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続・エキセントリック・ビューティ  作者: 炊飯器
恐怖の夏旅行編
40/58

草っ!? 2

そして10分後、どうにか2個目までみじん切りを終わらせた僕は地獄の苦しみを味わっていた。

「目が、目がぁ~~!誰か!誰かっ!僕の眼球をつぶしてくれ!春日井さん?どこにいるの?早く虫めがねで僕の眼球を焼いてくれよ!」

懇願していた。

「ごめんなさい。虫眼鏡で太陽を見ちゃいけないってさっき通りすがりの同級生に習ったから。それにもう太陽出てないし。どうしてもと言うなら明日の朝まで待ってもらっていい?」

目が開かないから定かではないが、結構遠くの方から声が聞こえた。延焼を避けたのだ。

「目薬ならあるわよ」

「貸して!ああ、でも両手がアリルプロピオンまみれだから指で目を強引に開けることができない!!」

なんてことだ!救いは目の前にあるのにその救いを手にするためには一度苦しまなければならない・・・。

「しょうがないわね。私がやってあげるわよ。ちょっと待ってて。目薬持って2階に行ってくるから」

「2階から目薬!?」

無茶だよ!息子の頭にリンゴを乗せて見事リンゴを射抜いたウィリアム・テルじゃないんだから!!

「そもそも私たち今忙しいから後にしてくれる!?」

「うそつけ!君たちはもう僕の玉ねぎみじん切りとご飯炊けるのを待ってるだけでさっきから楽しそうに談笑してるじゃないか!」

遅い僕が悪いのかもしれないけど!こうなったら奥の手、心の目だ。包丁を手に取り、左手の第一関節を包丁の腹に当てる。これで指を切る心配はない。少しだけ薄目を開ける。涙のせいで水中にいるんじゃないかと錯覚したが、とりあえず玉ねぎの位置を確認。包丁の座標を修正。あとはもう経験を信じて包丁を動かすしかない・・・!

一太刀入れるごとに身を刻むような音とともに耐えきれない痛みが鼻に突き刺さり、眼球を襲う。玉ねぎだって食べられないように最後の抵抗を謀っているのか。これが命の重みというやつだ。ならば僕は逃げるわけにはいかない。

君の痛みはわかるよ、玉ねぎ。きっと僕だってそうだ。自分がわけもわからず収穫されて調理されそうになったら絶対に抵抗する。だけど、わかってくれよ。僕には君が必要なんだよ・・・!


「・・・・・・」

数分後、僕はソファーに座り、頭からタオルをかけていた。

「燃えた。燃え尽きたよ・・・真っ白にな」

世紀の大決戦だった。きっと人々の心に深く刻まれたに違いない。

「真っ白になった割には目だけ真っ赤ね。やれやれ、大げさなんだから」

僕は立ち上がった。腕を大きく広げ、胸を張る。

「大げさなもんか!死に際のやつの『アリルビーム』を食らいながらも見事とどめを刺した僕の雄姿を見ていなかったの!?」

「あ、いえ・・・。私はこっち」

後ろの方から声が聞こえた。痛くて目が開かないんだからしょうがない。

「無駄にテンションが高いわね。玉ねぎのにおいで酔っ払っちゃったのかしら?」

「違うさ!僕は勝利の美酒に酔っているんだ!」拳を握りしめながら熱弁する。

「うざっ・・・」

うん、そう言われても仕方がない気がした。なんだかテンションが妙に高ぶっている。本当に玉ねぎのにおいに酔ってしまったのだろうか?

その玉ねぎはというとまな板の上で調理を待っている。今からだいたい20分くらいだからご飯が炊けるのと同じタイミングで炒めればいいだろう。

「しかしお腹がすいたわね」僕が今立ち上がったソファーに腰を下ろし、足を組みながら春日井さんは言う。

確かに小食な僕と言えど散歩以外の運動をしたのはとてつもなく久しぶりのことなので全身がカロリーを求めて騒いでいる状態だ。

「心配しなくても漆根君のオムライスにはちゃんとケチャップでハートを描いて上げるわよ」

「は、はあ・・・・・・」突然過ぎて生返事しかできない。

確かにオムライスと言えばケチャップで10代の心の内を投影するのが通例だけども。えっ、でもハートって・・・!

「さらに一手間加えてハートの真ん中にギザギザも描いて上げるわ」

「割れてる!そのハート割れてるよっ!!」

そんな涙が出そうなオムライスをおいしくいただけというのか。酷だ・・・。

「さて、漆根君は私のオムライスに何を描いてくれるのかしら。どうせいつもみたいにあられもない罵詈雑言をいっぱいに書き連ねるのよね」

「あられもないことを!」

「漆根君と言えば毒舌キャラだもんね。おかげで私はいつも被害者だわ」

「ちょっと待てっ!それは法廷で争うべき発言だよ!」

名誉棄損もいい所だっ!

「はぁ?名誉?漆根君にそんなものがあったとでも思っているの?」眉間にしわを寄せ、僕を睨んだ。

「なんかめちゃくちゃ怖いんですけど!」

膝がガクガクなってるんですけど・・・。

「漆根君なんて勝手に汚名挽回してればいいのよ」

「これ以上僕に挽回できる汚名があると・・・?」

まあ確かに挽回できる名誉もなければ汚名を返上できるとも思っていない。4月から4ヶ月が経った。もちろんそんなもので褪せるものではないし、きっと一生かかっても消えることはない。それが人を誰かの代替品にしようとした僕の罪なのだろう。法廷で争うことになれば無期懲役だ。

「どうしたの、漆根君?急に暗い顔をして。とりあえず座ったら?」

「あ、ああ。ありがとう」ぶんぶんと頭を振って息を吐き、ソファに座ろうと春日井さんに背を向けた。

「えっ?いやいや何をやっているの?床に、正座に、決まって、いるじゃない」

「ええっ!?」

えらく語気を強くした春日井さん。その気迫に押され、正座をしてしまう僕。冷蔵庫の中は空だったが、別荘自体をしばらく使っていないというわけでもないらしく、フローリングは埃一つないきれいなものだった。寝転がることだってできるだろう。だから正座をする分には別にいいのだが、よくないのは春日井さんにかしずいているように見えるこの位置関係だ。

「・・・いつもいつも疑問に思ってたのよ。漆根君って学校に来るじゃない?」

「う、うん。まあ・・・」

義務・・・じゃないけど今の日本じゃほとんど義務教育みたいなものだし。

「当然のごとく椅子に座るわよね?」

「座りますが」

そこに椅子があるので・・・。

「なぜ?」

「何がっ!?」

何が「なぜ?」なのっ!?

「いやいやまじめな話をしているのよ。だって・・・頭が高いじゃない?」

「おかしいおかしい!絶対その発言はおかしいよ!!」

さっきからそのままタバコでも吸いそうな悪女に見えるんですけど・・・。

「そうかしら?これが私の口癖なんだけど」

「ひどい人間だなぁ!」

時代を!生まれる時代を間違ってるよ!

「ちょっと心理テストをするわね」春日井さんは咳払いをして眼鏡を上げるしぐさをした。

今は眼鏡をかけてないけど。

心理テストがどうして出てきたか知らないけどとりあえず受けてみる。

「今まで生きてきて椅子に申し訳ないと思ったことは?」

「何その心をえぐる質問っ!?」

エグいよ、エグすぎるよ!それって「イエス」って答えたら確実に病んでる人だよ!

「もちろんノーだよ」

そもそも椅子というのは座られるために作られているのであって、椅子で戦うとか本分を逸脱した使い方をしているわけじゃないから僕に非はないはずだ。

「はっ、ひどい人間ね」

「・・・・・・」

えええええええ!!

僕の頭の中に一瞬にして浮かんだ光景をお教えしよう。

目の前にあるのは爆弾。時間はあと2分しかない。僕はその爆弾を解体していて、最後に残ったのは赤い線と青い線。解体をしなければ僕をはじめとする多くの人が死んでしまう。右手にはハサミ、そして左手には犯人の残した書置き。そこにはこう書いてあった。

『最後に残った二本の線。そのどちらを切っても爆発する。もちろん時間切れでも爆発する』

残されたのは絶望だけ。どちらを選んでも、もちろん「選ばない」という選択肢を選んでも結果は同じ。それならば選択肢がない方が些か幸せなのかもしれない。

「というわけで漆根君。今度から椅子に座るのではなく、椅子に座られなさい」

「・・・・・・」

授業中、床に座って椅子の足を持ってじっとしている僕の姿を想像してみる。果たして先生やクラスメイトはその光景を見て何を思うのだろうか。絶対にやるもんかと思う反面、ちょっと試してみたい自分がいる。

「はいお疲れ様。ちょっと糖尿の気があるから気をつけてね」

「今ので何がわかったのっ!?」

その糖尿は明らかにストレス性のものだよっ!!

ピピピピピピピピピ

炊飯器の音が鳴り響いた。いつの間にか20分が経過していたらしい。

「漆根君、立っていいわよ。ご飯にしましょう」冗談はおしまい、と言うように春日井さんは勢いよく立ち上がった。

僕としては冗談どころか本気にしてしまったのだが、とりあえずみんなと一緒に椅子に座ってご飯を食べることは許されそうな雰囲気だ。

「あっ・・・!」

立ち上がろうとして・・・・・・転んだ。

「あ、足が・・・・・・」

膝がカクカクなってるんですけど・・・。

なんとかソファに体重を預けるようにして立ち上がるが、足がしびれて上手くいかない。フローリングに正座をしていたのだから当然と言えば当然だろう。

「どうしたの?そんな生まれたてのトムソンガゼルみたいな動きをして」

「なぜそんなマニアックな・・・」

そこは小鹿でよくない?


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