1.事の発端は
「ふんふんふーん」
「あら。随分とご機嫌じゃない?」
鼻歌交じりに花瓶に花を生けていたら、リーリィが私の隣に来た。
「わっ! びっくりした。リーリィったら、さっきまで窓拭きしてたのにいつの間に……」
「あんたが鼻歌なんて歌っているから、気になってね。それで? なぁに?」
「なぁにって、何?」
「あんたが鼻歌歌ってる理由に決まってるじゃない」
にやにやきらきらした表情を浮かべてそう聞いてくるリーリィ。
うーん……そんなに機嫌良く見えたかな。
本当の事を話したらからかわれるか、呆れてしまうかもしれない。でも。
「えーと」
それでも構わない。だってこんなにも、嬉しい事なんだから……!
私はこのお城の使用人だ。お掃除、洗濯、料理の手伝いからお庭の手入れの手伝いまでなんでも来いな使用人だ。
そんな私が働いているお城には『命の樹木』と呼ばれる騎士団が設立されてる。
『命の樹木』はいくつかの団に分かれていて、お城の警備から巨大生物からの守護、陛下の護衛とか……まぁ色々仕事が分かれているらしいんだけど。
とにかく、騎士団はすごく強い人の集まりなのだ。
「あの。そのね。今度……フェイラルカ様がね」
「ふんふん?」
「私と一緒に……」
「ほうほう!」
「お出かけしようって!」
言っちゃった! まだ誰にも言ってなかったけど、っていうか言うつもりもなかったけど。
リーリィだったらいいかなって。
「お出かけ……? デート?」
「うんっ」
「あれ……あれ? この間、公休の日あったわよね?」
「公休? あぁ! フェイラルカ様の?」
「うん」
「あの日はフェイラルカ様が国の端っこまで視察に行くからって、公休にはならなかったから」
「それ以外だってあの騎士様、休みあったんじゃないの……?」
「え? お休み?」
フェイラルカ様は忙しい人だ。というか総じて騎士という職は忙しい。
「うーん……お休みは、あったんだけど」
いつも公務、訓練の繰り返しで忙しいそうなフェイラルカ様。そんなあの方に、私みたいな一介の使用人が一緒にお休みを過ごしたんじゃ迷惑というもの。
「フェイラルカ様のお休みの日は、私、出来るだけ一緒にいないようにしてるから!」
「はぁー!?」
リーリィは大声を上げて、まるで珍しい物を見るかのように目を見開いている。こ、怖い。
「あんたは……はぁ。もう……それ、フェイラルカ様に何て言ってるの?」
「え? べつに……お休みの日は私に構わないで下さいねって」
「あー……はぁ。どうして、こうなの。何がいけなかったのかしら」
リーリィは頭を抱えて、なにやらぶつぶつ言っている。
「あんたはそれで満足なの? っていうか、仮にも恋人でしょ?」
「そうだけど……」
あの人はとっても強くて優しくて。素敵で。
私なんかの気持ちを受け入てくれた事が奇跡みたいな人だから。
「なんか傍にいるだけでも幸せなのに、これ以上を願ったらバチが当たるんじゃないかと思って」
「あーもう! あんたはフェイラルカ様の恋人なんでしょ!? 大体、フェイラルカ様もよく何も言わないわね」
「あ、それは。何か言う前に私がさっさといなくなるから……」
だって怖いじゃない。私が言ったことに対してのあの方の対応なんて。
「あんたは本当にもう、難儀な性格ね。まぁ、とりあえず。あんたのやる事は決まったわね」
リーリィは私にびしっと指さしてハッキリと言い放った。
「あんたのやるべき事は! うんとおめかしして、次の休みにフェイラルカ様とデートする事よ!」