3.互いに求める
「えっと、フェイラルカ様。降ろして頂けますか?」
「どうして?」
「どうしてというか……」
目の前にフェイラルカ様、両手はフェイラルカ様に押さえられていて、さらに足が浮いていて逃げ場がない状態。っていうか、こんな格好、心臓に悪過ぎますから……!
私が浮いてる足をバタつかせると。
ふわっと良い匂いがしたかと思えば、その美しい顔が私の目の前に来て。
「どうすればその目は俺に向けられる」
その一言が、私の中にストンと入って来た。一体全体どうされたというのか。水を張ったように濡れた薄い紫色の目が私を射抜き、私もその目を見つめ返す。
ーーあぁ、綺麗だ。
とっくに私はフェイラルカ様しか見えていないというのに。この目は、貴方しか映していないというのに。
「セフィラ。ーー」
最後の言葉は聞き取れなかった。だけど、近付いてくるその美しい顔に、瞳に、吸い込まれそうになる。
視界がぼやけ、る……そう感じた時には。
「……ん」
すでに唇と唇が重なっていた。一度目は軽く、二度目は少し押し付けるように。息をするのがちょっとだけ苦しくなった。何故こんな事になっているのか、分からないけれど決して嫌ではない。ただ、ドキドキして変な顔をしていそうだ。
「っあ」
そうして、唇を離されたかと思えば少しだけフェイラルカ様の口が開いて、さっきよりも深く深く重なり合う。
ぶくぶくと、溺れていくみたいだ。身体中が甘く痺れて、フェイラルカ様の事以外は考えられない。
夢中で口付けに答えていれば、やはりいつも様子が違うフェイラルカ様を不思議に感じてしまう。
『フェイラルカとはちゃんと話しておくんだよ』
ふいに、イシュリッシュ様に言われた事を思い出した。
「っ、の。フェイラルカさまっ! ん、ぅ」
「はっ。セフィラ……」
口付けを受け止めて、掠れたように私の名を呼ぶフェイラルカ様に胸が締め付けられた。でも、今はそれよりも様子がおかしいフェイラルカ様を止めなくては。
「ひぅ! あ……っと、だから待って下さいっ。フェイラルカ!」
それこそ時々しか呼ばないような呼び方で、フェイラルカ様を呼べばぴくりと止まる。閉じられていた目が開き私の目を覗き込んだ。
濡れた瞳はそのままに、こちらを喰らわんとばかりに熱が籠って見える。ずくん、と体が痺れて手が震えそうになるが、私はしっかりとその頭をこちらに引き寄せた。
「あの、その」
「……突然、すまなかった」
「いえ! 嫌ではないです、違うんです。そうではなくて」
嫌だったとか、やめて欲しいとかではないのだ。ただ、フェイラルカ様の今のそれは、口付けで何かを誤魔化そうとしている気がして。
「ちゃんと話した方が良いと思ったんです」
何を考えているのか、何を思っているのか。
フェイラルカ様の口から聞かなくちゃいけないと思ったのだ。