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私は、不愉快にさせてしまったのかな。
水がいけなかったのだろうか。
それとも、話しかける事自体問題だった?
わからない。
何が、いけなかったのか。
「今日もまた随分落ち込んでいるのね」
「リーリィ」
「フェイラルカ様に会って浮かれてるかと思えば……って」
「うっ、ぐず」
「ちょっと待ちなさい。泣くのは後。片付け終わらせるわよ」
今日に限って訓練所近くの物置小屋担当。
ちょっと前なら喜んだのに。
フェイラルカ様に会えるかもしれないっていう希望があったから。
でも今は――。
「はいっ、終わり。で? 何事?」
「……何でもない」
「そんなわけないでしょ。掃除しながら泣いてさ」
リーリィは長い付き合いなだけあって、嘘をついてもすぐ見抜く。
でも、フェイラルカ様の事はなんとなく言いたくない。現実を見たくないだけかもしれないけれど。
それでも。
「何でこうなっちゃったかな……」
「んー? あっ。ちょっと待ってて!」
「リーリィ?」
箒を投げ出したかと思えば、出ていってしまった。
なんだろ。
「もう、休憩入るよっ、と」
「……」
「……えっえぇぇ!?」
開けっ放しにされた扉の外を見れば、フェイラルカ様がそこにいた。
「ふぇ、ふぇい」
「仕事は終わりか」
「え、あ、はいっ」
「ならば来い」
来いって! 来いって!
「何処へですっ?」
「……礼を」
フェイラルカ様は私に向き直るとそう言って。
「水の礼を」
それから、と。
「ひどい事を言った非礼を……詫びようと」
ぱちくり。
とは、まさにこの事。
「お前の友達から聞いた」
「友達って……」
「赤い髪をした気の強そうな娘だ」
リーリィかっ!
さっきいなくなって、何をしに行ったかと思えば……。
「泣いている、どう責任とってくれる、許さないと言われた」
「あわわわわ……」
「確かに、一方的過ぎた。俺の勝手だった。……すまない」
「あ、い、頭上げて下さい!」
私は完璧な混乱状態だった。だって、フェイラルカ様に頭を下げられたんだよ!?
そんな、そんな……!
「私がフェイラルカ様とお話したかったんですっ! だからいいんです!」
「え……」
「私はっ」
そこではっとした。
フェイラルカ様が呆気にとられている。
今、私、何を言った……?
「あの、今のは!」
「……もう一度」
訂正しようと手を伸ばし、振っていたらその腕を。
捕まれて。
ぐっと力を入れられた。
「!?」
「何を言おうとしたのか、もう一度」
そう言うフェイラルカ様の瞳は。
何故か熱い炎を宿しているようで。
目が、逸らせない。
「フェイラルカ様……?」
「お前は、わ――」
『フェイラルカーー!!』
なんという事でしょう。
せっかく、フェイラルカ様が何かを言いかけたのに。
「ロランド……」
「あっ、フェイ。こんな所にいた。何やってんだよ。これから見回りだぞ」
「あぁ」
「まったく……って。あれ? セフィラ?」
えぇ。私です。
ロランド様は不思議そうに私とフェイラルカ様の顔を見る。
「先に行ってろ、俺もすぐに行く」
「ん、んー……わかったよ。じゃぁお先に。またね、セフィラ」
ロランド様は台風一過。
今度からそう呼んで差し上げたいくらいです。
再びしんとする物置小屋で、先に口を開いたのはフェイラルカ様だった。
「セフィラ」
「! はいっ」
「話したい事は色々あるが……今日は止めておく」
「はい……」
「だから、また明日」
「――!」
「中庭で」
少しだけ。
ほんの少し、微笑んだフェイラルカ様に。
私も微笑まずにはいられなかった。