どんな踏まれ方が好き? 2
「踏むと言えばだけど・・・」
「ええっ!?」
なんだ!?『踏む』からどんな会話が派生するんだ?超怖いんですけど!?
「踏むと言えば金縛りにあって目を開けると幽霊が覆いかぶさってるっていう話があるじゃない?」
「・・・・・・ああ、よかった。普通の話だ」
「どんな踏まれ方が好き?」とか「今まで何回くらい踏まれたことある?」とかじゃなくて本当に良かった。
「そこで思うのだけれど幽霊に質量ってあるのかしらね?」
「・・・・・・」
どうでもいい雑談・・・なんだよね?もしかして春日井さんにもさつきさんが見えていて、かまをかけようっていうわけじゃあなさそうだ。確かに肝試しなんだし、うってつけの話ではある。
「・・・あるんじゃないかな」
本当は声を大にして肯定したいところなんだけど、さすがにそれはできない。病院はいやだ。
さつきさんにはちゃんと体重がある。教えてくれないが、体重がなければ拳骨は痛くないのだから間違いなくあるんだろう。
「じゃあその質量はどこから来るの?」
春日井さんは幽霊を信じていない。いや、信じることにしたんだったか。
・・・・・・僕をなかったことにするために。
「うーん、普通にご飯を食べるんじゃない?」
さつきさんがそうだ。基本僕の倍くらいの夕食をもりもり食べる。お菓子もパクパクしている。
「栄養を摂取しないとどうなるのかしら?」
「普通に餓死するんじゃないの?」
さつきさんと始めて話した日の夜、「エネルギーを得ずにどうやって活動するのだ?」と言っていた。
「幽霊なのに?」
「幽霊でもさ」
春日井さんの疑問はもっともだけど、僕はここを譲るわけにはいかない。この目でちゃんと見ているんだから。
「・・・重さがあって、ご飯も食べて、死ぬこともある。これじゃあ私とおんなじね。そんなのどうやっても怖がれないわ」
春日井さんはため息交じりに言い放った。肝試しなんて不毛だと言いたいのかもしれない。
「うん。僕は幽霊が怖くないしね」
怖いわけがない。ていうかいちいち怖がってたら生きていけない立場にいる。
「幽霊は漆根君を見ると気絶するんだっけ?」
「いやいやそんな事は一言も言ってないよ!?」
僕はどんだけビビられてるんだよ!
「守護霊にも告白したって言ってたじゃない?」
「・・・・・・言ったけどさ」
さつきさんは僕を見てもビビらない・・・はずだ。むしろ僕が彼女に脅かされる頻度の方が高い。ていうか僕が脅かすと怒るんだよ。
「で、改めて現状に立ち返ってみると、この企画で私たちの何が冷やされているのかしら?頭?」
「うーん、夏とはいえ夜の山だから若干手足は冷えるけど」
長袖を着てくればよかったかな。
「ろうそくを手足に垂らしてみればいいんじゃないかしら?」
「よくねえよっ!!」
僕はマゾヒストかっ!
「そういえば全身に蝋を塗りたくって火をつけたら熱いのかしらね?」
「熱いに決まってんじゃん!」
ていうかなにその超無意味かつ生産性のない行動!?
馬鹿なのか!?
「それもそうね。・・・ていうかさっきから私たちは何の話をしているのかしら。男女で肝試しといえばもっと悲鳴が飛び交う素敵なイベントのはずじゃない?」春日井さんは相変わらず無表情のまま言った。
「え、でも春日井さんって悲鳴をあげるタイプじゃないよね?文化祭のあの時を除けば」
「黙りなさい。悲鳴を上げさせるわよ」
「怖い!」
どうやら一生の不覚だと言っていたのは本当だったようだ。いや、だってマジでかわいかったんだよ、あの悲鳴。
「ふん。どうせ漆根君も私のことを陰で『絶叫マシーン』って呼んでいるんでしょう!?」春日井さんが声を荒げた。
「そんな風に呼ばれてるのっ!?」
ま、まさか。春日井さんがいじめを受けるなんて!やっぱり出る杭は打たれるっていうやつだろうか。
「漆根君のせいよ。訴えてやる!」春日井さんは恨めしい目を僕に向けた。
僕はうずくまり頭を抱えた。確かに僕のせいと言えば僕のせいなのだ。その気はなかったとはいえ僕が春日井さんを脅かしたからあの悲鳴を上げたわけだし。
「不可抗力とはいえ本当にごめん。僕のせいで春日井さんの高校生活をブチ壊しちゃって・・・」
僕は虫だ。それも害虫だ。なにもする気がなくても周囲にとって害になる。救いようがないし本当にどうしようもない。
「いえ、漆根君のような高校生活に比べれば天国に住んでいるようなものだわ」
「人が下手に出ればっ!」
「まあ、絶叫マシーンと呼ばれれば、その人を絶叫させるだけだから別にいいのだけれど」
「一体何が起こるんだ・・・・・・」
想像するだけで恐ろしい。絶叫マシーンどころかデスマシーンと呼ばれる日も遠くないのではないのだろうか。
「いじめかぁ。なんとなくニュースの向こうでしか起こらない出来事なんだと思ってたよ」
いや、多分春日井さんはいじめられてないだろうけど。ハンムラビも真っ青な復讐をするに違いない。
「え・・・そ、そう?」なぜか春日井さんは挙動不審だった。
まるでいつも身の回りでいじめが起こっていて、それどころか自分がいじめの首謀者であるという事が露見したかのような焦りぶりだ。
「ま、まあ、漆根君がそういうのならいじめはないと思うわよ」
「・・・・・・?」僕は首をかしげる。
いや、まさか春日井さんがここまで僕を信頼してくれているなんて。嬉しすぎてなんかお腹すいてきた。ずっと歩いているんだし、当然と言えば当然かもしれない。
そういえば長いな。麓から見上げる限りそれほど大きな山にも見えなかったし、及川と穎川さんが往復しても30分かからなかった。それなのに携帯で時間を見るともうすぐ30分になるのに、神社は見えない。
「漆根君。さっきから思っているのだけども、神社が山頂にあるのなら、麓から登山道が通っているものなんじゃないかしら」
月光が影になって春日井さんの表情は見えなかった。が、その発言で僕の背筋に寒気が走った。
「ええっと、僕たちって普通に麓から農道を通って来たよね・・・?」
周囲の草陰や木々の根元の虫の鳴き声が急に大きく聞こえてきた。一応足元には人が通っている形跡がある。しかし、均されてはおらず、人が2人横にギリギリあるける程度の道だ。左右に広がるのは深い林。月明かりが差し込むほどに疎らであるとはいえ薄暗い。
もちろんそれほど高い山でも深い森でもないのだから少し広い所に出れば簡単に降りることはできるだろう。ただ、今この林をまっすぐに下りていくことはできそうにない。
「これはあれかな。戻った方がいいパターンのやつかな?」
僕は春日井さんに伺い立てる。さすがにこのままだと遭難してしまうかもしれない。こんな丘のような山で遭難とか失笑すぎる。
途中で何度かわかれ道を勝手に進んできちゃったけど、まあ、下っていくことだけ考えれば何とか戻れるだろう。最悪山から下りさえすればぐるっと回って別荘まで帰ればいいんだし。下りさえすれば携帯の電波が入るだろうから及川に連絡すればいいしね。
などと、僕は田舎者特有の自然に対する安心感を取り戻しつつ、春日井さんを見た。
「はぁ・・・」
春日井さんが肺いっぱいの空気を一気に吐き出してため息をついた。
「まったく、漆根君のせいでとんだ大災害だわ。無能にもほどがあるというものよ」
「・・・・・・」
まあ、確かに僕が早めに気付けばよかったんだろうけど、足を進めたのは春日井さんだし・・・。まあ、春日井さんを止めなかった僕が悪いということになるんだろうか。
「大体漆根君はいつもそうなのよ。いいかしら、道というのは基本的に歩くものであって迷うものではないのだからそういう事は最初に言うべきでしょう?」
なんだろう。僕の心の中に何かもやもやしたものがひろがっていく。
それが何か分かる間もなく、僕は口を開いていた。
「へえ、あっそう。ああ、そうかい。春日井さんは僕が悪いっていうんだね。確かにそうだね。前もって肝試しがあることを予想してルートまで完全に把握して春日井さんを完璧にエスコートすることができなかった僕が悪いんだ。オーケーオーケー、謝るよ。全知全能じゃなくてすいませんでした」
ああ、そうか。僕はきっと怒っているんだ。
いつもなら何を言われてもこんな気持ちになることはない。その原因は僕にあるからだ。
だけど、この時この場所に限っては違う。確かに僕は何も言わなかったとはいえ、間違えたのは春日井さんだ。なのに春日井さんは僕を責めている。きっと僕はそれが我慢できないのだろう。
「じゃあ言わせてもらうけどさ、僕がそれを指摘したところで春日井さんはちゃんと聞き入れた?僕はそうは思わないな。だって春日井さんはいっつもいっつも僕の意見なんか無視するじゃないか。確かに僕が意見を言わなかったり僕の意見が拙いせいかもしれないけどね」
自分の姿を後ろから見つめているようなそんな感覚に襲われた。僕の身体を僕じゃない誰かが動かしているみたいだ。だって、僕はこんなことが言いたいわけじゃない。なのに、僕の意思に反して僕は勝手に喋っている。
月光が道を照らしていた。道だけじゃない。道の両端に茂る草も、葉をいっぱいに広げた木々も、この僕も―――。
―――そして、今にも泣きそうな顔をした春日井さんも照らしている。