3
「ちょ、フェイラルカ様っ。ぎゃぁ!」
ずんずん歩くフェイラルカ様に連れられて、やってきたのは一つの部屋。
誰の部屋かわからなくて。
入れられた瞬間、ぽかんとしてしまったけれど。
はっとした。
ここ、フェイラルカ様の部屋かも。
匂いっていうか、雰囲気というか。とにかく、そんな気がした。
騎士には部屋が与えられている。
騎士に限らず、お城で働いている人は皆そうだ。
「フェイラルカ様、一体全体どうしたのです」
か、までが言えなかった。
きちんと畳まれた毛布。
それでくるまれ、そして。
ぎゅうっと。
抱きしめられた。
「!?」
わけがわからずフェイラルカ様から離れようとする。
しかし、それ以上の強い力で抱きしめられる。
「フェイラルカ様! どうしたんで……というかこの部屋!」
「ロランドと、何してた?」
無視なのですか、私の話。
「私が知りたいくらいです。それよりも離し……」
「――匂い」
匂い?
さっきから匂い匂い言われているけど、私そんなに臭いっ?
確かに掃除してるから埃っぽくはあるけど。
って、そんな状態でフェイラルカ様に抱きしめられてるのか!
「お願いします! 離して下さい!」
「ロランドに気を許すな」
「ちょっと話を……」
「どうして、苛々しなきゃならないんだ」
「……」
すっと緩められた腕の力。
そして、悲痛そうな面持ち。
「セフィラが」
言葉が。
「他の奴に抱きしめられているのが」
夢のようで。
「すごく、苛つく」
顔が火照る。
フェイラルカ様。
私は馬鹿なので、そんな事を言われたら期待してしまいます。だから、どうかすぐに否定してほしいのです。どうか、甘い夢を、これ以上見させないで。
「私、は」
震える声を精一杯震えないように、私は言葉を放った。
「このお城に来てから、フェイラルカ様をずっと見ていました」
「――……」
「貴方の剣をふる姿が、とても……美しいと思ったのです」
美しい。
あの姿を見たら、誰でもそう思う。
「でも、それだけじゃ足りなくて」
「足りなくて……?」
「身分は、違うはずなのに……っ、フェイラルカ様とっ」
声が震えてしまう。
それでも伝えたくて、私はフェイラルカ様の瞳を見て言った。
「お話がっ、したいと思ってしまったのです……! どんな事を思っているのか知りたくて、近付きたくて……」
「――」
「私、嫉妬したんですっ。フェイラルカ様が言ってた人に! だから、こんな……っ醜い状態で会いたくなかった!」
「セフィラ……」
「ごめんなさい……っ!?」
「それで、ずっと中庭に来なかったのか?」
私の頬に手を当てて、フェイラルカ様がこちらを覗きこむ。
「は、い」
「……はぁ」
フェイラルカ様がため息をつくと、私の頬を軽くつねる。
「いひゃ!」
「何かあったかと思うだろう。いきなり来なくなるから……」
「す、すみません」
「……セフィラ、確かに俺は認めてほしい奴がいる。そのために騎士になった――ってこれは言ったな」
「……」
「俺はそいつに認めてもらいたい。だけど」
フェイラルカ様の顔つきが一層真剣になって。
「だけど、それはお前が嫉妬する事じゃない」
それは、尤もな話だ。
私が勝手に見ず知らずの人に嫉妬しているだけなのだから。
「勘違いするなよ。関係ないって言ってるわけじゃない。そうだな……」
しばらくの沈黙。
そして。
「今の、セフィラには、認める云々ではなく、俺の事を……見ていてほしいんだ」
「……私に?」
「あぁ。前から見ていてくれたように、これからも。だから……」
うっすら微笑みを浮かべて。
「セフィラが嫉妬する事じゃないんだ」
それは、私が思い描いて事とは違う意味。
関係ないから嫉妬するな、じゃなくて。
フェイラルカ様の認めてもらいたい人と、違うんだから嫉妬するな、って事。
どうして、こんなにも優しいのか。眩しくて霞むほどの存在感に、私はただ思う。
私はフェイラルカ様が好きだ、と。
「というか」
緩んでいた腕に力が入り、私の体がびくついた。
「ロランドと何話してたか……俺はそっちのが気になるんだけど」
「いや、はや。何と言いますか……私にもよくわからないです」
「ふーん……」
あれ? なんか変な空気だな。
「セフィラ」
「はいっ?」
「二つ、約束して」
「約束ですか?」
もちろん、出来る事なら何でもやります。
「一つ、ロランドと極力二人きりにならない事。二つ、俺に様づけは不要」
「え!?ああ、あのどちらも意味がわからないのですが……」
「わからない?本当に?」
「は、はい……」
だっていきなりそんな事、無理だ。不敬過ぎて目眩がする。
「まぁ、あえて言うなら」
フェイラルカ様は少し考えた後、私の耳元でそっと言った。
「ロランドとは別に、少しだけ――」
その後に続く言葉に私は絶句した。