使用人と騎士様
日は西に傾きかけていた。
でも、まだ昼過ぎ。
まだ、大丈夫。
私はある場所目掛けて走っていた。
もちろん、その場所はフェイラルカ様の元だ。
「フェイラルカ様!」
横にある一般用扉を開けて、フェイラルカ様の姿を見る。
腰には護身用の剣を提げていた。
「セフィラ……?」
ぜぃぜぃいってる息を整えて、私はフェイラルカ様に言う。
「お話したい事があります! 私にお時間いただけませんか……!?」
すごい顔してたと思う。でも、それすら構っていられない程に。
私はフェイラルカ様の事で頭がいっぱいだった。
そんな私とは裏腹に、フェイラルカ様は穏やかな顔をしていて。
「私服だな」
ふっと気付けば、笑って私を見ていた。
その顔に、胸がとっても苦しくなって。
あぁ――好きだ、なぁ。
「悪いけど、今は仕事中だから話は後ででも良いか?」
「あ……そうですよね。ごめんなさい。私」
「いや、会いに来てくれて良かった。俺も話したい事があったから」
「話したい事?」
「あぁ。だから、今日の夜……いいか?」
夜は空き時間になっている。今日は、やる事もないし私は二つ返事で頷いた。
「夕食後、中庭にいるから。手が空いたら来てくれ」
***
私は気持ち落ち着かないまま、とりあえずお菓子屋でお菓子を買って。
「どどどどうしよう」
思わず買ってしまったお菓子。
フェイラルカ様がどんな物が好きかわからないけど、買ってしまった。
ナッツのパウンドケーキ。
あそこはクッキーが有名だけど、実はケーキも美味しい……って、そうじゃなくて。
疲れた時に甘い物があったら良いかなって思ったんだけど。
食べてくれるかな?
中庭に着くと、空を見上げているフェイラルカ様がいた。
私は、一つ、深呼吸をして話しかける。
「フェイラルカ様」
私に気がついたフェイラルカ様は、穏やかな顔付きになって。
「待ってた。こっちに」
そう言って私を呼び寄せて、近くの腰かけまでエスコートする。
さすが騎士様……。
「あの、これ。私、今日お休みだったので買ってきたんです」
「……俺に?」
「はいっ」
私がこくこく頷くと、フェイラルカ様は笑って受け取ってくれた。
「後で食べよう。その前に」
フェイラルカ様の真っ直ぐな瞳が私に向けられて。
どきどきしながらも、私も視線を外さず見つめ返す。
「話を、してくれるか?」
「……はい」
震える手を握りしめながら。
フェイラルカ様の瞳を見つめた。
「フェイラルカ様は……姫様と」
唇が乾く。
「姫様というと……イレーシュ様か」
「……」
「セフィラ?」
ダメ。まだ、ダメ。
「姫様と……ご婚約されるというのは――本当ですか?」
沈黙。そして。
「誰からその話を?」
あっ、と気付いた時には。
すでに涙が頬を流れていた。
そりゃあもう。
涙が綺麗とは言い難い程に、頬を濡らしていた。
「セフィラ?」
私の顔を見たフェイラルカ様は。
驚きで息を呑み。
そして、何を思ったのか。
私の頬を両手で包み込んだ。
「セフィラ」
「――っ」
「何故泣いている?」
「……いぇ」
何でもないです、と言えば。
少し乱暴に。
「嘘をつくな」
そう返されて。
ますます涙が溢れてくる。
すると、フェイラルカ様の親指がそろりと動き、私の目の下を撫でた。
あまりに急で、あまりに優しいその仕種に。
私は肩をびくつかせる。
「俺は、ずっと強くなる事だけを目標に生きてきた」
紡がれる言葉。
「だから、涙の拭い方も知らない」
「ふ……」
「泣かせたくないのに……セフィラ」
「ん……はい」
「イレーシュ様との婚約だが……俺はだいぶ前にお断りした」
ぴたりと。
私の嗚咽が止まった。
「話自体はあるにはあったが、その話、けっこう古いな。誰から聞いたんだ?」
「あの……噂で」
「あぁ……噂か。それで気になったと?」
よくよく考えれば。
私がこの話をした時点で、気になっていると言ったも同然なのだ。
羞恥心で、顔が一気に熱くなる。
「や、あの! 気になるというかー……」
「気になったんだな?」
「いやその、……はい」
逃れられないので、白状しました。
えぇい!こうなったら、言ってしまえ!
「昨日の模擬戦で、フェイラルカ様と姫様が仲良さそうにしているのを見たんです」
「俺が……負けた時のか」
「はい。それで、気になってしまって……噂も聞いたので確かめたかったのです」
「セフィラ」
「はい」
「それは……いや、何でもない」
フェイラルカ様は、月明かりに照らされて。
少し赤い顔をしていた。
「イレーシュ様には護身術の指導をした事があってな。今でも、俺に話しかけて下さるんだ」
「今でも……」
「これでも、俺を頼ってくれているらしい」
苦笑したフェイラルカ様を見て。
私の考えている関係ではなかったんだと。
ほっとした表情を浮かべると、フェイラルカ様は見るからに意地悪そうな笑いを浮かべて。
「泣いた理由は、どうして?」
そう聞いてきた。
「……言わなきゃダメですか?」
「是非知りたいな」
「うぅ……――んです」
まだ包まれている頬に照れながら。
私はフェイラルカ様の胸に手を当て、少し服を握って呟いた。
「嫌だったんです! 私が――フェイラルカ様のっ」
もう止められない。
「お傍にいたいんです!」