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「∵」←こんな顔をしている妹 2


その時だった。

「きゃあああああっ!」

今宵幾度目かもしれない悲鳴が漆根家に響き渡った。場所は確認するまでもない。つむぎがエスパーかサイヤ人かプリンセス天功でなければ風呂場にいるはずだ。僕は「妹は恋愛対象になりえない」という今の発言を裏付けるかのごとく脱衣所の戸を勢いよく空けた。

「ぎゃあああああっ!」

そこには下着姿のつむぎがいて、扉を開けた僕の腹に正拳突きをかました。心配して助けに来た兄にとんでもない仕打ちである。

しかし僕はそんな攻撃にも耐え、つむぎを見遣った。断じて常に僕の服とは別に洗濯される下着姿を見たわけではないという注釈はしておくが、とにかく顔面蒼白なつむぎを見て、

「ぎぃやあああああっ!!」

つむぎの指さす先にいる、壁に君臨する黒い悪魔の姿を見た。


―――そう、危機は去ったわけではなかった。

思い出してほしい。僕たちが最初に出会ったあの先輩の姿。黒く、てかったあの姿を。

そしてもうひとつ。先ほど僕が葬ったGはチャバネだったことを。


一般家庭に現れるGは一種類ではない。

チャバネはおもに厨房に現れる魔物だ。集団戦闘を得意とするが、清潔な家では余り繁殖しない。1匹見たら100匹いると言われるのは主にこちらだろう。

対して漆根家では魔王と恐れられる存在がいる。


―――クロだ。


彼奴等の特徴は数ではない。

魔王たる最大のゆえんはその巨大さにある。

群れるチャバネに比べ、単独で現れるクロははるかに大きい。特に頭部の大きさ、そこから生える触覚の長さは常軌を逸しているといえる。

そして、その魔王の最大の武器。漆根家では父さんを除き攻略不可といわれるゆえんはその性質にある。

彼らは飛ぶ

飛翔する。

もちろん、有翅昆虫である以上、チャバネも飛ぶのだろう。

だが、クロは追いつめられると人の顔をめがけてくる。正確には今いる位置よりも少しだけ低い足場を目指していて、人の顔がちょうどいいかららしいが、そんなことは知ったことじゃない。

とにかくやつには容赦がない。まさしくレベル1の勇者の討伐に魔王直々に現れるという状態だ。

今までの情報をこの混乱した頭でまとめてみる。

Gが現れた。→退治しようとしたけど逃げられた。

Gを仕留めた。→だが、最初に見たGとは別のGだった。

すなわち、この家には仕留めきれなかったG魔王が残っているということだ。

いや、それならまだいいだろう。問題はそこではない。

少し考えてみてほしい。

1匹のGを見た時には「外から入ってきたなこのやろう」と思うだろう。

では、2匹のGを見た時にそう思えるだろうか。

外からGが入ってくるという一定の割合で起こるイベントが重なっただけかもしれない。

だが、人間の脳はそうは考えない。

1ならば偶然だ。だが、それが重なれば必然なのではないか。

Gは既にこの家に繁殖しているのではないか。

そう考えてしまう。

つまり、この家に逃げ場がない、というのは正確ではない。

この家は既に、人間の家ではないのである。

「つむぎ!逃げろっ!!」

僕はつむぎの両肩を強引につかみ、脱衣所の外に押しやった。次に洗濯かごに引っ掛けてあったつむぎのパジャマを掴んでつむぎに向かって放り投げ、脱衣所の外に出ると、戸を思い切り閉めた。

尻もちをついているつむぎは口をパクパクさせたまま何も言わない。

「くそっ」僕は震える両足を奮い立たせると、戸棚に向かって走った。戸棚の中のガムテープを掴み、脱衣所の戸の隙間を塞いだ。

「つむぎ!今すぐ支度しろ!!」

ようやく立ち上がったものの、目を白黒させているつむぎに向かって僕は叫ぶ。茫然としている暇はない。悲観している暇もない。僕らにできることは限られている。

「及川の家に避難するぞ!」

僕らにできること。


それは、一刻も早くこの家から脱出することだけなのだ。




それからすぐに及川に電話を入れた(即オッケーが出た)。しかし、まさかパジャマ姿のまま外出するわけにはいかないので、つむぎは着替える必要がある。

―――ではどこで着替えるのか?

脱衣所は無理だ。あそこはもうパンドラの箱よりも厳重に密閉されている。あそこで着替えるぐらいならば、戦場のど真ん中で着替えた方がまだ安全というものだ。

そこから僕とつむぎの不毛な言い合いが始まる。

「いやよ!あたしもう中2になんだから、パジャマで外出できるわけないじゃん!しかも耕兄と一緒なんて、捕まるに決まってんじゃん!」

「なんでだよ。この町には『パジャマ外出禁止条例』でも出てるのか?」

「耕兄が捕まるのよ」

「なんでだよっ!?」

「この町には『漆根耕太がパジャマを着た女子中学生と一緒に歩くの禁止条例』が出ているのよ」

「・・・・・・」

町ぐるみで僕を追いつめにかかっているのか・・・。

「じゃあ、どうするんだよ。この家に残るのか!?」

「いやよ!」

「さっきからいやよいやよばっかりだな。じゃあどうするんだよ!」

「スペインいや(18)よいや(18)よ。1818年チリがスペインから独立だな」

ああ、もう。さつきさんうるさい。

「だから着替えるって言ってるじゃない!」

「だからどこで着替えるんだよって言ってるじゃない!」

思わずおねえ口調になってしまった。思わずって言うとなんだか普段から無意識的におねえ言葉が出てきてるみたいでちょっとやだな。

「だからここで着替えるの!耕兄はあたしの部屋から服取ってきて!」

「はあ?」

今の返事は部下が上司の無茶振りを言われた時のような「はあ」ではない。きちんと「あ」の音が上がっている「はあ?」である。

「いやいやまず僕はお前の部屋のどこに服が入ってるのかとか知らないし、そもそもお前はいつも僕が部屋に入ると明王のごとく激怒するじゃないか!」

僕がそう捲くし立てると、つむぎは悔しそうに唇をかみ、

「せ、背に腹!」

と言った。

なぜ「は変えられない」を略したのかは分からないが、言わんとしていることはわかる。要するに、普段は何があっても許さない僕の部屋への侵入を許すばかりか、クローゼットを開け、服を物色することすら許すということだ。とんだ戦時特例である。

だがしかし、僕は動くわけにはいかない。

「はあ、ふざけんな!僕がこんな魔窟を歩けるわけないだろ!」

忘れたのか、この家はもはや人外の魔都だ。Gたちが一大文明を築いている場所なのである。

「ふぬぬぬぬぬ」

するとつむぎは漫画では見たことあるけどリアルでは発音し辛いので決して聞いたことのないようなうめき声をあげ、僕を睨みつけた。だが、僕の目線はそこではなく、その背後に注がれていた。

その背後には腕を組んださつきさん。その口元は嬉しそうに歪んでいて、その目は輝いており、全身から「面白そうだ、やれ」オーラがあふれていた。


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