使用人とチャンス
この国には、四季がある。
今は暑い季節になる一歩手前。
春過ぎくらいだ。
朝は多少涼やかといえど、稽古中なら喉が渇くはず。
という事で。
瓶に入った冷えた水を眺める。
我ながら触発されやすいというか、なんというか。
今日は早起きして、さっそく休憩室に向かった。
昨日から冷やしておいた水瓶。
それを手に持って、休憩室の窓から外を見る。
……いた。
姿はかすむ事なく美しい。
「……フェイラルカ様」
よし。
大丈夫。
私は意を決して中庭に向かった。
剣に似せて作った木のそれは、フェイラルカ様の鍛錬に使われていた。
少し離れた所にいても、すごい気迫……。
剣を振り上げて、地面へと下ろすその様に見とれてしまい。
「何か用か?」
気が付けば、フェイラルカ様は剣を肩にかついで、こちらを向いていた。
うあっ。
「あああの! おおお疲れなのではないかと思いまして!」
「……」
「窓からお姿がお見えになりっ」
「……」
「みっ、水を!」
両手を伸ばして水差しを差し出せば、フェイラルカ様は一言。
「何故?」
「え?」
「何故、俺に?」
フェイラルカ様は、本当に不思議という顔だ。
「フェイラルカ様……?」
「だってお前は……」
フェイラルカ様は、いや、と言って口をつぐんで。
私の手にあった水差しを受け取った。
うわっ、うわっ。
「いただこう」
この方、水飲む姿もなんて色気なの……!
「お前、名は?」
「えと、セフィラです」
「セフィラ……」
フェイラルカ様は私の名前を何回か唱える。
「お前、俺を知っていたのか?」
「知っていた、とは?」
「俺の名を知っていた。俺はお前に名乗った事がないのに」
「それは……」
ずっと見てたからですなんて、言えるわけがないっ!
「フェイラルカ様は有名ですから。騎士団最強とまで言われているのです。知らないはずがありません」
「――……」
フェイラルカ様は一層厳しい顔付きになって。
「そういう事か」
「え?」
「もういいだろう。水は礼を言う。だから、もう」
それは、全身全霊の拒絶だった。
理由もわからず嫌われる、そういう理由ほど怖いものはないと思う。
「俺の前に現れないでくれ」