使用人と幼馴染み
――小さな頃。
まだ私が実家に住んでいて、イシュリッシュ様をイシュリなんて風に呼んでいた頃。
私はいつも、イシュリに遊んでもらっていた。他に女の子の友達もいたんだけど、私はイシュリと遊ぶのが好きだった。
そんなある日の事だ。イシュリが騎士入団試験を受けに行ったのだ。騎士になれば、家を離れて暮らす事になる。
私は急にイシュリが遠くなった気がしたのだ。
でもイシュリは、強い。何がって、喧嘩が。
だから、私はイシュリは騎士に向いてると思った。あんなでも優しい心を持っているし。
寂しかったけど、もし受かったらちゃんとおめでとうって言おうって。
そう思ったのだ。
***
「なんだか、懐かしい夢を見ました」
「ほぉ? どんな?」
「私とイシュリッシュ様が仲良かった時の夢です」
「おや? 私は今でもセフィラと仲良いつもりなんだが」
「んー、何と言いますか……幼馴染みとして仲が良かった時の事です」
今は使用人と騎士団長という役職があるから。
だから、幼馴染みとして会話する事は少なくなったのだ。
「あの頃、セフィラはいつも私に付いて回っていたな」
「遊びたくてしょうがなかったのですよ」
「そんなものか。――そういえばセフィラ。貴重な休憩時間なのに、フェイラルカの元へ行かなくて良いのか?」
「……決めたので」
私はあの時の情景を思い出す。
『早く……俺の元に』
ごつごつした手に反して、柔らかなその唇が瞼に触れる。
『今日はもう遅い。俺の話はまた後日』
その声に酔ってしまいそうなほど。
幸せな気持ちが、心に溢れていて。
でも、どこか切なくて。
私は早く思い出すと決めたのだ。
お話は気になるけど……しばらく、フェイラルカ様断ちしようと決めたわけで。
「しばらくは、極力フェイラルカ様との接触は避けます」
「また不思議な事を言い出す。フェイラルカは承知なのか?」
「一応」
「それは良かった。……そうじゃなければ、奴の機嫌がすこぶる悪くなるのでな」
イシュリッシュ様の言葉に、私は少しだけ浮かれた気持ちになってしまう。
早く思う存分会いたい。
お話したい。
「接触を避けるのは、何か思うところがあっての事だな?」
「はい。……私が、彼との何かを忘れているので」
大事な何か。
きっと何処かで会っている。それを思い出さなくちゃ、私とフェイラルカ様との間にはいつでも壁があるみたい。
「……そうか。私が口を出す事ではないと思う、が。一つだけ」
「?」
「私は、私が騎士入団が決まった時、セフィラに『おめでとう』と言われて嬉しかった」
「な、何でそんな昔の話……」
「聞いて。セフィラは反対すると思ったんだ。自惚れかもしれないが、お前は私になついていたし。だから、ちょっとだけ拍子抜けしたんだ」
「それは、貴方が騎士に向いていると思ったから。だから応援しようと」
「あぁ。嬉しかった。さらに、お前はいつか城で働くと言ってくれた。それだって、何より心強かった」
「だって、それは……」
それは?
私、イシュリの傍にいたいと思ったから?
それもあったけど、そうじゃなくて……。
「イ、シュリ……?」
イシュリの笑った顔が何処かで見たような、不思議な既視感に襲われた。