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ちょっと、まじで吐きそうになるんでやめてくださいよ、コラ 4

Gによって占拠されたこの家ではダイニングで食事をすることもままならない。すると行儀悪くもリビングのソファに座りながら食べることになるのだが(母さんには内緒だ。ばれたら2人とも吊るし上げられる)、そうすると酢豚よりも丼ものの方が食べやすい。そしてシェフは薄味と野菜大好きでおなじみの漆根耕太こと僕だ。というわけでメニューは中華丼に決めた。

「君は何をまじめに考え込んでいるのだ。ボケくらい入れろ」

「いいじゃん、別に!」

僕はまともにメニューも考えられないの?

「前回は割とシリアスパートが多かったから今回は馬鹿丸出しで行こうと決めたではないか」

「誰がっ!?」

全く身に覚えのない決定事項だった。

「それにここまでもかなりシリアスに来てますよ。僕とつむぎの中ではバイオハザードクラスですからね!」

「いやいや、30年後くらいに今日のことを思い出してみろ。間違いなく後悔するぞ?」

「・・・・・・」

そうなのだろうか。僕にとって今は生死の境と言ってもいいくらい逼迫した状況だ。死亡フラグを1つでも立てようものなら即死する自信がある。だが、Gが平気な人がこの場にいたらなんと滑稽なと言われるに違いない。

「それでも僕は、生きなくちゃならないんだ・・・」

「はい死亡フラグ」

さつきさんにカウントされた。多分明日あたりに春日井さんに刺されるとか何かあるのだろう。

「まあ、とりあえずご飯を作りましょう。・・・と言いたいところですが食材は冷蔵庫の中にあります。さつきさん、この意味がわかりますか?」

「入るのか?」

「入らねえよ!」

なんで僕はリビングで一人震える妹を放って籠城決めこんじゃうんだよ。ていうか冷蔵庫なんて入ったら僕が震えることになる。

ガクブルだ。

「・・・いいですか、一般的な家屋でGが潜む場所なんて限られています」

「ベッドの下だな」

「やめろっ!」

泣くぞ!終いには泣くぞ!

「やつらは温かくて暗い所を好みますからね。冷蔵庫や洗濯機の裏。あとはエアコンの室外機なんかも要注意です」

「さすが耕太。まるで棲んだことがあるみたいな言い方だな。よっ、ゴキブリ男!」

「それだけ個人の尊厳を地に落とす囃し立て方をされたのは生まれて初めてですよ・・・」

まだハエ男の方がましだ。

いや、嫌だけどね。

「そして我が家の冷蔵庫の野菜室は最下段。つまり、仮想的なGの住処と接しているわけです」

「ベッドの上の耕太みたいなものだな」

「ベッドの上に寝てるのはさつきさんでしょう!?」

なに勝手に墓穴掘ってんの!?

「ふむ。じゃあ私はFかHだな・・・」

「・・・・・・?」僕は首を傾げる。

「いや、だからだな。今Gの隣という話をしていただろう。それでアルファベットでいうとGの隣はFかHというわけで・・・いや、忘れてくれ」

解説をしていて空しくなったらしい。さつきさんはうつむき加減でそう言った。なんかカワイイ。

「では、注意してくださいね。開けますよ・・・」

開けゴマ、で開かない我が家の冷蔵庫はマニュアル式に手で引かなければならない。僕は恐る恐る冷蔵庫の最下段に手をかけ、ゆっくりと引いた。

「・・・・・・ふう」

しかしてGは現れなかった。中には今日の夕方に買い足したばかりの新鮮な野菜が入っていたし、フローリングの景観を損ねる茶色や黒の姿はない。僕は安堵の息を吐き、しかし勢いよく天井を睨みつけて一通り周囲の無事を確認した後、中華丼の食材を取り出した。

ひとまず白菜を丁寧に剥き、ほかの野菜と一緒に水につける。調理の直前に水を吸わせることで、抜けていた繊維の隙間の水を戻し、あのしゃきしゃきした食感を与えるのだ。次に豚肉を一口大のサイズに切る。野菜を切るのは火にかけるギリギリのタイミングだ。葉のものの白菜よりも根もののニンジンを先に火にかける。炒めすぎるとふにゃふにゃになってしまう。各食材の最適な加熱時間になるように入れる順番とタイミングには気を使わなければならない。そのタイミングを間違えないために片栗粉は既に水で溶いてある。ウェイパー(味の素でも可)と匙は既にスタンバイ済みだ。

「出会った2人がいた。互いに互いを愛しあっていたのは束の間のことだった。憎悪は日に日に膨れ上がり、ついには最悪の展開を迎えてしまった」

「何を言ってるんですか?」

空腹が過ぎて壊れてしまったのだろうか。とりあえず砂糖でもなめさせておこう。

「今の3つの文の頭文字をつなぎ合わせてみろ」さつきさんは神妙な顔をして言った。

えっと、なんだっけ。最初の文は・・・。

『出会った2人がいた。』だから『で』

『互いに互いを愛しあっていたのは束の間のことだった。』だから『た』

『憎悪は日に日に膨れ上がり、ついには最悪の展開を迎えてしまった』だから『ぞ』

3つを合わせると、『でたぞ』か・・・・・・。

「ぎぃやあああぁぁぁぁっ!」

さつきさんの目線の先を見ると確かにいた。ていうか報告がまどろっこしすぎる。『ほう・れん・そう』が全くなってない。僕が企業の社長だったら即刻クビにするレベルだ。

軟らかそうなてかてかした茶色い翅。これが世に言うチャバネだ。繁殖力が高く、一般家庭で最も見られるやつだ。都市部では深夜の歩道で普通に遭遇するというのだから驚きだ。

やつは長い触角を動かし、こちらの様子を見ている。だがどうする。キッチンには新聞紙がなければもちろんゴキジェットもない。今の僕には菜箸か包丁しかないわけだが、さすがにこれで戦うわけにはいかない。これは食材に触れる調理器具であってGを捌くキリングマシーンではないのだ。

「耕太、これを装備しろ!」

さつきさんが僕に投げた何かをすかさず右手に装着した。

「・・・って、チップスターの筒じゃないですか!」

そもそもなぜこの場にこんなものがあるかも疑問なわけだが、今問題なのはそこではない。

前にも言及したことがあると思うけど、チップスターの筒の底はプリングルスのそれとは明確に異なる。金属ではなく紙なのだ。しかもプリングルスよりも軟らかく、小さい。もう既に僕の右手にピッタリフィットしていた。このままでは新聞紙もつかめない。

これで行くしかない・・・!

僕の装備が整ったのを見て・・・いたかは疑問だが、Gがゆっくりと近づいてくる。なんだこいつは、決戦前にこちらの体力を全回復してくれるゾーマみたいなやつだな。案外いいやつなのかもしれない。

ああ、もしかしたら僕たちは別の出会いをしていたら仲良くなれたかもしれないな。

などと、Gに勝手に親近感を覚えながら僕は右手(E:チップスターの筒)を振り上げた。

「ウルトラスーパーファイナルボルケーノパンチっ!!」

ブチィ

命を消したという一生消えないだろう感触が右手に残る。だが仕方ない。この世は食うか食われるかの世界だ。僕がやらなければ僕だけではない。漆根家ごとこいつに食われていたかもしれないのだ。

「技名ダサ・・・」さつきさんが呆れかえった様子で僕を見ていた。

「・・・・・・」

なんかとっさに口をついてきた言葉がこれっているのは僕の精神年齢を如実に表しているようで悲しくなるな。

まあ、いい。これで危機は去ったわけだし、一度シャワーでも浴びて身を清めてから悠々と料理を作ることにしよう。

今の僕にはこの世全てのものが愛おしく思える。今なら犬の交尾を見ても水をかけて邪魔することなどしないだろう。

「耕兄・・・?」

騒ぎを聞きつけたつむぎがキッチンに顔をのぞかせた。つむぎにとってはかなり勇気を振り絞った行動なのだろう。膝がカタカタと震えていた。地雷原を軽装で歩くような気分だったに違いない。

「ひっ・・・!」

つむぎは床にこびりついたGの破片を見て顔をこわばらせる。しかし同時に危機が去ったことを悟り、安堵の表情を見せた。

まあこのままにしとくわけにもいかないし、掃除をしなくちゃいけないな。ティッシュペーパーを100枚くらい重ねれば匂いも移らないだろう。

「君は馬鹿かっ!100枚と言ったらティッシュケースの3分の1だぞ!?どれだけ地球に負担をかけるつもりなのだっ!」

「仕方ありません。Gを生み出したのが地球ならその尻拭いは地球にさせましょう」

地球に優しくなく、自分にはとことん甘い僕だった。

ひとまず右手に装着された筒を外して・・・ってあれ?

外れない。

あれ?何かこんなの前もあった気がするぞ?デジャヴ?

「きゃあああああっ!!」

目の前のつむぎが悲鳴を上げる。決して僕を見て悲鳴を上げたわけじゃないっていうか僕を見てこのタイミングで悲鳴を上げるのはマジで意味がわからない。貞子さんがテレビから出てきて3日くらい一緒に過ごしてから悲鳴を上げるみたいなものだろう。

そう、悲鳴を上げた理由は他にあった。

それと同時に今度からけちってチップスターなどは買わず、プリングルスを買う事を心に誓った僕だった。

「助けて、つむぎ・・・・・・」

右手には抜けなくなったチップスターの筒。そしてその底には内臓が飛び散りながらもまだ蠢くGの姿があった。




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