二章 “銀鈴”の村
花達以外誰もいない村へ帰り、自宅玄関のドアを開ける。
「ただいま……」
一体誰への挨拶?唯一の家族であるお父さんはもういないのに。
コン、コン。
私が暗い外から自宅のドアをノックすると、髭をボウボウに生やしたお父さんが出てきた。
『ティ……ティー!!?何で………まだ生きているんだ!!?』
お酒をこの世で一番愛し、そのせいでお母さんに逃げられた父。育てるお金が無かったせいか、幼い私は一人取り残された。時々暴力を振るわれ、学校にも行かせてもらえず街で花を売る日々が一変したのは、一週間前の夜だった。
その日も父はお酒を沢山飲み、酔った勢いで外へ。庭で売り物のお花を手入れしていた私を、怒鳴り声と共に後ろから硬い物で殴りつけた。頭を打たれて意識を失い、私はそのまま花畑に倒れ込んだ。
『哀れな仔よ』
死に逝く私を救ったのは、丁度一年前。四天使と名乗る綺麗な蒼い髪の女の人から貰った、一苗の鈴蘭だった。
『これは、鈴蘭?』
『いいえ。これは“銀鈴”。主の傍に咲く事を許された御花。―――差し上げましょう』
『え?』どうして私に?
『未だ幼き信仰者よ。何時の日にか、これらがきっとお前へ恩を返すでしょう。その時まで大切に増やし咲き誇らせなさい』
花を育てるのは物心付いた頃から得意だった。どんな珍しい種類でも、触れるだけで何を欲しがっているか分かったから。その囁きに従い水や肥料をやるだけで、どの子も綺麗な満開の花を見せてくれた。―――表情の無い大人達と違って。
気が付いた時にはその特別な鈴蘭達の高い声が、あの子達は他の花と違って自己主張が凄く激しい、聞こえるようになっていた。陥没した筈の後頭部は何ともなく、今まで感じた事が無い程栄養失調の身体が軽かった。
帰って来た私を見、お父さんはアルコールが切れた時以上にガタガタ震えた。
『お父さん』
あんな事をしておいて、自分はいつも通り晩酌なんて赦せなかった。
『やっちゃえティー』
『こんな大人、私達の養分になるのがお似合いだよ』
『だ、黙れ!!この化物共!!』
暖炉の横に立て掛けられた火掻き棒を掴む。僅かに血が付いている―――私の頭を砕いた凶器だ。
『死にぞこないめ!今度こそ完全に殺してや―――ぎゃああああああっっっっ!!!!』
振り上げる間も与えない。花畑から玄関内へ伸びた鈴蘭の蔓が父に巻き付く。大人でも抵抗出来ない強い力で締め上げ、そのまま地下へ引き摺り込む。
『おい、止めてくれティー!!俺が悪かった!頼むからこいつ等を放してくれ!!』
『嘘ばっかり』
『これだから大人は駄目なんだよ。ね、ティー?』
花達に同意し、鼻水と涎で汚らしい父を完全に地中へ飲み込んだ。