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「∵」←こんな顔をしている妹 3


というわけで僕はさつきさんに背後の守りを任せ、つむぎの部屋という名の魔窟へと突貫している。

なんかこんな風というとまるでつむぎの部屋がめちゃくちゃ汚いみたいな印象を与えかねないな。訂正しておこう。ここは聖域である。

ただし、Gの聖域だが・・・。

「いくら印象を変えようとしても無駄だからな」

頭にGというアルファベットをつけるだけで印象が全て覆ってしまう。日本が欧米に敵わないのも道理というわけだ。

そもそもシスコンの気がない僕のことだ、妹の部屋に入るとか英語のテスト勉強をしているときのように何の感情も動かない。

「英語のテスト勉強をしている君は欧米人気取りでめちゃくちゃウザいんだが、そこは言及した方がいいのか?」などとさつきさんが言ってきた。

「えー。殺人事件の捜査とかでも犯人の気持ちになって考えるとかあるじゃないですか。そりゃあ僕だって英語の勉強をしているときくらい納豆嫌いになりますよ」

「君の人生は楽しいようでいて最高に地味でつまらないよな」

さつきさんはそう言ってつむぎの部屋に入っていく。つむぎに用があるときはノックして呼ぶから部屋の中を見たことは幾度となくあるが、つむぎの部屋に入るのはそういえば久しぶりだ。つむぎが中学に上がるときの模様替えに駆り出されて以来だから、1年半ぶりということになるのだろう。

「発情したらさすがに縁を切るからな」ジト目で僕を見ながらさつきさんは言った。

「あれ?なんか同じセリフをさっき聞いた気がする」

まだそんな振りを一切していないのにそんなことを言うなんて、らしくなく防衛線が早い気がする。

「そんな振りがない?妹のパンツの匂いを嗅いでいるのにか?」

「おい!」適当なことを言いすぎだ、さつきさん!僕が留置所に拘留されたらどうしてくれる。

だいたい妹の柄物パンツなんてさらさら興味はないね。

「中学生の妹がいまだに柄物パンツを履いていると思っている時点で君の無罪が証明されたな。今時の中学生はもっとエロエロなパンツを履いている」

「やめて!自分の妹のパンツに関する描写なんて聞きたくない!」

本気でそう思った。しかしさつきさんは何で昨今の女子中学生のパンツ事情に詳しいんだ。プレゆとり世代なのに・・・。

「・・・・・・」

さつきさんの睨み顔が怖すぎたので、極力そちらを見ないようにして二礼二拍手一礼の後につむぎのクローゼットを開ける。その中からGが大量に現れることはなかった。

「それで、さつきさん。僕は一体どういう服を持っていけばいいんでしょうか?」

つむぎから指示があればよかったのだが、あの娘は肝心なところで使い物にならなかった。

仮にここで僕が気に入ったコーディネートをチョイスしたとしよう。その時につむぎはどう思うだろうか。

「うわっ、センスねっ」

とか言うのだろうか。しかし、とはいっても全てつむぎの服なのだからそこまで外れはないはずだ。しかし、その場合は別の問題が発生する。

「え?何コイツ妹の服装をガチで選んでんの?気持ち悪っ!」

ってなるかもしれない。僕が気持ち悪いかどうかは第三者の意見を仰ぐ必要があるかもしれないが、善意でやってやった行動にケチをつけられるのは業腹である。怒りのあまりその服を僕が着てしまうかもしれ・・・ないことは決してないが、怒りのあまり奇特な行動に出てしまうかもしれない。

つまりは無難な服装を選ぶのが最良の選択肢ではあるのだが、そもそも無難という非常に曖昧な基準が分からない。ちなみに僕の普段着は近くの安い服屋さんで更に安売りしているときに適当に買ったものである。普段が制服のため、僕は服を消耗品だとしか思っていない。この話をこの前シュウ君に話したら小一時間説教された。意外と服装にはこだわるシュウ君であった。

「ここはさつきさんが選んでくれませんか?」

そう言って振り返ったとき、さつきさんが僕の後ろにはいなかった。僕の後ろではなく、つむぎのベッドの上でゴロゴロしていた。

「ふんだ。プレゆとり世代の私に昨今の若者の服装が分かるわけがないだろう」

すねていた。永遠の19歳とか言っていたが、一応気にはしているらしい。

しかし「ふんだ」とか言っちゃうあたり、ジェネレーションギャップを感じてしまうのは僕だけだろうか。

ふむ。ああなってしまったさつきさんは梃子でも動かない。しかし梃子でも動かないけど動力を使えば動くというのが現代の機械技術である。そもそも梃子で動かないからと言って諦めることはないだろう。

だからこそ僕は絡め手でいく。

「だってさつきさん。服のセンスめちゃくちゃいいじゃないですか。ぜひともあやかりたいなーって思うんですよ」

これぞ僕流『押してもだめなら褒めてみな』である。

ちなみにこの技が効くのはさつきさんと絵美ちゃんだけだ。

春日井さんにやってみたら顔面を思いっきり殴られ、逃走された。

なぜだ。

「ふむ。そこまで言うのならば不遜この私が選んでやろう」

やはりさつきさんは単純だった。不遜ではなく不肖が正しいと思うが、さつきさんが不遜なのは事実なのでつっこむことなくスルーする。

「こ、これは・・・・・・」

僕はさつきさんが差し出してきた衣類を恭しく受け取った。



「ちょっと待ってちょっと待って!耕兄何言ってんの!?頭湧いてんの!?」

僕が1階に下りてきて、つむぎに渡して開口一番、つむぎはそう言った。

ちなみにつむぎはソファの白いシーツを床に広げ、その上に立ち、Gが現れたら一瞬で分かるように防衛線を敷いていた。兄に雑事を任せておいて何ともひどい妹である。

しかしそれよりもさらにひどいのはその兄だということをここで明言しておこう。

そしてそれよりもさらにひどいのはさつきさんである。

それも当然。

これを服と呼ぶ人は一体どれくらいいるのだろうか。世間一般の男性諸君におかれてはここしばらく目にしていないものだということをまず言っておく。

そしてあろうことかつむぎは僕から後ずさり、尻もちをついた。

何度も言うが、漆根家はGの巣窟である。その床に触れたということは、つむぎの恐怖心が「僕>G」という図式になったということだ。

「・・・・・・」

僕は何も言わない。いや、言えない。口元に笑みすら浮かべることはなく、むしろこの辱めに目もとには涙すら浮かんでいる。

しかしむしろ泣きたいのはつむぎの方だろう。

それもそのはず。

僕が差し出した衣類は・・・

「こ、こ、これ・・・。スク水・・・・・・」

つむぎは僕が右手に掴み、差し出したスク水を震える指で指さし、震える唇でその名称を口にする。

正直震えたいのは僕も同じだ。

さつきさんめ、なんてものを渡しやがる

「これは罰だ!私を年寄り扱いしたからな!!」

さつきさんは満足げな顔で腰に手を当て、鼻から息を吐いた。

確かに悪いと思ったからノっては見たものの、つむぎの反応を見るとこれは相当のダメージだ。

なんとかしないと今日の宿泊先が本気で留置所になる。

拘留されることは別にいいが、留置所とか薄暗くてGが繁殖してそうなイメージだから死んでも行きたくない。

「えっ、と・・・。これは、あれだ・・・。冗談・・・・・・てへ」

と、冗談にならない恐怖の表情を浮かべるつむぎに笑って見せた。

「・・・・・・」

が、つむぎの表情には何一つ変化はない。

やばいなこれ、どうしよう。

―――とか、一般人なら思うのだろう。このまま妹に一生口をきかれないとか考えちゃうんだろうな。ん?今までどうしようとか考えてる僕がいたって?はは。それこそ冗談に決まってるじゃないか。フェイク、フェイク。H×Hのコルトピ並みにフェイクだよ。よく考えてみてほしい。僕だよ?漆根耕太だよ?この程度の修羅場なんて一呼吸ごとに起きてる男だよ?

え?この後どうするかって?はは。決まってんじゃん。

いつものあれをやるに決まってるじゃん。

「すいまっせんでしたっ!!!!!」

そう。土下座である。

「∵」←こんな顔をしている妹に対して

「orz」←こんな姿勢を通り越している。たとえるならギリシャ文字のデルタ(δ)とパイ(π)を強引に半角小文字にしてつなげた感じ。そのまま這って進むんじゃないかっていうくらい深々と土下座をした。

そしてつむぎが弱く手に持っているスク水をはぎ取ると、急いで階段を駆け上がり、ベッドの上にスク水を投げたかと思うと、手ごろな服をクローゼットから見繕い、速やかに階段を駆け下りて、つむぎの階乗マーク(^)とハイフン(-)と半濁音(゜)を強引に半角小文字にしてつなげた感じに後ずさっている足元に放り投げ、さつきさんを連れだって速やかに2階に撤退した。

「ほら、見たことか!」

知ってた。僕こうなるって知ってた。

「ふむ。思ったよりつむぎのリアクションがリアルで引いた」

ふざけんな!

なにが「ふむ。」だ!僕に相応の筋肉があればさつきさんに筋肉バスターをしているところだ。

「ははは。なめるな。知っているか?6を逆にすると・・・?」

「・・・9になりますけども、そんなマニアックな話をしている場合ではないでしょう!」だいたいこんな筋肉マンなトークを理解してくれる人なんて日本にどれだけいるんだろうか。

「まあ、そもそも私が君ごときの技にかかるはずもないのだがな」

「それはそうですけどね」

僕が常人とするならば。さつきさんは完璧超人だ。それくらいの力の差はある。

いや、だから。もう筋肉マンの話はいいんだってば。

「どうするんですか。これじゃあ僕は一生妹から口をきいてもらえない兄になりますよ!僕の葬式でそっと棺桶を開けて『やっと死んだわね』とか言われますよ」

「それは笑えないな・・・」

さつきさんと僕は廊下に立ったままだ。もちろん電気は煌々と灯っている。会話の途中にも周囲への目配りは怠ってはいない。

「しかし、私からできるアドバイスはただ一つだな」

妙に真剣な面持ちで僕を見るさつきさん。対して僕は身構えることなどしない。僕は知っている。この表情をするとき、さつきさんはだいたい適当なことを言うのだ。

「どんまい!!」

「そら見たことか!」

ほんの数十秒前と同じ発言を繰り返す。さつきさんの「い」と僕の「そ」はほぼ同タイムだ。

「だいたいだな。なぜ全て私のせいにするのだ。結局やったのは君じゃないか」

「僕にはさつきさんへの拒否権なんてないんですよ」

さつきさんがへそを曲げて一生僕と口をきいてくれないなんてことになったら僕は破滅だ。

「ほう。言うではないか。では私が死ねと言ったら死ぬのか?」

「はい!」

「潔いな・・・・・・」

当然である。さつきさんがいなかったら生きている意味などないのだから。

「なんかそこまで言われると面映ゆいな」さつきさんは照れていた。なんだか僕まで照れ臭くなってくる。

「これでもうちょっとイケメンだったらなあ」

「なんてことを言うんだ!」

台無しだ。所詮この世は『ただし、イケメンに限る』だということか。

「冗談だ。それに22世紀の君はイケメンになっているぞ」

「ドラえもんなんですか!?」

ていうか・・・

「22世紀になったらさすがの僕も死んでますよ!」

「いやいや、22世紀でも君は3日に1回は告白している」

「迷惑な爺ですねえ」

絶対ぼけてるから同じ人に何回も告白しているだろう。なんなら壁に向かって告白してるかもしれない。

そこにGがいないことを切に願う。

しかし22世紀か。どんな時代になってるのか想像もつかない。

「多分21世紀少年とかいう漫画が人気になっていると思う」

「聖飢魔Ⅲっていうバンドが流行ってそうですね」

とか適当なことを言ってみる。

「耕兄!とっくに着替え終わったんだけど!!」

階下からつむぎの声が聞こえてくる。よかった。一生口をきいてくれないかと思った。

「そんなことあるはずないだろう。今日の君はなかなかポイントが高いぞ。さっきのスク水でプラマイゼロだが」

「だからさつきさんのせいですって」

まあいい。逆にさつきさんの中で僕のポイントを上げることができただろうから。

僕は床を見て、天井を見て、壁を見て、電気を消して勢いよく階段を駆け降りた。滑り込むようにつむぎの要塞ことシーツの上に立つ。

「なんでまだあたしのスク水持ってんのっ!?」

つむぎはさつきさんや雫のように暴力的なつっこみはしない。だが、この時この場所においてはそんな冷たい視線を浴びるくらいなら殴られた方がよかったと思った。



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