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私は刈谷さつきではない 2

さて、道場といえば山の中とかすげえ自然の中にあるイメージだったが、実は駅の目と鼻の先だった。とはいっても、田舎には変わりないんだけど。

「こっちだ。ちゃんと行儀よくしろよ」

ガラガラと戸を引いて大きな玄関で靴を脱ぎながら雫は言った。かなり大きなお世話だ。僕こと漆根耕太と言えば礼儀と義侠心の塊だと近所ではもっぱら評判だ。

「いや、失礼と敵愾心の塊だがな」

うん、そうだ。・・・まあいいや。

「わかってるよ。靴をそろえればいいんだろ?」

「バカヤロー、蹴り飛ばされるぞ」

「せめて竹刀を使え!」さっきからやたらと徒手空拳が目立つ。剣道場じゃなかったのかここは。

「侍は私闘に刀を使わない」

「言葉面だけはかっこいいけどな・・・」

やってることはただの暴力だ。とんだ武士道もあったものである。

「じゃあこの靴はどうしろって言うのさ。揃えてもだめなら食べればいいのか?」

「そうそうおいしく鍋で煮て・・・ってバカか」

「はいノリ突っ込みいただきました!」

さすが剣道バカ。勢いが違う。

「いいか、きちんと揃えて靴箱にちゃんと入れるんだ。はみ出た部分は斬り落とすからな」

「はいはい」

及川のでか足じゃあるまいし、そうそうはみ出す靴もないだろう。

「だそうですよ、さつきさん」

さつきさんを見ると唇を突き出して渋い顔をしていた。今朝は靴をそろえなかったから怒られたと言っていたから、多分心中では靴を揃えたくないだろう。どこまでも意地っ張りな人なのだから。でも最後には靴をそろえ、ちゃんと靴箱に入れた。

「ほうほう。ここで神○活心流が伝授されているわけか」

さつきさんの足取りはどこまでも軽い。一歩踏み出せば靴のことなんかすぐに忘れてしまうようだ。

「それは現世と漫画というか明治と平成というか東京と地方というか色々ぐちゃぐちゃになってますからね!」

とんだパラレルワールドだ。

「違うのかっ!?」

「そうだと思ってたんですかっ!?」

そっちにびっくりだ!

「なんということだ。剣○や薫に会えるかと思って楽しみにしていたのに・・・」

「無茶な!」

スタンディングリーダー歴が長いとこういう弊害もあるということか。レベルばかり上げるものじゃないな。

「何を言うか!君だってこの前ナッ○に会ってあいさつがしてみたいと言っていたではないか!!」さつきさんは右手の人差し指と中指をくいっと立てた。

「死んじゃう死んじゃう!」

辺りを根こそぎだ。僕のくだらないあいさつのせいで・・・。

さて、そんな風に雑談に興じながら入ってみる。まず驚いたのは中が結構きれいだったことだ。剣道場という言葉からそうとう古めかしいところをイメージしていたんだけど、床(フローリングと言うべきかもしれない)も外からの光を反射させる白い壁もピカピカで、僕は思わず目を細めた。

「まるで取り調べを受けている容疑者の気分だ・・・」

「君は何かやましいことでもあるのかっ!?」

ある。めっちゃある。

さて、そんな風に気おされている僕を尻目に雫は足を踏み入れて、

「こんにちわーっ!!」と言った。滅多につかない感嘆符が二つもついた。

うるさっ!こいつうるさっ!!・・・本当に肉声だけで僕の鼓膜どころかガラスだって破壊しそうだ。

「火山っ!?」

さつきさんの突っ込み。なるほど、言い得て妙なり。火山のような女だ。

しかし、既に稽古を開始していた人々はそんなものどこ吹く風と微動だにしていなかった。まるでそれが取るに足らない日常であるかのように、心を乱すことなく稽古に集中していた。

おかしい、おかしいだろ。だって火山だぞ?火山が噴火したのに反応なしって・・・。この人たち、僕とは感じる音の周波数が違うんじゃないのか?いや、違うのは僕の方か・・・。

「それで、僕は何をすればいいんだ?」そもそも僕はなんでここに来たんだっけ?

「んー、そうだな。練習用の人形になるのと練習用の竹刀になるの、どっちがいいんだ?」

「どっちも同じじゃんっ!」

「違えよ。人形は硬いもので殴られるけど竹刀は硬いものを殴るんだ」

「だから僕へのダメージは同じなんだよ!」

どっちもやだよ!

「そしてさつきさん、わくわくしすぎです」

物珍しそうに道場見学をしているさつきさん。今は豪快に竹刀を素振りしている男性を見ていた。

「わがままだなあ。それが嫌なら見学だな。素振りくらいならさせてやってもいいけどな」

「・・・・・・」

勝手に誘っといてかなりひどい言いようだった。まあいい。こいつの勝手は今に始まったことじゃない。・・・ていうほどこいつのことを知らないんだけど。

「見学でいいよ」

やだよ、素振りとか。

汗かくし!

疲れるし!

「当然のように運動を全否定するな!」この引きこもりが、とののしるさつきさん。

だけど、だけどいいんだ。僕はどんな罵声でも耐えて見せる。疲れることをするくらいだったら僕は引きこもりでいい。

「・・・・・・」

さつきさんはそれ以上何も言わず、無言で首を横に振った。どうやら何かを諦められてしまったらしい。

「じゃあ隅っこに座ってちゃんと邪魔にならないようにしてろよ」

「そのセリフは『邪魔にならないようにちゃんとしてろよ』が正しいんじゃないのか・・・?」なんか邪魔になるのが当たり前みたいなニュアンスを感じる。

「座布団をくれてやるからその領域から出るな」

「とんだ犬小屋だ!」

ひどい、ひどすぎる。むごいと言ってもいいかもしれない。

「ここには女の子もいるんだからな!」

と、怒鳴られてしまっては僕としては黙らざるを得ない。この言葉に反論できるわけがない。いかに僕が変わったとしても僕がしたこと、僕がしてしまったことは変わらない。

「わかったよ。じゃあ座布団は2枚くれ」

もちろん僕の分とさつきさんの分。

「なんでだ?大喜利でもやるのか?」

「ざぶとんか・・・。よし、「ざ」んねんながら、「ぶ」どうとか、「とん」でもないレベルで興味がない」

「座布団はなしだ!」

「待って雫さん!!」

悪かった。これは完全に僕が悪かった。ここは自分の主義主張を捻じ曲げるべきだった。ホワイトライをつくべきだった。

「「し」んの武士は、「ず」が高いとか言われても、「く」っしないよね?」

「そうだ、その通りだ!むしろ見下してやるんだ、それが武士だ!」

雫はさっと僕の前に座布団を二枚差し出した。

こいつが生きてる間はタイムマシンとか開発しちゃだめだ。夢が壊れる。だって武士の上下関係とか軍隊以上に厳しいんだぜ?

とにかく、僕は座布団を道場の隅に持っていき、横に2枚敷いた。

「あれ?重ねるんじゃねえのか?」雫は不思議そうに首を傾げた。

「ああ、いや、これは足がしびれた時に伸ばすようだ。なんせこの座布団の領域から出るわけにはいかないんだからな」

「ふーん、まあいいや」と言って雫は行ってしまう。胴着に着替えに行くんだろう。


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