使用人と恋情
私はフェイラルカ様が好きだ。それはもう認めよう。
憧れや尊敬もあの人に対しては、尽きないけれど。
それよりも、私が傍にいたいと思ってしまったのだ。
見ているだけで良かったはずなのに。
近付きすぎると欲が出る。
リーリィには『あんたがあの人を好きだなんてそんな事、とっくに気付いてるし知ってるわ』とか言われたのは、やっぱり顔に出てたのかな。
顔をぐにぐに触ってみるけどよくわからない。
というか、こんな風に理屈っぽい事を並べて、再確認しても頭はたった一つの出来事でいっぱいだった。
むしろ、それを忘れようとするために考えてたって言ってもいいくらいに。
私はフェイラルカ様の言葉に翻弄されていた。
『ロランドとは別に、俺を――』
「うっ、あぁ……」
なんて恥ずかしい事を!私を頂点まで浮かれさせといて、後で落とすつもり!?
「思わせぶりすぎる……」
出会った時のあの感じは何処へやら。そういえば、なんだかこの間、スッキリしたような雰囲気だったし……。
「独り言が多いな、セフィラ」
「――!」
後ろからかけられた声に反応すれば。
「こっこんにちは」
堂々とした出で立ち。
群青の色をした髪を持つ彼は。
「イシュリッシュ様」
「様はやめろ。久しぶりだというのに、他人行儀な」
「お城ですよ? 騎士団長様に使用人がタメ口なんて……」
「固いなぁ。私とセフィラの仲なのに」
『仲』だなんて怪しい響きになるから、止めてほしい。
イシュリッシュ・ユズリハ様。私の実家のお隣さんであり、幼馴染みであり、今や『命の樹木』の一員にして、その団を纏める騎士団長様。
つまり、フェイラルカ様とロランド様の上司だ。
「フェイラルカと知り合ったんだったって?」
「情報が早いですね……」
「ロランドに聞いたんだ」
「あぁ……」
相変わらず余計な事を、なんて少し毒を吐いてロランド様を恨む。
「まぁ、良かったよ」
「恥ずかしながら、ずっと憧れていましたし。知り合えたのは、本当に運が良いというか……」
「え?」
「はい?」
「……?」
イシュリッシュ様が首を傾げて私も首を傾げる。
「あぁ……そういう事か」
「え!? どういう事ですか!」
「あぁ、うん。何でもない。とりあえず、知り合えて良かったね」
「ちょ、何ですか!」
思わず詰め寄れば、イシュリッシュ様が私の頭をぽんぽんと撫でて言った。
「フェイラルカの事、頼んだよ」
頭は疑問符でいっぱいだったが、次の瞬間、そんなものは吹き飛んでいた。
「セフィラ……と、団長」
それは間違いなく、フェイラルカ様の声だった。
「やぁフェイラルカ。お疲れ様。そんな怖い顔しないでくれ。ちょっとだけセフィラと話してただけだから」
「……」
「午後は模擬戦だから、今のうちに休憩しておくように」
そう言って、イシュリッシュ様は歩いて行ってしまった。
残されたのは、私とフェイラルカ様。
――この状況、なんだかロランド様の時と似ているような。
「わっ、私! 仕事があるので失礼しますっ」
「セフィラ」
恐る恐ると言ったかんじで、振り替えれば。
フェイラルカ様の真剣な顔があった。
「フェイラルカ様?」
「名前」
「……えっと」
「様は、いらない」
どうしよう。
私がフェイラルカ様を呼び捨てにするまで、何だか逃げられない気がする。
「あの、でも。やっぱり無理です」
「……じゃあ、あの事も?」
そう言われて、顔がカッと熱くなったのを感じた。
「あれはっ」
「言ったはずだ」
そう、言われたのだ。
あの日、フェイラルカ様は。
『ロランドとは別に、俺を――』
私の耳元で。
『少しだけ、特別扱いしてほしい』
言ったのだ。
「どうしたら、そうしてくれる?」
「やっ、えっと」
「どうすれば……」
すっと、私の手を取って。
指先にそっと口をつけられる。
待って待って。
どうして、こうなったの!?
「フェイラルカ、様」
「今日の午後」
「へ?」
「模擬戦があるんだ」
「あ……知ってます。ボス……使用人の責任者が言っていました」
「もし、それで俺が団長に勝てたら――願いを聞いてほしい」
「――え」
「約束だ」
指先、そして、手の甲に口をつけられてフェイラルカ様は去っていった。
私を、どうしたいんだろう。これじゃあ、口から心臓出てきそうだ。