空中ブランコで2人とも飛んでしまうかのごとき暴挙だよ!! 1
とりあえず今どこを走ってるのか、僕に知るすべはないらしい。まあ、さすがに及川の親父さんが運転しているのだから間違ってアメリカに着いちゃった~~とかはないはずだ。
というわけでぼーっと車内を見まわしてみる。運転席と助手席の2人は喋らない。別に仲が悪いわけではない。ただ単に気まずいだけだと思う。あの2人は基本的に絵美ちゃんか及川のお母さんがいないと事務的な会話しかしない。もし話しかけるとするならば「どうだ・・・最近学校は・・・・・・?」とかいう休日の父親っぽい手探り会話になってしまうだろう。そして及川は「サボってる」と言わなければならない。
僕の前に座っている3人は女子高生らしくきゃぴきゃぴと会話している。春日井さんも今はその会話に参加していた。ただ気になるのは僕の前に座っている志井さんが決して背もたれに寄りかからないことだ。なんでだろう?背筋でも鍛えているのだろうか?
そして一番後ろの座席。今は春日井さんが前の3人と話しているので僕は黙りこんでいるしかない。
「・・・・・・宿題持ってくればよかったなあ。あとちょっとで終わるのに・・・」
そんな風に、ついに僕の生活の一部になってしまった独り言をつぶやいてしまった。その時、4人の会話がピタリとやんだ。春日井さんの首がぎちぎちと音を立てるようにゆっくりと僕を見た。壊れたからくり人形のようなその動きはなかなか怖い。
「ちょっと待って、漆根君。冗談よね?今冗談を言ったのよね?あはは、愉快だわ」春日井さんはアメリカ人のような激しいジェスチャーとともに笑った。
ならばその笑い声は「あはは」ではなく、「AHAHA」だったのかもしれない。
「ああ、ごめん。旅行に宿題持ってくるとかないよね」
反省。僕視点では突然巻き込まれたこの災害も彼女らにしてみれば楽しみだったイベントなのかもしれないのだ。
「いえ、それはいいのよ。かく言う私も持ってきているわ」
春日井さんの言動に頷いて賛同する3人。もちろん不真面目な及川は宿題という言語のない国で育ったので頷くはずもない。
「えっと・・・・・・あれ?じゃあ僕なんか変なこと言ったっけ?」
怒らせたわけじゃないのならなんだ?もしかしたら僕は無意識のうちに「ああっ、今からここでパラパラやりてー!」とか言ったのだろうか?
「ぼくの特技はむしろタップダンスの領域に入るよ・・・?」
「あ?」
「なんかごめん!!」
ボケちゃいけない所らしい。一瞬で不機嫌になった春日井さんはこほんと一つ咳払いをした。
「もう少しで宿題が終わるというのは本当?」
ん?・・・なんだ、そんなことか。
「まあ、ゆっくりやればあと2時間くらいかな。今はすぐにやっちゃわないように金庫に大切に保管してあるんだよ」
あれをやり終えたら僕は死んでしまうかもしれないのでね。その苦悶の結果がゴロゴロするか迷うということなのだから人間っていうのは難しい。
「それはもちろん冗談よね?だってあんな量の宿題がこの時点で終わっているはずもないもの。まともにやったら120時間はかかるじゃない」
「でももう夏休みに入ってから3週間経ってるから一日6時間やれば終わるよ」
ここで計算。一日は24時間。睡眠時間に8時間充ててみる。食事が3回でだいたい2時間。買い物、洗濯等の家事で2時間。そこにさらに勉強に6時間充ててみる。さて、合計は?・・・18時間だ。6時間足りない。
いかにさつきさんがいない時の僕が退屈か、わかっていただけ・・・ないよね。普通の高校生は友達と遊びに行くとかそういうイベントがてんこもりなはずだよね。
いるかぁ、そんなの!
「ふ、ふ~ん。なかなかやるじゃない」
「普通に褒められたっ!!」
こんなの初めてだ!でも経験してみるとなぜかちょっとやだ。なんか調子が狂う。
またしても春日井さんは「AHAHA」と笑う。それにつられたのだろうか、永川さんたちも「AHAHA」と笑いだした。この車だけアメリカ領土内になったみたいだった。
春日井さんの場合、塾もあるし、仕方ないのだろう。ほかの人たちも似たり寄ったりなはずだ。
「春日井さんの夏期講習の時間は朝10時から12時と1時から3時までと3時半から5時半までで、これが月、火、木、土の週4回もあるじゃん。その講習でも宿題が出るから・・・うん、そりゃあ家に帰って宿題をする気にはなれないと思うよ」僕はうんうんと頷いて見せる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
6人分の沈黙。なんでだろうと僕は顔を上げ―――絶句した。
まず春日井さん。口を小さく開けたままぽかんとしていた。
永川さん。血管浮き出るんじゃないかとってくらいの眼球が僕を睨んでいた。
日比野さん。右の眼の下に少女漫画でよくある縦線が見えていた。つまり、顔が完璧に引きつっていた。
志井さん。両腕を抱きしめるようにしてがたがたと震えていた。
及川。スキンヘッドの額に右手を当て、この世の終わりでも見たかのように頭を振りつつため息をついていた。
親父さん。フロントミラー越しに僕をじっと見ていた。
「・・・・・・・・・・・・ええっと」
ちょっと待って。これはなんだ?
・・・・・・そうか、僕が春日井さんの予定を完璧に当てたことが原因か。前にさつきさんとも同じ感じになったし。
「ちょっと待って。これは春日井さんから夏期講習の日程が2日に1回送られてきたから自然と覚えちゃっただけで・・・」
「そのような事実は一切ございません」なぜか春日井さんは極めて事務口調かつ他人行儀だった。
「いやいや何言ってんの・・・?ちゃんと受信ボックスには証拠も残ってるよ。ほら、見てみてよ」僕は自分の携帯を取り出した。
めちゃくちゃ睨んでる永川さんはムリ。志井さんに至ってはまだ震え続けてるので無理。というわけで日比野さんに渡した。
「美耶!漆根君がエッチな画像を見せようとしてるわよ!!」
「やめろっ!!」
なぜだ・・・。なぜあなたはそこまでして僕の存在を貶めたがる!
「若菜・・・。あとで携帯見せて」
永川さんはなぜか春日井さんに言った。春日井さんの肩がびくっと震える。いつも何があっても動じない彼女にとって、これはなかなかレアなことだ。
「や」
1文字で拒否をした。そして春日井さんの目は永川さんから逃げるように泳ぎ始めた。
「ま、まあ、その話は置いといて、宿題は本当に終わったのね?」春日井さんはまだ挙動のおぼつかないまま言う。
僕は首肯する。しかし春日井さんって女友達と話してる時はこんな感じなんだな。毒舌でもないし、なんだか普通の女の子って感じだ。
いや、普通の女の子なんだけど。
「だからこれから残った夏休みをどうしようか一生懸命悩んでるんだよ」
「そんなことで悩むなんてね・・・。暇人ね」
「まあ、それは認めるよ」
暇なのは僕の公式設定だ。もはや遺伝子にプログラムされているのかもしれない。
「もはや暇を通り越してカスね。カス人だわ」
「命名がえげつなすぎるっ!」
絵美ちゃんか!
・・・とは親父さんの前ではさすがに言えないけど。
「ところで・・・暇なら私の宿題もやってくれないかしら」
「やだよ。どうしちゃったのさ!」
春日井さんは優等生のはずだ!随分とキャラの立っている優等生だけども。
「面倒なのよ。やりなさいよ」
「やだ」
「やって!」
「やーだ!」
「やってくださいお願いします」
「なんでそんなに低頭っ!?」
春日井さんが頭下げるところ初めて見たっ!!
「・・・・・・お金払うから」
「・・・・・・」
誰だよこの人を優等生に位置付けたのは。
ちょっとした責任問題だ。
「はあ。そう、やってくれないのね。じゃあ仕方ないわ。今度漆根君の家に言って全部写させてもらうわ」
「・・・・・・っ!!」
睨んでる!・・・永川さんが僕を睨んでる!
「ぼ、僕は別にいいけど・・・。全部って言うと、読書感想文は?」
まあ、さすがにそれくらいは自分でやるだろう。
「写すわ。一字一句ね」
「絶対ばれるじゃん!」
いまどきカンニングだってそこまで大胆に写さないよ!
「大丈夫よ。ちゃんと理論武装して先生を論破して見せるわ」
「無謀だよ・・・・・・」
「世界人口65億人もいればインスピレーションが被ってしまう事もあるでしょう。その2人がたまたま同じ本を読んで文章が同じになってしまっただけです」
「暴挙だよ!空中ブランコで2人とも飛んでしまうかのごとき暴挙だよ!!」
空中でバーンってなっちゃったらどうするのさ。そしてもともと飛ぶ予定だった人は「ええ~~~~っ!!」て感じになるだろうよ!
「大丈夫よ。私と漆根君だったら確実に先生は漆根君が写したと考えるわ」
「そう言えばそうだよ!そしてほかの宿題も全部被ってるから確実に全部僕が写したと思われるよ!」
「こうするために1学期間私は先生方に媚びへつらってきたのよ」
「なんて自分を殺した復讐!!」
なんでそこまでする!?そして「媚びへつらう」みたいな言い方はやめてくれ!もはや春日井さんの優等生イメージがかけらも残らない!