空中ブランコで2人とも飛んでしまうかのごとき暴挙だよ!! 3
いつのまにか高速道路を抜けていた。流行りのETCを使い、料金所をスマートに抜けていく。窓の外を見るとやはりどこか知らない所だった。
「まあ、日本語が通じれば何とかなるかな」
独り言は自然に出てしまう。これはもうしょうがない。
「大丈夫よ、漆根君だったらたとえそこがアメリカでもワンワードで切り抜けられるわ」
「そんな魔法の言葉があるの?」
ぜひとも知っておきたい。将来アメリカに行く予定は皆無だけども。
「ええ。会う人すべてにこういうのよ“ファック・ユー”」
「どんだけ僕は敵つくるんだ!」
それ一番の禁句じゃん!問答無用で掴みかかってくるよ!
「それでも許してくれる人。それが親切な人だからその人を頼りなさい」
「その人に会う前に死んじゃうよ・・・」
僕なんか袋だよ。
「やれやれ、人間不信もここに極まれりね。友達として悲しいわ。そんなことはやってから言えることでしょうに」
「いいセリフを言って僕をそそのかす魂胆とみた!」
「やらなきゃ絶交よ」
「うそだああ!」
選択肢ゼロじゃん!やるっきゃないじゃん。
「ようし、とりあえず及川」
「あん?」
ずっと携帯をカチカチやっていた及川が久しぶりに喋った。
「ファック・ユー!」
言ってみる。ここからの第一歩だ。
「・・・漆根ぇ。あとで水に浮ける身体にしてやるよ」
「ごめんなさいぃ!」
水に浮ける身体って・・・。溺死体以外に思いつかない!
「冗談だって。・・・漆根、今までありがとな」
「やめろ!それは僕かお前のどちらかが死ぬパターンのセリフだ!」
日常生活に死亡フラグを織り交ぜるな!
「まあ、死ぬのはお前だけどな」
「やっぱり!」
泳ぐのかぁ。泳がざるを得ないのかぁ。海自体は好きなんだけどな。落ち込んだ時とかよく行ってたし、僕の命の恩人と言っても過言ではない。
そういえばその恩人に最近は会いに行ってないな。まあ、落ち込むことが少なくなったという事なのだろうか。
顔をあげて外を見ると白い砂浜が続いていた。人はいない。テトラポッドが近いので、ここは海水浴場ではないのだろう。ここはあれだ、恋人が夕方にロマンティックに歩くための場所だ。
車内に目を戻してみるが、誰ひとり海の方を見ていなかった。まあ、当然ともいえる。
「漫画によく『海だー』ってあるじゃない?」
春日井さんは海ではなく山の方を見ながら言った。
「あるね」
「でも私たちの場合家が海沿いにあるわけだから、『海だー』って言われても・・・ねえ?」
「確かに・・・。同時に山も近くにあるわけだからそっちでも盛り上がれないよね。さすがに巨大なトンボとかが出るほどではないにせよ」
おじいちゃんの家がそんな感じだ。だけど僕はそれでもテンションが上がらない。蚊がうるさいからな!
「足りない自然成分と言えばあと何があるかしら?」
「う~ん、川はあるし・・・温泉とか?」
「漆根君の家の庭を掘ったら湧いてこないかしら?」
「割と無茶な挑戦だよ!」
「今度やっといてね」
「ぼくは糸井さんじゃないんだよ・・・?」
「いいのよ、意味なんかなくても。頑張ることに意義があるのよ」
「なんかすごいいいセリフっぽい!」
さっきから春日井さんが悟りを開いてる!
・・・表面上だけ。
「大体漆根君はどこに行くかなんて気にする必要ないでしょう。もうすでに決まっているでしょ」
「まあそりゃあ場所は決まってるだろうけどさ・・・」
じゃなきゃこの車は今どこに向かっているんだって言う話になる。
「そう、地獄よ」
「地獄っ!?」
「この前地獄から「漆根耕太がまだ来ないんですけど」って問い合わせがフリーダイアルで来たんだけどまだ堕ちないの?」
「堕ちねえよ!?」
ていうかなんで春日井さんはあの世とこの世のチューターみたいな事やってんの?何者?
「でも仕方ないでしょ。及川君の別荘を動かすよりは漆根君が苦しんだ方が早いじゃない」
「そりゃあ早いよ!」
最速だよ!30秒もあれば事足りるよ!
左手には海、右手には山。テトラポッド地帯を抜け、砂浜は広がっているが人の姿はサーファーが少しだけ。多分この辺は波が強くて泳げないのだろう。
「海水浴場って明らかに海水を浴びる所じゃないよね?」
「そうね、そんなの海水を採ってきて家のバスタブでやればいいものね。漆根君がいつもやってるみたいに」
「僕はよくわからない男だね・・・」
何してんだよ、その僕!実はその水かなり汚いからな!お風呂が汚れてつむぎに殺されるぞ!
「ってやってないよっ!」
少しテンションの低いノリ突っ込み。いや、本当にそろそろ疲れてきた。みんな誤解しているかもしれないけど突っ込みというのは意外と神経と体力を消耗する。さらにこれから海に向かうかと思うとテンションも上がらない。目の前にいる3人の女性が実にうらやましい。だってきゃぴきゃぴしてるもの。僕とは違って若いもの!瑞々しいもの!
少しだけ山を登り、海に向けて建っている家に駐車。
「すげーー!」
車を降りた永川さんの第一声。実際すごい。全体的に白を基調とした及川家とは違って周囲の木々に溶け込むような自然色で統一された色合いは周囲との不調和を感じさせない。こんな田舎には不釣り合いなくらい大きな家のはずなのに、むしろこの家の周りに木が生えたと言ってもいいくらいだ。
「いや、それは言い過ぎか」
盛りました。
「及川・・・。これ何部屋あるんだ?」
「個室だけなら5つかな。実は会社の友人たちと共同で建てたものなんだよ」
答えたのは及川の親父さんだった。改めて及川家ってブルジョワだなあと思わせる。
「大きいわね。でも私にもできるわよ」
春日井さんがよくわからないことを言って意味不明に張り合っていた。じゃあどうぞお好きにやって下さいと言いたいところだが、僕を地球へと引き寄せる2人分の荷物がそれをさせない。1つは僕の。もう1つは言うまでもなく春日井さんのものだ。これが噂の男尊女卑か・・・。
「あら、重そうね、漆根君。手伝ってあげる」春日井さんはそう言いながら2つのボストンバッグを肩から提げている僕の方へと歩みよって来た。
ていうか重いのは確実に春日井さんのせいだし、手伝うも何も元々春日井さんのものだし。どうして及川は何も言わずにほか3人の荷物を持っているんだ?筋トレ中か?
「はい」と言いつつ、春日井さんは自分のバッグの紐に小指をかけ、若干上に持ち上げた。
「・・・・・・」
これは突っ込む所なのか?それともお礼を言う所なのか?でも僕の疲労度が倍増したのはなぜだろう。
「いいよ、わかった。僕が中まで持ってくよ」
「当然じゃない。いつも漆根君が言っているでしょ。漆根君のものは漆根君のもの。そして私のものも漆根君のもの、よ」
「ジャ○アン!?僕はジャイ○ンなのか!?」
漆根・剛田武・耕太。
懐かしい!
・・・ていうかなんでそんなおいしくない所だけ僕のものになっちゃうのさ。
「当然じゃない。人一人が生きていくのってそんなに簡単じゃないのよ。漆根君には私の老後まで保証してくれないと困るわ」
「困るのは僕だよ!」
ジャ○アン・・・・・・頑張れ!の○太を支えてやれるのはお前しかいない!