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続・エキセントリック・ビューティ  作者: 炊飯器
恐怖の夏旅行編
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どんな踏まれ方が好き? 3


「そんなに、怒らないでよ・・・・・・」春日井さんの口調はどこまでも弱々しい。

これはなんだ。確か何も冷えない肝試しだったはずだ。どうして春日井さんの顔を見ただけで僕の心臓は凍りついたように痛むんだ?

「えっと・・・・・・」

「若菜っ!!」

ようやく身体の使用権が戻って来た僕が何かを喋ろうとした瞬間、耳をつんざく大声と共に懐中電灯を持った永川さんが現れた。いや、永川さんだけじゃない。及川も一緒だった。

「大丈夫っ!?変なことされてない!?トラウマになったりしてない!?」

永川さんは懐中電灯を地面に投げ捨てると、春日井さんの両肩を強く握り、がくがくと振っていた。おかげで春日井さんの表情はわからなくなったが、僕の心臓は痛いままだ。

ズキズキと、痛んだままだ。

「いくら待っても帰って来ないから心配したのよ。ケータイにかけても圏外だし、不安になって登ってみたけどどこにもいないし、絶対に冗談にならないことになってるって思って、それで、それで・・・・・・」永川さんは崩れるようにして肩を落とし、地面を見た。もしかしたら泣いているのかもしれない。

ようやく見ることが出来た春日井さんは驚いたまま永川さんを見ていた。しかし、やはり何も言えないままだった。

「いや、そんなことはしないよ・・・・・・」

名誉にかけて僕がそう呟いた瞬間だった。

「あんたは黙ってろっ!!」

永川さんが大声で叫び、涙が浮かぶ目で僕を睨んだ。春日井さんの手首を掴むと、懐中電灯を拾い上げ、大股で来た道を引き返していった。

僕は何も言えず、馬鹿みたいに立ち尽くすことしかできなかった。

頭の中ではほんの数分間の光景が何度も繰り返されていた。僕の中で何かが崩れ去る音がした。どうしてだろう。僕はそれを堅固で揺るぎないものだと思っていた。それなのにこうも簡単に崩れ去ってしまった。

これは―――僕と春日井さんの友情はこんなにも脆いものだったのか・・・。

最後に見た永川さんの表情が浮かび上がってくる。

きっと僕は永川さんについて勘違いをしていたのだろう。1学期間や今日1日の言動で永川さんが僕を嫌っていることは分かった。しかし、春日井さんのように毒舌なだけで、そこまで僕を嫌っていないと思っていた。自分の罪を甘く見ていた。

だけど違った。明確に違った。永川さんの僕に対する想いは淀みのない嫌悪だし、それが多くの人の意見なのだ。僕の罪は些かも消えはしないし、全てが壊れる前に戻れるわけもない。

「漆根」

僕の横には及川が立っていた。懐中電灯は持っていないが、僕の左手には蝋燭があるし、月明かりで前を歩いている2人の姿はよく見える。及川は僕の背中を押しながら歩き出した。

「なんだよ」八つ当たりのようにぶっきらぼうに僕は言った。

返事を待たずに足を進める。さすがに一緒に帰る気力は起きないにしてもここで野宿するわけにもいかない。僕と春日井さんたちは同じ家に帰らなければならないのだ。

「お前が別に何もしてねえことぐらいわかるけどよ」

及川がすぐに追いついたのは及川の歩幅が大きいからだけではない。僕がゆっくりと歩いているからだ。彼女たちに近付かないようにゆっくりと、背中だけを見つめて歩いている。

「でもなんで春日井はあんななんだ?」

「あんな」というのは泣きそうになっていたあの状態のことを言うのだろうか?いや、及川からは春日井さんの表情はわからなかったはずだから、今の何も言わない状態を指しているんだろう。

「わからないよ」

本当にわからない。僕がこんな風に責めるような口調で春日井さんに何かを言ったのも始めてならば春日井さんが僕に対して何も言い返さずに黙ってしまうのも初めてだ。

だいたい春日井さんがあんな風に言うのはいつものことだ。春日井さんにとっては冗談だったかもしれない。それなのに僕は怒った。あのとき確かに本気で怒った。

本気で喜び本気で哀しみ本気で楽しむことはしてきたが本気で怒ったことのない僕が本気で怒ったのは生まれて初めてと言ってもいいかもしれない。いや、それはさすがに言い過ぎだとしてもツチノコよりも珍しいことは確かだろう。

あ、つまり今まで怒ったことはないってことか。

冗談だったならば僕は冗談で返すべきだったのかもしれない。だけど、それはできなかった。それがなぜかわからない。

その後、彼女たちの背中を見失わないように気をつけながら起こったことを及川に話した。もしかしたら及川ならその理由を知っているかもしれないからだ。

「まあ、悪いのは僕なんだろうね」

全智全能じゃないからとかそういうことじゃなく、あんな言い方をした僕が悪いのだろう。

じゃあ謝ればいいのだろうか?それも違う気がする。それじゃあ何も解決しない。謝ってうやむやにしてもこのもやもやが晴れることはないだろう。

僕の話を聞いた及川は何も言わなかった。僕のもやもやの正体に気付きながらも言わないだけかもしれないし、何もわからないだけかもしれない。こいつはこう見えて考えてることが分かりづらいやつなのだ。

僕と及川は無言のまま、別荘に向けて歩いてゆく2人の背中を追って歩いた。


別荘に戻ると、既に解散した後らしく、春日井さんと永川さんはおろか、日比野さんと志井さんの姿もなかった。しかしそれは幸いだったのかもしれない。永川さんたちには想像もつかない程責められるだろうし、春日井さんの顔をまともに見れるとは思えない。

僕はそのまま部屋に戻り、ベッドにあおむけになった。冷え切った心臓は人工の明かりに照らされても一向に温度を取り戻さず、僕は震える喉で深く息をした。動揺と期待から始まったこの旅行も今では後悔と苦悩で満たされている。身体が誰かほかの人のものになったように動かず、僕は仰向けの姿勢のまま天井を眺めていた。

僕が一体どこで間違えたかなんて今さら考えるまでもない。そのことについてはもうすでに起こってしまったことだ。覚悟していたことだ。だから永川さんのことはショックではあるがそれほど悩ましいことでもない。僕のこの悶々とした胸の内の素は春日井さんとのことだ。

ああ、もう!さっきから同じことばっかり考えてる。ちっとも前に進めていない。

へこむなー

と思った。思ったから

「へこむなー」

と口に出してみた。

もちろん解決はしない。

「なんだよ、漆根。泣いてんのか?」

及川に聞かれていた。恥かしいことこの上ない。

へこむなー。

「泣いてないよ。まだ玉ねぎのアリルプロピオンが辺りを漂ってるんだ」

僕は体を起して目元をこすった。泣いたつもりはないけれど、もしかしたら目に涙がたまっていたかもしれない。

「それに今日は溺れもしたからいい加減疲れて眠いんだ。僕のHPがどれだけ低いか知ってるだろ?」

城を出てすぐに出てくるスライムよりも低いかもしれない。ひのきの棒で叩かれたらさすがに倒れるだろう。

「そうか?俺にはお前がすぐに眠れるようには見えねえけどな」及川は見透かすようなことを言った。

「・・・・・・」

こいつはどうなんだろう?こんな風に悩んだりするのだろうか。

「そんなことはないよ。今ならこち亀の日暮さんくらい眠れる自信がある」

「起きたらもう二十歳じゃねえか」

及川は呆れたように言いながら、僕の頭をわしづかみし、立ちあがらせた。気分的にはクレーンゲームで持ち上げられるぬいぐるみだった。

「痛いわっ!なぜ手を引くとか別の立ち上がらせ方をしない!?」

他の人が見たらものすごくシュールな光景だったと思うぞ。

「腕を引っ張ったら抜けるだろうが」

「う・・・く・・・。それは確かに一理あるっ!」

否定が出来ない所が辛い。ボールを投げたら肩が外れてしまうかもしれないほど弱っちい僕だ。及川に引っ張られたら肩関節が抜けてしまうだろう。

「いや、魂が」

「魂が抜けるのっ?どんな構造っ!?」

なにその不可解さ。びっくりした。

「で、なんだよ。わざわざ立ち上がらせたんだから用があるんだろ?」

僕は首をさすりながら言った。しかし首が抜けなくて本当に良かった。

「ああ。漆根、ちょっとだけ付き合え」

そう言った及川の左手にはスーパーのビニール袋が提げられていた。



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