ちょっと待ってて、エンコ詰めるから 5
「ハーレムエンドをやってみたい!」
「・・・・・・」
さつきさんの発言はいつも突然だ。宿題をしたいが終わったしまえば何もやることがない死体となってしまうのでするわけにもいかず、勉強机に座って夏真っ盛りなのにもかかわらず温かい緑茶をすすっていた夕暮れのことだった。その日の昼に一緒に散歩に行ったとき(僕は行きたくなかったのだが、さつきさんが「カビが生えるぞっ!」と強引に僕を引っ張り出したのだった)、個人経営の小さな本屋の店頭に並んでいた漫画雑誌(僕に買わせた)をベッドで横になりながら読んでいたさつきさんが突然体を起こし、大きな声で言い放った。
「いいな、ハーレムエンド!」
僕にはよくわからないが、とにかくさつきさんはハーレムエンドの何かが気に入ったらしい。
「えーっと、やってみたいというのは一体どういう・・・」
逆ハーレムというやつだろうか。確かにさつきさんには僕と旦那さんという2人の間を行き来し、さながら悪女のような生活を送っているが、しかし二人ではまだハーレムというには程遠いだろう。むしろこう言うのは三角関係というべきだ。
「うむ、具体的には私が男になってだな」さつきさんは人差し指を立てて語りだした。
僕は男になったさつきさんを想像してみる。長身で、切れ長の目、口調は多分一人称以外変わらないだろう。
うわっ、やばい。惚れそう・・・!
新たな世界の門を開きそうだったので、慌てて思考に蓋を閉じた。ふう、危ない危ない。誤って男に告白するところだった。僕はあくまでもノーマルだ。ノーマルであることは今までの人生ですでに証明済みのはずだ。
「巧みな話術と甘いマスクで次々に告白していくんだ」まじめに語るさつきさん。
ふむふむ、男で、次々に告白、と。話術と甘いマスク(表現が古いなぁ)を除けば軽いデジャヴに襲われたけど・・・あはは、気のせい気のせい。
「これが面白いように成功するんだ」嬉しそうに語るさつきさん。まるで自分のことのようだ。
うん、もうデジャヴは感じない。やっぱりさっきのは気のせいだったのだろう。
「そして耕太に見せつける」
「投身ものだっ!!」僕は椅子から思い切り立ち上がった。
「おや?君には彼女がいないのかい?そうだな、僕の彼女のうち、一握りを貸してあげようか?」
「世界中の男子諸君から恨みを買い、この国から居場所がなくなってしまえ!」
「ひどいことを言うな・・・。今ならゲーム機本体とセットで1000円で貸してやろうというのに」
「ゲームの話だったのっ!?」
とんだ肩透かしだ!確かに現実にそんな男がいたら刺される。間違いなく。いや、痴話げんかで刺されるとかそれこそ小説やドラマの中でしか知らないけども。
「何を言っている。ハーレム『エンド』と言ったではないか。エンドがあるなら間違いなくストーリーがなければならない。そうだろう?」
「何を当然まじめに・・・・・・?」
これってバカ話じゃなかったのか?
「そう。現実にストーリーなどない。だからハーレムエンドが幸せな結果になるとは思えないな。ゲームでは結ばれて終わってしまうが現実にはまだ先がある。ゲームの中の彼らは90歳になっても同棲し続けるのだろうか?」
どうだろう。そこまで考えるのは野暮だと思うけど、確かにそうだ。現実にはこうすればゴール、なんて言う指標はない。
いや、ゲームとか以前に恋についてすら全然わからないんだけどね!
「だからハーレムエンドをやってみたい」
「ええ~~~」
チャレンジャーだなあ。
「うむ、上手く耕太を誘導してハーレムエンドにしてその後の経過を逐一観察したい」
「ひどいよっ!」
こ、この人、僕を生け贄にささげるつもりだよ。そこから何が召喚されるんだよ。何も出ないよ!神様だって僕なんか捧げられても一瞬にして受け取り拒否するよ。
「よもや神にまでフラれるとは、一周して逆にかっこいいな、耕太」
「告白してもいないのにっ!?」
その笑みと親指を立てるのをやめろっ!
ひどい、ひどすぎるよ。受け取り拒否にもほどがあるよ。買ったけど思いの外つまらなくてすぐ古本屋に売られたけど買い手もつかないから本棚に並べてもらうことすらできない絶版図書の気分だよ!
「いやいや、しかしあながちハーレムもない話ではなかっただろう。もし君が顔がよければ、そしてトークが立てば、そして性格がよければな」
「なぜ今僕の欠点を羅列したっ!?」
そこまで改変すればそれはもはや僕じゃないよ!知らない人だよっ!
そこまで否定することはないじゃないか。今まで楽しく会話していた相手に「くしゃみが変でいらついたから」とかそんな適当な理由でフライングニードロップを食らわされた暗黒街の住人の気分だ・・・。
「大体彼女が出来ていればその次の告白なんてしませんでしたよ!」
僕がそんな男に見えますか?
自信たっぷりにそう続けようとしたが、さつきさんが呆けた顔で僕を見ていたので口を閉ざさざるを得なかった。
「いや、君に彼女はできないだろう・・・・・・」
「ストレートに言われたっ!」
何その表情!?なんで恐怖の大魔王現る。しかし人類滅亡の方法は上履きを隠すことによって人々の猜疑心を募らせ、たがいに争わせることだったのだ、みたいな残念そうな顔をしているのっ!?
「まあ、君にできるのはせいぜいノンレムエンドくらいかな」
「ノンレム!?僕はノンレム睡眠を続けるエンドを迎えるの!?」
それってむしろ永眠じゃ・・・。
死ねと?僕に死ねと!?
「そもそも僕はハーレムなんて嫌ですよ。むしろ1人の女性を愛していく感じです」
「耕兄・・・・・・。突然何言ってんの?病院・・・いこっか?」
笑顔だった。僕の妹が笑顔で僕の背後に立ち、優しい声とともに笑顔を僕に向けていた。だが、目だけは笑っていない。その目は確かに死んでいた。いや、死んだものを見る目だった。
「いや、ちょっと待ってくれつむぎ。状況を整理させてくれ」
何らかの理由(夕飯の食材を買ってこい的な)で僕の部屋をノックもなく開けたつむぎ。するとそこには誰もいないベッド(つむぎ視点)に向かって「僕はハーレムじゃなく1人の女性を愛していく」と宣言している兄がいた・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
うわー!弁解の余地ねーー!!
回避の可能性を探ってみる。
①開き直る
「ん?いやいや。こんなの別に普通だろ?昨日見た映画で主人公がかっこよくそう宣言してたから僕もちょっと真似してみた時に間が悪くお前が入ってきちゃっただけだよ。お前もあるだろ?たまにドラマのセリフを言ってみたくなるときくらい」
②逆切れする
「は?何?なんか文句あるの?別に僕が何してようがお前には関係ないじゃん。なんなの?お前は僕の親なの?」
③我を忘れていたふりをする
「ここは・・・・・?あれ?僕の部屋・・・?えっ、うそだ。さっきまで7時だったじゃないか。最近疲れてたから眠ってたのかな?なあ、つむぎ、知らないか?もしかしたら僕は寝ぼけて何かをしていたのかもしれないんだけど」
④他人のふりをする
「君は・・・・・・誰だ・・・・・・?」
⑤懇願する
「頼む!一生のお願いだから母さんたちには黙っててくれ!!」
そして僕の答えは⑤だった。土下座した。
いや、ほかにも事を丸く収める言い方法はあるはずなんだよ。だけどしょうがないじゃないか、条件反射的に土下座しちゃったんだ!日ごろの行いってこういう所で出るんだなあ。
そしてつむぎの反応はというと、
「・・・・・・」
パタン
――――――――――――だった。