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続・エキセントリック・ビューティ  作者: 炊飯器
恐怖の夏旅行編
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ちゃんちゃらね。ちゃんちゃらおかしいわ 2


太陽が頂点を通り過ぎた頃、さすがに春日井さんたちのテンションも下降の兆しを見せ始め、ちょうどよく戻って来た親父さんと合流し、荷物をまとめて帰ることになった。

実を言うと及川が詰めた荷物の大半はがらくたで、バッグから出してすらいなかったので、持て余した時間をダラダラして過ごす事ができた。夏休みとはこうでなければならない。帰ったらしばらく家から出ることはないだろう。

簡単にお昼ごはんを済まし、来た時と同じ配置で車に乗り込んだ。後部座席の一番奥に座った僕の横に次々と荷物が積まれていく。お前はもう出るなということらしい。

「あ、眼鏡忘れた」

自分の荷物を積んだ時、春日井さんはそう言って取りに戻った。車内には僕と日比野さん、志井さんの3人である。志井さんは来た時と同様に背もたれから腰を浮かし、背筋を鍛えていらっしゃったが、日比野さんは一瞬だけ僕に目配せをした後、もたれかかった。

「・・・・・・!」

おお・・・・・・。

いや、これで感動するのは多分間違えていると思うのだが。日比野さんだっていい加減疲れただけなのかもしれないし。

「待たせたわね。漆根君の戦闘力は・・・・・・」

「スカウター!?」

どんだけ多機能なんだその眼鏡?

「戦闘力・・・たったの5か・・・ゴミめ」

「確かにそんなもんだけども!」

僕なんてスカウターを使うまでもないパンピーだよ!

「でも僕が12万人集まればフリーザ様を倒せるんだよ?」

「そんな世界はいやよ」春日井さんは真顔で言った。

うん、そうだね。

春日井さんは眼鏡を取り、ケースにしまうと鞄の中に放り込んだ。その放り込み方たるや、奴隷に餌を与える奴隷商人のようだった。鞄にそんな冷たい目を向ける理由が分からない。

「そういえば春日井さんって授業中は眼鏡かけてるよね」

春日井さんは変わらない視線を僕に向けた気がするが気のせいだろう。いつの間にか永川さん、及川、親父さんも車の中にいて、親父さんの号令と共に車が発進した。

「まあ、そうね。そんなに目が悪いわけではないけれど、細かい文字や黒板がみにくいのよ」

「そうなんだ」

かわいそうに。きっと海水やプールの塩素水を目に入れてるから目が悪くなったに違いない。ならば泳がない僕は目が悪くなることはないだろう。

「ええ、漆根君と同じくらいみにくいわ」

「そっち!?」

僕は細かい字や黒板を醜いと思ったことはないので、そんなに醜くないという事か、それとも目が悪い人にとって僕は醜いものなのだろうか。

「でもさ、普段はかけてないよね?」

現に今も外された眼鏡は鞄の中だ。

「そうね。醜い漆根君を見ないように気を付けているのよ」

「・・・・・・」

畳みかけるなぁ。

文字→見にくい

僕→醜い

なんだろう、この格差・・・。

「コンタクトにはしないの?」

「それは私に姿を見られたいという事かしら?」

「まあ、そうだよ・・・」

醜い僕をね!

「そんな卑屈になるのはよくないわ。ご両親から頂いたきれいな顔じゃない」

「ここまで二枚舌が露骨な人を初めてみたよ・・・」

あまのじゃくにもほどがあるだろう。

「漆根君の言葉はとりあえず全て否定することって教科書に書いてあったのよ」

「教科書!?」

文部科学省公認っ!?

「倫理の教科書よ」

「否定をすることが道徳的だと?」

どんな倫理だっ!

ちょっと一回くらい抗議に赴いた方がいい気がする。間違いなく文科省の門前で叩きだされるけど。

「コンタクトはいやね。だって怖いじゃない」

「春日井さんにも怖いものなんてあったんだ・・・」

なぜか知らないけど無敵なイメージしかない。僕の中で絵美ちゃんと春日井さんと委員長が人間のヒエラルキーの頂点に立っている。

「あるに決まってるじゃない。人のことを何だと思ってるのかしら。燃やすわよ」

「人のことを何だと思ってるのっ!?」

僕は焼却炉の中のゴミか!

・・・ってこんな突っ込みしたくなかった!

「コンタクトならまだいいわ。泣く泣くはめればいいんですもの。コンタクトだけに」

「それ全く掛かってないと思うのは僕だけかな・・・」

まあいいや。ここは流そう。

「もっと目が悪くなったらレーシックとかも考えないといけないのよね」

「ああ、あれは確かに怖いよね」

「目にレーザーを当てるのよ。通りすがりのお兄さんとやっちゃだめだって約束したのに!」

「う~ん。確かにそうだけど、治療だからしょうがないでしょ」

そのくだりを引っ張るのはいい加減もう勘弁してほしい。一時のギャグだ。

「どんな拷問って話よね」

「いや、だから拷問じゃなくて治療だよ・・・」

怖いけどそれで目が治るならそれでいいじゃないか。

「そんなことされたら、その眼科医にやり返してやるわ!」

「捕まっちゃうよ!」

無免許の医療行為は立派な犯罪だよ!

「麻酔なしでね」春日井さんはニタリと笑った。

「・・・・・・っ!!」

さすがにやばい。これはやばい。どのくらいやばいかって言うと、服を着るのを忘れて学校に行っちゃうぐらいやばい。さすがにそんな事はしたことないっていうか世界広しと言えどもそんな珍事は起こらないと思うけど。

いくらなんでもここはさすがに春日井さんを窘めるべきではないだろうか。冗談だというのは火を見るよりも明らかだけど、その冗談を言うことによって非難されたり不当に低い評価を受けたりするのは春日井さんだ。

「いいかい春日井さん。僕の前ではそんな事を言っても笑って聞き流すけど、誰かれ構わず言っちゃだめだよ」

「突然何をまじめに言っているのかしら。ちゃんちゃらね。ちゃんちゃらおかしいわ」春日井さんは肩をすくめた。

「・・・・・・」

「えーと。なんで黙るのかしら」

「・・・・・・」非難する目を向ける僕。

「ちょっと、なんとか言ってよ」なんだか焦る春日井さん。

「・・・・・・」

「わかりました、ごめんなさい。謝ります。生まれてきてすいませんでした」

「・・・・・・」

「え、ちょっと。ちゃんと謝ったのに黙っているのはルール違反だわ!」

「いや、あまりの平謝りっぷりに引いちゃったんだよ。ごめん」

まさかそこまで謝られるとは。いやいや、僕の方こそごめんってなっちゃったよ。

「ううん・・・。程度が難しいわね。ギャルゲーなら選択肢を選ぶだけだから楽なのに」

「え・・・。何言っちゃってんの・・・?」

ギャルゲーとか・・・・・・。

「なによ。文句ある?乙女のたしなみじゃない。それとも何?漆根君はギャルゲーを蔑むのかしら。その制作に携わっている何千という人の存在価値を否定するのかしら?」

なぜか目がマジだった。

いや、冗談だと信じたい。

「えっと、そういうわけじゃ・・・・・・」

しかし製作スタッフの皆さんを引き合いに出されたらさすがの僕でも引かざるを得ない。

絶対乙女のたしなみじゃないけど!

「あーあ、世界がギャルゲーの世界になればいいのに」

「なにその発言!?気持ち悪っ!!」

何がダメかってそれをクラスの優等生である春日井さんが言っちゃうところだ。僕みたいにそれを冗談だと分かる人間が聞くだけならまだいいが、親父さんの中では春日井さんの評価がうなぎのぼりならぬアナゴ下がりだろう。

・・・対して上手くなかった。

「だからそういう発言は君の品位を貶めるからやめろと再三言っているんだけど、僕の話聞いてた?」

「全然」

「返事が速すぎやしませんかっ!?」

間髪入れなかった。間に髪を挟む隙間もなかったね。

「私の評価を気にしてくれるのはありがたさを通り越してむしろ失笑なんだけど」

「おかしいおかしい!ありがたさと失笑はまったく別のベクトルに位置しているよ!」

寒くなってきたから北海道行ってきます、みたいな!

いやいや夏に行けよって話だ。

「それでも、漆根君に言われるなら聞き入れてあげてもいいって気分になるわね」

「え、そう?」

むしろ逆な気がするけども。

あと、なんでそんな上からなん?

「知っての通り、私はあまのじゃくだから、公明正大な人の言葉よりも漆根君みたいな底辺の方が聞き入れやすいのよ」

「底辺ですか・・・」

「ほら、上見て暮らすな下見て暮せって言う言葉があるじゃない?」

「あるけども。それは江戸時代の身分制度の象徴する言葉だよ・・・」

まあ、それでも僕の言葉を受け入れてくれるならいいや。

「ていうかどこかの知らない人に言われるよりも友達に言われた方が聞き入れるに決まってるじゃない」

「そうかもしれないね」

ていうか間違いなくそうだろう。友達だからこそ反発したくなるというのもあるかもしれないけど。

僕には友達なんてほとんどいないからわからないけどさ。

「というわけで何か名言を言ってくれないかしら。iPodに入れて聞くわ」

「今世紀最大の無茶ぶりだよっ!」

なんか名言って何だよ!雑な振りにもほどがあるだろ!ふざけんなっ!

「まったく、漆根君はすぐ怒るわね。悟空みたいだわ」

「クリリンのことかー!」

「いえ、今の話題の事だけど」

「・・・・・・」

ですよねー。クリリンなんて一回も出てきてないもんね。

車は高速道路に入り、ひたすら進んでいく。行きでは僕の右側の窓から海が見えていたので、今度は山しか見えない。折角海で浮ける技術を手にしたのだから海をしっかりと見ておきたいのだけど。

「こっちを見ないでくれるかしら。ちぎっちゃ投げるわよ」

「僕はヤンキー漫画の雑兵Aかっ!」

一歩譲ってちぎっても投げるな!

というわけで海の方を見ることは許可されていない。徐々に暗くなってゆく森を眺めていると身体から力が抜けているのを感じた。そこはかとなくまぶたも重い。

さすがに疲れたなと息をつく。それはそうだ。夏休みと言えばごろごろするか部屋で突っ込むかしかしない僕である。とりあえず靴をはくだけでも疲労は相当なものなのに泳ぐ、ケンカをするといった疲労レベル30越えのイベントにまで手を出してしまったのだから。

しばらくそのまま窓の外を眺めていたが、高速道路に入って景色が見えなくなってしまった。そろそろ目線を元に戻す許可をいただこうかと思っていた僕の耳にはかすかな寝息が聞こえてくる。さてはそうやって僕を油断させて春日井さんの方を見たら目を突くみたいなドッキリだろうと思いつつも春日井さんを見ると、ドッキリでも何でもなく、春日井さんは普通に寝入っていた。ドッキリではなかったが、ドキッとしてしまう。なんとなくそのまま見ているのもはばかられて視線を前に遣った。すると前の席の3人も寝入っていた。

起きているのは運転席の親父さんと起き出すのが遅かった助手席の及川だけだ。いつも通り2人に目立った会話はない。2人ともそれでいいと思っているはずだ。

しばらくそのまま前を見ていたが、周りから聞こえてくる寝息に僕も眠気に襲われた。どうせ話す相手もいないしこのまま寝てしまってもいいかと思ったが、1つ言い忘れていたことがあったのを思い出す。

「及川」

助手席の及川は振り返ることはない。だが、こちらに意識を向けているのは分かった。

「ありがとう」

僕はお礼の言葉を口にする。なんとなくそう言いたくなったのだ。


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