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ちょっと、まじで吐きそうになるんでやめてくださいよ、コラ 3



30分後、僕とつむぎは一階リビングのソファに向かい合って座っていた。フライパンで仕留めきれなかったという事はやつはまだ生きていて、漆根家を徘徊しているということだ。恐らく二階にとどまったままだろう。というわけで僕たちは一階に避難してきたというわけだ。まさか十分ごちそうになったからそろそろお暇する、というような殊勝なやつでもあるまい。

ここは良い家だな。しばらく間借りしようとか考えているに違いない。あわよくばここに家庭を築こうとか画策しているかもしれない。

つむぎは膝を抱えて座ったまま何も喋らない。僕が視線を部屋の隅に持って行くたびに身構えているのでガチでビビっているのだろう。普通にかわいそうになってきた。

「つむぎ。とりあえずお腹がすいたからご飯にしようよ。フライパンは無事なんだから酢豚を作ろうよ」

とりあえずこのどうにもならない状況を打開すべくそう提案した僕をつむぎは睨んだ。

「いやよ!キッチンにやつが出たらどうするのよ!」

言ってつむぎは身震いをする。どうやら彼女は梃子でも動く気はないらしい。膝を抱えているのも、足を床につけていて、万が一Gが足を這ってきたら、と怯えた末の行動らしい。

「もうだめ・・・。この家は終わりだわ・・・・・・」

Gごときで何を大げさな、と思わないでほしい。つむぎにとってGはバイオハザードのゾンビと同じなのだ。G-ウイルスなのである。ここでつむぎを笑える人であっても、家の中にゾンビが入ってきたら戦慄するだろう。Tの戦慄だろう。というわけでわかってほしい。

「それじゃあどうするよ。今日は外で食べることにするのかい?」

父さんには何か言われるかもしれないが、母さんなら分かってくれるだろう。いや、母さんのことだ。Gがいると聞けば今夜は帰って来ない。

「だめよ!ごはん食べて帰ってきたら玄関でやつが待っていた、みたいな事態に陥ったらどうするのよ!」

「・・・・・・」

つむぎを見てるとどうやら僕はまだGを軽く見ていた気がする。つむぎが通っている中学校(つまり僕の母校)では夏にになれば月に1~2匹のGが観測されるのだが、この事実を話したらつむぎは不登校になるのではないのだろうか。

「それじゃあこのまま父さんが帰ってきて、退治してくれるのを待つしかないってことか・・・」

最近残業が多いし、場合によっては10時くらいまで帰って来ないなんてこともあり得るな。僕らはともかく、それまでさつきさんが夕食を我慢してくれるかどうか。

その時、漆根家に2つの電話の着信音が鳴り響いた。1つは家の固定電話。もう1つは僕の部屋にある携帯の着信音だった。

「おーい、つむぎー。出てくれー」顔を膝にうずめているつむぎにそう告げる。

僕の携帯は・・・・・・どうしよう。2階に行くとかまじ無理なんだけど。ま、僕の携帯にかけてくる人なんて限られてるし、後でかけ直して謝ればいいだろう。

ところが顔を上げたつむぎはふるふると首を横に振った。

「いやいや」

ちなみに固定電話の子機はテレビの隣。つむぎからだと歩いて5歩。僕からは7歩といったところだろうか。つむぎにはそれすらもうできないようだ。どうやらつむぎにとってもはや家の床と底なし沼とがイコールらしい。

ここで漆根家の床が底なし沼でないことを証明し、説得していたら電話が切れてしまう。電話の相手がキレてしまう。というわけで僕が出る。

出てみると、やたら疲れた口調の父さんだった。父さんは口早に残業で今日は帰れない旨を告げると、すぐに通話を切ってしまった。

するりと、僕の手から子機が滑り落ちる。背面の丸みを利用して床の上でしばらくくるくると回っていたが、じきに止まった。

「こうにい・・・・・・?」

つむぎが涙を湛えた眼で僕を見た。僕は膝を降り、orzの形になった。もちろん周囲に気を配るのを忘れない。orzのoの下にいたらもうだめだ。

あんまりにも長く膝をついているとzの部分に這い寄ってきそうで怖いのですぐさま立ち上がると子機を取った。充電器に戻すと、つむぎに近づき、その両肩を掴んだ。

つむぎは抗わない。

「よく聞いてくれ、つむぎ。父さんは、帰って、来ない・・・っ!」つむぎの両肩から手を放し、涙をぬぐう・・・ふりをした。

涙こそ出なかったものの、本当はマジで泣きたい。

「お父さんの会社潰そう!」つむぎが大声で主張した。

さすがに同意はできないが、否定もできなかった。

とりあえず僕は向かいに座る。父さんが帰ってくるという希望が消滅した以上、僕らは僕らだけで生き残る選択肢を模索しなければならない。

「・・・・・・」

つむぎが無言で僕に代替案を求めている以上僕とさつきさんで決めるしかないわけだが。

自分で何とかするのが最良の方法なんだけども、スカウターによると僕の戦闘力なんて5だからな。レベル1で無職のパーティなのにデ・ミーラさんに挑むようなものだ。

ていうかデ・ミーラさんよりもGの方が強いよね。あんなぽっと出の魔王とかGなら片手で倒せるだろう。Gの片手がどこか知らないけど。

「耕太、腹減った。あいむあんぐりーだ」

さつきさんもこんなこと言ってるし、そろそろ解決しないとまずいだろう。ハングリーなのかアングリーなのか微妙なところだが、両方正解ととるのが無難だろう。

「仕方がない。今日の夕飯は僕がつくる。お前はここでGが来ないか見張っててくれ」

僕はすくっと立ち上がった。もちろん天井にGが這っていないか確認するのは忘れない。僕だって戦士だ。敵の存在には常に警戒する必要がある。

「そんな、無茶よ・・・」

つむぎはグノンのビースト兵団に1人で立ち向かうアルスを見るルイーダさんのような目をした。確かに僕にとってはそれほどの対敵に等しいが、僕は1人ではない。

「さつきさん。やつが現れたらすぐに僕に教えてください」

そう、僕には背中を任せられる味方がいるのだ。

キッチンに立つ僕の背後にはさつきさん。彼女がいる限り、僕はいつでも逃げられる。

「第一に逃げることを考えるとは。はぐれメタルみたいなやつだな」

「Gを目の前にしたら先制攻撃を仕掛けられる自信があります。ただし、防御力はありません」

「HP8しかないのにか・・・」

残念すぎる。まるでスライムのようだった。

キッチンとは戦場である。この言葉の発案者が誰なのかは薄学にして浅学な僕は知らないが、正鵠を得ていると思う。

戦場。それはつまり戦う場という事で、戦うという事は相手がいるという事だ。

その相手とは誰か。

言うまでもない、Gだ。

G戦場とはほかでもない、キッチンのことを指すのである。

あいつらは光を嫌う。だから僕は足を踏み入れる場所すべての電灯をつけていく。光は僕に、闇は奴に。戦陣は二分されている―――

「・・・・・・いますか?」

僕のような小心者では戦場に長くとどまることはできない。つまり、背後を振り返ることもなく最短距離でキッチンに赴き、最短時間で料理を作る必要がある。そのためには背後の監視を全てさつきさんに任せなくてはいけない。

「・・・ってさつきさんっ!?」

・・・・・・背後にはいなかった。ダイニングの椅子に悠々と腰かけていた。

「いやいやいやいや」

僕は慌ててさつきさんの元に戻る。周囲に気を配るのを忘れない。なんてったって今の僕は装備なしで魔王に挑むスライムに等しいのだ。片手どころの騒ぎではない。下手すれば一吹きで全滅である。

「ん?どうした?飯はまだか?」

「なに僕を死地に遣っておいて悠々と待機してるんですか!」

「ん?聞いていたか耕太。私は腹が減ったと言ったのだぞ?」さつきさんは早口に言った。

つまり、これ以上体力を浪費したくないし早くしろと言いたいのだろう。

だけど、こんな横暴な話があるか!

「さつきさんが監視をしてくれないなら僕だってキッチンに行きませんよ」

殴られた。

こんな理不尽な話があるか!

しかし僕が床に倒れ込むことはない。なぜならこの床は今や地獄。Gが這いまわった後かもしれないのだ。

というわけで僕はナイフエッジ・デスマッチ中の幽○のように踏ん張るのであった。いや、殴られたのは一回だけどね。

さすがのさつきさん(空腹)もそこまで鬼じゃない。

「ご飯を作ってくれないのなら私はこの家を出ていくぞ、ばかもの!」

さつきさんは意地なのか本当に空腹なのか知らないがなかなか折れてくれない。

「へえー、それじゃあさっき喧嘩して家出したばかりなのにすぐ戻るんですね」

そう、さつきさんはほんの数時間前に来たばかりだ。ケンカの理由は『好きな映画作品にダメ出しされた』だそうだ。

「ぐ・・・・・・」さつきさんは悔しそうに拳を握りしめた。

しかし僕は退かない。畳みかけるように声を上げた。

「わがままなさつきさんなんて家出して帰ってみたら家が空き家になってればいいんだ!」

「それは自殺ものの絶望だぞっ!?」

・・・うん、僕もそう思う。

「しかたない。そこまで言うなら監視役くらいは買って出てやろう」

さつきさんは椅子から立ち上がった。そこまでというのかどこまでかは定かではないが動いてくれるのならば是非もない。

「つむぎが不安とゴキブリを見る時の視線とが混じり合った目でこちらを見ているしな」

「その二つは何をどう間違ったら混じり合うんですかっ!?」

多分ゴキブリ飼育中の研究者くらいしか持ち得ないんじゃないかな!?

そろそろつむぎの視線が痛かったので、今度こそさつきさんに背後を任せてキッチンへ降り立った。


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