ちょっと待ってて、エンコ詰めるから 1
数分後、僕と及川は海水浴場にいた。田舎も田舎なので、それほど人が多いわけではない。ちなみに別荘から道路を挟んで徒歩一分。車通りも少ないし、都会の喧騒を忘れて過ごすにはうってつけの場所なのかもしれなかった。
「僕は絶対に泳がないからな。子供連れのお父さんみたいに遠くから見守ってやる」
見た目中年な同い年に見た目中学生な僕が言う。女性の着替えには時間が掛かるものなので、僕ら2人は先に出てきたわけだ。ちなみに及川の親父さんは別荘に来ているからと言って休みというわけではないらしく、書斎にこもっている。
「なあ、及川、ちょっとおかしくないか?」
「ああ、知ってる。だがちょっとじゃねえな。お前は世界一おかしいだろ」
「世界一っ!?」
ギネス公認!?
「なんでお前がわざわざクラスメイトを誘って親父さんを動員してまで旅行の企画なんかをしたんだよ?」
本当にこいつ及川か?ギ○ュー隊長と入れ替わってるんじゃないだろうか。いやギニュ○隊長が僕らを海につれてってくれるとも思えないけど・・・。
「しかたねえだろ、約束しちまったんだから」
「約束?」
「ああ。春日井に言われたんだ。『教室で暴力沙汰起こしたことをばらされたくなければ私たちを海に連れていきなさい』ってな」
「脅迫じゃんっ!!」
すげえ、すげえよ春日井さん。なにがすごいって及川相手にそんな事言ってのける強靭な心臓がすごいよ!だって及川だよ?マト○ックスのモーフィ○スに「お手」って言うようなものだよ!
「そうだ。だから俺は極力春日井の相手は控える。後は、任せたぞ」
「まじか」
及川の弱点がまた一つ増えたわけだ。まあ及川って絵美ちゃんといい一本ネジのぶっ飛んだ女性が苦手だからな。まあ絵美ちゃんのせいで苦手意識を持っているとみて間違いない。
「お待たせしちゃったかしら」
背後でそんな声がした。振り返るとそこには・・・
「じいさん、このあたりで釣りはできませんよ」
「わかっとるわ、ばあさん!わしはなうなれでぃをげっちゅしにきたんじゃ!」
老夫婦がいた。
「・・・・・・」
振り返り過ぎた。
―――そこにはちゃんと4人のクラスメイトがいた。
う~ん、何と言えばいいのかなあ。僕のような女性と会話したこともないシャイボーイには女性の水着を描写するのに一抹の恥ずかしさを覚えるというか・・・。ていうか春日井さんめちゃくちゃスタイルいいなぁ。足なんて僕と比べるべくもない。
それにしても目のやり場に困る。でも相手を見ないで話をするというのは失礼にあたるわけだし、どうなんだろう。水着の評価を言うべきなのだろか。なんか小説やドラマでは必ずそういうシーンがあるよね。いや、だけど僕なんかが評価を下すのはおこがましすぎないか。仮に僕がここで「いや、もう少し色合いにグリーンを加えた方がいいなぁ」とか口走ろうものなら設計者、製造者ならびに染料の開発者、繊維の開発者、更には販売元への卸売業者、販売スタッフの皆さまに謝罪しなければならないんじゃないだろうか。でも逆に僕が「すごくいいよ」なんて言ったらいやいやお前に何がわかるんだよって感じになって設計者、製造者ならびに・・・
「何を見ているの、漆根君の眼球の分際で」
「ぼくの眼球だけをピンポイントにいじめないで!」
「どうせ漆根君のことだからポロリとか期待してるんでしょう?死ねばいいのに」
「勝手な思い込みで勝手に罵倒された!!」
こんなのって・・・ないよ。
そう言う春日井さんはビキニだ。漫画やアニメだとポロリもあってしまうわけだが現実にはない。そんなもの頻繁にあったらそもそもビキニなんて売りに出されないだろうから。夢を見てはいけない。現実を見るんだ。
「誰か虫めがねを持ってない?今のうちに漆根君の眼球を焼いておくわ」
「怖いわっ!」
虫めがねで太陽を見ちゃいけないって小学生のころに先生に散々言われたじゃないか!
「え?あれって先生と芸風が被るからダメっていう理由じゃなかったの?」
「どんな先生だよ!ていうか春日井さん虫めがねで太陽を見たらどうなると思ってたの!?」
「ええ、もちろん目からビームが・・・」
「逆だよ!目にビームが当たるんだよ!!」セリフを遮ってでも叫ばざるを得なかった。
良い子のみんな、虫めがねで太陽を見ちゃだめだぞ。お兄さんとの約束だ!
「へい、そこのらぶりーがーる。わしとびーちでまいむまいむを踊らんか?」
おじいさんだった。さっきのおじいさんが志井さんを口説いていた。
「えっと、あの・・・・・・」
志井さんはおびえている。基本僕に対してはあの表情なので僕は見慣れたものだが、なるほど、確かにかわいそうだ。僕はいつもあんなひどいことしてたんだなぁ。
「行くわよ、莉子」
永川さんがおじいさんを遮って志井さんの手首を掴み、一気に海まで突進した。砂浜は世界中から集められた流木等々が散乱しているのでいくらサンダルを履いてるとは言え結構危ないと思う。思っていたら志井さんは突然のことだったのも相まって足がもつれ、結局二人とも砂浜にダイブすることになった。
「もう、何やってるんだか。私たちも行くわよ、漆根君」
「いや、僕は行かない・・・」
と、悪と戦っていたはずが相手方にも守るべきものがあることを知り、どちらが正しいのかわからなくなってしまった。そんな葛藤をしているときに事件が起こって仲間が出動するにもかかわらず躊躇したヒーローの1人のように僕は言った。
「一体どうしたのよ、漆根君」春日井さんは僕の方を向き、右手を腰に当て、ため息をついた。
「海に来て泳がないなんて焼肉屋に来たのにキムチだけ食べて帰るようなものじゃない」
「いや、僕は泳げないんだよ。言ってなかったっけ?」
何度か言った気がするんだけどな。一回か二回か、三回か四回か五回くらい。
「さあ。私って漆根君の言ったことを基本聞いてないじゃない?」
「いや、そんなこと再確認されても・・・」
なんだよ、「じゃない?」って!ひどいよ!今まで突っ込み損じゃん!!
「泳げないの。そう・・・。だからさっきから水着を食い入るように見つめているのね」
「ぼくは変態かっ!!」
「いえ、女性の水着じゃなくて男性の水着の事を言ったのよ」
「いや、そっちの方が変態じゃん!なんで僕は男の水着姿を目で追ってるんだよ!」
とりあえず僕にいろいろなキャラをつけようとするのを、やめろっ!
「いいじゃない、泳げば。どうせ漆根君のことだから泳げないって言っても北島康介と比べた話をしているんでしょう?」
「ぼくってそんな高評価だっけ!?」
北島康介って・・・。世界一じゃん!僕の世界一なんておかしいことくらいだよ!!
「ほら、いくわよ」
春日井さんが僕の手首を掴んだ。その瞬間、ドキッとしてしまう自分に気づく。なんせ僕は高校生になるまでの2年間、家族以外の女性に触れたことなんて皆無だったからな。今でも全然慣れない。さつきさんの拳には慣れてきたんだけど。
・・・ってやばい!慣れちゃだめだ慣れちゃだめだ慣れちゃだめだ・・・・・・。
ああっ、そんな事よりも海が近づいてくる。せめて足がつくくらいなら。それか浮き輪があれば!浮き輪じゃなくてもいいんだ、服を何枚か来ていればなんとか浮くことができるから。さつきさんと出会ったばかりの時はそれで乗り切ったんだ。いや、あの時もあの時で死ぬかと思ったんだけど。
パシャっと足元で水がはねた。連日の猛暑で水は温かい。水死体が腐るのも早いだろう。
足元が急におぼつかなくなった。僕らの町近辺の海とは違って結構すぐに深くなっているらしい。春日井さんの手が離れ、急に視界が真っ白になった。それが水面近くの白波の色であることに気付いた時には既に味蕾の塩辛いという感覚がマヒし始めていた。
「ごぼがっ!」
聞いたこともないような声が出た。いや、声を出しているかどうかもわからない。苦しい。痛い。ここはどこだ?今僕はどこにいる・・・・・・?
「――――――」