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私は刈谷さつきではない 1

というわけで時刻は一時間後。

雫と僕、そしてさつきさんは雫が通っている剣道場へと向かう電車の中にいる。いかに夏休みと言っても田舎で平日なこの街の小さくぼろい電車の中に人はほとんどいない。

「はあ、僕の貴重な夏休みが・・・」

ため息の一つもつきたくなる。高校1年生の夏休みと言えばこう、宝の山で、どんな対価を払っても売れないもののはずだ。

・・・・・・一般論だけど。

「一般の話をするな!どうせ君は宿題だけを延々とやり続ける機械のような日々を送るのだろう!」

「どんな機械だっ!」

かわいそうすぎるだろ。設計士は一体何のためにそんな機械をつくったんだ。

「ああ、本当にかわいそうだ。泣きそうだ。まったく誰だ、こんな耕太を設計した設計士は!」

「・・・・・・」

僕が聞きたい。まあ、考えてみたところで明らかに設計士は僕だった。被害者は僕、加害者も僕。いや、被害者はいっぱいいる。

・・・・・・やめておこう。

さて、ここまでのやりとりは雫には気づかれないようにやっている。さすがにさつきさんとの生活も4カ月を迎えれば周囲に気付かれずに突っ込むというスキルもうなぎのぼりで発達する。

「おい、聞いてんのかよ?さっきから何一人芝居の練習してんだ?」

やっぱ無理だ。僕の変人度のうなぎのぼりがとどまることを知らないだけだ。

「ようするにだな、剣道ってのは何よりも礼儀が大事なんだよ。テキトーな挨拶とかしてるとブッ飛ばされるからな」

「軍隊かよ・・・」

ついでに我慢強さも鍛えてほしいところだ。

「袋だぜっ」

「どんだけ新参者に厳しいんだ!」

組の事務所に殴りこみに行くんじゃないんだぞ。

・・・さて、ここまでのやりとりで僕のテンションが異常なまでに低いことがわかっていただけると思う。ノリノリな2人にいやいやながら付き合わされていることもお分かりいただけただろうか?それなのになぜ僕がこの場にいるのか。それについてはかなり複雑な事情があり、かなり長い説明を要する。大変だと思うけどちゃんと付いてきてほしい。


一時間前―――

「いやいやお前何言っちゃってんの頭わいてんじゃないのこの僕がそんなとこ行くわけないじゃん意味わかんないじゃん」

「あーあー、照れんな照れんな。あたしにはわかってる。照れ隠しなんだろ?そうかそうかそんなに行きたいか」

「なんでさっきからお前はそんな上から目線なんだよっ!」

腹立つ、普通に。

いくら言っても無駄なのかもしれない。なにせこの女は世界人口65億人余すことなく全員が剣道を愛しているという途方もない勘違いを全力でしているのだ。全力少女なのだ。ワールドカップが4年に1度開催されるのなら剣道の世界大会は4日に1度開催されると思い込んでいても不思議じゃない。

「面白そうではないか耕太。行くぞ」

「おおっしゃああ!雫、行こうか。ああ、やばい。超楽しみになってきた」

あまりの素直っぷりに雫がちょっと引いていた。

「か、勘違いしないでよね。べ、別に雫のためなんかじゃないんだからね」

最近の萌え要素を取り入れてみた。

「いや、あたしのためじゃないことくらい分かってるけどよ」首をひねられた。

最近の流行が通じないっ!?


そして現在に至る―――

ま、暇なことには違いないか。このままじゃ宿題が全部すぐに終わっちゃって自分で問題集を買ってまで勉強する羽目になる。

「・・・・・・」

うわっ、なんで今の真面目発言。

気持ち悪っ!!

まあ、なんだかんだ言っても小学生時代に立ち読み、いや、スタンディングリードして以来剣道に興味がなくなくなくもなくなくないからな。

「それは素直にないと言った方がいいんじゃないのか?」

「ない」

「・・・そうか」

「ともすれば畳の目を数えていた方がずっと楽しいかもしれない」

「全国の剣道家たちに追い込みをかけられてしまえっ!」

「それは想像を絶する人数になりますよ!?」

被害者の会の比じゃない。よく悪役のセリフで「老若男女容赦なし」とかいう絶対に言い終わるまでに2回は噛むセリフがあるが、あれをもじるなら「老若男女が容赦なし」状態だ。僕なんてかけらも残らない。それだけの人間がこの街に集まれば一種の祭状態になる。とんだどつき神輿になるだろう。いや、どつかれ神輿か・・・。

「いや~、やっと着いたな。さすがに1時間の空気椅子はきつかった~。おい、次の駅で降りるからな」凄い発言をしながら雫は椅子に深く座り込んだ。

1時間っ!?こいつの大腿直筋の筋細胞は高エネルギー物質か何かなのかもしれない。僕の従妹は未来のロボットなのかもしれない。宿題やり機と違ってこっちは需要がありそうだ。

「女子中学生が公共の場で空気椅子とかすんなよ!」

「じゃあ・・・電気椅子?」

「死ぬじゃん!!」

それはアメリカの死刑方法だぞ!もはや自分に厳しいとかMだからとかそんな領域の話じゃないぞ。

お前は春日井さんか!

「いや、耕太なら・・・」

「無理ですからねっ!!」

さすがにこらえきれず全力で突っ込む。もはや人目とか関係ない。このまま黙っておくとそのうち本当になりそうだ。

「おっ、もうすぐだ」

1人芝居を始めた(と雫には理解されている)僕を無視して立ちあがり、大きく伸びをした。まだ揺れているっていうのに体の軸はぶれない。さすが剣道馬鹿なだけのことはある。ちなみに竹刀や防具は道場に置きっぱなしにしているらしく、手荷物は財布と携帯だけという身軽な格好だ。僕も同じ。

しかしこいつほんとにでかいな。このまま成長をつづけたら立っているだけで日照権の侵害で訴えられそうだ。



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