ちょっと待ってて、エンコ詰めるから 4
などと、よしなしごとを考えているうちに及川たちが帰って来た。一人前ずつパックされた焼きそばで、割りばしとともに輪ゴムで留められていた。
「漆根君は麺類恐怖症だったわね。じゃあ麺だけみんなで食べてあげるわ」
「それじゃあただの味濃い目の野菜炒めだよっ!」
確かに野菜炒めは好きだけども。
「へえ、野菜炒めが好きなんだ。まあ、野菜炒めは漆根君のこと嫌いだけどね」
「うっさい」
この人ほんとすごい。僕が何を言っても僕を傷つけることができるのか・・・。
「そういえば苦手な食べ物を克服するにはそれを好きなものだと考えながら食べるのがいいらしいわ」
「まあ、そうだね」
「同じように海を野菜炒めだと思いなさい。漆根君は海ではなく野菜炒めの中を泳ぐのよ、幸せじゃない」
「体中ギトギトになるよっ!?」
溺れること間違いなしだ。むしろそんな中を泳ごうと思う人間がいるのだろうか。
「そう言えば漆根。むこうで浮き輪のレンタルやってたぞ。対象年齢10歳以下だったがお前なら精神的にちょうどいいだろ」及川が2パック目の焼きそばを頬張りながら言った。
「ええっ、そんな子供っぽいこといまさらできないよ」
ほら、僕ってもう高校生じゃん?浮き輪なんて・・・・・・失笑。
「砂のトンネル作ってるやつが何言ってんだ」
「そうね、漆根君にはお似合いだわ」春日井さんが追い打ちをする。
「ちょっとそれどういう意味っ!?」
「漆根君なら浮き輪だってファッションとして着こなせるっていう意味よ」
「どんなファッションだ!!」
「今度浮き輪を装着したまま街まで出かけることをお勧めするわ」
「奇異の目が僕を取り囲むよ!?」
半袖半ズボンに麦わら帽子をかぶり、ポケ○ンの柄の浮き輪を腰に巻いている僕を想像してみる。寒気がした。
「ええ、楽しみにしてるわ」
「やらないやらないやらないやらない」
春日井さんと話しているといつか実行に移すように誘導されそうだから怖い。
そして30分後、僕はボディーボードをレンタルしていた。これなら子供っぽく見られないからという僕の中でも妥協案だった。といっても別に波に乗るわけではない。しがみついたまま波打ち際でバタ足を繰り返すだけだ。
「あら?バタ足はできるのね。なのにどうして溺れたの?」しっかりと足をつけたままの春日井さんが尋ねる。
実はここはまだ浅い。チキンな僕は足がつくところで練習中というわけだ。
「浮けないんだよ、僕は」
小中学生の時、泳げない連中は壁やビート板につかまってひたすらバタ足をやらされる。おかげでバタ足はできるけど肝心の浮くことができないので溺れてしまう、というわけだ。
「あはは、傑作だわ。まさか漆根君から「浮けない」なんて言葉が出るなんてね」
「どういう意味?」ボディボードにしがみついたまま僕は尋ねた。
「常に浮いてるのに」
「僕は好きで浮いてないっ!!」
でも確かにこういうときだけ浮かせてくれないなんて、不平等だよね。
「やれやれ、浮き輪だったら空気を抜いて漆根君を鎮めるというとっておきの秘義が出来たのに」
「・・・・・・っ!!」
想像するだけで全身に寒気が走った。春日井さんならやりかねない所が何ともリアルだ。
「大丈夫よ。人間には火事場の馬鹿力ってやつがあるんだから案外泳げるようになるんじゃないかしら」
「なぜ僕はそんな幸運を期待してばくちを打たなければならない!」
そこまでして泳げるようにはなりたくない!
確かにそういうショック療法が功を奏して泳げるようになる人も多いらしいけど。食わず嫌いの子供を騙してニンジンを食べさせるようなものだ。
「だからそのボディボードは私にちょうだい」
「やだよ」
「そして漆根君は・・・・・・」春日井さんは言葉を切り、口元を吊り上げた。
「今ニタァって笑った!怖っ!!」
「人の笑顔が怖いですって?死になさい、この星と共に」
「どこの星からの侵略者っ!?」
あなたはジオン軍か何かですか。
「漆根君なんて全身クラゲに刺されてちょっとかっこいい刺青みたいになればいいんだわ」
「死ぬ!それはさすがに死ねる!」
クラゲに刺されると本当に痛い。いや、痛いらしい。刺されたことないからわからない。
春日井さんは僕に見せつけるようなきれいなクロールで行ってしまった。残された僕は夕方になって帰りの号令がかかるまでひたすらバタ足をし続けた。
及川は親父さんと一緒に車で買い出しに行ってしまった。部屋に1人残された僕は泳ぎ疲れた(実際にはバタ足しかしてなかったけど)のも相まって、荷物の中に何が入っているのかびっくり箱でも開けるような気分で確認した後、ベッドに横になった。かすかに洗剤のにおいがする。親父さんの友人と共同で建てたという話だから少し前まで誰かが使っていて、帰る前に洗濯したのかもしれない。
本当に疲れたのでこのまま眠ってしまおうかとも思ったが、女性4人と僕1人しかいない以上、この家に暴漢が這入ったとき、撃退するのはこの僕なわけなのだから寝るわけにはいかないなあ、でも僕よりも絶対春日井さんたちの方が強いでしょ、いやいや!もしかしたらピンチの際に僕に秘められていた竜の民の力が発動するかもしれないじゃないか、あ!でもそれならむしろ春日井さんが目覚めそうだなぁ、その時僕は何をすればいいんだろう、よし!交番まで走って警察を呼んでおくんだ、あれ?でも春日井さんや永川さんの方が僕よりも足が早い気がするなぁ―――などと、授業中の暇な小学生の思考と現実をちゃんと見ようとする高校生の僕の心が戦っていて、眠ることはできなかった。
「・・・・・・」
なぜ僕は想像の上でなお暴漢ではなく自分自身と戦ってんだよ・・・。
しかしそうなのだ。今ここには女性4人と僕一人しかおらず、しかも彼女らは体についた塩水を落とすために順番にシャワーを浴びているというラブコメだったら確実にひと騒動ありそうな展開なのだ。
「・・・・・・」
まあ、無理だ。なんてったって僕だもの。のぞきとかしたら・・・ハハハ。
ラブコメといえばこの前さつきさんが何故か熱く語ってたなぁ。今日一日春日井さんにいじられ過ぎて安らぎを求めていた僕は訥々とその時のことを思い出した。