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わかった。あたしはもう金輪際勉強はしねえ! 3

ダァン

その時だった。部屋のドアが突然開け放たれた。その勢いがあまりにも強すぎてドアが壁にぶつからないようにと床に取り付けられているゴム製のストッパーにあたり、跳ね返ってまた閉まろうとしていた。もう少し強ければ床についている物体はストッパーではなく、デストロイヤーになっていただろう。そして僕は間違いなく母さんにデストロイされる。

「おい、ちょっとなに勝手に閉まってんだよ」

そしてそこに立っているのはつむぎではない。僕の妹であるところのつむぎはこんな言葉遣いをしないし、ドアをこんな強く開け放つこともなければそんな力もないだろう。そもそもつむぎは今、部活の夏合宿中で、今朝家を出たので、帰ってくるのは3日後のはずである。

「朝から一人芝居がうっせーんだよ。こっちは受験生だっつってんだろうが」

さっきからセリフにエクスクラメーションマークがないのは声を荒げていないからではない。こいつはデフォルトがうるさいのだ。ヤンキーのような口調には似合わない甲高い声。はっきり言って頭に響く。そもそも腹筋の出来が僕とはレベルが違うので、声量だけでも公害レベルだ。

「誰が足尾銅山だ!あたしは亜酸化鉄や硫酸を垂れ流しになんかしてねえぞ!」

こいつのセリフにつくビックリマークは爆弾レベルの声量だと思ってくれて構わない。

時代錯誤な侍ポニー。男だったらただのキモロン毛だが、これでも一応女なのでちゃんと萌えポイントではある。しかしそんなことより特質すべきは背の高さ。それだけじゃなく背中に鉄骨でも入ってんじゃないかってくらい姿勢がいいので余計高く見える。

「はあ、もう昼近いんだけどね・・・」

足尾銅山に興味はないので話を戻してみた。

「あ?聞こえねー。あたしに話しかけるときは腹から声出せっていつも言ってんだろうが」

・・・それは耳が遠いだけなんじゃないのか?

「いやでもさっき独り言がうるさいって・・・」

「そっ、それとこれとでは話が別だろうが!」

どの話とどの話だろうか。確かにさつきさんとの会話とこいつとの会話だったら僕の中では別次元の物語である。ああ、なるほど、そういうことか。

さつきさんといえばさっきから僕の隣で固まっている。幽霊でこいつには見えないはずなのだから黙っている必要はないのに、彼女は人見知りをするのだ。いやあ、相変わらずまじかわいいなあ。あんな奴にはさっさとお帰り願ってずっとさつきさんだけ見てたいなあ。

ただ、ことこの場に限っていえば、人見知りだけが理由ではないだろう。誰だってこんな威圧的な女の子に乗り込まれたら呆気にとられざるを得ない。

「大体受験勉強って言ったって、スポーツ推薦が決まってるじゃないか」

そうなのである。こいつは剣道で相当名を馳せているらしいので、高校側からオファーが来ているのだ。中学時代から帰宅部だった僕はスポーツ推薦というのがどういうシステムなのか知らないんだけど。

「そんなものは理由にならねえ。剣道も勉強もやるからにはあたしは手を抜かねえ。あたしは全力少女だからな!」小粋なポーズとともにかっこよく言ってのけた。

うん、全力なのは結構だけども、せめて日常生活くらいはもう少し手を抜いていただきたい。はっきりいってこいつの相手は疲れるのだ。こいつが普段どういう交友関係を持っているか知らないが、友人たちもきっと同じことを思っているに違いない。

「携帯のメールで「ぜ」って打つだけで「全力」関連の言葉が20は出るぜ」親指を立てた右手をつきだしながら言い放った。

「・・・・・・っ!!」

絶対全力を他人に自慢しちゃってるよ。痛い、痛いよこの子!なにあの親指、折っていいやつ!?

・・・・・・そうでもないのか。なされた努力というのはたとえ結果が出なくてもきちんと対価を払われるべきだ。こうして会うのは実に2年半ぶりなのでこいつがどういうふうに努力を重ねてきたのかは知らないけど。

「とにかくあたしは今勉強してんだから静かにしろー!」こぶしを握って両手を上に突き上げる。

チアガール・・・?

ううむ、言っていることは一理ある。去年だって僕は結構つむぎに怒ったもんな。だがしかし、そんなのは昔の話。過去バナ過去バナ。僕は絶対に黙っているわけにはいかない。たとえこの体が朽果てようとも、だ。なぜならば、さつきさんとしゃべることだけが、僕に許された存在意義。日本国憲法にもそう記されている。25条の生存権の下をよく見てみるといい。

「ちょっと待てよ、お前の話には重大な欠陥があるぞ」僕はこいつに倣って小粋に人差し指を立てた。

「けっ、欠陥だと?あたしの辞書にはそんな文字はねぇ!」

そもそもこいつには辞書がなさそうだ。

「昨日も剣道の道場行ってたじゃん?今日も昼からそうなんだろ?明日は一日だそうじゃないか」

「そうだ。ここからじゃ遠いが、そんなのは電車の中でのトレーニング時間が増えるだけだ。あたしは武士だからな!」

キメ顔。

え、ごめん、それかなりひくよ・・・。電車の中でトレーニングって、空気イス?それとも吊革懸垂?

「武士か。なるほど・・・。じゃあ武士は将軍の言葉を聞かなければならない。そうだな?」

僕の行き当たりばったり会話、スタート!

「あたりめーだ。将軍の言葉は絶対だからな」腕を組んでうんうんとうなずいた。

ボディランゲージの激しい奴だ。それよりも物言いが王様ゲームみたいだな。

王様の命令は、絶対。世の真理である。将軍様もまた然りか。

「その将軍、確か徳田家信秀だったかな」

適当に言ってみた。受験生と言えど中学生。歴史上の将軍を全て知っているという確信はないらしく、あいまいにうなずかれた。ちなみに歴史上の将軍はかなり少ない。なんてったって将軍だもの。

「彼がこんな言葉を残している。『武士道とは、休むことと見つけたり―――』」

「ど、どういうことだ?」

将軍の名を出したら突然ひるみだした。看板に弱い娘だ。

「つまりだ、お前は今現在勉強に10注いでいる。そして昼からは剣道に10注ぐ。そう言ったな?」

「もちろんだ!」

「だがしかし、将軍は10じゃ生ぬるいと言っているんだ。2つのことに10ずつ注ぐひまがあったら、1つのことに20注げ、とな」

ああ、今の僕すごい頭使ってる。めちゃくちゃ考えながら口から出まかせにしゃべってる!

「おお・・・」と声を漏らした。

感動されちゃった!!

「わかった。あたしはもう金輪際勉強はしねえ!」ドン、と胸をたたいた。

「あっ、ちょっと待てっ!それはだめだ!」

僕か?僕のせいなのか!?

腹から声を出したつもりだったのに僕の制止を聞くことなく「じゃあいいよ。存分に独り言で騒いでくれ。じゃあな!」と言い残し、ドアを閉めた。パタンという礼儀にのっとった閉め方で出た音が思いのほか心臓に響いている。


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