使用人と白銀の少年と
不思議な感覚だ。
私はあの日、フェイラルカ様と共にあの場にいた?
あの白銀の髪をした少年。
彼は、フェイラルカ様だったの?
わからない事だらけだ。
だけど、やるべき事は決まっている。
彼に会って、話を聞こう。
こんなにもすぐに、会えるなんて思わなかった。
イシュリッシュ様に感謝するべきか、否か。
でも、とりあえず、私は心の中でそっとお礼を言った。
***
「そう緊張するな」
はい、と言いたいですが無理です。
今どういう状況かというと、私はフェイラルカ様のお部屋にいる。
もちろん、二人っきり。
しかも、全てのお仕事を終えた夜。
……なんというか、色々タイミング間違えた気がするわ。
これじゃあ、緊張して声が震えてしまう。
ただでさえ、フェイラルカ様と話す時は緊張するのに。
私は深呼吸をして、フェイラルカ様に向き合った。
「今日は、お聞きしたい事があって来ました」
「ん。何だ?」
フェイラルカ様は穏やかな顔をして私を見つめた。
顔が熱くなるのを感じながら、私は意を決する。
「……あの、フェイラルカ様は――私、と。……昔会ってました?」
単刀直入に聞くと、うっすら笑ったフェイラルカ様が頷いた。
「あぁ」
「私、忘れてしまっていたんですが……昔、イシュリッシュ様の家の前で男の子に会ったんです」
「……そうか」
「白銀の髪をした子で、私はその子と約束した事を思い出しました」
「……」
「一緒に、お城で働こうって」
一度目をつぶり、昔の光景を思い出す。
強い眼差しをした子だった。
「あの時の子って、フェイラルカ様ですよね……?」
黙っているフェイラルカ様に、私は震える声で言う。
「もし、もしそうなら……私はフェイラルカ様に――」
ひどい事を言った。
城に来てからずっと見ていたなどと。
騎士団で有名だから知ったなどと。
もし、あの時約束した子ならば。
私はなんてひどい言葉をぶつけたのだろう。
これじゃあ、フェイラルカ様が私を怒ったって、嫌いになったって。
しょうがない。
じわりと目頭が熱くなったと思えば、次の瞬間ふわりと頬を包まれた。
「何故、泣く?」
「だ、って。私、貴方にひどい事を……」
「ひどい事?」
私はこくこく頷いて、フェイラルカ様の目を見つめて言った。
「貴方は私を覚えていたのに、私は貴方を忘れてた。騎士団で有名だから知っていたなんて……そんな言葉、無神経すぎるっ」
自己嫌悪の塊。
そんなどろどろが恥ずかしくて、申し訳なくて。
ぎゅっとフェイラルカ様の手を握れば。
彼はこう言った。
「はじめは、俺だって怒っていた。あんな風に約束をしておいて忘れるなんて」
その言葉は。
あの日の少年がフェイラルカ様だと語っていた。
「だけどそんなの、本当はショックだっただけで怒ってなんていなかったんだ。――セフィラに会えた。その事実だけが、嬉しいと気付いた」
「フェイラルカ様……」
「様はいらない」
いつものように言って。
いつものように少し笑って。
それは、あの日の少年を思い出させた。
「あの約束が支えだった。目標だったんだ。セフィラとの約束が、俺を強くした」
ありがとう、と囁かれた言葉に心の奥底から吹き溢れる何かを感じた。
どうしようもなく、叫びたくなるような不思議な気持ち。
「き……」
「――セフィラ?」
フェイラルカ様の片手を自分の両手で取って、その吹き溢れる想いを告げた。
「すき、です……!」
「セフィラ……」
「こんな私をきっとフェイラルカ様は嫌だというかもしれません。でも、やっぱり好きで……!」
この想いがいつから始まっていたかはわからない。
もしかしたら、出会った時からかもしれないし、やっぱり騎士のフェイラルカ様を見たからかもしれない。
でも。
どんなに色々考えても、結局私はフェイラルカ様を好きって事しかわからない。
「セフィラ。言ったはずだ。思い出したら俺も、話をすると」
「……っ、はいっ」
「――俺は。その約束に支えられた。セフィラがいなかったら俺は騎士になどなっていなかった。
俺を支えてくれた事、城でも俺を見ていた事。全部ひっくるめて――」
耳元で囁かれる。
どんな言葉よりも甘くて、腰を抜かすほどの破壊力を持つその言葉。
フェイラルカ様の顔を見つめて……きっと私は真っ赤だったと思う。
「私もっ、だいすきです……!」
自ら飛び込んだその腕は、暖かく逞しい騎士様のものだった。