……」

 薄暗い部屋。少しかび臭い匂いでセフィルは目を覚ました。

 うっすらと目を明けると、そこは地下室のようなところだった。

「あら……? 私、なんで……」

 呆然とセフィルが呟きを洩らす。

 そして、起き上がろうとするが何かに邪魔されてその場に転んでしまう。

「ぃった……なんなのよ……」

 冷たいコンクリートに寝かされ、後ろ手を縛られ身動き一つ出来ない。

 セフィルが顔を上げると、不気味に光るガラスの王冠、そして祭壇が一つ置いてあった。

 あんなに美しく思えたガラスの王冠は、酷く不気味に思えた。

「お目覚めですかね? セフィルさん」

「あなたっ……」

 コツン、コツンと足音を経てて、現れたのは歴史博物館で会ったハンスリックだった。

「どう、いうこと? あなたの、仕業なの?」

 セフィルが震える声で問いかけた。

 ハンスリックは、博物館でみせたような優しい笑みをみせながら口を開いた。

「まさか、あなたの方から動いてくれるなんて……探す手間が省けました。あの、ルキフゲという男が曲者でね。宿は突き止めたものの……頑丈な鍵で中に入れなかったんです。ああ……部屋を出る際、あなたは気がつかれなかったでしょうがね」

 クスクスと、人を少し小馬鹿にするような笑い方をして、近くの椅子に腰掛けた。

 椅子がギシリ、音を経てた。

「……私をどうする気……?」

 セフィルは、こみ上げる恐怖心に気が付かれないように強気に振舞った。

 そんな彼女を以外そうに見つめ、

「へぇ……てっきり泣き叫ぶかと思った」

「フン……私を甘く見ないでくれる?」

 ぎゅっと強く握りこぶしを作り、意地でも泣いてやるもんかと誓いをたてた。

「まあいいや。セフィルさんはどうせ死ぬことになるんだし……」

「……え?」

 ハンスリックは、視線をセフィルからガラスの王冠に移し、独り言のように呟いた。

「……まだ時間もあるし、何も知らないで死ぬのは気の毒だから、少し昔話をしてあげよう」

 ハンスリックは、音もなく立ち上がり、ガラスの王冠に向かって歩み寄っていった。

「……今から、百年前。この国の初代王アグリー・リーレファントと隣のリマラ王国は平和条約を結んでいた。

 リマラ王国の王、ソレマ様は平和をこよなく愛した方だったらしく、それでこの国と条約を結ぶことになった。

 でも、会合の日にソレマ様の頭にあったガラスの王冠を目にした途端、わが国の王がまるで魔法に取り付かれたかのようにその王冠を欲したらしい。

 それを手に入れるために、リマラ王国を襲い、略奪をした」

「酷い……」

 セフィルが、小さく呟く。

「肝心なのはここからで、王冠を手に入れたまではよかったが、アグリー様は王冠を手にした翌日に謎の病により死亡。その後次々と王は何人ものに変わっていったものの、長くて一年足らずで死に、短い時は即位してわずか二時間で死んだ王もいた」

「……」

「誰かが言った。呪いだと……冗談じゃない……初代の王のせいでなぜ我々が苦しまなくてはならない!?」

 ハンスリックは怒りを露にしながら、そう怒鳴った。

 王の身勝手な行いが、子孫にも影響し続けることになっている。

「あることをするようになってから、王が死ぬことはなくなった……」

「あること?」

 セフィルの問いに、ハンスリックは表情を消し冷たい口調で告げた。

「生贄ですよ」

「生贄?!」

「若い娘を生贄として捧げてから、王が死ぬこともなくなりました」

「っ!?」

 真っ青になり、言葉を失うセフィル。

「調度いい時に来てくださってありがとうございます。今宵は新月。儀式にはもってこいの日なんですよ」

 にやりと、顔を歪めてそう言い切ったハンスリック。

 松明の火がゆらりと風に揺られ、ガラスの王冠が一瞬明るく照らされる。

 娘たちの生き血を長年に渡って捧げられてきたそれは、美しくもあり、穢れているようにセフィルには思えてならなかった。

 そんな中、地下室の扉が開き、数人の男たちが流れ込んできた。

 漆黒のマントで全身を覆いつくし、不気味な仮面で顔を隠している。

「時間ですか?」

 ハンスリックの問いに、彼らは声を出さず小さく頷いてみせ、腰に差してあった銀色の剣を抜いた。

「っ……」

 その剣の使い道は一つしか考えられなくて、セフィルは背筋が凍りつくのを感じた。

 そこで、ハンスリックは「ああ……」と言葉を洩らし何かを手に取った。

「大事なことを忘れていました」

「は? !? ちょっと! 何!? なんなのよ!?」

 バシャン、という音と共に、壷一杯分の水がセフィルにかけられ、一気に濡れ鼠状態になってしまった。

 ハンスリックは、自分をにらめ付けてくるセフィルを冷たく見下ろしながら、言葉を続けた。

「清めの水です。この水で穢れた心と身体を清めます」

 淡々と言うハンスリックに、セフィルが声を張り上げて叫んだ。

「ふざけんじゃないわよ! あんたたちなんてね! ルキにボコボコにされちゃえばいいのよ!」

「ククッ……残念だけど君のナイト様は来ないよ」

「……え?」

「今頃、獣の餌になってるかもね」

心底おかしそうにハンスリックは話した。

「う、嘘……嘘よ! ルキが……ルキが……」

セフィルの脳内には、ルキがいた。

いつでも自分を護ってくれるルキが、こんなところで?

セフィルは、嫌な予感を頭から追い出し、真っ直ぐ前をみた。

ルキは強い。なんたって、騎士たちのトップに君臨している男だから。

「……ふん。まだそんな目ができるんだな」

セフィルは何も言わずに笑った。

私は、ルキを信じる。その思いだけが彼女の心の中を占めている。

「もっと取り乱すかと思ったが、興ざめだ。ああ……そろそろはじめて」

彼の合図と共に、複数の足音が地下室に響いた。

そして、セフィルを取り囲み剣を天井に向かって突き上げた。

緊迫した空気が流れ、ジジジと松明が空気を焼く音がする。

「っ……」

明確に近づいてくる死のカウントダウンにセフィルは、固唾を呑む。

何をしているのルキ……早く、助けに……呼んだら助けにきてくれるんでしょう?

だったら……

「早く助けにきなさいよ! 馬鹿ルキ!!」

セフィルがそう叫んだと同じタイミングで、地下室の頑丈な扉が開け放された。

みんな動きを止め、扉を見つめる。

「馬鹿とは心外です。あなたに馬鹿とはいわれたくありませんが?」

「ルキ!?」

嬉しそうに、セフィルは彼の名前を呼んだ。

本当に助けに来てくれた……

「まったく……あなたというお方は……大人しく留守番も出来ないのですか?」

いつもは腹が立って仕方がないルキの毒舌も、今は温かみを覚えた。

「さて、」

ルキは、そこで言葉を切り、自らも剣を抜いた。

「一国の王ともあろうものが……このようなことをするとは……この国の未来が心配ですね」

「え? 一国の……王?」

セフィルは、目を白黒させながら、ルキに問いかけた。

「ええ。そうですよね? ハンスリック王」

「……バレちゃったか……」

ふぅ、とため息をつきつつ、椅子に腰掛けるハンスリック。

「呪いに関係しているのは、王だけですからね。他の者は知らない。ごく限られたものだけがこのガラスの王冠の話を知っている、ということですよね?」

「そ。僕を含めてここにいる者たちが知っているよ」

そう言うと、仮面の男たちはうやうやしくハンスリックに頭を垂れた。

そんな彼らを視界に入れながら、はっきりとした口調でルキは口を開いた。

「……ハンスリックさん。私と取引しませんか?」

「取引?」

「ええ。王冠の呪いの解き方を私は知っています。その代わりに、私たちを無事にこの国から出させていただきます」

「ルキ!?」

ルキが言った言葉に、セフィルは信じられないという表情を作った。

「……この場を切り抜けられたとしても、国が相手では逃げることは難しいです。それなら、取引をして円滑に物事を解決するべきでしょう?」

「う……そ、だけど……」

「いかがでしょう?」

セフィルからハンスリックに視線を移し、淡々として話すルキ。

「……その話が本当なら、条件を飲んでも構わないけど?」

「それが賢明かと」

ハンスリックとルキのやり取りが終わった所で、床に寝かされていたセフィルが不満そうな声を出した。

「ちょっと! ルキ!? いつまで私を放っておくつもり!?」

「……ああ、忘れてました」

「忘れっ!?」

「通りでいつもより隣が静かでした」

 そういえば、とさもどうでもよさそうにルキが言うと、怒鳴るセフィル。

「それどういう意味よ!?」

「そのままの意味です」

テンポのよいやり取りをしながら、ルキはセフィルの縄を解いてやる。

そして、濡れている身体に自分の上着をかけてやる。

「……ありがと」

「いえ。ご無事でなによりです」

ルキは、感情の篭っていない淡々とした口調で告げるが、それが彼の照れ隠しであることセフィルはわかっていた。

「私はこれからやらなければならないことがありますが……セフィル様は、このまま宿へ」

 おそらくお戻りくださいと言おうとした言葉を、セフィルは遮った。

「嫌。私もいくわ」

「セフィル様……」

「私だって巻き込まれたのよ? それくらいいいでしょ?」

「……はぁ……わかりました。では一緒に参りましょう」

 ルキは、ため息をつきながら了承し、ハンスリックへ向き直って、王冠を渡すように告げた。

「本当に呪いは解けるのか?」

「ええ。大丈夫です。ここから我々二人で参ります。リマラ王国には恐らく入りづらいかと思いますので」

「……どうも」

ルキは、ハンスリックからガラスの王冠を受け取った。


    3


「長らくお待たせいたしました。これはお返しします。どうぞ、安らかにお眠りください」

 ルキは、一枚の肖像画の前で再び膝をついていた。

セフィルは、そんなルキから少し離れたところで、心配そうにみている。

「ソレラ様……」

 ルキが王の名を口にすると、ガラスの王冠から眩い光が放たれ、光は徐々に小さくなっていって、やがて塵となって消えた。

 セフィルが恐る恐る目を開けると、肖像画の王の頭上にはなかったはずの、ガラスの王冠が鮮やかな光を放っていた。

「……やはり、あなた様に相応しいものですね」

 ルキの柔らかな声が、自然とセフィルの耳にも入ってきた。

「……王冠というのは、確かにそれなりのものが求められます。ルビーにサファイアなどをふんだんに使い、王はそれを権威の象徴といって被るのでしょう」

「ルキ?」

 ルキは、独り言のように、特に誰にいうのでもなく口を開いてみせた。

 しかし、独り言にしては大きくまるで誰かに言い聞かせるかのようにも思えた。

「ですが、それはただの被り物にしか過ぎないのです。大切なことは王としての責務を全うすることで、銅で出来たみすぼらしい王冠を身に着けていたとしても、民を思う気持ちに偽りなければ、国はよりよいものになるといえるでしょう。アグリー様は、ただ間違えてしまっただけです。素晴らしい王冠を手にすることが出来れば、国を豊かにできると思ってしまった」

「……」

 国を豊かなものにしたいと願った王は、皮肉にも末裔たちを苦しめる種を作ってしまった。純粋な思いが誰かを苦しめ、そして罪のない娘たちの命をも奪う結果を生んだ。

「……いけませんね。年をとると感傷深くなって」

「……あんたいくつよ」

 ルキが涙を拭く真似をしながら言うと、呆れたようにセフィルが口を開いた。

「永遠の二十代です」

「気持ち悪いわ! そんな気持ち悪いこと、気持ち悪い顔で言わないで!」

「失礼ですね。元からこの顔です」

「知ってるわよ!」

 先ほどまでの、暗い雰囲気は今もうこの場所にはない。

 セフィルとルキが出す、暖かな空気感が流れている。

「……後は、あなた次第ですよ。ハンスリックさん」

 ルキは振り返ることなく、背後の壁画に向かって呟いてみせた。

 セフィルには、どうやら聞こえていなかったらしく首を傾げている。

 そんな彼女に、ルキは手を差し伸ばして口を開いた。

「さぁ、そろそろ参りましょうか? いくら気候が暖かいといっても、いつまでも濡れ鼠ではさすがのセフィル様も風邪をひかれます」

「……ちょっとそれどういう意味よ」

「そのままの意味ですよ」

「なにそれ!? 私が馬鹿だっていいたいわけ?!」

「おや。自覚がおありでした?」

「あるわけないでしょ?!」

 先を歩き出したルキを、追いかけるようにセフィルも走り出し、隣に並ぶ。

「だいたいね! ルキが悪いんでしょ? あんな紛らわしい言い方するんだもん! 結局手を貸してあげるなら、先に言ってよね!」

「はいはい。すみませんでした」

「なにそれ!? 軽い言い方!」

「私が悪うございました。あ……確か宿代、今日の分払ってないですね……早く戻らないと荷物捨てられるかも……」

 しれません、いう前にセフィルは、慌てたようにルキの服を引っ張って言う。

「早く! 早く宿に戻るわよ!」

 宿代の話は全くの嘘だが、これ以上言われるのは面倒だったルキは、咄嗟に嘘をついた。

 嘘も方便ということだ。

「ええ。行きましょうか」

 ルキは後ろを振り返ることなく、セフィルを追いかけた。

 ルキの耳に残るのは、平和を愛した一人の王と、民や国のために子孫たちを苦しめてしまった二人の王の「ありがとう」という声がやけにはっきりと聞こえたのだった。


 その後、一代で大繁栄を築いた一つの王国があった。

 国王の肖像画の隣には、カボチャ頭の男と金髪の美しい娘が描かれていたのだった。



          終わり

お読みいただきましてありがとうございます。

「カボチャの騎士シリーズ」として書いていきたいと思っております。

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