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続・エキセントリック・ビューティ  作者: 炊飯器
恐怖の夏旅行編
49/58

ちゃんちゃらね。ちゃんちゃらおかしいわ 1


次の日の朝は昨日の雨が嘘みたいな快晴だった。僕はほっておいたら父さんみたいに昼過ぎまで寝ている及川を叩き起こし、一階に下りると既に女性陣が朝食を取っている所だった。

「おはよう漆根君。相変わらず起きているんだか寝てるんだかわからない顔をしてるわね」春日井さんがトーストを口に運ぶ手を止めて言った。昨日と違う春日井さんを永川さんたちが見た。

「おはよう春日井さん。僕は寝てても起きてても夢を見てるんだよ。将来はきっとスーパーマンになるんだ」

「古いわよ。今のトレンドはあれね、ゴーストライダーじゃないかしら」

「死んでるじゃん!ていうかそれも古いよ!!」

その前にゴーストライダーにヒーローのイメージはない。

というわけで立ったまま寝始めた及川をなんとかテーブルに座らせ、クラスメイトらしく仲良く朝食をとったのだった。


昼過ぎには親父さんが戻ってきて、僕らの町へ帰るということで、今日は午前中から海に出かけることにした。ぶっちゃけ僕としてはごろごろして過ごしていたかったのだけれど、女性陣にそう主張されれば僕に人権があるはずがない。

そして及川に至っては椅子に座ったまま意識すらない。今ならこいつを倒せるんじゃないかと思った。



海は広く深い。そのことを否定する者はいないだろう。その雄大な海には幾多の生物が生を育んでおり、彼らは僕らには信じられないスピードで悠々と泳ぎ回っている。

ここでグーグルマップを思い浮かべてほしい。戦後、いくつも打ち上げられた衛星による高解像度写真によって僕らの動向は監視されている。韓国の北のあの国のミサイルさえも撮影したあのヤバいやつである。やつは今この瞬間にもこの僕と海岸にいる僕たちを監視しているかもしれないのだ。

そして更に思い浮かべてほしい。衛星から見て、海に生きる者たちと比べて海岸付近でうだうだしている人間がいかに滑稽かを。いいから早く入れよお前らとか思っているに違いない。

海岸とはいわば入口に等しい。いや、断言してもいい。入口だろう。入口でしかないと言ってもいいかもしれない。その入り口で遊んで満足するなんて遊園地でいえばチケットを購入し、門を出たり入ったりしてはしゃいでいることに等しいのだ。

それがどれだけ滑稽な事か理解できただろうか?

しかしその失笑を禁じえない光景が僕の前で繰り広げられているのである。ではここで僕はどうするべきか。簡単だ。チケットを買わず、入らなければいいのだ。ははは、君たちはなんて滑稽なんだ。いやいや僕はそんな恥ずかしいこと出来ないよ。というスタンスである。

「というわけで僕は海に入らない」

海を前にして腕を組み、僕はそう宣言した。

というかこんな当然のことを宣言する必要があるというのがまずおかしい。彼らには羞恥心とかないのだろうか。

そんな僕の宣言を前にして、春日井さんは目を細め、夏だというのに凍えるような視線を向けた。

「あんまり馬鹿なこと言ってると手足をちょん切って付け替えるわよ」

「武装錬金の斗貴子さんか!」

・・・・・・伝わるだろうか?

「ていうか一ついいかしら」春日井さんも腕を組み、いらだたしげに人差し指を動かしていた。

「羞恥心がないのかとか、漆根君に言われたく、ない」

はい。それもそうですね。

というわけで僕は海に足を踏み入れるのだった。昨日雨が降っていたので水温が低いかと思っていたが、そこは夏のうだるような暑さを前にのれんに腕押しだったようだ。いや、この場合は焼け石に水が正しいか。

「いい、漆根君。大切なのは自分が魚なのだという錯覚なのよ。あなたは魚なの」

朝食をとって海に行く段階で、春日井さんが泳ぎを教えてくれると僕に告げたのだった。

ただし、その教え方は僕のような初心者にとっては上級すぎた。

「大事なのはえら呼吸よ。ほら、水をしっかり飲んで、えらで酸素を取り入れてみて」

「できるかっ!!」

なんだかとっても帰りたかった。

「あれ?えらはどうしたの?」

「最初からないよ・・・」

そもそもあったら溺れていないだろう。一昨日あんな苦しむこともなかっただろう。

「あの日においてきたの?」

「いつだっ!?」

僕の人生を振り返ってみたがそんな感動的なシーンはなかった。

「しょうがないわね。人間に則した方法を教えるわよ」春日井さんは盛大にため息をついた。

ちなみにここは海岸から10メートルほど歩いた場所で、海水は腰の少し上にある。

「教えを乞うてる身であんまり注文したくないけどさ、最初からそれで頼むよ・・・」

なぜ魚目線で話が進んだのか。小一時間ほど討論したい。

「魚?漆根君には脊椎ないでしょうに」

「あ、その話か」

春日井さんの中で僕は軟体動物に分類されていたのだった。

「まったく。ほんと、ああ言えばこう言うわね。全然進んでないじゃない」

「さすがの僕も今日の春日井さんにそれを言われるのは業腹だよ・・・」

ちょっと、いい加減にしてほしい。

怒るのは疲れたのだ。

「そういえばまったく関係ないけれど、ああ言えばこう言うとアーネスト・ホーストって似ているようでいてまったく似ていないわよね」

「まったく関係ないし、君の言いたいことの意味が皆目見当もつかないよっ!?」

それを聞いた僕が「うんそうだね、似てないね」以外の返事ができるとでも思っているの!?

「もう少し突っ込みの幅がほしいわね」

「春日井さん。そうやって自分本意になんでもかんでも話すのはやめようよって言う昨日の話をもう一度する?」

僕は良い。ぶっちゃけ慣れた。しかし問題は春日井さんが喋る相手は僕だけではないということだ。

「・・・・・・」春日井さんは唇を尖らせた。初めて見る表情で、少しどきりとした。

「そうね。わかりましたごめんなさい。練習を進めましょう」

「いや、いいんだ分かってくれれば。それじゃあ、よろしく!」

少しわくわくする。一体どんな練習が待っているのだろうか。

・・・絶対厳しいだろうけど。

「まずは・・・そうね。大事な話をするわ。いい、漆根君。水中では、息を・・・止めるの」

「知ってるよ!」

こんなに送るほどでもない言葉が他にあるだろうか。

それを知らない僕は一体今までどうやって生きてきたんだろうね。

「そう?じゃあやってみて」春日井さんは水面を指差した。表情がまるで跪けと言わんばかりだが、気のせいだろう。普通に潜れに決まってる。

僕はゴーグルを装着する。今日はゴーグルの装着が許可されていたのだった。突然連れだされた僕が持っているはずがないので(そもそも僕には泳ぐ習慣がないのでゴーグルを所持していない。家につむぎのがあるけど)、春日井さんに借りたものだ。

大きく息を吸い、一度飛び上がって顔を沈めた。見くびってもらっては困る。地面がどこか分かっていればこれくらいはできるのだ。

この辺りの海は透き通っていて、遠くまで見通す事ができた。潜ってすぐ目の前にある春日井さんの脚を見ているのははばかられたので、足元の砂を見た。

しかし、これ。いつまでやっていればいいのだろうか。息を止めるのとか30秒が限界なんだけど。

というわけで限界が来たので顔を上げようとした。

「ごはっ!!」

しかし、突然後頭部に重いものが当たり、僕の顔は再び海中へと戻された。ギリギリ残っていた空気が逃げていき、変わりに口の中に水が入ってくる。僕に残された最後の本能はこの水を口にため、飲まないことだけだった。一昨日のような胃の重さはもうこりごりだ。

依然として僕の頭の上に重い何かは乗っかり続けている。いや、もうオブラートに包む必要はない。確実に春日井さんの掌だった。くそ、この人良い人のふりしてやっぱり僕を殺す事が目的だったのか。

もちろん僕にこの状況を上手く打破できる冷静さなど残っているはずがない。ポケモンでいうと技ポイントをすべて使い切ってしまった状態だ。

そんな僕に残された最後の手段。それは、じたばたするたった。

両足は完全に浮いてしまい。上手く力が入らない。それは両手も同じだったが、とにかくなんとかしようと両手をバタバタさせていると、右手が何かに引っかかり、頭上の重量感はどこかへ消え失せた。

「ふわっ!」

一瞬だけ顔を上げて口の中の水を出し、酸素を吸う。さすがに酸素の吸い方は忘れていなかったようで、苦しさは少し和らいだ。しかし身体のどこも接地していない状況で、顔を上げただけだったので、すぐに海中に沈んでしまう。

いや、落ちつけ、僕。とりあえず今は自由に息が吸える。まず立ち上がることが急務だろう。しかし身体が伸びきったこの状態じゃ上手く身体を動かせない。とりあえず胎児のように身体を縮めて、地面の位置を確認してから立ち上がろう。

というわけで分断した手足を体幹に集める。いや、別に千切れたわけではないけれど。

しかしここで僕は違和感に気付く。なんか右手だけやけに重いのだ。体幹を中心に縮めるはずが、右手の方に引き寄せられてしまった。そこで僕は更に気付く。僕の右手が何かを掴んでいることに。

溺れる者は藁をも掴む。ということわざがある。しかし溺れる僕が掴んだのは藁ではなく、人間の脚だった。

ばらばら死体が流れついたとかめちゃくちゃ怖い事態なわけがない。あの状況で僕がつかめた人間の脚。それは春日井さんのものに他ならない。

そして僕がそれを引っ張ろうとして引き寄せられたのと同じように、僕に足を引っ張られ仰向けに沈んでいた春日井さんも僕の方へと引き寄せられるわけで・・・。

当然僕と春日井さんは激突する。英語でいえばクラッシュである。空中ブランコではなかったが、擬音としてはバーンが正しいだろう。純然たる正面衝突である。

なんだか軟らかい感触が胸に残った気がしたが、そんな事を考えている余裕が僕にあるはずもない。ぶつかった時には既に春日井さんの脚を放しており、当初の作戦通り身体を縮めて足を砂に付けてから立ち上がった。

「ごほっ、ごほっ!」

少し海水を飲んでしまったようだ。しかし一昨日に比べたら微々たるもので、喉の痛みはすぐに治まった。

「春日井さん、だいじょう・・・」

それ以上は言葉が出なかった。振り返った先にいた春日井さんは両手で胸を覆い、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいたのだ。僕が感じた軟らかい感触とは、すなわち、その・・・そういうことらしい。

あ、レアな表情だ。どきっとするな、とか考えている場合ではなかった。ここが水中でなかったら全力で土下座するところだった。いや、ここでこそ水中土下座を披露するべきだろうか。

目じりの水滴は涙ではなく海水なのだと信じたい。

「うるしねく」

春日井さんが発した言葉はそれ以上僕の耳には届かなかった。恐らく二度と聞き返す事は出来ない。なんだろう。「漆根苦しめ。この世全ての刑罰をその身に受けた挙句、地獄に堕ち、ありとあらゆる苦痛を一万年にわたって続け、それを一万回繰り返せ。その後に残るものは無だ」とかだろうか。

聞こえなかった、というのは逃げたという意味ではない。左側から飛んできたビーチボールが僕の顔面にクリティカルヒットしたからだ。

「漆根ぇ!あんた若菜に何してんの!?」

もう少し海岸付近でビーチボールに興じていたはずの永川さんだった。

どうやら永川さんはビーチボールを装って僕を監視していたようで、僕に罰を与えに来たようだ。この世全ての刑罰の1つ目がこれだった。地味に痛い。多分顔の半分が赤くなっているだろう。左目だけから涙が出てるもん。

「あ、ちょっ、若菜ごめん!」

しかしどうしたことだろうか。ビーチボールによるダメージは僕だけにとどまらなかった。どうやら僕の顔に当たって跳ね返り、春日井さんの顔にも当たったらしい。僕より多少は緩和されているだろうが、結構強い衝撃だったようで、春日井さんは鼻の上をさすっていた。目じりにあるのは今度こそ涙ではないだろうか。

踏んだり蹴ったりだ。春日井さんがかわいそうだった。

「漆根君」春日井さんは両手でボールの形を作った。取って来いということだろう。

春日井さんは僕から受け取ったボールを掴み、野茂のような構えをとると、近づいてきた永川さんに勢いよく投げつけた。

「ちょっ、ごめんって・・・」

しかし、春日井さんの懇親の一撃も永川さんには通じなかった。永川さんはレシーブの構えをとると、春日井さんの投げたボールをいともたやすく受け返したのだ。春日井さんは返って来たボールを打ち返し、永川さんはまたレシーブした。

どこからどう見てもただのビーチバレーである。

僕の顔の痛みが引いたころには日比野さんも志井さんも合流しており、僕はその場を離れざるを得なくなった。




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