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ちょっと、まじで吐きそうになるんでやめてくださいよ、コラ 2


しかし出て来ないな。まさか、僕の気が緩んだ隙を狙って襲ってくる気じゃなかろうか。

「いや、普通にベッドの下にいるだけだろう。なんせ君のベッドの下はお菓子の食べカスでいっぱいだからな」

「完全にさつきさんのせいじゃないですかっ!!」

「仕方ないだろう!ベッドの上やカーペットに食べカスを落とすと君が怒るのだから!」

「なにも仕方なくねえよ!」

やばいよ。母さんにばれたら殺されるよ。完全に僕が犯人に仕立て上げられるよ。ただでさえ小づかいをお菓子につぎ込んでいるからいい顔をされていないのに!

「さつきさん」

「どうした耕太?」さつきさんは椅子に深く座り、単行本を開き始めた。

「殴ってもいいですか?」

「なぜだっ!!」本を取り落とし、椅子から立ち上がった。多分僕が握った拳を振り上げたせいだろう。

なぜか、だと?

むしろ僕が聞きたい。

言わなきゃわかんねえの?

「キャラが崩壊したな・・・。そんなに苦手なのか?」

拳を下ろし(振り下ろしてはいない)、両掌で顔を覆った。大きく息を吐き、まじめな顔をして顔をさつきさんに向ける。

「いいですか、さつきさん。僕はさつきさんのことが大好きです」

「突然何を言い出すのだ君は!死亡フラグか!?」

「さすがの僕程度の貧弱さでもGに負けることはないですよ!?」

「だといいな。ではなんだ?」

「僕はさつきさんのことが大好きですが、ゴキブリの大嫌いさと足してみると嫌いの方が勝ちます」

さつきさんは首をかしげた。どうやら僕の説明がよくわからなかったらしい。

「つまり私がGに劣っていると?ばかもの!」

「ちがーう!」

確かに回りくどい言い方だったとは思う。どうやら僕も絶賛混乱中らしい。

「とりあえずベッドの下にいるっぽいので、ゴキジェットをベッドの下に噴射します」

さつきさんは今度は理解できたらしく、うむうむと頷いた。

「そうか。とりあえず殺しといて忘れたころに見つかるパターンだな」

「ちょっと、まじで吐きそうになるんでやめてくださいよ、コラ」

「なんか怖いな。耕太のくせに」

「それだけ嫌いなんだってことをそろそろお察し下さいよ」

さつきさんは文庫本を机の上に置き、右手の親指と人差し指の関節で顎をつまんだ。思案顔だ。

「さっきから嫌い嫌いとまるで好意の裏返しの様だぞ」

「僕はどこのツンデレだよ!G相手にツンデレるというかデレてどうするんですか!!」

そんな需要はどこにもないし、未来永劫供給もないだろう。

「わからんぞ。世界を救えるかもしれん」

「カッコいいこと言えば僕をあしらえると思ったら大間違いですよっ!!」

さつきさんは軽く伸びをして、再び椅子に腰かけた。

「それで、殺虫スプレーを噴射して、自分を鼓舞するんだったか?」

「僕はアボリジニかっ!!」

「いや、違うが?」

「わかっとるわ!」

ていうかアボリジニもそんな事はしないだろう。

しかしこれだけ話しこんでいるというのにベッドの下から出て来ないという事実がただただ恐ろしい。さつきさんはベッドの下にどんなフルコースを用意していたんだろうか。

「いいですか。ゴキジェットを噴射すればやつはたまらずベッドの下から飛び出てくるはずです。そこをすかさず・・・」

「告白か・・・・・・」さつきさんがごくりと唾を呑んだ。

「うん、もう黙れ!」

いい加減にしろ!

「・・・この新聞紙で叩くわけです」

ようやく僕の作戦が理解できたらしく、さつきさんはなるほど、とうなずいた。

「そういう感じか。理解した。だが、一匹だけでなく、百匹くらい出てきたらどうするんだ?」

「オェ」

「汚い!」さつきさんは跳びのいた。

「すいません。喉まで胃酸が出かかりました」

本当に危なかった。

「いや、私こそ済まなかった。これから入試に向かう受験生に『いや、試験は昨日だぞ』と宣告するようなものだったな」

「かわいそうすぎる!」

確かにそれは言おうか言うまいか悩むところだ。言ってあげた方がいいんだろうけど、夢はできるだけ長く見せてあげたい気もする。

「百匹出てきたら、そうですね・・・。僕が部屋を明け渡します。だって、彼らの幸せな家庭を壊すなんて残酷じゃないですか」

「君もいい感じのこと言って現実逃避しているんじゃないのか?私としては百匹の方があり得ると思うがな。だいたい田舎者の分際でゴキブリをぎゃー!」

なんだかさつきさんがひゃくとかなんとかよくわからない単語を発したので、ゴキジェットを噴射してみた。

出た。なんか黒くててかてかしたやばい感じの物体が。ベッドの向こう側から壁にのぼり、止まったかと思うと触角を動かしている。

「ていうかやっぱりさつきさんも怖いんじゃないですか!」

さつきさんはいつの間にか僕の背後に隠れていた。早すぎて残像しか見えなかった。

「し、仕方ないではないか!離れていれば大丈夫なのだが、近づきすぎると怖いのだ!見ろ、あの不可解かつ不愉快な触角の動き!」

さつきさんは震える指で壁を指差した。僕の眼には18歳未満が見てはいけないものにかかるあれがかかっているように見えた。つまりGを直視できるのは18歳以上ということになる。なるほど、人はGを克服することで大人になるわけだ。

僕とさつきさんの絶叫が部屋いっぱいにこだまする。さっき僕のことを田舎ものとか言ったが、さつきさんもこの町出身のはずだから田舎者だろう。むしろ当時は今よりずっと田舎だったはずだ。なんせヤマカガシが出てた時代だからな。

「おじきの仇じゃ~~!」

僕はよくわからないセリフを言って自分を奮い立たせながら新聞紙を勢いよく振り下ろした。

「ぎゃあ~~~!!」

僕とさつきさんの悲鳴がシンクロする。僕の渾身の一撃は軽くかわされた。やつは壁をよじ登り、天井を這い進んで開け放たれたままの扉に近付き、部屋から出ていった。

「いやあああああっ!」

壁を新聞紙で攻撃するという近年まれにみる珍妙な行動をとったまま固まっている僕の耳に飛び込んできたのはつむぎの悲鳴。そして鈍器が我が家を破壊する音だった。

「つむぎ!?」

僕は慌てて部屋を出る。そこには右手に掴んだフライパンを床にたたきつけた姿勢のまま固まっているつむぎの姿があった。

ぎちぎちとつむぎの首がこちらを向く。壊れたからくり人形のようだった。

「こうにい・・・・・・」

それはまるで悪の組織に捕まり、兵器として改造されたクラスメイトが死を望むかのような表情だった。つむぎの涙が浮かんだ双眸が僕を捉えた。

「・・・・・・助けて」

「・・・・・・」

僕は何も言う事が出来ない。心の内では「そうか。ついにやったんだな・・・」という台詞が渦巻いていた。

で、だ。

今はそんな感傷に浸っている場合じゃなくて、問題はつむぎが振り下ろしたフライパンの下のGはぐちゃぐちゃになっているということだ。

ぐちゃぐちゃなGがいるということだ。

「でもなんだフライパンなんだよ!なんでわざわざキッチン用品を武器として持ち出したんだよ!!」

確かにさあ、キッチンは主婦の戦場だっていうけどさあ。

「だってだってだってだって!!新聞紙だけじゃ耕兄勝てないと思って・・・!」

「・・・・・・」

どんだけ弱いと思われてるんだ、僕。

とはいえ実際二度も取り逃がしているのは僕なわけだし、それは正当な評価と言えなくもない。ここは逃げずに助けに来てくれた心優しい妹に素直に感謝するとしよう。

グッジョブだ、つむぎ。

さて、感謝はこれでいいとして、しかし問題は山積している。

「つむぎさんつむぎさん、今日のメニューは何ですか?」

つむぎはフライパンから目も手も離さない。唇が静かに「酢豚」と動いた。

うーん。フライパンを使うメニューだな。

ここは仕方ない。兄として一肌脱ぐか。

「よし、つむぎ。そのフライパンは僕が引き受けた。だからお前はフライパンを使わない酢豚の調理法を考えておいてくれ」

僕がフライパンの柄を掴むと、つむぎは小さくうなずいてその手を離した。

なんだかやけに素直だ。もはや僕に歯向かう余裕すらないということだろうか。

さて・・・・・・

僕は右手に力を込め、ゆっくりと引きあげた。

「いやあああああっ!」

つむぎの悲鳴が家中に響き渡る。両手で身体を抱えたつむぎは今にも膝をつきそうだった。

ていうかさっきから悲鳴の頻度が半端ないな。近所の方が通報しないか本気で心配になって来た。

つむぎが悲鳴を上げた理由。それは至極単純なものだった。

GなGがいたからではない。

僕が上げたフライパンの下。


―――そこには僅かにへこんだ床以外、何もなかったのである。




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