ちゃんちゃらね。ちゃんちゃらおかしいわ 3
そのまま車内に会話はなく、いつの間にか高速道路を抜けて僕たちが住む町の近所へと戻ってきていた。ちなみに僕は基本的に車の中では眠れない人である。その上右側も前も女性が眠っているというちょっと見てはいけない気がする状況なのでぼんやりと窓の外を眺めていた。
すると肩にずっしりとした感触があってどきりとした。
こ、これはあれだろうか・・・。電車の中であるという伝説の隣の女性の頭が方にもたれかかるというやつだろうか。
とか、気持ち悪いことを考えているとしだいに重みを増していった。
これは・・・まじで・・・?
とか考えている間にもどんどん重くなっていく。
ていうかあれ?春日井さんの頭ってこんなに思いの?確かに人間は頭がめちゃくちゃ重いっていうし、僕のような軽い頭脳と違ってぎっしり詰まってそうな春日井さんだから重いのも頷けるけど、なんか肩に当たる表面積が異様に大きいんだけど。春日井さんってこんな頭大きかったっけ?
しかも何か軟らかい。そんなタコみたいな頭蓋はしてないはずだ。
「・・・って、おおおおっ!?」我慢できずに右側を見た僕は声を上げずに叫ぶという矛盾した行動をやってのけた。
だが、そんなことに感動している余裕はなかった。なぜなら僕に向かってみんなの荷物が雪崩を起こしていたからだ。
・・・うん、そうだよね。忘れてたけど僕と春日井さんの間には荷物があったよね。これを越えて肩に頭を乗っけるとか寝相が悪いどころの騒ぎじゃない。
どうやら春日井さんが荷物にもたれかかっているせいで、荷物が僕の方に倒れてきたというのが現実だったようだ。やはり眠っている女性の頭が肩に乗る現象(仮)は都市伝説だったのだろう。
「あれ?」
とりあえず荷物が崩れないように積み直そうとしたが、その途端に落ちてきた。それどころかこちらにかかってくる圧力が増してきているんですけど。
「・・・って春日井さん。起きてるでしょ?」
そう、僕は見た。眠っているように見せかけてぐいぐいと荷物を押し、僕の領域を消そうとする春日井さんの魔の右手を。
「くかー」
「寝言が古い!」
僕がそう突っ込むと、春日井さんは目を開け、目元を擦った。軽く舌打ちが聞こえた気がするけど気のせいだろう。
「あれ?ここはどこ?私は確かに魔王と戦っていたはずなのに」
「寝ぼけ方も古い!」
「あれ、漆根君!?あなたは確かに死んだはず・・・」
「僕が死ぬ夢見てたの!?」
いや、しかし魔王が出てくるような夢だ。僕は果敢に戦い、春日井さんの犠牲になって死んだに違いない。
「いいえ、漆根君はなんかみんなにいいとこ見せようとブドウの木に登って足をすべらせて落ちて死んだわ」
「しょぼっ!」
あ、いや。もしかしたら有史上のいつかにはブドウの木から落ちて死んだ人がいるかもしれないからそんな事を言うべきではないな。しかしブドウの木って・・・。上らなくても実は採れるじゃん。
「ええ、その時私は確かに言ったわ。『漆根も木から落ちろ』ってね」
「命令!?」
それは多分『みんなにいいとこ見せようとして』じゃなくて自殺を強要されたに等しいよ。夢の中の僕は疑う事もなくその命令に従っちゃったのか・・・。
「そのまま地獄に堕ちろ」
「もう許して!」
今の言葉は夢の中の漆根君に言ったのであって、現実の僕に言ったんじゃないよね?
「そうそう、地獄に堕ちろと言えば私の携帯の予測変換で『じご』って打つと地獄から始まる単語が10個出てきたっていう話をしましょうか」
「どれだけ人を呪ってるのさ・・・」
『地獄に堕ちろ』なんて年に一回も言わないセリフだよ。僕は文化祭の時に言ったけど。
「さすがにドン引きだったわ」
「自分で引いたんだ・・・」
僕も変なメールばかりするのはやめよう。まあメールをすること自体が稀なんだけどね!
「あと『うる』って打つと『漆根』よりも『うるさい、死ね』の方が先に出るわ」
「どんなやり取りを!?」
しかもメールで!うるさいならメールをしなきゃいいじゃないか!
「そういえば漆根って『うるさい、死ね』の略よね?」
「略じゃねえよ」
単語だよ。
「語源はその辺にあるのかしら。漆根君みたいにピーチク騒いで人の安眠を妨げるようなご先祖様がいたとか」
「僕ってそんなにうるさいのか・・・」
隅っこの方で目立たないように生きてるつもりなのになあ。
「五月の蠅と書いて『五月蠅い』と読むけれど年中の漆根と書いても『うるさい』って読むわよね?」
「なんでそんなみんなが知ってる常識みたいな聞き方するの!?」
年中漆根い
ふりがなよりも漢字の方が多いじゃん!
永川さん、日比野さん、志井さんをそれぞれの家で下ろし、学校ほど近くの春日井さんの家の前で車は止まった。荷物を僕の座席は春日井さんを監禁する門番のような位置にあるので、先に降りなくてはいけない。ついでに間にあった荷物を人のいない前の席に置いた。
「それじゃあ、漆根君。楽しかったわ」
驚くべきことに春日井さんは僕の心を抉ることなくそう言った。何が来るのかと身構えていた僕は拍子抜けしてしまう。
「夏休みはまだ長いんだし、また会いましょう」
「ちょっとどうしたの春日井さん?」
あまりにも普通だ。普通すぎてどこかからコピペしてきたんじゃないかと疑ってしまう。
「というか会う事になるでしょうね。私の宿題を漆根君が強奪している時点で」
「ちょっと待て!なに勝手に僕を窃盗犯に仕立て上げてんの!?」
「人のやった宿題を写すとか、人格を疑うわ」
「うん、僕は今まさに春日井さんの人格を疑っているよ」
春日井さんがそう言うと周りの人はそう思うし、当事者の僕ですらそっちの方が真実なんじゃないかと疑心暗鬼になってしまうから不思議だ。
「あと漆根君に泳ぎ方を教えてあげる約束があったわね」
「週1だっけ・・・?」
まあ、僕は既に浮くスキルを手に入れたからもう大丈夫なんだけどね。海洋生物で行ったらクラゲ並みの自由度だ。
「確かに漆根君に触る人なんていないものね」
「毒があるのっ!?」
確かに僕に触れる人なんていないけども。
「いきなり海に行くのは危険だからとりあえずお風呂に水をためておいてもらえるかしら」
「ぼくはどんだけ水に弱いんだよっ!」
悪魔の実の能力者じゃないんだから。
ていうか高校生2人が家の浴槽で泳ぐ練習をしてるとかなんてシュールな光景だろう。
「嘘よ」
「だよね・・・」
「二度と私に関わらないで」
「・・・・・・」
なんでこの人は別れ際の取り返しがつかないタイミングでそんな台詞が言えるんだろう。人間関係に不安とか抱いたことないのだろうか。
「これも嘘。ツンデレな春日井さんの照れ隠しよ」
「それはツンデレではなく露骨に感じ悪い人のセリフだけどね」
二度と関わらない状態からどうやったらデレられるというんだろうか。
別れを惜しみつつ罵声を浴びせられ、車の中へと戻った。そのまま後ろの座席に戻るのも面倒だったので、前の座席に座る。人のいなくなった後部座席は広く、どことなく不安になる。
親父さんは何も言わず車を発進させ、及川も僕も何も言わなかった。だけど昨日まで感じていたような嫌な沈黙じゃない。慌ただしかった3日間の疲れを癒すような心地よい静けさだった。
「じゃあな、漆根」
春日井さんの家から僕の家まで車だと2,3分の距離だ。家の前までついたところで車は止まり、荷物を担いで下りた。親父さんに頭を下げ、及川に手を上げる。過ぎ去ってゆく車を見送り、角を折れたところで我が家の玄関に振り返った。
もうすっかり日も暮れて、玄関の明かりは煌々と灯っている。とはいえ今日は平日。父さんと母さんが帰ってくるにはまだ早い。家の中では僕がいないことによって解放感に満ち溢れた妹が夕食をとっている頃だろう。
僕はドアに手をかける。
―――帰ってこなければよかった・・・。
普段インドアな僕がそう思い、真なる絶望を知るのはこれよりわずか2日後のことである。