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続・エキセントリック・ビューティ  作者: 炊飯器
恐怖の夏旅行編
35/58

ちょっと待ってて、エンコ詰めるから 2

―――気付いたら及川に抱えあげられていた。

「がふっ、げふぅ・・・」

きめ細かな砂浜に伏してできるだけ海水を吐きだした。それでも喉と胃に絡みついた痛みと不快感は少しも消えない。

「はっ、はっ、はっ――――――」

今さらながら息を吸う。だんだん息が整ってきて自分が生きていることを実感した。

「お前、テンパり過ぎだろ・・・」

どうやら僕がおぼれたのはほんの5歩ほど海に入った所らしい。確かに僕の身長では足は付かないが、少しでも戻ればどうにかなるレベルだった。

「及川ぁ。怖かったよぉ」

死への恐怖のあまり女性陣がいることも忘れ、情けない声が出る。でも仕方ない。本気で死ぬかと思ったんだ。

「あれ?春日井さんは?」

前科一犯がつくかつかないかが僕の生死と供に左右されていた彼女は一体どこに行ったのだろう?さすがの僕でも一つ文句を言ってやらないと。

「漆根君・・・・・・」

背後で声がした。振り返る間もなく、頬に何か冷たいものが当たる。

「どうぞ。これで口をゆすいで」

そこはかとなく謙虚な声と共に差し出されたのはミネラルウォーターだった。僕はお礼を言って受け取り、口の中をゆすぐ。塩分濃度が高いとはいえ胃の中は水だらけなので少ししか飲めなかった。

ふいに春日井さんが僕の横にしゃがみこむ。えらく神妙な、暗い顔をして、上目づかいに僕を見た。その目を見るとなぜが心臓に締め付けられるような痛みが走った。なんだか僕の方が悪いことをした気分だ。

「えっと・・・・・・漆根君」上目遣いのまま春日井さんは口を開いた。

「悪ふざけとかして、ごめんなさい」

「悪ふざけだったのっ!?・・・ごほっ、ごほっ」声を張りあがえるとともに咳が出た。

ちょっと待ってよ!僕は悪ふざけで死ぬところだったの!?

「だって、本当に泳げないとは思わなかったもの」

「言ったよ!僕何度も言ったよ!!」

聞こう!人の話はちゃんと聞こう!

「いえ、聞いてはいたのだけど、てっきりそう言うフリかと思って・・・」

「そう来たか!」

押すなよ押すなよ―――みたいな感じに取られてたわけだ。

「まさか逆に泳げないなんて・・・」

「逆じゃないよ、正当だよ!!」

完全無欠発言通りの結果になったよ!

「もういいよ。こうして無事・・・じゃないけど」僕は大きく咳こむ。喉が痛い。胃が重い。

あぁ、しばらく海に入れそうもない。残念だ。

「いいえ。それじゃあ私の気が済まないわ。ちょっと待ってて、エンコ詰めるから」

「エンコっ!?」

ダメ、ダメだって!

僕のためにそんなきれいな指を・・・!

「じゃあそうね。・・・私が漆根君に泳ぎを教えてあげるわ」春日井さんはようやく顔を上げて言った。

「ああ、それはすごく助かるよ」

僕だっていつまでも泳げないのは嫌だ。

「ふふ。任せて」そう言って春日井さんは少しだけ笑った。

「この夏は毎日海に集合ね」

「毎日っ!?」

今の話じゃないの?

「あっ、でも毎日顔を合わせると漆根君の突っ込みに飽きるから週1で」

「竜頭蛇尾にもほどがある!!」

一瞬で練習時間が短縮されたんですけど。いや、僕に文句を言う資格なんてないんだけど。

「でも僕の突っ込みに飽きるとか言うなっ!」

そこだけは、断じて譲れない。

「漆根君にはぜひとも巻き足をマスターしてもらわうわ」

「巻き足?」

「ええ。水球やシンクロの時に使う立ち泳ぎよ」

「ドマイナーすぎる!」

ていうかなんで春日井さんはそれを知ってるの?

「平泳ぎとかでいいよ」

「カエル泳ぎね。漆根君は属性がつぶれたカエルだからちょうどいいわ」

「ひどいもの言いだ!」

カエルって・・・。しかもつぶれてるって・・・。ここ数分春日井さんの毒舌が薄かったからすごく話しやすかったのに一気に来た。

「・・・・・・とにかく僕は少し休むよ。みんなで楽しんでて」水を口に含みながらそう言った。

まあ、少しどころかずっと休むつもりですが。さっきの死の恐怖はしっかりと焼き付いている。命の恩人である海が僕の命を奪う。これは等価交換か?

「ええ、そのつもりよ」春日井さんは立ち上がり、そっけなくそう言うと、みんなの方へ行ってしまった。

あっさりしてるなあ。さっきまでエンコ詰めるとか言っていた人と同一人物とは思えない。

水打ち際ではいつのまにか及川が持ってきていたビーチボールできゃっきゃと遊んでいる若者たちがいて、春日井さんもそこへ混ざった。

及川はというととりあえずテトラポッドまで向かって泳いでいる。あんな体で沈まないのだろうか?ていうかむしろなぜ人間が泳ぐことができるのだろうか?いやむしろなぜ人間が泳ごうなどと思うのだろうか?だってわざわざ進化の過程でえらを肺に変えてまで陸上での生活を選んだはずだ。退化願望だろうか?

「だとしたら僕には無縁だよね・・・」

僕は未来だけ見て生きていくんだ。後ろを振り返ってる暇なんてないんだもんね。

「・・・・・・」

でも暇だ。砂の城でもつくろうかな。



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